第2章 第18話 相談ごと
昨年に廃坑の探索をしたときに通った街道の先まで、徒歩で約7日の距離を歩く。
この間に情報を集めて叛乱軍というものの実態がある程度は掴めてきた。
犯罪都市マールバーグの残党と、山賊、あぶれ者、流民の集合体である。
敵の数は500。彼我の数の差は10倍に及んだ。
通常なら野戦においては絶望的に不利な戦力差である。
逃亡者が続出してもおかしくはなかった。
だが実際のところはそんなことはなく、俺が率いる冒険者たちの士気は高い。
その理由の1つがジーナとキャリーの存在である。
冒険者にとってバラスマッシャーというのはその実力以上に崇拝の対象であった。
そのバラスマッシャーが2人もいるのである。
今までにその実力を目にする機会も十分にあった。
そして、コンバの存在も大きい。
キャリーやステラさんもその実力を認めている。
また、お相手は自由に選べる立場のジーナがかなり親密にしていた。
そんな実力者3人とその3人が信頼するギルド長がいるのだからなんとかなるだろうという楽観論が漂っている。
かくいう俺はストレスで吐きそうだった。
勝算はなくはない。
ただ、戦いとは水ものである。
始まってみなければ戦いの帰趨はどうなるか分からないのだった。
その結果の責任は俺が負わなければならないし、それを分散することはできない。
ただ、気を紛らわせることができる仲間がいるということは、随分と心の負担が軽減される。
野営の度に誰かを誘い出したり、誘い出されて話をした。
「ギルド長ってのも大変すよね。なんか、ギルド長を見ているとリーダーは大変って言っていたお袋の言葉がなんとなく分かってきましたよ」
「そんなに俺は大変そうに見えるか?」
「実際、大変っすよね」
「あんまり外見上は深刻さを出さないようにしているんだが」
「まあ、ギルド長なんて、いつも深刻な顔をしているもんじゃないですか」
「そうかもな。で、なんの相談だ?」
「やっぱり分かるっすか? えーとですね、ジーナさんのことなんすけど」
コンバはいつの間にか姐さん呼びをやめている。
交際は順調に進んでいるらしい。
以前に比べると精悍さが増した男ははにかんだ。
「俺、ジーナさんとキスしても大丈夫っすかね?」
「は? まだなんか?」
「そんなこと言わないでくださいよ。早まって嫌われたらショックっす」
「そりゃそうなんだが、それを俺に聞くか?」
「だってギルド長は女性にもてるっしょ? 女性の気持ちも良く分かるんじゃないかって思うんすけど。奥さんは別にしてもエイリアさんにチーチさん、アリスさんも。前はジーナさんもそうでしたし」
コンバは指折り数えている。
「いや、俺もそこまで女心が分かっちゃいねえと思う。それにしても、キスもまだなのか。もう、てっきりその先まで進んでるかと思ってたぜ」
「結婚前にそんなことしていいんすかね?」
おっと、すっかり忘れていたが、コンバはいいとこの坊ちゃん育ちだったぜ。
お袋さんは割とその辺奔放なんだけどな。
実は誘われたことがあるって言ったらひっくり返りそうだ。
「まあ、俺も無責任なことは言えねえが、キスは問題ねえんじゃねえか。ジーナがどう受け取るかまではちと分かんねえが」
「そうなんすよねえ」
「だけど、あれだろ? 俺が居ないときにあったお茶会の焼き菓子、ジーナが持って帰ってお前にも分けたんじゃないのか?」
「ええ、貰ったっすよ。美味かったです。さすがティアナさんすよね」
「そうじゃなくてな。ジーナはお前のために菓子を持って帰るとティアナに話しているんだ。美味いものだから食べさせてやりたい、というだけで親密度は相当高いと言える。さらにそれをわざわざ口にしているわけだ。これは脈ありだと思わねえか?」
「だけど、ジーナさん、俺のことを弟のように考えてる可能性もありますよね?」
その自覚はあるわけか。
「だとしても、もういい時期じゃねえか。白黒つけないとお前も落ちつかないだろう? この任務が終わったら、そのお祝いの席の帰りとかいいんじゃねえか。家まで送っていって帰り際にさ」
「なるほど。さすが、あに……きみたいに頼りになるギルド長っすね」
コンバはすっきりした顔をしていたが、俺は気持ちよく祝勝会ができるようにしなきゃいけなくなっちまった。
他人の恋愛相談に乗ってる場合じゃないんだが。
というわけで、こういう戦闘に慣れているキャリーに戦い方の相談をしてみる。
「野戦の戦い方ねえ。騎士団ってそういう意味では密集突撃しかないし、それで粉砕できるのが騎士団だから。柔軟な戦術なんてないわよ」
意外と硬直的な運用をしてやがるんだな。
これじゃ参考にならねえ。
とりあえず俺が考えていた作戦案を話してみた。
「へえ。大したものね。その作戦、理にかなっているんじゃないかしら。スカウトってそういうことも習うんだ。それとも属人的な知識?」
「まあ、色々とな。キャリーに合格をもらえたので、少しは気が楽になったぜ」
「正規の訓練を受けた騎士相手だとどうなるか分からないわよ。ほとんどが烏合の衆でしょうけど、2、3人はお目付役がいるでしょうし。まあ、指揮官クラスじゃないとは思うけど」
「そう願いたいもんだ」
「そんなことよりも聞きたいことがあるんだけど」
キャリーが真面目な顔になる。
「なんだよ。そんな改まった顔をして」
反乱軍との戦いでの戦術よりも大切なことらしい。
いったいなんだ?
身構えつつ質問をする。
「出発の時の話なんだけど」
キャリーが指を俺に突きつけた。
「奥様特製のディナーへの招待って話から私を除外したりはしないのよね? 普通に考えたら私以上に活躍できそうなメンバーっていなさそうでしょ。ご褒美の枠を1つ私が奪うことになっちゃうけどそれでいいのよね」
そういうことか。
ギルド長という立場になったせいで俺の家をキャリーは気軽に訪問できなくなっている。
つまり、ティアナの作る料理にかなりの期間ありついていないわけだった。
キャリーはやたらとティアナの料理を気に入っている。
ノルンに居た頃はなんだかんだと理由をつけては押しかけてきていた。
立場をわきまえて遠慮するのにも限界がきたのかもしれない。
「正直なところ、細かいところは何も考えていないんだ。何人まで招待するかというのすら決めていない」
「まあ呆れた。そんなんでいいの?」
「ほら、あれは士気を上げるための咄嗟のセリフだぜ」
「それはそうなんだろうけど。まあいいわ。ということは私も対象ってことでいいわよね。これでやる気も出るというものだわ」
「そうしてくれるとありがたい」
「任せて」
キャリーは片目をつぶり、それから真面目な顔になる。
「それで、アレはどうするの?」
視線を向けた先では2人の部下とチーチが談笑していた。