第2部第16話 叛乱
翌朝、ギルドに顔を出すとほぼ同時にミゲルがやってくる。
ここレッケンバーグの領主である伯爵の腹心は封筒を手にしていた。
「帰ってきて早々申し訳ないのですが伯爵から至急の連絡です」
開封の跡は見えないので手紙の中身については聞くだけ無駄だろう。
アリスにしばらく誰も部屋に通さないように頼んでミゲルをギルド長室に誘った。
歩きながら肩のところに仕込んであるナイフを引き抜き封筒を開封して目を通す。
南方で武装蜂起計画があるのでギルドに鎮圧を頼みたいということが書いてあった。
ギルド長室に入るとまず俺のデスクに書類が積まれているのが目に入る。
どんよりとした気分でソファに座り、反対の席を手で示した。
ミゲルが着座すると手紙をローテーブルに投げ出す。
「拝見します」
ミゲルはさっと目を通した。
もともと冷静沈着で有能な腹心は俺への手紙を読んでも表情を変えることは無い。
「私宛の指示と平仄は合いますな」
当然のことながら伯爵から別の手紙で別の指示が出ていたようである。
「ここの守りを固めて、南方には1兵も出すなというところかな?」
「はい。恐らくこちらにも何らかの攻撃があるだろうとのことです」
「じゃあ仕方ないな。武装蜂起の鎮圧は本来はギルドの仕事じゃないと言いたいところだが。まあ、正規兵を動かさないという伯爵の判断は正しいだろう」
「マールバーグに引き連れていった兵の半数もこの手紙と一緒にこちらに戻ってきています」
「俺たちもここに残った方がいい気もするんだがいいのかい? 武装蜂起は所詮は伯爵領の外の話だ。手が回らなくても責任を問われることはないだろう? それに俺もここに大切な家族がいるんでね。後ろ髪を引かれる思いはあまりしたくないな」
「レッケンバーグの守りについてはお任せを。ギルドの手助けなしで大丈夫です」
「ああ、そうだ。これからは俺の家の警備は不要だ。自前でなんとかする。1人も無駄にはできないだろう。任務を解いてくれ」
「この話が終わったら聞こうと思っていました。ついでなのでお聞きしますがあれは何者なんです? 昨日の見張りはそこそこの腕前を持つ男だったんですが全く抵抗できずに制圧されています。本人もちょっとショックなようで」
「あんたには言っておこうか。ありゃ神龍姫さ。悪いが他の人間には内密にな。なので勝負にならないのは当然だ。俺も手も足も出なかったよ。それで本題に話を戻すと、伯爵の仰せなので任務は引き受けます。ただ、うちもそんなに精鋭揃いってわけじゃない。ステラさんは店があるから遠くには行けないでしょう。前衛で当てになるのは5人ぐらいかな」
「ギルド長の采配に期待していますよ。これが前渡し分の代金になります」
ミゲルはずしりと重い革袋2つを鞄から取り出した。
「随分と気前がいいな」
「まあ、それなりに危険な任務です。日数もかかりますし。先ほどお話したようにうちの兵は使えないですから。金で解決できるなら安いものですよ」
この台詞でまたティアナと当面離れ離れになることを嫌でも思い出す。
しばらくは一緒に暮らせると思ったんだがなあ。
辞去するミゲルを見送るとデスクに座って派遣隊の人選を始めた。
人選と言うが基本的には全員連れていくつもりである。
ダンジョン探索と違って反乱鎮圧となれば数を揃える必要があった。
戦いとは数である。
2人と同時に渡り合える腕前でもその隙に3人目に攻撃されれば倒されてしまうのだ。
まあ、叛乱となれば仮に生け捕りにしてもその後は死刑一択なので手加減をする必要はない。
相手がまとまっているところをジーナの魔法で一掃しちまえばいいが、さすがに100人を超えると全滅させるのは厳しいだろう。
武装蜂起の規模が分からないので、こちらも数が多いに越したことは無かった。
少ない数で多数の敵を相手にするのはロマンではあるが兵の指揮としては邪道である。
そういうふうにジジイもかつて言っていた。
相手よりも多い人数を揃えて油断しなければ負けはしないというようなことを聞かされている。
その一方でゼークトのようなのが1人居るだけで戦況をひっくり返せるのも確かだった。
ダンジョンの第3層で戦えるような戦士が相手側に1人でもいるとこちらはかなり厳しくなるだろう。
魔法士のサムソンを追放しようとしていたパーティがいい例だが、うちのギルドの人員だとせいぜい第2層までが限界というのが多かった。
俺が初陣を助けてやったカイルとリコのような新人だとようやく第1層で安定してきたぐらいの腕前である。
うちのギルドに属している前衛のエースは3人だった。
ティアナの恩人にして料理の師でもあるステラさん、元騎士のキャリー、コンバということになる。
先ほどミゲルに告げたようにステラさんは居残りなので、残るのは2人だった。
この2人は安心して左翼と右翼を任せることができるが、頭数としてはもう1人欲しい。
真ん中の中軍は俺が率いることになるが純粋な接近戦能力としては2人より数段劣る。
ゼークトとは言わないまでもノルンに居たシノーブぐらいの前衛がどこかにいないかな?
それも贅沢か。
俺の指示に素直に従ってくれてそれなりの腕前の剣士を脳内で捜す。
ないものねだりをしても仕方ないので、アリスのところに行きギルド員を非常呼集するように頼んだ。
部屋に戻り少しでも書類を減らそうと目を通し始める。
ノックの音と同時に俺の返事を待たずに招かれざる客が入ってきた。
「どうもギルド長。あたいはチーチ。今日からこちらに所属することになったって話は伝わっているわよね? 登録クラスは細剣士よ」
ため息を堪えてソファを勧め俺もそちらに移動する。
チーチは扉を閉めると俺の横に座った。
お行儀よくする時間は終わったらしい。
俺が反対側に移動しようと腰を浮かせるとチーチは袖をつかんで引き留める。
「何よ。水くさいじゃない」
「横並びだと話をしづらいだろ?」
「あたいは気にならないけど」
「俺が気にするんだ」
「やっぱり美人が横に座ると気になっちゃうわよね。じゃあ、仕方ない」
チーチは勢いよく立ち上がると向かいのソファに移動した。
昨夜補給したティアナ成分が無かったら、この時点で忍耐心を使い果たしていたかもしれない。
手紙で事前に予告されていてこれである。
いきなり現れていたらどうなっていたことやら。
そんな俺の気持ちなど斟酌せずにチーチは唇を尖らせた。
「ねえ、もうちょっとさあ、会えて嬉しそうな顔とかないわけ?」
「俺も妻を迎えたばかりなのでね。他所の女性に愛想を振りまくわけにはいかないんだよ。人として」
「ふーん。エイリアさんに迫られて鼻の下を伸ばしていたのに?」
「同じように困惑した顔をしていただろ。話を作るな」
平静を装うがエイリアとの面会を嗅ぎつけられていることに驚く。
「そうだっけ?」
「それでわざわざこんな出来立てのギルドで冒険者をしようってのはどういう料簡だ?」
「あー、私まで揃うと偽装がばれちゃうって気にしてる?」
「そりゃまあ、そうだろ」
「そういうのを気にする時期はもう終わりになると思うんだよね」
「なんのことだ?」
俺の質問にチーチはにんまりと笑った。
「本当は分かっているくせに。今ギルドで人を集めているのと根っこは一緒よ」
やれやれ。
想像通りエレオーラ姫と手を組んだということか。
「まあ、いいや。人手が足りねえ。遠征についてきてもらう。変なことはするなよ」
「分かってるってば」
とりあえず、俺が全体の指揮に専念するために必要な中軍の指揮官はこれでそろった。