第2章第12話 ギルド長夫人のお茶会
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旦那様が出かけてから数日が経っている。
こんなに長い間離れているのは久しぶりだった。
バーデンに旦那様がやってきてからというもの色々とあったけれど1日以上顔を見ない日というのは無かったと思う。
「お姉ちゃん、何をぼんやりしているの?」
旦那様が面倒を見ている4人組の紅一点、ミリーが縫物をしている手を止めて私の顔を観察していた。
「ちょっと考え事をね」
いけない、いけない。
旦那様の下着を縫っている最中だったのに私ったら何をしているんだろう。
ミリーがにまあっと口角を上げた。
「分かっちゃった。旦那さんのことを考えていたんでしょう」
「ミリー、よく分かったわね」
驚いた声を出してしまう。
「まあ、分からない方がおかしいと思う。お姉ちゃん、旦那さんのこと大好きだもんね」
「当然でしょ。あんなに立派な人はいませんから。そんな人が私の旦那様なんて私って幸せ者よね」
「うん、そうだね」
ミリーはどうしてか少し呆れ気味の声で相槌を打った。
「そうだ。お姉ちゃん。そろそろ出かけたら? 今日はお茶会でしょ? 主催者が遅れるのは良くないんじゃない?」
「そうね。それじゃあ、ちょっと早いけど出かけてくるね」
私は身支度をすると家を出る。
番小屋の騎士の人が私に向かって敬礼をした。
毎度のことながら慣れなくて首をすくめて会釈をする。
旦那様がギルド長という大事な仕事をしているから騎士の人が警備をしてくれているというのは分かるのだけど、私にまで敬礼する必要はないんじゃないかしら。
そうは思うものの私がしっかりしてしないと旦那様に迷惑をかけてしまうかもしれないので気を付けなければならない。
道行く人が挨拶をしてくるので、それに対して挨拶を返した。
今日はレッケンバーグの冒険者ギルドに属する腕の立つ冒険者さんを労うお茶会を開催することになっている。
ギルドの大きな扉を押して中に入った。
入口を入ってすぐの場所にあるテーブルのところから男の子が2人立ち上がる。
「こんにちは。ギルド長夫人」
「こ、こんにちは」
新人冒険者のカイル君とリコ君だった。
「こんにちは」
笑顔を向けると2人は頬を少し紅潮させてお互いに顔を見合わせている。
横から声をかけられた。
「ミストレス。ご機嫌麗しく存じます」
そちらを向くと女性と見まがうような繊細な顔立ちの男性が恭しく頭を下げる。
吟遊詩人のアルバさんだった。
挨拶を返すと笑みを浮かべながら話しかけてくる。
「ミストレス。頼りになるご主人が不在で淋しいのでは?」
「そうですね。とても頼りになる人なので。だから頼りきりにならないように気を付けてます」
「なるほど。確かにハンク殿はギルドマスターになられたばかりだが、上手く采配を振るわれているようです」
やっぱりそうなんだ。
嬉しくなってしまう。
「新人へも良く目配りされている。ご家庭内でも目配りが行き届いているんでしょうね」
アルバさんが視線を向ける先ではカイル君とリコ君にサムソンさんが紙を前に何かを教えていた。
なんとなくジーナお姉ちゃんに字を習っていたころを思い出して懐かしくなる。
「はい。子供たちのこともよく見てくれています」
「実のお子さんではないのにそれは素晴らしい。肝心の奥様のことは?」
「もちろん大切にしてくれてます。いつも私の作ったものを美味しいと食べてくれますし、疲れているはずなのに仕事から帰ってきてからも私の話を聞いてくれるんですよ」
「そうですか。完璧な旦那さんだ。凄いなあ。見た目も格好いいし」
「はい。そうなんです。お髭とか迫力ありますけど目は優しいんです」
旦那さまのことをよく分かってくれる人がいて嬉しくなった。
他にも素敵なところを話そうとしたところでアリスさんから声がかかる。
「ミストレス。皆さんお揃いです」
あ、いけない。
アルバさんに会釈をしてカウンターのところに近づいた。
アリスさんはアルバさんのことをじっと見ていたけど、私に向かって微笑む。
案内されて2階の部屋に向かった。
中に入ると3人の女性が出迎える。
まずは燃えるような赤毛をふんわりとさせたジーナお姉ちゃん。
本当の姉妹じゃないけれど、旦那さまのお陰で知り合った私の大切なお姉ちゃんだ。
他の人には聞けないことも色々と相談に乗ってもらっている。
冒険者としてはバラスマッシャーの肩書を持つ魔法士で、サムソンさんのような若手魔法士の憧れの的だった。
その隣は濃緑色のスカーフを頭に巻いたステラさん。
私の命の恩人で料理の先生でもある。
この町で暮らし始めるまでは知らなかったけど昔は冒険者をしていて、今でも腕は衰えていないらしい。
旦那さまの弟子のコンバさんもその腕前には舌を巻くと言っていた。
最後はプラチナブロンドの髪の毛を短くしている剣士のキャリーさん。
旦那さまのことをとても大切な友達と広言している。
剣士なのに魔法も使えて、お姉ちゃんと同じくバラスマッシャーと呼ばれていた。
この3人にギルド受付のアリスさんを加えた4人が今日の私のお客様。
横の小部屋でお茶の用意をすると持参したお菓子と一緒に皆さんにお出しする。
「さあ、どうぞ」
「ティアナ、美味しいわよ」
「これは私もうかうかしてられないね」
「お菓子は初めていただいたけど、これもいいわね」
「余ったら持ち帰っていい?」
私の作ってきた焼き菓子の評価が心配だったが皆さんから好評で安心した。
自分でも1つ食べてみる。
まあ、悪くないかな?
それから気の置けない会話が始まる。
今日の参加者は旦那さまが何者か知っている人ばかりだし、私のことを改まった場でなければティアナと名前で呼んでくれた。
旦那さまの評判を傷つけないように背筋を伸ばすようにしているけれど、正直なところミストレスと声をかけられるとこそばゆい。
この人たちの前では素の自分でいられるので肩が凝らなかった。
「ハンク、明日か明後日ぐらいには帰ってくるんじゃない?」
「そうでしょうか」
そうだといいなと期待してしまう。
帰ってきたらぎゅうっと抱きつこうかな。久しぶりだから、ご馳走用意しておかなくちゃ。
そんなことを考えてぼうっとしてしまっていたらしい。
「ティアナちゃん」
横からアリスさんが私の顔を覗き込んでいた。
「その顔はハンクさんのこと考えていたんでしょう? まだまだ熱愛ね」
ピタリと当てられて頬が熱くなる。
「それじゃあ大丈夫かなあ」
「アリスなんだい? ティアナちゃんのことで、何か心配ごとでもあるのかい?」
「さっき吟遊詩人のアルバと話しているのが聞こえちゃったんですけど、アイツ、ハンクさんのこと褒めちぎっていたんですよ」
「別にいいだろ。悪口言ってるわけじゃないんだから」
ステラさんは怪訝な声を出した。
見回すとお姉ちゃんも顔を険しくしている。
その様子を観察していたキャリーさんが考えながら質問した。
「2人の様子を見るとあまり良いことではなさそうね。だけど私も何がダメなのか分からないわ」
アリスさんに視線が集中する。
「え~とですね。これ、既婚者を狙う人間が使う手口なんですよ。ターゲットの夫なり妻なりを褒めまくるとするじゃないですか、すると言われた方は謙遜して何かしらちょっとした不満な点をポロって言っちゃうもんなんですよ。人間って自分の話したことに縛られちゃうところがあるんで、だんだんとその内容が心の中で大きくなっちゃうんです。そうしたら、その隙間をついて奪っちゃうみたいな」
つまり、アルバさんは私に対して不貞行為をはたらかせようとしたということ?
ステラさんが大きなため息をついた。
「まったく人間のカスってのは悪知恵が働くねえ。アリス、まさかあんた、その手口を使ってないだろうね?」
「やだなあ、おかみさん、私がそんなことするはずがないじゃないですか。それはともかく、ティアナちゃんには全く効果なかったですけどね。ずっとハンクさんのこと褒めるばかりでしたから」
みんなは私の方を見てなるほどという顔をする。
お姉ちゃんが表情を引き締めた。
「私も危ないと思うわ。ハンクが帰ってきたら私から話しておくようにする。それとアルバがこれ以上馬鹿な真似をしないように監視しておいた方がいいわね」
キャリーさんが手を上げる。
「今度臨時のパーティ組むの。その時に世間話としてティアナがどれほど大切な友人か話しておく。何かあったら私が絶対に許さないってね」
「バラスマッシャーに睨まれたら少しは大人しくなりそう」
「それはあなたも同じでしょ?」
「まあ、そこは前衛の方が迫力があるじゃない。もちろん私の大切な妹に何かあったら煉獄の息吹を放ちたくなっちゃうかもね」
お姉ちゃんが片目をつぶった。
ステラさんも頷きながら腕組みをする。
「こりゃ大変だ」
アリスさんは何を想像したのかぶるっと震えていた。