第2章第10話 驚天動地
「我らと同道願います」
「理由を聞かせてもらって……、いや、やっぱりいいや」
「ご協力感謝します」
俺は両方から挟まれるようにして歩き出す。
いつぞや贋金使用の疑いがかかったときも同じように連行されたが、今日は比較にならないほど丁寧に扱われていた。
ほとんど護衛されているといっていい。
宵の口のカンヴィウムの通りを行き交う人々はチラリと俺に視線を送る。
ただ、眉を顰められることもなく純粋に好奇心に駆られているだけのように見えた。
前を行く神官服の一団は神殿の敷地に入っていきそこで解散する。
随行していた騎士たちは門のところで立ち止まっていた。
その興味津々の視線を浴びながら、俺も門に到達する。
俺にくっついていた2人はそのまま俺を礼拝堂に案内した。
夜になり神殿関係者しかいない礼拝堂は森閑としている。
「えーと。それで俺は何をしていればいいんだ?」
「こちらでお待ちいただくようにと」
騎士に代って今度は神殿関係者の奇異の目に晒されながら、俺は長椅子の1つに腰掛けた。
「ここで待てばいいんだろ? もう引き上げてくれて構わないぜ」
「そうはいきません」
「あれか。あの事件以来、エイリアさんの警備は厳しいのか?」
「まあ、そういうことですね」
おっと。あっさり答えてくれるとは意外だな。
「えーと、ひょっとしてあの現場にいた?」
「ええ。突入のために控えてました。ハンク殿の腕前は見ています。お見事でした」
「よせやい。俺は鍵を開けただけ。あとは騎士団の皆さんで掃除をしたんじゃないか」
「でも、あの鉄扉が開かなければどうしようもありませんでした。お持ちの強力解毒薬でエイリア殿も救われてます」
一瞬表情が曇ったのは、やっぱりあれも見られているからだろうな。
ここは話題を変えよう。
「それでエイリアさんたち、凄く疲労していたみたいだが何があったんだ? 表に出したくないエイリアさんが出張るぐらいだ。ちょっとした事件なんだろ?」
「崖の崩落事故がありまして、その負傷者の治療に」
「そうか。そりゃ大変だったな。それであんなに疲れてたわけか」
「はい。エイリア殿がいらっしゃらなければ犠牲者はもっと多かったでしょう。素晴らしい方です」
「そうだな」
それから軽い世間話をしているとエイリアがやってくる。
にっこにこ。
疲れているはずなのに生気にあふれるエイリアは笑みを浮かべながら俺の側にいた騎士2人の方を向いた。
「ハンクさんとちょっと内密の話があるのです。2人きりにしていただけますか?」
2人は黙って10列ほど離れた席のところまで移動する。
エイリアは俺のすぐ横に座った。
声を潜めて話しかけてくる。
「ハリスさん。ギルド長就任のお祝い以来ですわね。お会いできて嬉しいですわ」
え……。早速本名呼びですか。まあ、この状況なら聞かれはしないだろうけど。
「エイリアさん。今日は大変だったそうですね。多くの方の命を救われたとか」
「いいえ。もっと私に力があれば亡くなる方を出さずに済んだかもしれません。ハリスさんに負けないよう私も頑張らなくてはなりませんね」
「いやあ、私は書類仕事をしているだけで」
「それにしてはだいぶお疲れの様子でしたけど」
そりゃまあ、あんなヤバいものと連続で遭遇すれば疲れもします。
「それを言うなら、エイリアさんの方こそお疲れでは? 限界まで治癒魔法を使われたんでしょう? 今日は早めに休まれては?」
「いいえ、わざわざハリスさんが会いに来てくださったんですもの」
エイリアは少し顔を伏せると組み合わせていた指を意味もなく動かす。
あー。偶然通りかかっただけなんだがなあ。
でも、そんなことを言いだせば、それはそれで運命ですねとか言いだしそうな気がする。
エイリアは軽くため息をついた。
「本当は1日でも早くレッケンバーグに赴きたいんですけど、最高神祇官様のお許しを頂けなくて。まあ、あのような不届き者の手に落ちた私の不甲斐なさが原因なので仕方ないのですが。ハリスさんのことを尋ねて居場所を知っているという甘言にむざむざと……」
軽く唇をかむ。
神官としては優秀だし、世情に疎いということもないのだが、エイリアさんはちょっと人としての凹凸が大きいんだよなあ。
思いつめると周りのことが見えなくなるというか、ちょっと危なっかしさを感じる。
一介の斥候兵の行方を尋ねて回っても一般人は知っているはずがないという常識が浮かばないんだよな。
「護衛の方がついているということは、相変わらず邪教徒が暗躍しているという情報があるのですか?」
「そうですね。意外と侮れない勢力を有しているとのことです。ルフト同盟やその先のアヴァロニアでも活動しているようですわね。もし、また私が捕らわれるようなことになってはいけないということで騎士団の方たちの手を煩わせています」
そう言ってエイリアさんはため息をついた。
そりゃまあ、ここタンダール王国で王都カンヴィウム以上に防備されている場所はない。
少なくともレッケンバーグの方が守りが堅いということはないだろう。
金獅子と赤竜の両騎士団が常駐しているし、魔法学院もある。
あ、マルホンドのおっさんのことを思い出しちまった。
気がつけばエイリアがモジモジとしている。
これだけ美人で色気溢れる女性が恥ずかしげにしている姿は破壊力抜群だった。
以前の俺だったらたちまち鼻の下を伸ばしただろう。
今も知らず知らずのうちにそうなってるかもしれない。
つけ髭で隠せていればいいが。
それにしてもこのエイリアの態度は……。
「あのですね。博識なハリスさんでしたらご存じかもしれませんが、魔神の依り代になるには資格があるのです。1つは高位の神聖魔法が使えることで、もう1つは清らかな体であることなのです」
おいおい。この話の流れはあれなのか。
「ですから、私の身をどなたかに任せてしまえば私は資格を失います。そんなに軽々に言うことでもないのですが、なにしろ、万が一にも魔神がこの世に復活したら大変なことになりますでしょう?」
エイリアは恥じらいを含んだ流し目をした。
腰の辺りにズンとくる。
ただ、幸か不幸か俺の肝心な部分はピクリともしない。
この後に続く展開に身構える俺に決定的な言葉を告げる。
「それで、ハリスさんに私のお相手をして頂けませんか?」
「なぜ俺なんです?」
「いくらそういう事情でも相手は誰でもいいというわけにはいきません。私にも選ぶ権利がありますよね? 私はハリスさんがいいです。ひょっとしてハリスさんは私にはそんな気持ちになりませんか?」
今度は不安そうな顔で俺を凝視していた。