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第2章第5話 残業

 また神龍姫が失踪したというのか。えーと、ゼークトに聞いた本名はシェルオーゼだったっけ。悪戯のせいで犬の姿に変えられ俺たちの家に転がり込んでいたアホ犬ニックスだが、呪いが解けて父親のもとに帰ったばかりだろ。まったく、とんだお転婆娘だぜ。しかも、そんな知らせを俺に暗号を使って知らせてきてどうしようというのだろうか?


 そりゃ、白い馬鹿でかい犬を見かけたらニックスと呼びかけるぐらいはできる。

「やあ、ニックス、元気だったか? 故郷のお父さんが心配している。早く帰れよ」

 俺とはあまり、しっくりときた関係では無かったがノルンを離れる前にはかなり関係は改善していたしな。ただ、また同じ姿に変えられているかは分からない。そもそも、何をやらかしたんだろう?


 前回はエピオーン神の神殿に粗相をしたんだったな。また、同じ方向で悪さをしたのか? さすがに神様も2度目は容赦しないだろう。となると、一体何があったんだ? ゼークトに聞けば何か知っているかもしれない。しかしまあ、この暗号を使った手紙の差出人は10中8、9はエレオーラ姫なわけで、そうなると問い合わせをするわけにもいかないな。うーん。ま、放置すっか。


 仕事に戻ろうとしたところで、部屋の扉がノックされる。一つため息をついて声を出す。

「何だ?」

 また性懲りもなくアリスが戻ってきたと想像していたが違った。


「ギルド長、ちょっといいかな?」

 扉を開けて入ってきたキャリーが手を挙げピタリと扉を閉める。

「随分とひどい顔をしていますね」

「これを見てくれよ」


 山のような書類を示して天井を仰ぐ俺を面白そうに見ていた。

「それじゃあ、手短に報告しますね。隊商の護衛任務をして戻ってきたんだけど、依頼主の雇い人の一人から興味深い話を聞きましたよ」

「なんだ? その興味深い話って?」

 

「ほら、ギルド長がここに来る前、バーデンにいたでしょ。楽しい新婚生活で」

「一応、俺がどこから来たのかは謎ってことになっているんだけどな」

「分かってますよ。他所じゃこんなこと言ってないわ」

「まあ、キャリーなら抜かりはないと思うがな。この偽装もあっちもこっちも綻びができ始めていて神経質にならざるを得ないのさ」

「せっかくのジーナさんの仕掛けだったのにね」


 この言い回しはどうなんだろうな。

 俺の死を装ったことについては知らされてはいた1人なのだが、その後の情報はあまり伝わっていなかった。

 そのことをキャリーが根に持ってなければいいんだが。

「それで、バーデンで聞いた話って?」


「なんか、4人の子供と一緒に暮らしている少女のことを聞いて回る女剣士がいたらしいわ。で、この剣士は外国出身なのか、片言でイントネーションが少しおかしかったそうよ」

 俺は目をつぶり片手の親指と人差し指の腹で目蓋をマッサージする。

「何者だろうな? 想像もつかねえや。そういや、うちの悪ガキどもがそんなことを言っていた気がする」


「でね、私が聞いた男はその剣士をバーデンで見かけたらしいんだけど、急ぎの使いでカンヴィウムに出かけたんだって。そしたら、カンヴィウムの路上でもそっくりの女性を見かけたんだってさ。絶対に追い抜くのは無理なはずなのにどういうことなんだろうって首を捻っていたわ。面白いでしょ」


「噂によれば世の中にはその人にそっくりな人間が3人はいるらしいぜ」

「ギルド長は実際にそういう人間に会ったことある?」

「ねえな」

「私もよ」

「でも、俺たちは顔がよく似ている3人組の知り合いがいたなあ」


 俺はチーチの手下の顔を思い浮かべた。

 リューとあとは何て名前だったっけ?

「ということは、相当早い段階からチーチはからくりに気が付いてティアナをマークしていたのか」

「痩せても枯れてもマーキト族の族長の娘よね。手下がいて羨ましいわ。私なんてギルド長、ノルンのギルド長を通じてしか情報が入ってこないんだもの」


 サマードの婆さんか。

 ノルンなんて田舎町のギルド長をしているが、その実、各地の貴族を密かに監視する王の目を務めている。

 きっと色んな情報を握っているがキャリーにはほとんど明かしていないんだろうな。


 しかし、王の目ということを隠すための偽装としてギルド長というのは悪くないと思うのだが、ノルンの町に居たのはなんでなんだろうな?

 あまり考えたくもないが、ひょっとしなくても俺の監視と保護のためということで間違いない。

 こんなおっさんの世話をするとか物好きにもほどがあるぜ。

 なんて本人には絶対の絶対に言えないことを考える。


 目の前のキャリーをまじまじと見た。

 凄腕の元騎士とこんなふうに砕けた感じで会話できるようになったのも、元はといえばサマードがお膳立てしたからということを思い出す。

「しかし、ノルンのギルド長もよくキャリーを手放したな」

「そりゃ、ジーナさんとコンバさんだけ移籍するなんて話を私が了承するわけないでしょ。……あ、ごめんなさい。忙しいのに長居しちゃった。それじゃ書類仕事頑張って」


 にんまりと笑みを浮かべてキャリーは部屋を出ていった。

 やれやれ。

 元騎士なんだから多少は書類仕事にも慣れているだろうから手伝ってくれてもいいだろうに。

 いや、まてよ。

 あまり長居をするとアリスが勘違いをしてとんでもないことをおっぱじめる可能性がある。


 渋々と書類の山に手を付けた。

 こんなことなら気分転換になるということでダンジョンに行かなければ良かったぜ。今さら後悔しても始まらないが、ダンジョンに居た半日ほどの時間が惜しまれる。

 なんとか3分の1ほどの書類を片付けたところで、今日はもう仕事を切り上げることにした。


 しっかりとギルド長室に施錠をして階下に降りると幸いなことにアリスの姿はない。夜勤の留守番要員の爺さんがぽつねんと座っていた。

「おや、ギルド長さん。お帰りですか?」

「ああ。何かあったら遠慮なく呼び出してくれ」

「たぶん、何事もないでしょう。今はダンジョン探索に出ているパーティもおらんですし。では、お休みなさい」

「ああ。よろしく頼む」


 通用口から出てステラの店とは反対の方角に通りを進む。

 1ブロックほど離れた場所にある3階建ての建物の前に立った。

 どーんと豪壮な屋敷というほどではないが、レンガ造りのしっかりとした佇まいである。

 新しく増築された立ち番小屋の中の騎士が敬礼をした。

 手を挙げてそれに応えながら3段ほどの階段を上がる。

 扉を開けると賑やかな喧噪の音があふれ出した。

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