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記念SS 5 ハリスが慕う男(第145話) 

(ティアナがハリスから聞いたアノ方のお話)


 ガシャン。

 何かが落ちる音がする。タックたちが普段寝ている部屋に慌てて行ってみると、壁に掛けていた絵が床に落ちていた。離れたところから見ても分かるほど額縁が歪んでいる。その近くには革を縫い合わせた毬が落ちていて、タックたちが真っ青な顔で立ち尽くしていた。


 部屋の中でふざけていて、ご主人様が大事にしている絵を叩き落としてしまったようだ。

「あなたたち、部屋の中で暴れたらダメって言われているでしょ」

 ついつい声が大きくなってしまう。


 壁のところに行って、額縁を拾い上げた。一辺の木材が割れてしまっていて、その部分から力が加わったのか絵も破れている。チーチさんがやってきて部屋の入口から顔を覗かせた。

「一体何事なの?」


 中に入ってきたチーチさんに事情を説明すると呆れた顔になる。

「それ、ハリスが気に入ってたやつじゃない。何か思い出の品らしいよ。さすがのハリスも本気で怒るかも」

「に、兄ちゃん……」


 早くもテオは涙目になってトムにしがみついていた。ミリーとゼルの二人も事態の深刻さに気付いてガタガタと震えている。

「お姉ちゃん……、俺たち、ここから追い出されちゃうかな?」

 私は手の中の額縁と絵に視線を落とした。


 ご主人様は優しい方だ。そのことは私が良く知っている。でも、この絵にはとても思い入れがあるということも知っていた。私が買ってもらったイヤリングやコートを誰かに壊されたり破かれたりしたら、とても悲しいと思う。トムたちがもしそんなことをしたら快く許せるかというと自信がない。それはご主人様の気持ちも踏みにじることになる。


「一体どうした……」

 戸口のところにご主人様がいた。トムたちはヒッと声にならない悲鳴をあげる。スタスタと入ってきたご主人様は私の手の中のものを見て、悲しそうな顔をした。

「……派手に壊しちまったなあ」


 ご主人様は大きく深呼吸をすると頭をガリガリとかいた。

「俺の部屋に移しておくべきだったかもな。まあ、仕方ない。ボックのやつをまた儲けさせてやるさ」

 私の手から受け取るとご主人様は部屋を出て行く。トム達は床にへたりこんだ。


 その夜、寝支度を終えるとご主人様の顔色を窺う。ためらいながら質問をした。

「あの絵は、ハリスの大切な方から貰ったものですよね。壊されて怒らないのですか? ご主人様は人間ができた方ですから、そんな気持ちにならないのでしょうか?」


 ご主人様はほろ苦い笑みを浮かべる。

「そりゃ、俺だって気に入らないし、少しは怒ったさ。だけど、俺には怒る資格がないんだよ。もっと悪いことをしたことがあるからな」

 チーチさんが興味を示した。

「なになに? あたいも聞きたい」


「俺がガキのころにな、ある人の家にやっかいになることになったんだ。それで、その人が大切に飾っている器があって、それがこう首が長くていかにも中に何か入ってそうな形をしていた。当時の俺の手がなんとか入る直径だったんで、その人が不在のときにこっそり飾っている部屋に忍び込んで手を突っ込んじまった」


 私はベッドに寝転んだご主人様を見る。

「どうなったんですか?」

「無理やりねじ込んだせいで腕が腫れたのか、抜こうとしてもどうしても抜けない。しかも、俺が世話になっていた人のおっかねえ部下に見つかっちまったんだ。閣下の大事な品に何をしていると凄い剣幕で怒鳴られているところに持ち主が登場さ」


 なぜかご主人様は懐かしそうな顔をしていた。

「このクソガキの腕を叩き斬ります、って部下が吠えるし、どうやっても腕が抜けなくてだんだん痛くなるしで俺はもう涙目だった。そこに近づいてきたその人が腰の剣を抜く。ハリス少年の運命やいかに、ってわけ」


 私は思わず喉を鳴らしてしまう。

「ねえ、ハリス。いいところで切らないで続きを話しなよ」

 チーチさんが催促をした。

「ガシャン!」


 急に大きな声を出す。ああ、びっくりした。ご主人様は少し得意そうな顔で声音を作る。

「『なにを馬鹿なことをしている。さっさとこうしないか』ってな。剣の柄で器を割ったんだよ。今思い出しても、すげえ男だなって驚くぜ」


「それって、あの絵の?」

「そうだ。送り主だよ。子供が健やかに育つようにって願いが込められた絵だそうだ。俺にとっちゃ思い入れもあるし大切なもんだが、こんな俺が過失で壊したアイツらを責めるわけにもいかないだろ」


「ふーん。それじゃあ、傷心のハリスをあたいが慰めたげる」

 チーチさんが反対側からご主人様に抱きついた。おい、よせとご主人様が引き離し、起き上がるとランプを消す。私もベッドに潜り込んだ。ご主人様に身を寄せる。立派なご主人様が慕う人のことを想像しながら眠りについた。

 

 

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