スペシャル 新婚生活
♡♡♡
「お店のお手伝いですか?」
「そうなんだよ。もうすぐ伯爵さまが凱旋してレッケンバーグに帰って来られるはずなんだけどね。その時に盛大にお祝いをしたいんだ。ティアナちゃんが居てくれると助かるんだけどねえ。今お願いすることじゃないってのは承知なんだけどさ」
結婚式に参列して貰ったステラ様にお礼の品を届けに来たらお願い事をされてしまった。他でもないステラ様の頼みなので私としては引き受けたい。でも、勝手に決めるわけにはいかないだろう。
「お引き受けしたいのですが、お、夫にも聞いてみないと……」
なれない言葉に言いよどんでしまう。
ステラ様はにっこりとする。
「そうだよねえ。本当に申し訳ないね。新婚そうそうなのにさ。まあ、旅行気分で来ておくれでないかい。そういえば、ハリじゃなかったハンクさんはどうしたんだろう?」
「蜂蜜酒を分けて貰うって」
「ああ。そうか。あれは元気が出るからね。あんたもしっかり食べてもう少し肉をつけないと痩せすぎだよ。じゃあ、ちょっと私からハンクさんにもお願いしてこよう」
ステラさんが宿の中に入って行くとアリスさんが素早く寄ってきた。
「ねえ。夫婦になると感じが違う?」
「やっぱり、ちょっと照れちゃいますね」
「へーえ。今までとしてることは変わらないはずなのにね。で、どう?」
「どうって?」
「ほら。やっぱりねえ。今までとは違うでしょ? あ、それとも、しばらくはまだ二人きりの生活を楽しみたいってとこかな? まあ、トム達もいるし水入らずって感じじゃ無さそうだけど、赤ちゃんのお世話はまた別か」
「赤ちゃんですか?」
何の話をしているのか分からなくて困惑する。呼びかけ方の話じゃなかったんだ。
「そうそう。ほら、ハンクって結構な年でしょ。早い方がいいと思うんだよね」
「アリス。また何か下らないことしゃべってんでしょ。困ってるじゃないか」
旦那様と連れだって出てきたステラ様が大きな声を出した。
「そんなこと無いですよ。幸せのお裾分けして貰ってただけですってば」
「それが余計だってんだよ。あんたもティアナちゃんの半分ぐらいは奥ゆかしさとか身につけたらどうなんだい」
「あはは。それはちょっと無理じゃないですか?」
二人が部屋に戻るのを見送って家路につく。片腕に壺を抱えた旦那様が、もう一方の腕を腰に回してきた。
「話は聞いた。ステラさんのお願いじゃ仕方ない。まあ、さんざんお世話になってるし、義理は果たさなきゃな。次の馬車で出かけるとしよう」
「すいません。あ、壺持ちます」
「これぐらいは大丈夫だ。こっちの腕は普通に使えるから。それにこの腕だって全く使えないわけじゃない」
脇腹に添えられた旦那様の手に力が籠められる。
「しかし、あいつらどうすっかな」
「一緒に行ったら駄目でしょうか?」
「大人しくしてりゃあいいが、泥だらけで騒いでいるのが食堂で走りまわってるのは問題だろう」
「……そうですね」
家に帰って話をするとあっさりと解決する。
「ああ。俺知ってるぜ。新婚旅行とかってやつだろ。そりゃあ、こんな美人の姉ちゃん嫁に貰ったら二人きりで過ごしたいよな。まあ留守番は任せろって」
トムが胸を叩き、他の子供達も口々に同意する。
「まあ、俺達は気にしねえけど、姉ちゃん恥ずかしいだろうしな。大丈夫。昨日の夜は何も……」
「うん。兄ちゃんの真似して壁に耳をつけたけど何も聞こえなかった」
「おい。それは……、うわ、おっちゃん。顔怖い。うわああ」
トムが旦那様に捕まって外に連れ出されていった。
夕食の時に旦那様が私のコップに少しだけ蜂蜜酒を注ぐ。顔を近づけると甘い香りがした。恐る恐る口にしてみたら、少し酸っぱくて、飲み下すとお腹が熱くなる。これなら私にも飲めそうだ。旦那様が普段飲んでいるものに比べれば酔いにくいものらしい。あまり水が良くない場所だと、トムぐらいの子供でも飲んでいると旦那様が言っていた。
夕食後に子供達が升目の盤を持って来て、木の棒を投げてゲームを始めた。旦那様は錠をいじっている。眉間にしわが寄っていた。やっぱり片腕はまだ細かい作業をするには向かないようだった。完全に元通りになるには偉い神官様に何度も魔法をかけて貰う必要があるらしい。
私は少し離れたところで繕いものをする。しばらくお休みをしていたので少し下手になっていた。縫い目がまっすぐになっていない。一針一針願いを込めて糸を通していく。今までのものに加えて、旦那様の左腕の痺れが早く良くなりますように、と念じた。
日が落ちてくると旦那様は子供達に寝るように言いつける。
「油代も安くねえんだ。とっとと寝ろ」
「ちぇ。いいですよーだ。おい、仕方ないから寝室行こうぜ」
「うん。ちゃんとコップ持ったよ。兄ちゃん」
あ、という顔をしたトム達が旦那様に捕まって、所持品を没収されている。飲み物が欲しいんだったら、ここで飲んで行けばいいのに。私も繕いものを片付けて寝室に向かう。戸締りを確認してきた旦那様が横になると抱きついた。髪の生え際、眉と続いて、私の唇に旦那様の唇が重なる。抱きしめられていた腕の力が強くなった。
唇が離れて、目を開けると薄暗がりの中で、旦那様の目と合う。
「おやすみ。ティアナ」
旦那様は腕の力を抜いた。安心感と幸せな気持ちに包まれて私は小さな声を出す。
「もう1回」
先ほどより長いキスをする。旦那様が長い息を吐いた。
「どこか痛むんですか?」
「いや。まあ辛くはあるが」
私は申し訳ない気持ちになり体をすくめた。
旦那様の左手が私の髪の毛を撫でる。
「お前が気にすることは無い。俺が決めたことだ」
「でも……」
「俺はお前が腕の中にいるだけで十分に幸せだ」
旦那様は、昨夜緊張する私に向かってエルから聞いたような行為は当面はしないと言った。
「夫婦になったのに?」
旦那様は私の左手の指輪の際にキスをした。
「まあな」
私は旦那様の左手に自分の右手を絡ませる。昨夜の旦那様の言葉の意味はよく分からない。でも、その気持ちはちゃんと伝わってきた。旦那様の手の甲に唇を軽く押し当て、そっと呟く。
「私も幸せです。お休みなさい」