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外伝1ー2 我が姉

 エレオーラ姫殿下とゼークト殿の婚儀が盛大に行われる。そこまではいい。姉上が式に参列するのも、その地位からすれば不思議ではない。なにしろ慶事だ。ただ、2人がバーデンまで出かける際に扈従する列に姉上が含まれるというのには差しさわりがあった。


 姫殿下に乞われてとのことであれば断わることなど無理だが、同行者にはあのハリスがいる。大した実力もないくせに有名人であるゼークト殿の引き立てで、今ではバラス討伐者の一人として名を上げ始めている。盗賊風情には過ぎた名前だった。そして、我が姉エイリアがあろうことかハリスを慕っているという。


「カーライル。あなたには言っておきます。私はハリス様をお慕いしています」

 なんということだろう。あの姉が恥じらいを見せていた。頬を染めて俯いていた顔を上げるとかすれた声で言う。

「ハリス様と口づけをかわしました」


 それきり袖で顔を覆ってしまう。あのクソ野郎。姉には手を出さないと以前言っていたはずなのに。声にイライラが出てしまう。

「アイツにはティアナとかいう小娘がいたはずですが」

「ええ。大切に養育してますね。それが何か?」


 俺は姉の顔をまじまじと見てしまう。まさか、分かってないのか?

「アイツがあの娘を大切にしているのは、自分の劣情を満たすために違いありません。よりによって、そんな卑劣な男と姉上は……」

「カーライル!」


 いつもは穏やかな姉の柳眉が逆立っていた。

「ハリス様はそんな方ではありません。非礼ですよ」

「しかし、世の男がいたいけな娘を養うというのは大抵……」

「お黙りなさい。弟とはいえ、これ以上侮辱するようなら許しません」


 俺は歯噛みしながら精一杯の抵抗を試みる。

「姉上は世俗のことを知らなすぎるのです。ハリスのような輩が裏でどのような卑劣なことをしているか。だいたい、アイツにはチーチというマーキト族の許嫁もいるはずです。なのに姉上と口づけなどふしだらではないですか」


「あれは王国の安寧のために隠忍自重しているのです。その苦衷も分からないとはまだまだ未熟ですね」

「ならばこそ、姉上へそのようなことをするべきではないでしょう」

「毒を盛られて体が動かないところを解毒剤を口移しにしてくださったのです」


 俺は脱力すると共に額の汗をぬぐった。

「紛らわしいことを言わないでください。それならまあ仕方ないでしょう」

「いえ。もちろん口移しの為ではありますが、私には分かりました。私を憎からず思って下さっています」


 姉上は両手を握りしめて独白を続ける。

「ハリス様が居なければ、きっと、私はあの男によって口に出すのもおぞましいことをされ辱められた挙句殺されたでしょう。カーライル。確かに世の中には人の皮を被った魔物が居ます。ハリス様はそのような者から乙女を守る正義の使徒なのです」

 そう言って、熱い息を吐きだした姉上は完全に恋に落ちた目をしていた。


 町の巡察中に、そのクソ野郎と行き会った。同僚のジグムンドは気安く挨拶をしている。相変わらず女を4人も引き連れていた。なんでアイツがあんな風に周囲に女性を侍らせていられるのかが不思議でならない。隊内の男の誘いを迷惑そうにしていたキャリーまでが今ではアイツと愉快そうに口をきいていた。


 ***


 そんな不愉快な日々も終わりを告げた。なんと、アイツがマールバーグの連中と刺し違えて死んだという。人前では不謹慎なので遠慮したが、家に帰ってから祝杯をあげて何度も快哉を叫ぶ。マールバーグのクズ共も少しは役にたつようだ。近々、マールバーグへの遠征が行われる手はずになっているのだが、それを知って先制してくるとはな。


 治安維持のためにノルンに派遣され、アイツの葬儀が行われるのに参列した時は、笑みがこぼれないようにずっと腿をつねっている必要があった。途中で乱入してきた姉上の奇行には心を痛めたが、いずれ心の傷は癒えるだろう。なに、姉上とならすぐに似合いの相手が見つかるはずだ。


 マールバーグに派兵される途中のレッケンバッハ伯爵と知己を得ることができた。若いのに気さくで驕ったところがない。詳しいことは黙していたが姉上のことも知っている。剣士としても優秀なレッケンバッハ伯爵は独り身だとも聞いた。これは好都合。あの美貌ならアイツの顔などすぐに忘れるに違いない。


 王都に戻ってから、姉上とレッケンバッハ伯爵の間を取り持つ計画を練る。こんなに晴れ晴れとした気持ちになるのは久しぶりだ。憎いアイツは英雄になったが、墓の中だ。アイツが養っていた小娘の姿もエレオーラ姫の屋敷から消えたと聞く。アイツが存在していたということを示すものがまた一つ消えた。


 一つ納得がいかなかったのは、俺と同じようにアイツのことを嫌っていたであろうガブエイラ殿とアイツの死の話をしたときのことだ。皮肉な笑みを浮かべて、せいせいしたとでも言うと想像していたのに、眉目に憂いをたたえていた。

「あれはあれで、王国に尽くしていたのだ。惜しいことをした」


 悪口で盛り上がろうと思っていた俺の背筋に水を浴びせかけるような声。これが、あのガブエイラ隊長なのか? 何か変な魔法にでもかけられたような気持ちで倉皇として別れの挨拶をする。道々首をひねった。そういえば、ジグムンドが何かアイツが手柄をたてたようなことを言っていたが、聞き流していたのでよく思い出せない。


 いずれにせよ死んだ奴のことをいつまでも心配する必要はないだろう。今頃はゆっくりとノルンの墓地で朽ち果てているはずだ。本日のカンヴィウムの見回りを終えて帰宅しようとして、思わず目を擦った。少し先の交差点を神殿に向かって小走りに進んでいった女性の横顔が姉上にそっくりだったのだ。


 冒険などに同行するときの神官服に身を包み、腰からメイスを入れる革袋を下げている。あの優しい風貌は間違いなく我が姉のもの。ただ、一点、不自然な点がある。アイツがくたばってからというもの、張り付いていた悲しみが一掃されていた。いや。むしろ光輝を発するほどの喜びに満ちている。俺の胸にみるみるうちに不安の染みが広がって行く。

「まさか? どういうことだ?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] カーライルくん、なかなかひどい。身近に居てほしくはないものの、わりと嫌いじゃないですね……
[良い点] エイリアファンとして、前話から動向がわかって楽しい
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