暴食の聖女はただ座って美味しいごはんを食べていただけ
アリアはナンショートネ王国の聖女だった。
長い銀色の髪に金色の目の少女である。
両親の顔は知らない。自分の生まれも知らない。
物心ついた頃には教会で、たくさんの神官たちに崇められていたのである。
身の回りの世話は全部やってもらえるし、寝て起きてごはん食べて本を読んでごはん食べてお風呂入って寝る。
一日のほとんどを座って過ごしていた。
ある日、軍隊が神殿に押し寄せてきてアリアに剣を突きつけ、宣言した。
「ただ座っているだけの聖女など不要である!」
アリアは本でしか知識を与えられていないので、この国が戦争をしたことなんて知らなかった。
兵隊たちがものすごく頑張って敵国を追い返し勝利したことも知らなかった。
「聞けば聖女とは名ばかりで、祈ることすらせず、毎日暴食の限りを尽くしているそうではないか!」
なんか偉そうな人が叫んでいるなぁとアリアは思った。
今まで敵意を向けられたことがないので、何が起きているのかわからない。
だけど使えてくれた神官たちが大慌てしているので、大変なことなんだろうと思った。
「そんな、聖女様は食事をすることで」
「黙れ!」
聖女をかばおうとした人が兵士に殴られた。
今殴られたのは確か大神官だった気がする。
高齢でおじいちゃんだということしかアリアは知らない。
「今すぐ聖女をその椅子から引きずりおろせ!」
命じられてガチャガチャと鎧を鳴らしながら、兵隊たちはアリアを両側から抱え上げた。
アリアを抱え上げた兵隊は不思議そうに首を傾げた。
「え、暴食にしては痩せすぎてるような」
「何をしている! 早く神殿から追い出すのだ!」
「は、はい!」
アリアはあっという間に神殿の外へ放り出され、あれよあれよという間に国境へと運ばれていったのだ。
「はっはっは。さすがにここじゃ聖女であろうとも生きてはいられないだろう。
お前たち、帰るぞ!」
アリアを馬車で運んだ兵士たちは、アリアを適当に下ろすとすぐに王都へと引き換えしていった。
アリアは大きくため息を吐いた。
おなかが空いた。
ここまで一週間、水一滴すら与えられていないのだ。
「なんであの人たち、気づかないんでしょう」
アリアは知っていた。
水すら飲まずに一週間も人は生きていられないと本に書いてあったから。
しかしアリアは死にそうにはなっていない。
多分兵士は「誰かが食事を渡している」と思い込んでいるのだろう。
周囲を見回すと、ここは密林の入り口に見えた。
その時、アリアの胸に下がるペンダントが光った。
光が治まると、アリアの前に一人の神官が立っていた。
「ああ、よかった。アリア様ご無事で」
「シャイン」
「はい、シャインでございます」
シャインと呼ばれた男は、腰まである黒髪をゆるく三つ編みにして前に流している。
顔はまぁ、神官ぽい優しそうな……それでも美形であった。
残念ながらアリアはあまり大勢の人を知らないので、シャインがどの程度の美形なのかは知らない。
毎日見ても飽きないなぁ、くらいの感想である。
「神具から見ておりました。
いくらアリア様が食事なしでもしばらく生きていけるとはいえ、水の一滴も与えないとは!」
どうやらペンダントは神具というらしい。
「それにここでは、アリア様が座って休むことができないではありませんか」
シャインはため息をついて、持ってた杖を一振り。
すると一頭のロバのような生き物が現れた。
「この森でしたら、この動物が最適でしょう。アリア様、どうぞお乗りください」
なるほど、結構枝が茂っているので、背の高い馬に乗ればアリアは枝に当たるかもしれない。
ロバは心得たとばかりに地べたに座り、アリアが乗るのを待った。
アリアはどうやって乗るのか考えた後、椅子に座るように横に両足をそろえる形で座った。ロバはアリアが座ったのを確認して立ち上がる。
「そうですね。ここなら近くに遺跡があったはず。そちらに参りましょう」
シャインはロバに並ぶようにして、密林へ入っていく。
遺跡とやらはすぐに見つかった。
見つかったけど途中何度か景色が歪んだのでシャインが魔法を使ったのかもしれないなと思った。
それは岩肌をくりぬいた遺跡だった。
湿りすぎても乾いてもおらず、なぜか虫も動物も住み着いていないので、思ったより快適であった。
「ここも一応神殿の施設でして。今は使われておりませんが、いざというときは聖女様がいらしても問題ないようになっております」
そういえば本に、国内に数千か所そういう遺跡があるって書いてあったけど、本当にあったのだなぁとアリアは関心した。
「さて、お食事の準備をしましょう」
シャインは床に魔法陣を書き始めた。
完成した魔法陣を杖でつつくと、魔法陣が光り始めて、十人ほどの人間とたくさんの食料が現れた。
そのうちの一人、いかにも農夫といったいでたちの、日焼けをした老人が声をかける。
「ああ、聖女様。知らせを聞いて心配しておりました。
きっとどこかでご無事だとは思っておりましたが、十日も食べておられぬとは。
すぐに準備しますので。
まずはこちらの果物のジュースなどいかがでしょう」
老人が果物をシャインに預けると、シャインはどこからかコップを取り出し、果物に魔法をかけた。すると果物は自らコップの上で搾り上げられ、コップには新鮮なしぼりたてジュースが注がれたのだ。
「いただきます」
アリアが美味しそうにジュースを飲むと、老人は笑顔になった。
「よかったよかった。これでうちの村はしばらく食べ物に困りません」
アリアは座っているだけの聖女だった。
祈りもしない、ただ座ってごはんを食べるだけ。
それだけでアリアの聖女としての力が発揮されるのだ。
「王都はどうなっている」
「はい、すでに不作による食糧不足に陥っているようです」
「だろうな」
シャインが偉そうにふんぞり返るので、アクアはくすくすと笑った。
聖女アリア。
その力は一般には公開されていないが、農村や漁村には広く知れ渡っていた。
聖女が食事をとった時、その材料が生産された地域は豊作・大漁になる。
だからアクアは毎日、この国で生産される食糧をまんべんなく大量に食べていた。
そして座っているだけでその力は放出されるので、人よりエネルギーを多く使うのだ。
食べなくても死なないけど、食べたら食べただけご利益がある。
それが聖女アクアの力だった。
「シャロンシャロン、こっちに来て」
「はい、アクア様」
鈴の鳴るような可憐な声で呼ばれて、シャロンはすぐにアクアに身を寄せた。
「私、神殿よりこっちのほうがいいわ。
人が少ないから、愛するシャロンとたくさん一緒にいられる気がするの」
アクアは頬を赤く染めてシャロンに伝えた。
まだ人が少ないので、この場にいた全員がアクアの声を聞いた。
もちろんシャロンは一番近くで。
「ふふふ、シャロンはそんな困り方をするのね」
シャロンは顔を真っ赤にして、口を金魚のようにはくはくと動かしていた。
数年後。
ナンショートネ王国は食糧難によるクーデターにより崩壊した。
軍は知らないのだ。
戦争の間も食糧難にならなかったのは、聖女の力であることを。
王は知っていたが伝える間もなく挿げ替えられた。
聖女を捨てたはずの密林はシャロンの放った魔獣により守られ聖地となり、聖女は愛する男との間に子供を産んで、地図に載らない小さな国家を築いた。
聖女を信仰する農村や漁村は聖女に食べ物を捧げ、ご利益のおかげで繁栄したそうな。




