Halloween knight.
「行くよー!はいチーズ」
「いえーい!」
「ヤバい、盛れたぁ」
「てか人多くなーい?」
「人がゴミのようだーーー!!」
大音量で流れるディスコミュージック。
夜を照らすミラーボールのような電飾。
奇抜な格好をした集団の列。
10月なのに半裸な男とそれを追いかける警官。
いつもは静まり返っているこの商店街がこんなに活気に溢れているなんて、商店街を過ぎたところにある神社で祭りをしている時以来じゃないだろうか。
さすがハロウィンナイト。
古代ケルト人がこの騒ぎを見たら、何て思うのだろうか。少なくとも自分たちが起源になっている祭りだとは思わないだろう。
そんなことを考えながら、肩だしミニスカの魔女の衣装で腰を振り、私は踊る。
「澪ってばノリノリじゃな~い?」
「こういうのは、馬鹿になった方がいいんだよ!理性なんて捨てちゃった方が楽しめんの!」
そう言った私の後ろを、同じ衣装を身に纏った少女たちが踊る。
なんて滑稽なのだろう。
ただの通行人が迷惑そうな顔をしながら通り過ぎる。
大丈夫。
多分私たちも、10年後にはそんな眼で見ているから。
でも、今は誰もが気になる華のJK。
黒歴史になったって構わない。今が楽しくて、今が一番だから、何もかも気にせずに踊る。
隣にいた名も顔も、ジャック・オ・ランタンの被り物で分からない人の手を取る。
「一緒に回ろう!」
返答なんて聞かないで、その場でクルクルと回る。
少女たちと周りの歓声と、翻ったスカートを舐めるようにしながら見ている男たちの目線も気にせず、葉っぱが落ちる時と同じように回った。
「いえー――い!」
その人の手を放し、また列に入って騒ぐ。
楽しすぎる。
「澪ー!」
友人の声で正気に戻る。
「ちょっと喉かわいたよー」
「澪ってば楽しみすぎ」
「すごい目立ってたよ~」
「ごめんごめん」
近くにあったコンビニに入り、魔女の姿のまま買い物をする。
「なんか、近くの神社で花火上がるらしいよ!」
「10月に?」
本当に何の祭りなのか分からなくなっている。
海外からきた伝統だから、楽しみ方がいまいち掴めないんだろうな。
「さっき、めっちゃ踊ってたね」
声に振り向くと、吸血鬼の姿をした男だった。
決めかけていたペットボトルから手を引く。
それを代わりに持ち、「これ?」と首をかしげた。
「……はい」
それをレジに持っていった彼は、私の代わりに会計をする。
「あの……」
「あー、いいのいいの。イイもん見せてもらったからさ。そのお礼って言うか」
「イイもんって……」
若くて自分に自信がありそうな男だった。
まぁ、私のこともそう思っているだろうけど。
彼からペットボトルを受け取り、共にコンビニを出ると、彼の友人らしき吸血鬼と私の友人の魔女たちが喋っていた。
「ねぇ、今からどこに行くの?」
「なんかぁ~神社で花火上がるみたでぇー」
「それを見に行こうかな~って」
なに仲良くしてるんだよ。
良からぬことが起こったとしても、肉食動物の前にノコノコと出ていく草食動物にも非があると思われても仕方が無いと思った。
自分の身は自分で守りたい。
「私、そろそろ帰ろうかなー……」
そう言ったあと、仲間であった魔女たちの眼が、本当の魔女のように光出した。
あ、間違えた。
「えぇ~?澪ってばノリ悪いよ~?」
「明日も休みなんだからさ、花火見てから帰ろーよー」
「澪ちゃんって言うの?良いじゃん良いじゃん。それ、飲み終わるまでさ。ね?」
さっきの吸血鬼が、魔女の肩に手を回して笑う。
笑った口元から尖った牙が見えて、それが本当に彼の歯なのか、それとも今日の為に付けてきた物なのか、遠目では判断できなかった。
「じゃあ……花火だけ」
「いえーーい!」
傍に居た魔女が腕を回す。
もう片方の腕に、吸血鬼が居た。
花火を見て、すぐに帰れるだろうか?
いや、もういっその事、馬鹿になって理性を忘れて、さっきみたいに騒ごうか。
その方が、きっと楽しい。
これを逃したら、このような事は二度と起こらないだろうし、それならいっその事、この吸血鬼と関係を持ってしまった方が、後々笑い話になるし、楽かもしれない。
吸血鬼の腕に手を回し、口角を上げる。
彼もニヤッと笑い、歯を見せた。
あ、付け歯だ。
そう思った瞬間、彼が勢いよく前に吹っ飛んだ。
それと同時に、腕を回していた私の身体もよろめいた。
「いってぇなー!」
「ごめんごめん。お嬢さんを突き飛ばすつもりはなかったんだよ」
低くて深い声が吸血鬼のうめき声をかき消す。
「テメェ何すんだよ!」
「ほら、その汚い体から離れなさい」
吸血鬼のことなんて見えていないように、私の腕を勢いよく引っ張った。
「きゃっ」
私は彼の胸の中に飛び込んだ。
懐かしくて優しくて、外の空気はとても冷たいのに、お日様のような暖かい匂いがする。それは、ずっと探していた温もりだ。
「ごめんね」
私を受け止めた時に初めて彼の顔に眼をやった。
さっきのパレードで一緒に踊った、あの、ジャック・オ・ランタンだった。
「走るよ!」
「え?」
手を引かれて、雑踏の中を見知らぬ人と走る。
でも、さっきの吸血鬼や一緒にいた魔女よりも、私は彼と手を繋げる方が嬉しかった。
この手の温もりを忘れたくないって思った。
これを若気の至りとか、青春の一コマとかにしたくない。
一生忘れない、私だけの思い出にしたい。
初めて会った人にこんな気持ちになる?
あれ?もしかして恋?
走って息が上がったドキドキと、恋のドキドキを一緒だと思っちゃう、吊り橋効果ってやつ?
神社の人込みをかき分けながら、まだ走る。
誰も追いかけてきていないのに、彼は私の手を離さずにずっと走った。
「ねぇ!どこまで行くの?」
「神社の裏山にある公園!」
彼は叫んだ。
なんで。
なんで公園の存在を知っているの。
そこは不気味で誰も近寄らない、地元民だけが知っている場所だ。
「花火が綺麗に見えるんだ」
彼はようやく足を止めた。
公園の入り口は狭い石段になっている。
「知ってる」
そう、知ってる。
なんで。
なんで知ってるんだろう。
彼の後ろを歩く。
「手、離しちゃだめだよ」
「うん」
失わないように、今度こそ。
今度?
前は離したことがあったんだろうか?
いつ?
「あと少し」
そうだ。
私は彼を知っている。
手の温もりを、覚えている。
だから、離したくなかった。
「ほら!着いた!」
彼がそう言ったのと同時に、花火が上がる。
まるでこの瞬間を待っていたかのようだった。
「お父さん」
この人は私のお父さん。
「離しちゃって、ごめんなさい」
この裏山で、父は死んだ。
神社の祭りの日だった。
その日も花火が上がる予定で、幼い私は父と来ていた。
父は屋台のお菓子を買ってくれなくて、それに拗ねた私は、困らしてやろうと父の手を離した。
裏山の公園に逃げ込んだ私を父は見つけたが、私はそのまま逃げた。
父は階段で足を滑らせて、打ち所が悪かったのか受け身が上手く取れなかったのか、父は死んだ。
倒れた父の手には、砕けたりんご飴があった。
「ごめんなさい」
忘れてごめんなさい。
困らせてごめんなさい。
手を離してごめんなさい。
りんご飴、買ってくれてありがとう。
言いたい事はいっぱいあるのに、花火の音が全てをかき消す。
「ごめんな」
彼は、ジャック・オ・ランタンの被り物を脱いだ。
やっぱり、父だった。
「本当は買ってやりたかったんだけど、母さんが晩飯作るって言ってたから……りんご飴だったら後で食えると思ったんだけど、結局渡せなかったな」
そんな事どうでも良いよ。
りんご飴より、お父さんがいいよ。
「花火も、ここでなら人込み避けて見れるって、俺が教えたんだよな。なのに俺、死んじゃってさ。情けないな」
そんなわけないよ。
全部、全部、私が悪いのに。
「ずっと苦しかったよな。俺の事忘れるくらい、心に傷を負わせた。」
「すまん」そう言って、父は私に頭を下げる。
私は首を振り続けることしかできなかった。
「でも、あんな変な男に引っかかったらだめだぞ。父さん、また化けて出るぞ」
「ごめんなさい……」
「お前は母さんに似て可愛いし、愛嬌もあるし優しいから、ちゃんと幸せにならないと駄目だ。こんなチャラチャラした所に来るような男は止めとけ」
「説教とか……」
「それぐらいさせろ」
大きな手が、もう一度私の手を取る。
私の初恋は母のものだったけど、この手と同じような人を、私は好きになるのだろう。
父よりももっと、もっと素敵な人と、私はまた恋をするよ。言わないけど、そう思った。きっと伝わっている。
花火がまた上がって、父の顔を照らす。
「ねぇ、なんでお盆とかじゃなくてハロウィンなの?」
日本人が化けて出るならお盆だと思うんだけど。
「仲良くなった若い幽霊が教えてくれたんだ。ハロウィンだったら仮装だから、幽霊が混じっていてもバレないってね」
「なにそれ」
「本物、結構混じってるぞ」
ニヤリと父が笑う。
こんな風に笑う人なんだ。
「さっきもいた?」
「吸血鬼の仲間、あれ、一人本物」
「マジ?!」
「マジ」
私たちは笑いあった。
この時間が一生続けば良いと願いながら。
「花火、そろそろ終わるって」
父は私の手を離す。
「今年はこれで終わりだな」
「帰るの?」
頷く父。
「また、会える?」
微笑むだけだった。
「母さんによろしくな」
「うん」
最後の大輪の花火が上がり、火の粉を夜空に振り撒いて散っていく。
父の姿も、消えていく。
「ありがとう!」
声は届いただろうか。
「ありがとう」
虚空に向ってそう呟いた。
「さむ」
10月の後半にミニスカでいたらそりゃ寒い。
私は駆け足で公園を後にした。
黒歴史にして忘れようとしていた夜が、忘れられない夜になるなんて。
こんなの誰にも言えないし、笑い合える友達は置いてきぼりにしちゃったし。
「澪ーーーー!」
友達の声がした。
吸血鬼はもういない。
「探したよ~」
「大丈夫だった?」
心配してくれた魔女たちの鼻が寒さで紅く染まっている。
「ねぇ!今から私の家で二次会しようよ!」
私の提案を顔を見合わせた魔女たちが賛同してくれた。
そうだ。
黒歴史も、父の温もりも、彼女達の青春を全て抱きしめて、忘れられない日にしよう。
夜はまだまだこれからだし、家には母がご飯を作って待っているだろうから。
ハロウィンだから色々詰め込んでみた。