“かくれんぼ”と森神様の伝承。
ミーン、ミーンと借りたコテージの中まで森の中にいる蝉の鳴き声が聞こえてくる。
柔らかい木のテーブルに1台のノートパソコンと真っ白な紙が散らばり、イスに座りテーブルに寄りかかっている、肩まで長い黒髪をお団子で頭の下部分に雑に纏め、ノースリーブで足部分がふわっと広がる真っ白なワンピースの、
「あっつーーーーい‼︎」
わたし、森社みどり19歳は氷が入ったアイスコーヒーをズーーーーッとストローから吸い上げ、口から身体の中へ取り込んでいく。カランッと氷同士がぶつかる音がグラスから響き、水滴がぽたぽたとテーブルに落ちていく。
「まぁまぁ、みどり。気晴らしに散歩行こっか?」
「えーー、この暑い中ぁ!」
わたしの黒い瞳に一緒にコテージへ来た、根元部分が黒く茶髪に染めていることがバレバレな髪を右耳の下で1つに纏め、真っ白な半袖とデニムのミニスカ姿の、
「美樹が1人で行けばいいじゃん」
森社美樹19歳の提案にわたしはブーイングをする。
“森社”と名字は一緒だが、わたしと美樹は赤の他人である。わたしと美樹は大学で“民俗学”を専攻しており、偶然隣の席になった時、意気投合したのだった。
(美樹は…はじめて会った時は顔を赤らめて可愛かったのに)
「大学の課題で森神様の伝承を調べているんだから、森神様を祀っている神社に行ってみない」
「ま。エアコンもあんま効いてないし、いいかもね」
年季が入ったエアコンもこの暑さの影響か、冷房設定になっているのに、流れてくるのはすっごーく温い空気だった。コテージに居ても外に出てもあんま変わらないと思い美樹の提案を受け入れたのだった。
「やっぱり暑いぃ」
「みどりってそう言ってる割に汗かかないよね」
美樹は青いミニタオルで額の汗を拭いながら、昔から汗をかかないわたしの身体を見つめる。
わたしは胸をはって堂々と、
「良い女は汗をかかないものよ」
「いいなぁ。私汗っかきだから羨ましい」
広場を通った時、
「あ!ねぇ、みどり。あれ見て」
「ん?」
美樹に促されて、わたしは広場へ目線を移す。
「夏休みかな?子供達が遊んでいるね」
「あーあー、いいなぁ。チビッ子は遊べてー」
「私達も課題が終わったら、遊べるよ」
「そうだけどさぁ」
ポーン、ポーーンとサッカーボールがバウンドしてわたしと美樹の目の前に転がって来る。
美樹はサッカーボールを拾い、広場の方を見つめる。2人の小学生ぐらいの男の子がサッカーボールを追いかけて、美樹に向かって来る。
「すみませーん」
黒髪に黒い瞳で、群青と白のグラデ半袖Tシャツと黒い半ズボンを履いた男の子が、美樹からサッカーボールを受け取る。
「はい。気をつけてね」
「ありがとうございます」
男の子が美樹にぺこりとお辞儀をすると、連れの男の子の方へ走って行く。
「優斗、遠くに蹴らないでよ」
「春樹、悪かったって」
そう言いながら8人の男女の子供達の集まりへ戻って行く。わたしはその子を見つめて、
「あの子、いいなぁ」
ぽつりと呟く。
「みどり、なにか言った?」
「んーん、なにも言ってないよ」
「そう?」
「そうだよ」
「そうだね」
「うん」
美樹は不思議がっていたが、わたしの言葉を受け入れてくれた。
「それより、今日の夕食どうする?」
「えー、まだ夕食まで時間があるのに、みどりって食い意地はっているね」
「当然よ。わたし、川魚と果物とお酒が好き!」
「え…お酒って…まだ…未成年じゃ」
「じょーだん。冗談よ!お酒なんて飲むわけないじゃん‼︎」
「せ…説得力ないなぁ」
そんな他愛もないことをしゃべりながら歩いて行く。
ーーーー
わたし達は森近くにある、
「ここが森神様を祀っている神社?」
「うん。そうみたい」
美樹はうっすら折り目がついているパンフレットの最後に掲載されているアクセス情報を確認してから私の質問に頷く。
「ふーん。あ、パンフレット見せて」
「はい」
「ありがと」
わたしはパンフレットを見ながら、新緑色のサンダルを履いた足で赤い鳥居を潜り、玉砂利が敷いてある参道をシャリシャリと歩く。
「“森神•翠様”かぁ。ほんとに神社にいるんだか」
「ちょっとみどり、そんなことを言っているとバチが当たるよ」
「わたしは大丈夫よ」
「もうそんなこと言って」
そんなやり取りを美樹としていると、
「おや、嬢ちゃん。また来たのかい」
「えっ?」
「大学の課題だったかい。勉強熱心なことはいいことだ」
「あ、あの。私はじめてで」
「他の大学生と勘違いしてるんじゃない、困るとこでもないしこのままにしたら」
しどろもどろと美樹は中年の神主らしき男性の言葉を否定しようとするが、わたしはわざわざ訂正するのも面倒だし、このままでいいと美樹を言いくるめた。
「そうだ。君はとっても熱心だから御神体を見せてあげるよ」
「え、いいんですか?」
「大丈夫だよ」
「あ、ありがとうございます」
人違いした神主からの提案を美樹は嘘をついた罪悪感からか、申し訳なさそうに受け入れた。
(悪びれる必要もないのに)
そんなことを思いながら、わたしは神主に案内される美樹の後をついていく。
先ずは拝殿に行きお参りをして、そのあとは川魚や桃やお酒がお供えされている幣殿を見学させてもらい、最後は本殿へやって来た。
「これが森神・翠様?」
「そうだよ」
美樹は本殿の奥にそびえ立つ"老若男女"や"犬猫の動物"など様々な姿が一体化した木像の御神体を見上げる。
「どうしてこんな姿に?」
「……森神様は見る人によって姿が異なるんだ」
「異なる?」
「そう。森神様は姿を変える神様で、遊んでいる人達で"気に入った子"を見付けると、その子にとって"相性"がいい姿で現れるんだ」
「"相性"がいい姿って?」
「伝承によると"気に入った子"の対なる姿。男の時は"女"や、女の時は"男"と"異性"の姿らしいが、祖父母や犬猫の姿もあるから真相は定かじゃない」
美樹は真剣に神主の話を聞いている。
わたしは美樹の隣で御神体を見上げ、神主の説明に耳を傾ける。
「この御神体は何の木で造られているんですか?」
「この神社の奥、森神様が棲んでおられる森の楠から造られているんだよ」
「そうなんですね。写真撮ってもいいですか?」
「いいよ」
美樹は了承を得るとスマホのカメラを起動して、パシャパシャと御神体を撮影する。
「そうだ。森神様は必ず右手を差し出して『わたしと一緒に行こう?』って誘うんだ。その手を取ったら最後、神隠しされてしまって、もう2度と現世に帰れないんだ」
「2度と帰れない…」
美樹の顔がサァーと青ざめていく。わたしはそんな美樹に気づかれないように、もう1度御神体を見上げる。
(なんか不思議ね)
わたしのそんな心内を誰も知らない。
20分ほど本殿を見学してから外へ出ると夕暮れ時だった。
わたしはシャリシャリと参道を歩く。美樹はまだ神主と話をしている。
わたしは美樹と神主の会話に耳を傾けながら、夕日を見つめる。
「嬢ちゃん1人で、よく頑張ってるね。応援しているよ」
「え?いや、私1人じゃないです」
「ええ。そうなのかい?」
「今だって、みどりと一緒に説明を」
「なにを言っているんだい。昨日来た時も今日も嬢ちゃんはずーっと1人だったよ」
「え?」
「それにしても“みどり”か、偶然かね。森神様が人間の姿になっている時、必ずそう名乗るんだ」
「ええ⁉︎」
美樹はさらに困惑する。
「今思い出したんだか、人によって姿が異なる森神様でも、共通することがあって“黒髪黒い瞳”と“真っ白な衣服”と“新緑色の靴やサンダル、草履”を必ず履いているんだ」
「え?それって…」
神主に別れを告げた美樹はわたしの方へとぼとぼと歩いて来る。
わたしの目の前まで美樹が到着すると、
「ねぇ、みどり」
「ん。なぁに?」
美樹は恐る恐る口を開く。
「私、神主さんと話していて思い出したことがあるの」
「それって?」
「私は大学の教室で“いつも1人で席に座って”いて、借りているコテージには1人分…私の荷物しかない。そして昨日神社からの帰り、ちょうど参道で、はじめて“みどり”と出会った。貴女は誰?」
ざあっと風が吹いて、わたしの真っ白なワンピースがぶわっと靡く。
「ねぇ、美樹」
「……………」
「本当にそうだった?」
「え?」
「美樹は大学で1人で、コテージにも1人分の荷物、神社にも1人で来た。本当にそうだった?」
「み、みどり」
「本当は…大学でわたしと美樹は隣同士で、コテージにも2人分の荷物、神社にも2人で来たんだよ」
「そ、そうなの?」
「そうだよ」
「で、でも神主さんが1人だったって」
美樹はふるふると頭を横に振って抵抗する。
「美樹があまりにも熱心だから、森神様の伝承にかこつけて揶揄っただけだよ」
「そ…そう、なの?」
「そうだよ」
「そう…ね…」
「うん」
1度は不思議な力が宿った"言霊"に抗った美樹だが、瞳から光は失われ、みどりの声を受け入れはじめる。
(美樹と昨日の夕方から丸1日一緒にいたし、そろそろかな)
「ねぇ、美樹」
「…ん」
「わたしと"かくれんぼ"しよう?」
「…かく…れんぼ?」
「ええ、わたしが"鬼"で美樹がかくれるの。場所は…"わたしの棲"」
「…みどりの家?」
「そう。ずーーと棲してる処よ」
「……ずっと」
わたしは美樹に右手を差し出す。
「わたしと一緒に行こう?」
ーーーー
「……美樹起きた?」
「…………みどり?」
「"かくれんぼ"中に寝ちゃうなんてひどい」
わたしは美樹の頭を優しく撫でながら、膝枕をしている。
「…ま…周りが…真っ暗…こ…此処は?」
美樹は膝枕されたままで、周りをキョロキョロ見渡す。
「此処は森の奥深く翠の棲よ」
ぼーーとしてる美樹を見つめながら、わたしは川魚を一口食べる。
「ねぇ、美樹。本当のこと教えてあげる」
「ほんと…の…こと?」
桃の皮を剥いてかぶりつき、お猪口にお酒をとくとくと注いでいく。
「…神主は"遊んでる人"って言っていたけど、少しだけちがうの。遊びなら"なんでもいい"訳じゃないの」
「?」
「"かくれんぼ"してる人じゃないとダメなの。それから丸1日一緒に過ごすのと…あとは」
わたしは神主が話した"伝承"と"真実"の相違を指折り数える。
「わたしが気に入った人の対の姿で現れてる訳じゃないの。その人が"望んでいる姿"なの」
「……望んで?」
「"理想の恋人像"や"友人・恋人"に"亡くなった祖父母や犬猫"」
「……………」
「様々な姿になったわ」
「…………っ」
言葉の意味が分かったのか美樹は両手で顔を隠す。
わたしは美樹を見下ろすと両手で隠しきれないほど、顔が林檎のように真っ赤だった。
「その人が"望んでいること"を"かくれんぼ"しながらするの」
美樹の右手にわたしの左手を"恋人"のように絡める。美樹は恥ずかしそうに泣いていた。
「……女の人が好きっておかしいかな?」
「そんなことないわ」
「…でも」
「昨日の夕方、捧げ物を取りに森神神社に行って、はじめて美樹を見つけた時、すっごく心惹かれたもの」
森神・翠は大樹に棲んでいる神だからか無性で、男女の違いことは気にしない。
「………みどり」
うとうと美樹が眠そうにしてる。わたしはお猪口に口をつけて、お酒を口に含み、美樹に口移ししてお酒を飲ませる。
「ね、美味しいでしょ」
「……う…ん」
美樹はそのまま瞳を閉じて深い眠りにつく。
わたしは一緒に寝れる大きさの柔らかい木のベットを出して、美樹をベットの上に横たえる。
「誰かが"かくれんぼ"はじめるみたい」
ピクッとわたしは"外"の気配を察知して様子を探る。
「もう"外"は夜なのね。あら、昼間の男の子も居るわ」
わたしは美樹に顔を近づけて、口移しよりも深い口付けをする。
「明日には戻ってくるから待っててね」
頭を撫でながら優しく呟くと、わたしは美樹の側から離れる。その周りには同じようなベッドが幾つもあり、わたしが気に入った大勢の人が眠ってる。
「真夏のかくれんぼと神隠し。」と話がリンクしています。
https://ncode.syosetu.com/n2201hd/
残酷な描写、R15のキーワード付けるほどではないかもしれませんが、結末を考えると…一応付けた方がいいかなと思い付けさせていただきました。
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