第六話 月みたいな太陽
段々と日食の開始時間が近づいて来た。
宮内さんも時計を気にしている。
「そろそろだね。この時間なら多分屋上開いてると思うから、見に行ってきていいよ。」
「ありがとうございます。すぐ戻ります!」
宮内さんはそう言って、早々に席を立った。
…そして本当にすぐ戻ってきた。
柏木のタバコ休憩のほうが遅いくらいだ。
「おかえり。どうだった?」
「よく見えましたよ!峯田さんもよかったらどうぞ。」
宮内さんは俺に近寄り、日食メガネを差し出した。
「えっあ、うん…いいの?」
「はい!」
「じゃあお言葉に甘えて、ちょっと行ってこようかな。」
予想外のやり取りに顔を熱くしつつ、屋上へ向かう。
屋上には誰もいなくて、程よい街の喧噪とサラサラの風が、俺の初めての日食観察の舞台を整えていた。
太陽が月に隠されているからか、この時間帯にしては少し薄暗くムーディーな感じだ。
日食メガネを装着して、ゆっくりと空を見上げる。
…まるで夜空の三日月を見ているようだった。
お前にもこんな一面があったんだな。
本当に太陽なのかと疑ってしまうくらいだ。
正直そこまで感動したわけではなかったが、俺はしばらく月みたいな太陽から目が離せなかった。
やがて首が限界を迎えた為、撤退することにした。
…宮内さんを射止めた人って一体どんな人だったんだろうか。
階段を降りながらそんなことをボーッと考えていた。
「ただいま。貸してくれてありがとう。おかげで人生初日食が見られたよ。」
日食メガネは無事に持ち主のところへ帰って行った。
「いえ…お役に立てて良かったです。」
「太陽が月みたいで、不思議だった。」
「今回は部分日食なので、皆既日食だったらきっともっと不思議な感覚になると思います。でも、なかなか見られないんですよね…」
「皆既日食?」
「皆既日食の時は、太陽が全部月に隠されるんですよ。」
「全部か…宮内さんは見たことあるの?」
「はい…」
そうやってまた、切ない顔をするんだね。
「俺も見てみたいな。」
彼女の心を見てみたい。
「見たらきっと日食病になりますよ!」
「なんだそれ。」
俺たちは和やかな雰囲気で各自の仕事へ戻った。