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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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98 不可視を見破る策

 走り抜けようとした先でエメラルド色の目をした猫を見つけ、とっさにウロコを背後に投げ捨て横の脇道へ隠れていく。


 全く厄介な状態になってしまった。どこかかしこもクイーン様の眷属だらけ。嗅覚を紛らわし、無音で走ることで聴覚すら無効化することは出来るが、これだけ数が多いと逃げる側も肩身が狭い。


 頭上を見上げてみる。点々と輝いていた星たちの光が霞み始めている。夜明けが近づいている証拠だ。このまま地道にウロコで錯乱すれば逃げ切れる。


 ただ、一つだけ予期せぬ不祥事が起きつつある。不甲斐なさを自覚しながら私は自分のお腹に手を当てる。


「王都に来るまでまともに食べていない。そしてさっき、ゼレス様から命令されたことで予定が狂ってしまった。そろそろこちらも限界が近いですね」


 空腹だ。それも極度の。可愛らしいワンちゃんでもこれでは野生の牙を剥きだしにしてしまいそうなくらいでしょう。


 ふと鼻から果実の臭いが入ってきた。リンゴやイチゴといった酸味の香り。普段はあまり好んで食べないものでも来るものがある。


 スッと盗んで食べられたらどれだけ最高なことか。しかし、執事のトップとしてそのような行動をとるわけにはいかない。


「いやー全然見つからないね」


「テレレン殿。そんな堂々と歩いてたら向こうが逃げていっちゃうダヨ」


 話し声だ。ちらっと建物の角から顔を覗かせてみる。そこにいたのは、たしかクイーン様の隣にいた人間の女とフロストゴーレム。仲間と結託して私を見つけようとしているのでしょう。


 ここにいることがバレる前に私は全身を景色と同化させて走り出す。慣れた足取りで一切の音を立てずにそこを離れようとした。大きな街道が見えて、そこをまっすぐに突きぬけようとしたその時。


「――ッハ!」


 ばったりクイーン様の眷属と鉢合ってしまった。私と猫の目が互いにばっちり映り合う。


 捕まるわけにはいかない。執事服の中からウロコをとにかく複数枚手に取り、あらゆる方向に投げていく。道の先だけでなく、建物の壁に向かってもいくつか。その場の足元にも何枚か残して、私は臭いの中に紛れていった。


 走りながら眷属の動向を顔だけ向けて確かめる。眷属は私とは真逆の道を選んで進んでいき、私は安堵しながら前に向き直った。


 するとその足元に、恵みの生き餌、生きたミミズが落ちていたのだった。


「なんと。これは天からのおぼし召しでしょうか」


 何も考えずついミミズをピュルッと舌で絡みとってしょくした。それが罠だったとも気づかずに。




「今だ!」


 一瞬で消えたミミズをボクは見逃したりしなかった。街道の左右に並んでいた何十ものランプ。手を伸ばし魔力を弾き飛ばして、そのすべてにレクトの反射鏡を、激流の水が岩盤を破壊し、右に左にと窪みを突き進んでいくかのように浮かびあげていく。そのど真ん中で、突然暗がりになって不意をつかれたような白くなっていたカメレオンのことを、ボクはとうとうこの目で捉えた。


「これは! 私の能力が出し抜かれた!?」


「この時をずっと待ってたんだ! 逃がさないぞメレメレ!」


 夜明けはすぐそこで、チャンスはこの一度きり。ボクは鞭を打たれた馬のように足が動いた。竜の首飾りはすぐそこにあるんだ。タックルするような勢いで走って、必死な顔して腕を伸ばした。


「ここまで逃げたのに、すべてを水の泡にするわけには!」


 メレメレも身を翻してボクから逃げようとする。さすがに余裕がないのか、体を隠そうとしていないが、そんな好都合なこと逃す手はない。逆方向に逃げ道があるのを知っておきながら、このボクが考えもなく追いかけるものか。


「アルヴィアー!」


 その叫びと共に、待ちわびていたかのようにアルヴィアは脇道から飛び出してメレメレの行く手を遮った。理想的な挟み撃ちだ。


「悪いわね、執事さん」


「んな。伏兵を忍ばせていたとは」


「動かないでもらえるかしら? 人に見られる前に終わらせたいから」


 脅しのためにアルヴィアが剣を抜き取る。前に頼れる冒険者。後ろに七魔人ともやり合えたボク。完全なる包囲網の完成だ。


「これは……追い込まれた、ということですか」


「もうお前のことはレクトで暴ける。朝日もまだ昇っていない。道もボクらが塞いだ。さあメレメレ。おとなしく竜の首飾りを返してもらうぞ」


 非の打ちどころがない立ち回りだ、と。そう思っていた。そのおごりは、かつてゴブリンを村に溶け込ませようとした時と似ていた。やる前から出来ると。成功すると。名案が思い浮かぶ自分がさすがだと溺れるくらい迂闊なことだった。


「……クイーン様。まさか、既にご自分の勝利を確信されてはいないでしょうね?」


「――え?」


 進めていた足が途端に止まってしまう。


「ハミリオンは成長していくと二種類に分類出来ます。一つは砂漠に住む『サンドハミリオン』。もう一つは湿度の高い森林地帯の『パルスハミリオン』。私は後者に分類されます」


 三本指のカメレオンの手が、ボクとアルヴィアそれぞれの足元に向かって開く。


「景色と同化する能力が注目されがちですが、我々が持っている力はそれだけではありません」


 一瞬肌に刺さった魔力の空気。


「――まさか!?」


 そう言葉をこぼした時にはもう魔法は発動されていて、メレメレの手からオイルのようにぬめっとした液体がボクらの足場を支配してきた。つい反射的に片足を上げて避けようとしたが、もう後ろの石畳までびっしりと粘液に包まれている。下がることはかなわず、ボクは上げた足を元あった場所に戻そうとした。だが、魔法の液体の粘り気が氷も同等な滑り具合でツルッと滑ってしまった。


「――う、うわ!?」


 思いっきり尻もちをついてしまう。中々立ち上がれそうにない。


「不意打ちをするようで申し訳ありません。ですが、私にとっても譲れない場面ですので、どうか『パルスウォーター』を発動してしまったことをお許しいただければ」


 メレメレは足元がビチャビチャになっていても平気そうだ。自分の出した魔法でさすがに自滅はしないってことか。


「クソ! まさかボクが魔物の知識で出し抜かれるなんて!」


 迂闊だった。レクトに隠された効果に気づいたことで自惚れてしまっていた。二種類のハミリオンについてはちゃんと読んだことがあった。一歩立ち止まってもっと考えれば気づけたはずなのに。


「クイーン様。私はこれで」


「逃がすか! ――っわ!?」


 手をつけても逆効果で体は転ぶばかり。体中液体まみれになっていくともっともっと不利な状態になってしまってまともに動けなくなってしまう。


 そんなボクの前をメレメレが通り過ぎようとしていく。前傾姿勢で颯爽と。足がすくわれることなくすぐ隣を走り抜けていく。


 逃がしてしまう。せっかくここまで追い詰めたのに、まさかの見落としでチャンスが無駄になってしまう。


 駄目だ。駄目だダメだだめだ。駄目なんだ。ボクは立派な魔王にならないといけないんだ。この世界を新しくするためにも絶対に――!


 そんな想いが届いたんだろうか。メレメレに負けない勢いでボクの前を誰かが通りすぎた。


 通りすぎた彼女は、朱色の長髪を揺らしながら液体の上を器用に滑っていたのだ。まるで過去にこんな足場を経験したことがあるかのように、その動きは危なげなく整っていた。


「ッハ! 頼むアルヴィア! メレメレを止めてくれー!」




 クイーンたちに言った、かつてハミリオン討伐依頼を受けたことがあるという話。その時のハミリオンもこうして濃度の濃い粘液を地面に張り巡らせてきた。その時の感覚は、今まで積み上げてきた冒険者の勘ですぐに取り戻せた。


 執事さんの背中が近づいてくる。体を前のめりに、かつ姿勢を低くして加速していく。走りよりも滑りの方が速度が出るなんて世の常識。あとはタイミングよくそいつのことを抑えるだけ――




 ――血迷ってはいけないわよ。あなたがするべきことをしっかり思い出しなさい。


 ――醜い魔物め。やっぱり彼らは根絶すべき存在よ


 ――魔物なんか、守ったところで――!




 レイリアの重症した姿がちらついてしまった。つい捕まえようとした手が剣に触れ力が入る。


「んな! 待てアルヴィア!」


 そして、私は絶好の奇襲を狙って飛び上がった。クイーンの言葉も。前もってした約束も思い出す余裕もなく。眼前で広がった彼女の白炎に怖気づくことなく、揺らめく壁の向こうにいる『敵』を斬ろうとした。


「――お強い殺気。あなた様も結局はやはり、天敵(にんげん)なのですね」


 まるで私を舐め切ったかのような眼差し。それを見た瞬間、私の中でかせが真っ二つに砕けるような音がした。


 ――仇を討ってやる。

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