97 反射の能力
街頭ランプの光で浮かぶボクの影から眷属を何匹も召喚。闇に溶け込んだメレメレは、空気の淀みも起こさずどこかへ逃げてしまっているが、猫の嗅覚で辿れないものではない。
道をまっすぐ。ランプで明暗が繰り返される一本道を、乱雑に呼び出した眷属と仲間たちと共にずっとまっすぐに走る。
だが、ある脇道の前ですべての猫が一斉に立ち止まってしまった。
「どうした?」
黒猫たちはキョロキョロとまっすぐの道と脇道を見回していて、まるでメレメレの臭いが分散してしまったかのように困惑している様子だった。
「まさか、見失ったんじゃ」
危惧するよう呟いたアルヴィア。まさかボクの眷属が臭いを見失うわけが。
ある一匹が脇道へ入っていくと、焦燥感に駆られたボクは直ちにそいつを追った。追いかけた先で、地べたに落っこちていたものを見てすぐにピンときた。
「ウロコ! そうか。体の一部を捨てて臭いの跡を分からなくしようとしてるのか」
すぐに来た道を引き返す。ハミリオンは普通のカメレオンよりも身を守るための皮膚が厚く、体の細部まで擬態させるためにウロコの一枚一枚に神経が繋がっているという。
ボクらを攪乱するのにこの街は広すぎる。きっともう既に何枚ものウロコを散らばらせているのだろう。夜明けまで街の全部は回れない。でも時は一刻を争う状況。
「みんな! ボクのゾレイアじゃ正確にメレメレを見つけられそうにない」
「どういうこと?」
「メレメレは逃げながら各所にウロコを投げ捨ててる。それに臭いが分散してしまって、眷属たちがちゃんと後を追えないんだ」
「だったら、眷属の数をたくさん出せば」
アルヴィアの提案は肝心なことが抜けている。
「たくさん出せてもボクらが最後に捕まえないと意味がない。眷属が見つけたとしても、その場に誰かがいないとまたすぐに逃げられる」
「そっか。眷属の影はとても脆いのよね」
「どうするのクイーン様。こうしてる間にも大事な首飾りが!」
まくしたててくるテレレン。何かいい考えがないか必死に思考を巡らせていくが、ボクの持つ能力からではとても最適解が思い浮かばない。
「どうすれば……」
* * *
ひたすらに足を動かしながら、このタイミングで後ろに振り返ってみる。追ってくるような人影はいない。前にはもう王都の出入り口が見えている。
「あとはここをまっすぐ進めば――」
全速力でここを去ろうとしたその時、空から気配を感じてとっさに後ろに飛び退いた。
空から降ってきたのは黒い靄。球体のようだったそれが目の前で渦を巻いていくと、それに変形していた紫髪の吸血鬼様が、自慢の襟を直しながら正体を現した。
「やあメレメレ。随分とお急ぎのようだ」
「ゼレス様ですか。実際にお会いするのはお久しぶりですね」
「こんな街中で何をしているのかと思えば、その首飾り」
首に下げた竜を見つめられる。
「魔王様からのご命令です。首飾りを奪還してこいと。私が失敗してしまえば引き連れた七魔人の出番になるところでしたが、なんとか大騒ぎになるのは避けられたようです」
「ふむ。確かに出口はすぐそこだな」
真後ろにある出口を一瞥し、なおもそこに佇むゼレス様。
「お言葉ですがゼレス様。道を空けてもらってもよろしいでしょうか?」
「メレメレ。少し私からお願いしてもいいだろうか?」
「なんでしょう?」
「お前と会う前、街を走り回っているクイーンを見つけた。どうやら彼女は君が夜明けまではここに留まると思っているらしい」
「はあ。そんなことを口にした覚えはないのですが……」
「だが、純粋でひたむきに走り続ける彼女を見てしまうとな。裏切られた時の顔を想像するのが怖いのだ」
「まさかゼレス様。竜の首飾りをクイーン様に返せとおっしゃるのですか?」
「そこまでは言っていない。私は今、彼女にとっていい機会が訪れていると思っているんだ。彼女が成長できる、絶好の機会が」
「成長、ですか」
「実際に夜明けまでこの街をウロウロしてみてはくれないか? 魔王たるもの、不可視の存在に気づけないようでは、みなから敬いを受けることは出来ないだろう」
「その話。魔王様には通しておいでで?」
「なーに。君なら人間に気づかれず、そしてクイーンから逃れるのは簡単な話だろう?」
全くこの人は。
「……簡単におっしゃられる」
魔王様の次に娘バカな方だ。
* * *
唇をトントンと叩くのが、いつもより速度がやや早まっている。呆気なくメレメレを見失ってしまって、ゾレイアの眷属たちもあてもなくあちこちを走り回っている始末。闇雲に探すのでは到底夜明けまでには間に合わない状況まで陥ってる中、ボクは適当に街道をみんなと歩きながら、ギュウギュウ詰めの羊の群れの中からヤギを探すような思いで手段を模索している。
「クイーン様、とっても難しそうな顔してる」
思い浮かばないものだ。ハミリオンの景色と同化する能力を見破らなければならないのに、メレメレの透過は完全が過ぎる。あの能力を打開する方法があれば一番手っ取り早いんだが……。
「ハミリオンって魔物、過去に一回だけ討伐に行ったことがあるんだけど」
アルヴィアは腕組みをしたまま続ける。
「ハミリオンって生き餌しか食べないって聞いたわ。ミミズとかムカデとか、小さな虫を好むみたい。それでなんとか誘えないかしら?」
「ボクの首飾りを持った執事が、こんな土壇場の場面で食べ物につられるか?」
「うーん、やっぱり難しいかしら――」
バチンッ! と突如明かりが爆発する音がした。アルヴィアが言い切るのを遮るかのようなタイミングで、いきなり真っ白になった視野を守ろうとみんなして腕を覆ってしまう。
「うわ!?」「なにダヨ!?」
その爆発が一瞬のものだったと気づいてから腕を降ろしてみると、爆発の原因が街灯として輝いていた光石が勝手に破裂していた。
「街灯の石が割れたっぽいな」
真っ黒に割れた破片が足元まで散らばっていて、ドリンがボクの爪ほどしかない一片を摘み取ってそれを観察し、最後にそれを口の中に運んでボリッと音を鳴らした。
「これ、『ルミナストーン』だったダヨ」
「ルミナストーン?」
「暗い中で光る夜光石ダヨ。本当はこんなに明るくなくて、もうちょっと青緑色っぽいはずダヨけど」
それにアルヴィアの説明が加わる。
「夜でも明るいように改良しているって、どこかで聞いたことがあるわ。この光石が爆発することなんて滅多にないから、改良した時に不手際でもあったんでしょうね」
「とっても危なかったダヨ」
ドリンの言う通りだ。破片が飛んで刺さりそうだったし、何よりも爆発する瞬間の眩さで失明するかと思った。あんなに光り輝かれたらたまったものじゃない……。
ものじゃ、ない……。
「光……。ひかり……」
「どうしたのクイーン?」
「アルヴィア。ちょっと来てくれ」
彼女を後ろに引き連れて別の街灯の光が当たるところへ。その真ん中にアルヴィアを置いて、ボクはその前で頭上にレクトを発動してみた。そうすると思惑通り、アルヴィアの顔に当たっていた光が反射していた。
「いける! これなら出し抜ける!」
「どういうこと?」
首を傾げるアルヴィアにボクは嬉々としてレクトの新事実を語る。
「レクトは物体だけじゃなくて光も反射するんだよ」
「光を? それがメレメレっていう執事を見つける鍵になるの?」
その質問にボクは自信たっぷりの顔でこう言った。
「なるとも!」
すぐさま準備に取り掛かった。ハミリオが景色に溶け込むのは全身を変色させているからだが、この世界に色というものは何百種類とある。それだけ区切られて認知されているのは明るさのせいだ。
海を眺めた時、空に浮かんでいる太陽の位置によって色合いが変わるように、明るさは陽の当たり加減、すなわち光の角度強度で変わる。それらをいきなり変化させた時、色も一瞬にして変わる。メレメレの隠密術を打破することが出来るんだ。
「それで見つけられるなら、後はある程度場所を絞り込めれば」
アルヴィアの言う通り、ボクの作戦は、ボクの魔力が届く範囲にかつ、街灯のある通りに限定しなければならない。この街はだだっ広い。一日で全部回れそうにないくらいに。だからおびき寄せる何かがないといけない。
「生き餌を撒こう」
「生き餌を?」
「メレメレとて食の臭いに敏感な魔物だ。ハミリオンは一回ごとの食事が小食で、夜明けまでの長い時間で腹が空かないわけがない」
「でもさっきあなたが無理だって言ってたじゃない」
「夜明けまで時間が使えれば、その話も変わる。でもその代わり一度きりの作戦だ。チャンスは一回だけ。その一回でボクらはメレメレを捕まえなければならない」
生き餌は転移の指輪を持つアルヴィアに頼んで、一番大きい街道にそれを置いておいた。ボクはパッと見ではバレない位置に身を潜め、代えの生き餌を持つアルヴィアも一緒に待機。ドリンとテレレンは王都で一番広い商店街で、大量に餌の臭いがするそこに来ないか監視させた。
メレメレがウロコをまき散らすのなら、こっちだって街中に眷属をはびこらせておいてやる。百のウロコに惑わされるのなら百一の猫でメレメレを見つけ出してやるんだ。そして、見つけたやつにこの街道までおびき寄せさせる。そうしてボクのレクトで全身を暴き出せばチェックメイト。門前にも監視を待機させといて、万が一王都を出たとしたらそいつらから報告が来るはずだ。
布陣は整った。これが今ボクに出来る最高の作戦だ。この街道まで訪れれば、必ず捕まえられる。
魔王の娘たるもの、こんなところで立ち止まっていられないんだ。




