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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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95 疑心暗鬼

 グルグルと宙で回転する感覚。脳を激しく揺らされて、やっと収まったのを感じて両目を開く。アルヴィアから手を離しながら見渡し、貧しい人たちが寄り集まった小さな村の入り口まで来たんだと気づくと、栄華の街とはまるで遠い場所にあるものだと容易に思えた。


「随分と遠いところまで来たな。依頼内容はウルフの討伐だったか」


 そう感想を言い切るや否や、早速アルヴィアが一人で歩き始めた。


「アルヴィア?」


「先に行って話を訊いてくる」


 素っ気なくそう言われると、ボクはそそくさと進んでいく彼女を呼び止められなかった。


 隣ではまだ頭をくらくらさせているテレレン。確かに目的の場所まで来て最初にすることは、魔物がどこに現れたか、何体いるかという情報集めだ。アルヴィアの行動におかしな部分はない。だが、一人で先に行くなんてこと、いままでにあったか?


「クイーン様。オデはここら辺で隠れておくダヨ」


「ああ、人に見つかって騒がれる前に頼む」


 足元の土を掘り始めるドリン。不自然な氷岩の塊が地面に埋まるあの光景になろうと、ドリンが顔を地底につけていく。ちょっと滑稽にも見えるその様を監視しながら、はやる気持ちに体が動き出す。


「ボクはアルヴィアの後をついていく。テレレンはドリンのこと頼むぞ」


「は、ふぁーい」




 早足で村にたどり着いて、真っ先に目に入った老人に村長の居場所を訊いてその家を目指した。扉のない石壁の、自然の土をそのまま床にしているそこで声を張り上げる。


「アルヴィアー。いるかー?」


 すぐに顔を見せてきたのは知らないおじさんだ。


「なんだね君は?」


「アルヴィアを見てないか? 朱色のロングに剣を携えた女冒険者」


「ああープラチナ級の。彼女ならついさっきここを出て行ったよ」


「え?」


 出て行った? ボクとすれ違ったとか? いいやあり得ない。村は五分もあれば一周できそうなほど小さい。ここに来るまでに見つけられないわけがない。


「ウルフの情報を伝えたらそっちに向かったよ。プラチナ級は相当腕が立つそうだから、きっとすぐに戻ってくるだろう」


「ウルフはどこで見たんだ?」


「え?」


「いいから教えてくれ」


 口早にそう訊いたボクに、村長らしきおじさんは戸惑いながら喋る。


「えっとー。村の裏手側に川があるだろう。そこを越えた森の中で村の男が狩猟をしている時にウルフを見たんだ。数は三体で、一番大きいやつはどうやら、ちゅうきゅう? というほどの大きさだったらしい」


「それを見たのはいつだ?」


「二週間ぐらい前だよ。ギルドが送られてくるのは思ったよりも時間がかかるんだね」


 場所が場所だからだろう、とボクはひっそり心の中で呟いた。ともかく、今は一人で森に入っていったアルヴィアを追っていかなければ。




「テレレン。ドリン」


 三分足らずで二人の元に戻って、ゾレイアの黒猫たちを数匹召喚しながら、ドリンが顔を出し切るのを待たずに指示を出す。


「アルヴィアが一人で森に向かったらしい」


「え!? 一人で大丈夫なの?」


「中級ウルフだから問題はないだろう。でも、なんだが今日のアルヴィアは様子がおかしい。何も言わずに一人で勝手に行動するようなヤツじゃないはずなのに」


「うーん……どうしたんだろう、アルヴィア姉ちゃん」


 ポンッと気持ちいい音と共に最後の頭を地上に出したドリン。首を振って土を払ってから口を開く。


「まだレイリア殿のことが心配なんじゃ……」


 ボクも思っていたことが言語化される。やはりその考えにたどり着いてしまうか。


「とりあえずさっさと捜しに行った方がよさそうだ。ボクは一人で村を突っ切って行くから、二人は回り道して川を越えてくれ。眷属に道を示すよう言っておいたから彼らの後をついて行けばいい」


「分かった! すぐに追いつくね」


 身を翻し、再び村に向かって駆け出していく。ただ、なんとなくその足取りがおぼつかない感じがしてちょっと転びそうになってしまった。


 ……なんだろう。胸騒ぎがする。たった一人でウルフの情報を訊きだし、自分一人で勝手に行ってしまったアルヴィア。何の思惑もなくそんなことするはずがない。


 それじゃ目的はなんだ? 何をするつもりなんだ?


 ――まだレイリア殿のことが心配なんじゃ……。


 傷ついた妹を見て、彼女が今一番抱いている想い。大事な人をボロボロにされれば芽生えてしまう感情。それが向けられる標的。


 ――ちょっと、何かして吹っ切れたい気分。


 ……。


 いや、そんなことするはずない。


 早足から駆け足。走りに変わって、全速力になっていく。


 あいつがそんなことするはずがない。それをいち早く証明したかった。




「ニャー」


 森に入ってすぐに一匹の眷属が迎えてくれる。鳴き声を出すのは目的のものを見つけてきたという意思表示。木々の中を先行くそいつを、ボクは一心不乱に追いかけていく。


 きっと違う。絶対に違う。そう思ってるのはボクだけ。ボクがただ勘違いしているだけだ。


 枝葉に白い肌が切れて、吸血鬼が使っていた人体で変化した治癒能力ですぐに塞がっていく。かゆいくらいの刺激なんか気にならず、ただただ疑心だけが先行していく。


 そして、とうとう眷属が足を止めた。その先を見て、ボクは愕然としてしまう。


 丁度葉の天井が開き、闇の中に差した光柱。まるで、誰かが意図的にその場に()()を用意したかのように転がった物体。


 その物体は、傷だらけのウルフの死体だった。


「……ウソだろ」


 乾ききった血液。見え隠れしている肉骨。瞳に光はなく、紛れもない刺し傷が顔から後ろ脚に至るまでいくつもついている。


 ボクはしばらく、呆然と佇んでしまった。



 * * *



「イブレイド様。どちらに?」


「地下牢に用があるんだ。許可ならお父様から頂いてる」


 直筆で父上の名前が書かれた許可証を見張りの兵士に提示し、明け渡された地下への螺旋階段を下りていく。牢獄に挟まれた狭苦しい道を、冴えない顔した犯罪者たちを横目に先へ先へと進んでいく。




『ラーフ』


『なんだいイブレイド?』


『人間は正義であり、魔物は絶対悪である。これが正しいとして、魔物を根絶出来る方法があったのなら、どんな手を使ってでもそれを行使するべきだと思うかい?』


『どんな手を使ってでも……。難しいところだが、多少の犠牲が出てしまうのは仕方がないだろう。願うことなら誰も死なずに根絶出来れば丸く収まるが、もうこれまでに数えきれないほどの同胞が死んでいる。これから先もそんなことが起こるくらいなら、一度の作戦ですべて消してしまうべきだと、俺は思うぞ」




 ……そうだよな。


 字が綺麗でよかった。我ながら父上の特徴をしっかり捉えられてる。おかげで極秘に動くことが出来そうだ。


 予感がする、と父上は言っていた。その言葉は、僕にも共感出来る感覚でもあった。


 これから先、恐ろしい出来事が訪れようとしている。先に倒した七魔人。七体いるからそう呼ばれているらしいが、まだ六体もそれが残っているのであれば早めに手は打っておかなければならない。


 ラーフも言った通り、これからも長くヤツらの暴食を許すよりも、命をかけた覚悟を決めて、すべてを終わらせた方がいい。


「……君だね。元リメインのボス。ブロクサの傍を離れなかったという部下は」


 出来上がった逸材を前に自己紹介をした。牢獄のマスターキーをポーチから取り出し、鍵穴に差し込んで回すと、カチッと開く音が鳴った。


「初めまして。今日から君を新しく雇うボスだ」

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