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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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94 不穏な殺気

 馬車に乗って次の街に移る予定は延期になった。重症になった妹を置いてここを離れることなんて出来ないだろうし、ボクとしてもそんな不安を抱えたまま一緒についてきてほしくない。


 結局この日も適当な格安宿で寝泊まり。夜になって、眠る時間が訪れて、たちまちテレレンがあくびをこぼす。人知れず外に出ていっていたアルヴィアがまだ戻ってこなくてボクは探しに外に出る。入り口の前にいるドリンにどこに行ったか聞いて、指差された方向を進んでいくと、すぐに姿が見つかった。路地裏で壁に寄りかかり、腕組みをしている彼女に近づいていく。


「寝れそうにないか?」


「……」


「そうか」


 浮かない顔から答えは明白だった。


「私ってさ。変にプライドが高い性格でしょ? それを一番に理解してくれてたのはレイリアだったの」


 妹との話をアルヴィアは切り出す。


「私の力って、実はお母さんにも認められてなかったの。自分しか守れないんじゃ貴族として失格だって、民を守れないんじゃ半人前だって言われた。立場が立場なんでしょうけど、お母さんは厳しい人だった」


「嫌いなのか?」


 喋り方からなんとなくそうなのかと思って訊いてみた。でもアルヴィアは、少し躊躇いを挟んでから「ちょっとね」とはぐらかすように言った。話が続く。


「レイリアは出来た人間よ。魔法の扱いは一流で剣の技術も申し分ない。礼儀正しくて見た目も綺麗だし、それに、姉の愚痴にもいつも付き合ってくれる。私と同じ母の子とは思えない」


 最後の言い方はボクから目を離して、なんだか自分が情けない人間だとでも思っているかのように恥ずかしそうに語っていた。


「ごめんよ。ボクの部下が勝手なことをしてしまったばっかりに」


「クイーンは別に関係ないでしょ」


「いいや、関係ありありだ。だってボクはこんな世界を変えるために現在進行形で動いているんだ。今アルヴィアを悲しませてるってことは、まだボクの力が足りてないってことなんだよ」


「……」


「言葉で言っても困るよな。本当にごめん。レイリアが回復するまで。いやお前が納得するまでここに残っていていい。ボクらはいつでもここで一緒にいるからな」


「うん。……ごめんね、クイーン」


 謝られた。別にボクたちのことは気にしなくていいのに……。でも、迂闊に元気出せって言っても無理させるだろうし……。


「……先に寝てるな。あんまり遅くなるなよ。じゃなきゃお前まで修道院のお世話になるからな」


「おやすみ……」


 覇気のない返事。当然だ。今の彼女には時間が必要なんだ。


 レイリアはまだ命が繋がったってだけで目を覚ましていない。体の形が治らないかもしれないし、もしかしたら他の後遺症とかが出てくるかもしれない。妹がそんな状態でいたら、家族としては毎日気が気でないだろう。


 今のボクに出来ることはそう。ただ待ち続けることだけ。




「これでいいか? 依頼の品だ」


 待つんだ。


「ほい。報酬は隣の本部の方でー」


 あいつの精神が回復しきるまで待つ。


「お疲れ様です。報酬金180クラットになります」


 あいつ一人だけ見捨てていくことなんて出来ない。


「報酬金は貰ったダヨ?」


「ああ。でも時間が余ってるからもう一ついくことになった」


「じゃーん! ドリン君の仲間の、ゴーレムさんが対象の依頼だよ!」


「うう……おっかない魔物を選んだダヨ……」


「お前がそれを言うのか……まあいい。さっさと行くぞ」


 ボクらはいつも通り金を稼いで、レイリアが完治して、そしてあいつが戻ってくるまでいつまでも待ち続けるんだ……。




「――レイリア様ですか? 侯爵令嬢様は現在、母上様がお見舞いに来ておりますが……」


「え? お母様が?」


「あ。でもそうでしたね。アルヴィア様もラインベルフのご令嬢。ご一緒されても問題はないですね――」


「すみません。また今度お邪魔します」


「え? ちょっとアルヴィア様?」


「――アルヴィア」


 嫌な声が脳裏に響いた。耳から血が噴き出そうになる高い金属音とか、不可解に感じられる魔物の金切り音よりも寒気を感じる声。私はそっと修道院の中に目を戻す。


「久しぶりね」


 傷跡のついた頬。私と同じ橙の瞳と、レイリアと一緒のオレンジの髪。来年で四十五を迎える見た目とは思えない若さ。


 紛れもない。私の苦手な人。


「……お母様」



 * * *



 本物の銀の剣が一瞬にして振られる。紺色の髪は揺れ、包帯をグルグル巻きにされた左腕がピタッと止まる。再び構えを直すと、空を切る音と共にまた瞬きする間もなく手が止まっている。かつて前線に立っていた者の、洗練された動きだ。


「父上。あまり長くやられるとまたお体に障りますよ」


「案ずるなイブレイド。私は、予感がするんだ」


「予感?」


 普段は兵士たちが訓練をするこの場で、父上の顔から太陽の日が隠れる。


うごめいている。やつらがまた、あの時のようなことをしでかそうとしている。七魔人の登場からそう思わざるを得ない。この左腕の傷が、そう訴えるようにうずいているんだ」


「でも、その内の一体は僕たちが討ち取りました。やつらの戦力は減少しているはずです」


「イブレイド。私が彼らを絶対悪だと言い続ける理由を忘れてはならない。魔物どもを侮ってはいけない。やつらは如何に卑怯な手を使って私たちから大切なものを奪ったのか」


 ぎゅっと、左手に力が入った。体に刻まれた傷をつつかれたようだった。


「忘れませんよ。あの日感じた喪失感は、僕の中から決して消えない。もしもあの時の出来事が起こるのなら、今度はきっちり仮を返してやります。――母上の仇を」



 * * *



「号外! ごうがーい!」




「……英雄ギルド『ユースティティア』の帰還」


 ギルド本部前で受け取った読み売りのタイトル。それを呟いた後にずらずらと続いていく手書きの文章をボクはぱっぱと読み進めていく。


「戦った相手は骨の魔物『スケルトン』。彼は自らを『アーサー』と名乗っていたという。実際に対峙したギルドリーダー『イブレイド・セルスヴァルア』は、怪力の化け物と称しており、多数のけが人が出てくるなど苦戦を強いられた模様。しかし最後に彼の首を討ち取ったということは、正義は必ず勝つということを証明してくれたのだ……」


 最後まで読み切ると、ドリンがいきなり身震いをする。


「し、七魔人を倒したダヨか? あのイブレイドっていう王子様は」


 ボクは少し答えるのに迷ってしまう。


「……この麻紙からじゃ、そう捉えることしか出来ない。これが事実だったらお父さんがどれだけ困ることか」


「悲しいことしか生まれないね、争いって」


 テレレンの言うことにボクも賛同してしまう。イブレイドのギルドは七魔人をも倒す実力を持っているらしい。その裏にはレイリアのようなけが人が生まれているのも事実だが、少なくとも決して侮れない相手ということは確かだ。ボクがこうしてもたもたしている間にも、犠牲となってしまう魔物が増えてしまうかもしれない。


 けど、かといって大事なアルヴィアのこともおざなりには出来ない。


「悲観的にもなってられない。今日もいつものように依頼をこなそう。世界がどうなろうとお金は必要だ」


 そう言ってギルド本部の入り口に向かい、そのドアを開こうと手を伸ばした時だった。


 ボクの見慣れた手が横から扉を開けた。すぐにボクは彼女の名前を呼ぶ。


「アルヴィア! 来てくれたのか」


 話しかけるまで彼女も気づいていなかったのか、声を聞いてパッとこっちを向いてくれた。


「今朝はまだ本調子じゃなさそうだったけど、もう大丈夫になったのか?」


「そう、ね……」


 元気のない返事。アルヴィアは肩に何かにとりつかれてるかのように顔色がよくなかったが、確かに口を開いてこう言った。


「でも、じっとしてるのにも疲れたの。ちょっと、何かして吹っ切れたい気分」


 吹っ切れたい? 不安な感情が積み重なってストレスにでも変わったのだろうか。まあどちらにしろ、彼女が決めたことにボクが断る理由はない。


「ああ。一緒に行こう」


 そう言って先に中に入っていく。その時、彼女が抱えている葛藤に気づいてやることも出来ずに、ボクは呑気に依頼を選びに行く。

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