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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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92 イブレイド・セルスヴァルア

「世界は美しいって、一体誰が言ったんだろうね?」


 暗き洞窟の、その最奥まで迷い込んできた子犬に僕は手を伸ばしてみる。


「醜悪な人間と身勝手な魔物ぼくたち。美しいって言われるところはどこも、誰の手も触れられていない自然本来の景色だ」


 子犬が鼻を突き出し、慣れないように臭いを嗅ぐ。逃げようとしないこの犬は、きっとこの臭いを初めて嗅いだだろう。


「君も、美しい世界に生まれていればここに来なかった」


 これが危険な生き物の臭いだって知っていない。母親から教わるべき世界の生き方を、この子は何も知らない。僕は子犬のお腹に手を回し、優しく抱き上げる。


「……外、出るのメンドウだなぁ……」



 * * *



 寝不足のあくびが出てくる。昨日、遅くまで空いてる宿を探していた弊害が今日の眠気として残っていて、最悪な目覚めってヤツを人生で初めて味わった。


「眠そうね、クイーン」


 横目で見てくるアルヴィア。その奥にテレレン。後ろにドリンも続いていて、ボクたちは今馬車に乗ろうと厩舎きゅうしゃを目指している。


「昨日寝る時間が遅かったからな。あまり本調子じゃないや」


「疲れも溜まってるでしょうね。ダルバーダッドに来てから、七魔人やらマジックライター事件とか、大変なことばかり起きてたから」


「ボクを城に連れ帰ろうとした七魔人。竜の首飾りを狙ったリメイン。ゼレスおじさんと会った時も奇妙な出来事が起きてたし、ボクの周りには碌なことが起こらないな」


「なんだかクイーン様。世界に愛されてるみたいだね!」


 ポジティブシンキングな頭のテレレンはそう言うが、命を狙われてる身になってみればそんな可愛らしい表現にはならないだろうと心の中で呟く。


「そうだとしたら世界の愛が重すぎる。しばらくはボクから離れていてほしいよ」


 話しながら分岐路を真っすぐ進む。一定のリズムを刻んでいたドリンのデカい足音が一瞬途切れたかと思うと、背中から「クイーン殿」と呼ばれた。


「どうしたドリン?」


「あれ」


 通りすぎた分岐路のもう一方に指が差される。ちょっと戻って角から顔を覗かせてみると、そこに意外な人物が何かを抱えて呆然と突っ立っていた。


「ウーブ?」


 ボクの言葉にそいつが顔を振り向けてくる。背中を覆う灰色髪に青白い肌。なぜか片腕にこげ茶の毛をした子犬を抱えていたそいつは、七魔人のウーブで間違いなかった。


「珍しいな街で見かけるなんて。何やってるんだ?」


 そいつの前までボクらは歩いていくと、ウーブは親犬が運ぶ時に口にする部位を鷲掴みにし、ボクらによく見せてきた。


「この犬が僕の洞窟に迷い込んできたから、街の修道院とかに預けようと思った」


「うわぁ! とっっっっっても可愛い!」


 顔面まで顔を近づけたテレレンにウーブがそっと子犬を譲る。テレレンは流れるようにその子を受け取って頬ずりを始めた。柔らかい顔をしていたアルヴィアが表情を戻してウーブに話しかける。


「修道院って逆の方角じゃなかったかしら?」


「逆、なんだ。久しぶりにここに来たから忘れてた」


「そうだったのね。……それにしても、ウーブって傍から見たら人間そっくりよね」


 二つの目と鼻と口と髪。腕も脚もあって指も五本。肌が人より青白いのはあるが、きっと他の人からも少し病気がちに見えるだけだろう。身に着けてる衣装も素朴でブナンなもの。彼の見た目はれっきとした人間そのものでこの街に馴染んでいる。


「前々から思ってたけど、あなたはどんな魔物なの?」


「それは、あんまり答えたくない。一応、自分の正体を隠すために人間の見た目をしてるから」


「そう。ちょっと残念ね」


「ボクも知らないんだよな。ウーブの正体は」


「魔王の娘なのに?」


「七魔人に関しては秘密事項だったからな。お父さんからも、まずは魔物の種類をすべて把握する必要があるって言われて教えてくれなかったんだ。……でも、今思えば教えてくれなかった理由が分かるな」


 無音でアルヴィアが顔を傾げた。「どういうことダヨ?」とドリンが訊く。


「お父さんはボクにこんな試練を用意していたんだ。一人でも魔王の城に戻るっていう試練を。その一環として、お前たち七魔人がボクの首飾りを狙うようにしている。きっとそれは、何も情報がない強敵にも勝てるための力を養わせるためにしていることなんだ」


「あー。そういうことダヨか」


「……そうだったっけ?」


 反応が二つに割れた魔物ペア。渋い顔するウーブを見てむしろボクは感心してしまう。


「とぼけるのも無理はないよな、ウーブは。悟られないようにしろってお父さんに言われてるはずだもんな。ボクのお父さんは賢いから、きっとそういう指示を出すはずだ」


「……まあ、なんでもいいや」


「――ねえ、君」


 その声は、足音を隠して近づく暗殺者のように唐突に聞こえてきた。ボクらが全員すぐに後ろに振り向く。金髪の男。端麗たんれいな顔立ちからはいかにも好青年の空気が漂っている。


 話しかけてきた場所はボクらが歩いてきた分岐路の真ん中。剣三本分はある距離から、その男はどうやらウーブに目を向けながら話を続けてきた。


「君、この街の人じゃないよね?」


「メンドウそうな人だ……」


 ボソッと呟くウーブ。一目でこいつの正体に気づいたというのか。こいつは誰なんだ? その疑問をアルヴィアが払拭してくれる。


「イブレイド・セルスヴァルア。最高の冒険者であり、国の王子様でもあるあなたとここで出会えるなんてね」


「王子様?」


 まさかの言葉を思わず復唱してしまう。テレレンが子犬を抱えながらアルヴィアに向けて囁くための手を作る。


「あの人、アルヴィア姉ちゃんの知り合いさん?」


 小さな小声に対しアルヴィアは隠すつもりのない声量を出す。


「私たちと同じギルドの冒険者。けれど彼らの実力は一級品。彼が率いる『ユースティティア』は、この()で唯一のオリハルコン級ギルドなのよ」


「おりはるこん、って、確か一番上のランクだよね!? とってもスゴイ人じゃん!」


 最高ランクのギルド。それも人間の国で唯一の。この国最強のギルドとも言い換えられる存在。しかも率いると言っていたから、こいつがリーダーとして活動しているんだ。


 イブレイド・セルスヴァルア。国の王子であり最高ギルドのリーダーで最強の冒険者。なんだかいきなり、こいつから只者ではないオーラを感じられるような気がする。


「久しぶりだね、アルヴィア。ギルド本部のニュースで見たよ。彼らが新しい仲間なんだね。小柄な少女二人とフロストゴーレムで編成されたモンスターテイマーギルド。最初見た時は驚いたよ」


「そうでしょうね。今でもたまに、魔物だ魔物だって街行く人に騒がれてたりするわ」


「ゴーレムは目立つから余計そうだろうね。でも仕方がない。僕たちからしたら、魔物は――絶対悪なんだから」


 柔らかい声色で、おっかない言葉を強調してそう言った。グッとボクの体に寒気が走る。そいつは不気味なくらいに涼しい顔を浮かべている。


「……魔物にだっていい魔物がいるわ。彼がそうよ。グウェンドリンって言うけど、彼は人間のために依頼をこなしてくれる」


「そうか。アルヴィアが言うからにはきっとそうなんだろうね。でも僕が今気にしているのはグウェンドリンじゃない」


 イブレイドがそっと剣の束に手をかける。まさかいきなり抜き出すのか、と身構えようとする瞬間だった。


 音もなく、風もなく、そいつは目の前から消えた。パッと。指音が鳴ったぐらい一瞬で。


 そして次に聞こえたのは、ボトッと重たい何かが地面に落ちた低音。ボクらは一斉にウーブがいた方向に振り向いた。


 佇んでいた青白の体。地面に転がっていたのは、長い灰色髪の生首。そして、その裏に、剣を振りぬいたかのようにして立っていたイブレイド。


 ボクは顔を青ざめる。あのウーブが。七魔人の彼が、あっけなく首を斬られた――。

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