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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 断章 居場所無き二人
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89 三大魔物ミノタウロス

 真っ先に動いたのはミノタウロスではなくギルエールだった。我先に剣を抜き、怖いくらい鋭い睨みを利かせて腕を振ろうとしたけど、ミノタウロスが私たちを巨木のように太い腕で薙ぎ払うのが早かった。


「ぐあっ!?」「きゃっ!?」


「ふ、二人とも!?」


 馬に蹴られたかのように体が吹き飛んで、奥の壁まで飛んでしまう寸前でグウェンドリンが私と彼をそれぞれの手で受け止めてくれた。


「ありがとう」


 矢継ぎ早に礼を言う。胸に与えられた強打に痺れを感じながらも、私はグウェンドリンの手を離れ剣を抜いて態勢を構える。


「くそ、この俺が不覚を取るとは。お前のせいだぞアルヴィア!」


 この期に及んであの銀髪はまだ私に嚙みついてきた。


「今は言い合ってる場合じゃないでしょ! 集中して!」


「お前が俺に指図するな。こいつは俺一人で倒すと言ったはずだ。邪魔をするな!」


「何を言ってるのか全然分からない。相手を舐めてたら本当に――ちょっと!」


 ギルエールは私の話を聞かずにさっさとミノタウロスに襲い掛かっていった。不用意に相手の間合いに入り込んで、ひとまずダメージを与えたいのか防御を捨てて攻めかかろうとする。


「ブモオォォ!!」


 雄たけびで洞窟内を揺らすミノタウロスが、愚か者に向かって左手で斧を横に振り切った。首元を狙ったそれをギルエールは辛うじて避けていて、大きな斧の刃は隣の壁に深く刺さった。


 武器の手が封じられて訪れた絶好のチャンス。これを逃さない冒険者はいない。ギルエールはすかさず腕を振り上げ、反撃を一発ミノタウロスに与えた。


 分厚い皮膚から生黒い血が滲み出る。ミノタウロスの筋肉はどんな魔物よりも固く、そう簡単に部位を破壊することは出来ない。それでも一人で倒すという言葉は本気のようで、彼はその後、ミノタウロスが斧を引き抜くまで何度もその腕、体を傷つけていった。


「死ね! 死ね! 死ねぇ!」


 稚拙な誹謗と共に繰り返される焦りの攻撃。文字に起こしてみれば、今は彼が優勢に見えるかもしれない。けど傍から見てみれば、どの攻撃も小さなものでミノタウロスはまだ倒れる気配がない。


 三大魔物と区分され特級の危険魔物として扱われている理由がここにある。彼らは生半可な攻撃はおろか、武勇を極めた人の技でも止めを刺すのに苦労する。ギルドでもミスリル級以上でなければ絶対に受けられないけれど、率先してその依頼書を取る人は極めて稀。


 戦う上で一番厄介なものは、岩を砕くような強大なパワーでも、音速のようなスピードでも、目で捉えられないようなテクニックでも、奥に秘められた魔法でもない。どれだけ斬らなければならないのかと、そう思わせるほどの耐久力こそが相手に強い絶望感を与えてくる。


 死なないということは、殺せるってことなのだ。


「あ、斧が!」


 グウェンドリンがそう言った瞬間、ミノタウロスが斧を抜き取った。攻守が交代する瞬間だった。


「下がって!」


「指図するな!」


 私の忠告を無下にして、ギルエールはその場で攻撃を回避する手段を選んだ。左手に握られた巨斧きょふが、料理下手な人が扱う包丁のように縦に何度も振られていく。ギルエールの神経は研ぎ澄まされていて、軽快なステップを踏むようにそれらをすべて避けていく。


「ノロマが!」


 一瞬の隙をついた反撃。その一撃が致命傷になることはなく、再びミノタウロスのターンが続く。


 しばらく一人と一匹は至近距離でせめぎ合った。一匹が振り下ろして、それを一人はかわしてすかさず剣を振る。血が飛び散っては、一匹は怯むことなくネズミを追うように攻撃を繰り返す。


 ――これが三大魔物のミノタウロス?


 突如そんな疑惑が浮かんだ。どうにも動きが鈍く感じる。力があるのもミノタウロスの特徴の一つ。だけどそれにしては動きが単調というか、何かセーブをしているかのように動いているように感じる。


 前にもクイーンが言ってた。ミノタウロスは一級品の斧を造るために、険しい山を登り、己の手で岩壁を削って素材を研いで武器にしていく。パワーに限らずミノタウロスには武器を繊細に扱うことが出来るのだと。だからこそグウェンドリンのフロストブレスを見切れたのだと。


 あの時観客席から見えた面影が、このミノタウロスからは感じられない。とても恐ろしい魔物のように思えない。


「ア、アルヴィア殿どうするダヨ? このままじゃギルエール殿が危ないダヨ」


 心配するグウェンドリン。戦いを続けているさなか、ギルエールが攻撃を避けようと裏に回った。そこでミノタウロスが私たちに背中を向けると、私は右肩に出来てた深い傷跡が気になった。同時に、このミノタウロスが不調だった理由を知る。


「……多分、大丈夫」


「え?」


「大丈夫。ギルエールがあんな動きを見切れないわけがない。あのミノタウロスは肩をケガしてる」


「ケガ? ……あ、本当ダヨ」


「あれはきっと斧による傷跡。熊流派の団の人たちの得意武器ね。逃げる際に与えたんでしょう。ミノタウロスの利き手が右だとしたら、彼は本調子で武器を振ることが出来ない」


「そう言えば、ずっと左で振ってるダヨ。そしたらギルエール殿が勝てるダヨか?」


 私はすぐに首を横に振る。


「勝てはしないわ。あれは一人で倒せるものじゃない。時間が長引けばミノタウロスとの体力勝負になって、いずれギルエールが先にばてる」


「じゃあどうするダヨ? 今すぐに動かないとダヨ!」


 私はミノタウロスを倒したいわけじゃない。ギルエールに死んでもらいたいわけでもない。やらなければならないことは、この戦いを終わらせること。何も複雑なことはない。すべきことはそれだけだ。


 可能性があるとすれば、私の魔法にかかってると思う。けど……。


「あいつが私に合わせてくれるかどうか……」


 そう呟いた瞬間、ギルエールが何かにつまずくように体がよろけた。洞窟のでこぼこした地形にひっかけたようで、さっきも言った通り時間が長引けばの影響がたった今現れていた。


「間に氷の壁を! 早く!」


「ダ、ダァ!」


 つい怒鳴るようにそう命令してしまったが、グウェンドリンは即行動に移してくれた。フロストウェイブという地面に氷を走らせて敵を閉じ込める技を応用し、ドジとミノタウロスの間に簡易的な壁が出来上がった。廃墟の崩れかけた壁のような出来だけど、ケガをしているミノタウロスを止めるには充分なものだった。


 私はギルエールの前まで走る。そいつは助けられたことに唖然としている様子だった。


「なぜ余計な手出しを」


「そうしなかったら無益な犠牲が生まれたからよ。いいから目を瞑ってて」


「お前らの助けは不要だと、何度言えば分かる?」


「だったらそんな醜い姿を見せないでくれる?」


 チッと舌打ちする音。グウェンドリンが私に追いついてからも、彼は立ち上がろうともせずブツブツと喋り続ける。


「俺はリーデル家の第一位後継者。いずれは名門貴族の顔として生きる男だ。その俺が誰かの助けを借りるなど言語道断。あってはならない……」


「一人で出来ることには限界がある。いい加減、一人にこだわるのは辞めたらどう?」


 壁をグーで殴るミノタウロス。ヒビが入り始めて長くはないと悟る。


「貴族というのは一人になろうが守るべきものを守らなければならない。お前もよく知ってるだろう? ラインベルフ家の娘として民を守る。そうしなければ俺たちは一人前とは呼ばれない。ひたすら前を向いて、魔物に立ち向かって、常に進み続けて威光を示さなければならない」


 貴族の務め……。それは私が本来果たさなければならない義務であり、今私自身が迷っている題材だ。


 魔物を助けるなんてことは、その義務に反した行動。守ることが正義だとしたら私がやってることは悪で、とても母上に伝えられないことだ。


「俺たちは目をそらすことが許されない。前を向き、力を示し、弱者を従えなければならない。どんなことがあろうとも、前に進まないわけにはいかないんだ」


 剣を突き立てる音がして、振り向いてみるとギルエールが剣を杖代わりに立ち上がろうとしていた。足の震えからして体力の限界だったと察する。立ち向かう勇気は感心出来るけど、今は貴族というものにこだわっていてほしくない。じゃなきゃ私の魔法が発動出来ない。


「ギ、ギルエール殿」


 グウェンドリンが意外にも口を開いた。


「なんだ?」


 敵を睨む双眼。ビビりの性格が一瞬発動して身を引いたけど、恐る恐る彼はこう言った。


「オ、オデ、キゾクってものが分からないダヨけど、前って方向は、たとえば後ろを向いたりしたら今度はそっちが前になるダヨ」


「……はぁ?」


 ほどなくしてバリンと、ガラスが割れるような音と共に氷の壁が割れた。斧を握り直す姿を見てすぐにグウェンドリンが動いた。


「うわあぁ!? 見ちゃダメダヨ!」


「ちょ!? お前! この手をどけろ! っくそ! ビクともしねぇ」


 大きな岩の二本指が丁度ギルエールの目元を覆ってくれた。一気に体の魔力が循環する感じがして、振られてきた斧に瞬時に反応する。


「ふっ! ……クラッシュ!」


 腕で受け止めた斧を、内側から爆発を起こすようにはじいた。斧は斜め上に飛んでいき、それほど高くない天井にぶつかって地面に落ちた。手ぶらになったミノタウロスを前にして、まだ戦い足りないような瞳に私は敵意がないことを示すよう、腰のベルトを取って剣を床に放り投げてみせる。


「人間の言葉が分かるならお願いするわ。ここから引いてちょうだい」


 ブフゥという鼻息。血の気が盛んだったのが一旦は落ち着いてくれた感じだ。


「私たちに敵意はない。そこの馬鹿があなたを傷つけたことは謝るわ。ごめんなさい」


 片膝をついてそう訴えかけてみる。すると、ミノタウロスは私たちの言葉を喋ってくれた。


「ナゼ謝る? ニンゲン、魔物を殺す」


「私たちは違う。なんの罪もない魔物を殺したりしない」


「……」


「あなたの斧を吹き飛ばしたのも謝罪するわ。ミノタウロスにとっては大事なものなのよね?」


 もう一度鼻息が鳴って、沈黙の間を作ってからミノタウロスはゆっくり身を翻し落ちた斧を拾った。そして洞窟の奥に進んでいき、暗闇の中にあっさり姿を消していった。


「や、やったダヨアルヴィア殿。ミノタウロスが帰っていったダヨ」


 一番に喜びを見せるグウェンドリン。その拍子に手が離れ、顔を見せたギルエールが私に訊いた。


「何をした? あんなのをお前一人でどうやって帰した?」


 膝を直し、床に落とした剣を腰に付け直しながら答える。


「ただの話し合いよ。武器を持ってたら話し合いにならない。だから武器を吹き飛ばして、相手より低い視線でお願いをした。たったそれだけよ」


「それだけ……。そんな馬鹿な話があるか」


「あるのよ。魔物だって生き物。話が通じ合えば、私たちは分かりあえるんだから」


 最後はグウェンドリンと目を合わせながらそう言った。

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