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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 断章 居場所無き二人
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87 不可解な心情

 湖のほとりの洞穴。そこへそそくさと歩いていく彼を私は追いかけてしまっている。この先にいるのは三大魔物のミノタウロス。いくらギルエールといえど、死ぬと分かっていて見過ごすにも見過ごせない。


「止めるべきよ。たった一人で挑むなんて無謀すぎる」


「お前は俺の母親か? 隣にいても煩わしいからさっさと失せろ」


「憶えてないの? 前に私たちでミノタウロス討伐に向かった時、私たちは命からがらにそいつを倒した。六人がかりでもギリギリだったのに、あなた一人でどう倒せるのよ」


「だからうるさいな!」


 怒号を飛ばされる代わりにやっと足が止まった。苛立った視線を向けられて、後からついてきていたグウェンドリンも小さな悲鳴を上げていた。


「そもそもなんで俺に構う? お前は俺のことが嫌いじゃなかったのか?」


「嫌いよ。あなたみたいに自分のことしか考えない人、嫌いにならないわけないじゃない」


「じゃあなぜここまでついてきた? 万が一俺がここで死のうがお前には関係ないだろ」


 それはそうだ、と言葉が詰まった。私自身、どうしてこいつを気にかけているんだろうって思う。かつて私はこいつから人格否定的罵倒や憂さ晴らしの愚痴をぶつけられてきた恨みがある。結局それはクイーンと出会って、みんなと新しくギルドを作って、この男にも直接戻らないことを伝えて、それでもうその問題は解決したと思っていた。


 だからもう、私はこいつとの関わりはない。あの時、もう遅いと伝えた時に終わったはず。


 目の焦点をギルエールの後ろに合わせる。洞窟の奥は真っ暗で、過去にこのダンジョンを訪れた冒険者が壁に飾ったのであろう松明のところでしか状態を把握出来ない。


 この先にあるのは死。ミノタウロスに人間一人で倒すなんて不可能。それをこいつも分かっているはず。分かっていながら進むっていうなら私は無視すればいい。もうこいつとの関係は途絶えたから。


「……」


 それでも、何かが胸に引っ掛かる。ここで見なかったフリをしたら私が後悔するってはっきり言える。


 それはどうしてか分からない。理由が見つからない。こいつは私から居場所を奪った人間だ。それでも見過ごせない何かがある。街を出てから今も、ずっと胸に引っ掛かり続けている。


「……はあ。時間の無駄だ。お前はさっさと帰れ。顔も見たくない」


 黙り続けていた私にそう吐き捨て、ギルエールが身を翻す。そのまま闇の中へ消えていこうとする背中。


 このままいけば彼は死ぬ。間違いなく負ける。忠告はした。嫌いな人なんだからこのまま見過ごせばいい。むしろ消えてもらった方がこっちも清々するはず。


「どうするダヨ、アルヴィア殿?」


 どうするもこうするも、私が取るべき選択は一つ。一つのはず……。


 ――何が市民のための貴族だ。こんなのを守るために戦場に赴くなど馬鹿がすることではないか。


「……その好き勝手言うクセ、止めてくれるかしら?」


「なんだよ」


「あなたがミノタウロスに負けるなんてどうでもいいことなの。私がここまで来たのは別の理由」


「俺が負けるわけがない。邪魔をするつもりならこの場で斬ってやるぞ。能力を無効化したお前らなど敵ではないからな」


「私のリーダーは魔物愛護派なのよ。だから、ミノタウロスにここを離れてもらうよう私が説得する」


「……はあ? 頭が湧いてるんじゃないのかお前?」


 今まで見たことないくらい呆れた顔で馬鹿にされた。心の底から何を言っているのか理解出来なかったようなあほ面っぷりだ。


「真剣よ。私は真剣にそうしようと思ってる」


「お前がそこまで低能だったとはな。魔物と対話が図れるとでも? それが出来たらとっくにすべての魔物は魔王国に戻っているだろ」


「そう出来ない事情が向こうにだってある。私たち人間の国にだって、栄華の街とか言っときながらまだ貧民街がなくならないみたいにね」


「魔物が社会を形成出来るような生き物なわけないだろ」


「勝手に言ってれば。決めつけることならサルにでも出来るんだから」


 自分に言い返された瞬間ムッとした表情を見せる滑稽者。私はそいつを無視するようにグウェンドリンに先に行こうと促す。


「行きましょ。こいつが変なことする前に私たちでミノタウロスに話をつけないと」


「ほ、本当に行くダヨか? オデ、怖いダヨ……」


「大丈夫よ。今回は戦う必要はない。私を信じて」


「わ、分かったダヨ」


 ギルエールの隣を早歩きで通りすぎる。


「なんなんだ、あいつ」


 後から舌打ちする音がして、一人分の足音が私たちのと重なった。



 * * *



 いつもより日差しが強く感じられる昼時。額に汗が滲み出ながらボクはやっと目的の森までたどりついた。


「はあ、全く。眠っていても運んでくれる眷属はいないのか?」


「ここはお城じゃないよクイーン様」


 至極全うな返事をテレレンにされる。ボクと変わらない体つきなのに体力だけは彼女に適わない。


 それはそれとして、ボクはゾレイアで眷属を召喚しながらあることを思い出した。ワームという魔物の特徴についてだ。真上に昇った太陽を手の平越しに見て、難儀な仕事になりそうだとため息を吐く。


「どうしたのクイーン様? 暑さにやられちゃった?」


「いや違う。ワームは夜行性の魔物で、昼は外敵から身を守るために土の中に潜んでるんだ」


「へえ。わーむっていう魔物さんは土が掘れるんだね」


「芋虫みたいな魔物だ。見た目もブニョブニョしていて口と歯が異様にデカい。魔法が使えたりはしないが、成長すると二、三メートルを超える大きさになるヤツもいるな」


「そんなに!? とってもおっきくなるんだね」


「今回は下級のワームだから、せいぜい五十センチにも満たない大きさだろう。問題はどうやって土の中のそいつらを見つけるかだ」


 土に潜ってしまっては猫の嗅覚も届かない。昨夜の夜までいた場所は残り香で分かるかもしれないが、そのまま真下に潜って眠るワームなんていない。この世に鼻の利く魔物や生物が他にもいるからだ。


「ボクの眷属でも探し当てるのが難しい。ドリンがいれば適当に土を掘ってもらって探すことが出来たんだが、ボクらの手じゃな」


「夜まで待つってのは?」


 夜行性の活動時間に探すというのは一番理には適っている。が、今は丁度正午を過ぎた頃。それまで日差しの下でぼうっとしていろというのは退屈過ぎて死んでしまう。


「……とりあえず歩こう。穴を掘った形跡とかが見つかるかもしれない」


 悩んだ末に思いついた策は、しらみつぶしという途方もないローラー作戦。待つよりかはマシの気晴らし散歩をボクらは始めていった。


 歩いていきながら、さっきロディと交わした会話の内容を思い返してみた。初めて曖昧だと感じたあの答えがどうしてかボクの脳裏にこびりついてる。


「クイーン様」


 ふとテレレンに声をかけられる。


「なんだ?」


「ロディ君って、生きてて楽しいのかな?」


 神妙な声色でそう訊かれた。生きてて楽しいのか。それは、彼がマジックライター実験で心を失ったことを言っているのだとすぐに分かった。


 心なき少年が何を思って日々を生きているのか。


 踏んでいく土はやや柔らかく、非力なワームでも掘り進めていけそうだ。魔物が住みやすい環境を選べば、環境によって魔物も変化する。これは城の書庫で見た部下たちの特徴を表した一文。


 人間も例外ではないだろう。何もしなければ飢え死にする環境で、知恵を巡らせて自分たちの世界を築き上げてきた。この大陸の半分を頂くほど大規模に進化を遂げた。


 でも、一人一人で見ていけば人間の築いた世界にも欠陥がある。手にした力に溺れ欲望に従って動きだす者が、テレレンやロディみたいな犠牲者を生み出したりする。


「テレレンはさ。クイーン様とアルヴィア姉ちゃん。ドリン君がいてくれるから全然楽しいよ。記憶のショックだって、今はもうそこまで残ってない。でも、ロディ君は一人ぼっちだから、そういうのがないんじゃないかなって思うの」


 魔物だって人間ほど感情表現が豊富ではないにしろ、欲というものは必ずある。欲があるからこそ生にしがみついて、誰かと群れたり敵対したり関わったりすることで希望や絶望なんてものを味わう。何かを感じるからこそ、ボクたちは何かをしようと動き出すんだ。


「……あいつとて何も感じず生きてるわけじゃないと思うぞ」


「そうなの?」


「そうだろう。じゃなきゃ錬金術をやろうとしたり、依頼書を作ろうとしたりしないはずだ」


 絶対的な根拠はないものの、テレレンはボクのその考えに共感するように頷いた。


「そっか。そうだよね。ロディ君でも何かを感じる心はあるよね」


「テレレンが記憶を取り戻せたんだ。あいつだっていつかは心を取り戻せるはずだ」


「うん! 早くそうなってほしいな。テレレン、元通りになったロディ君と色々お話したいの。ロディ君と友達になったらきっと楽しいと思うから」


 パッと花のように明るい笑みをしながら、その後もテレレンの夢語りは続いていった。

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