85 二人の迷い人
「幽霊の証明なんてどうすればいいのよ!」
バンッと強く叩かれる机と怒号を飛ばすアルヴィア。目の前にいる(入団試験にもいた気だるげそうな)役人はそれにビビることなくめんどくさそうな態度を取る。
「ならせめて、依頼人の確認が欲しいんですけど……」
「それなら書かれてる場所まで行ったわよ。でもそこにあった家はもぬけの殻だった。とっくのとうにどこかに移り住んだのよ」
「……それ、本当なんすか?」
「本当よ。私には転移の指輪があってすぐにたどり着けるんだから」
机の引き出しから分厚い本を一冊取り出す役人。事実アルヴィアはボクがゼレスおじさんと話してる間に、依頼の証明を求めて一人でどこかに行っていた。けれど今も言った通りご本人はそこにいなかったせいで手書きのサインはもらえず。それで今、幽霊屋敷の問題を解決したのにそれを示せるものがなくてこうなっているという。
「依頼提出中に本人が住所を変えた場合は……。うわ、マジか」
パラパラとめくっていた手を止め、何を見たのか役人がげんなりとした顔を作った。
「本当に屋敷には幽霊がいたんすよね?」
「いたわよ。そして成仏もさせた。彼女たちにあった未練をどうにかしてあげたの」
「どうにかっすか」
「なによ。こっちには魔物の専門家がいるのよ。幽霊のことだってもちろん詳しいわ」
役人とボクの目が合う。その後に外で待ってるドリンの背中をチラ見して「はあ……」と大きなため息をついて本をやっつけ気味に閉じた。
「こっちから人を向かわせて屋敷を確認します。今日中、は多分無理だから明日まで。なんで、お手数っすけど明後日また依頼書を持ってこちらに来てくれませんか?」
外ではまだ太陽が真上より東寄りの位置にある。屋敷までの距離も一時間程度歩けばたどり着くのだが、そんなに時間がかかるなんて。そもそも報酬を貰うのに討伐の証が必要だとか、ギルドのランクはポイント制だとか。こういう役所の決め事ってのは正直ダルいと思わざるを得ない。
「はあ……分かりました。二日後にまた来ます」
どうして二日も? と言いたげなのがボクじゃなくても分かる言い方だ。けど、ここで喚いていても仕方ないと踏ん切りをつけ、ボクとアルヴィアは外に出ていく。
「どうだったダヨ?」
氷の岩肌が向けていた背を翻し、アルヴィアが彼に説明する。
「ギルドの方で確認を取るから、二日後にまた来ることになったわ。それまで報酬は受け取れない」
「そうダヨか」
「素直に待つしかないだろうな。ところでテレレンはどこ行った?」
辺りを見てもハートアホ毛の姿が見当たらなくて、事情を知っているドリンが「それならギルドの方に――」とまで言いかけた時に、本部の入り口から張本人が慌てるように飛び出てきた。
「どうしたテレ――」
「見て見て見て! これ見てクイーン様!」
せわしないまま渡されたのは手に持っていた依頼書で、顔に突き出されたそれをボクは受け取ってまだギルドの姉さんから許可の印を貰ってないその内容を見てみる。
「えーと。『錬金術素材の収集』。ブロンズ級の依頼じゃないか」
「ランクじゃなくて依頼主の名前!」
「名前?」
依頼書の一番下、報酬金よりも下に小さく記されている、普段はちゃんと見ないその欄を見てみる。そこに書かれていた名前はテレレンがこれほどまでに取り乱すのに足る人物だった。
「ロディ!? あの念力少年じゃないか!」
ブロクサが率いる国の裏組織『リメイン』。秘密裏に行われた、魔力なき人間に魔法を与える実験『マジックライター』の被検体であり、その身から感情を奪われたあの栗毛の男の子。そいつの依頼書を見つけることになるとは。
「あの子、錬金術の知識があったのね。書かれてる素材の魔物は何なの?」
アルヴィアが訊いてくる。
「ワームの体液だってさ。それも下級のヤツで瓶二つ分」
「ワームか。回復薬で使われてるイメージね」
「錬金術が分かるのか、アルヴィアは?」
「詳しいわけじゃないけど、回復薬は冒険者には欠かせないものだからね」
仕事柄たまたま知ったって感じか。でも錬金術の素材が欲しいなんて。店でも開くつもりなのか?
「ねえねえクイーン様。テレレンこの依頼受けたいんだけどいいかな?」
体をぐっと前のめりにして許可を求めるテレレン。彼のことはボクだってよく知ってるし、気にならないわけがない。
「どうせ二日間はこの街に留まるんだ。あいつが何をしようとしてるのか、どうせなら話を聞いてこよう」
「うん! ありがとうクイーン様!」
ちょっとした時間潰し、にしてはブロンズ級で余裕すぎる内容だが、まあロディとまた会えると考えれば有意義な時間の使い方だろう。
「あ。そしたらクイーン。悪いけど先に行っててくれない?」
「どうしてだアルヴィア?」
「馬車を予約しておきたいなって思って。この街、馬車を運営する店が少ないのよ。貴族に取られたら当分は帰ってこないだろうし、前もって話をしておきたいなって思って。私ならラインベルフ家の名前を使えるから即日払いの話も通せるはずよ」
「そうなのか。分かった。馬車はアルヴィアに任せるよ。ボクたちは先にロディから話を聞いておく」
「終わったらすぐに追いかけるわ。……あっとそうだった」
先に歩き出そうとしたアルヴィアが後ろ髪を引かれるように足を止め、パッとドリンに振り向いた。
「グウェンドリンは私についてきて」
「え? オデダヨか?」
「あなたを運べるのかどうか、確かめておかないと」
重さの問題だったか。前にもドリンが重すぎるとどうなるか分からないって言ってたな。
「依頼ならボクとテレレン二人で十分だ。どうせブロンズ級の依頼だしな」
「なら、ここは一時解散ってことで」
ドリンに「行きましょ」と言って二人が街道を進んでいく。
「ボクらも行かないとな。受付嬢から許可を貰うぞ」
「うん!」
アルヴィアは用事を済ませてこっちに合流すると言っていたが、まあボクらの方から合流することになるだろう。ブロンズ級依頼ぐらい、さくっと終わらせてしまおう。
* * *
ドシドシと揺れ動く音を背中に携えながら、白い目で見られる街道を進んでいく。グウェンドリンを睨むような感じはいい気分はしないけど、それでもこのギルド本部付近に限っては見慣れた人が増えているようで数が減っている気がする。
これもクイーンのおかげだと思う。それだけ私たちのギルドが話題に上がっているようで、周りの人に受け入れられてる風潮になっていると思うし、それだけの成果を上げているのは彼女の功績が一番大きいだろうから。
私自身、クルドレファミリアの方が居心地がいいと強く感じている。クイーンはちょっと子供っぽいところがあるけど、さすが五十年も生きてるからか肝心な時は私よりも聡明だし、何より仲間を大事にしてくれる。依頼の解決とかランクとかより、人や魔物を第一に考えてくれる。私のよく知るあの男とは大違いなくらい、彼女のリーダー像は尊敬出来る。
そう言えば彼はどうしてるのかしら? 思えばギルド本部であれ以降一回も顔を見ていない気がする。クイーンとはまるで真反対な性格で、最後は全員が彼の元を離れていったけど、一人になっても活動を続けてるのかしら?
「アルヴィア殿」
「なに、グウェンドリン?」
「オデ、馬車に乗せてもらえなかったらどうするダヨ?」
「それは、……そうね。最悪は自分の足で歩いてもらうしかないかも」
「オデだけ歩くダヨ!? うう、大変ダヨ……」
「ああ、がっかりしないで。どうにかしてもらえるように私が説得してあげるから」
「そうダヨか? どうにか出来たら嬉しいダヨけど……んあ?!」
いきなり驚嘆の声を上げたグウェンドリン。驚きの正体は彼の傍を走り抜けた冴えない顔の青年で、衣服からして裕福な暮らしをしている人じゃない。そんな彼は私たちを一瞬で通りすぎると、前で片手サイズの荷車を引いていたおばあちゃんの体に思いきりぶつかった。
「――うわぁ!?」
全身が地面にへばりつくように倒れるおばあちゃん。すぐ近くにいた私はすぐに駆けつける。
「大丈夫ですか?」
手を取ってあげながら荷車がないことに気づく。当然持っていった犯人はさっきの青年で、さっさとこの道から消えてしまおうと荷車から果物をこぼしながら全力で走り続けている。
「なんて乱暴なことを」
「逃げられちゃうダヨアルヴィア殿!?」
「分かってる!」
言われなくても追いかける気でいた。けれどおばあちゃんをグウェンドリンにすぐに預けたものの、既に間に合わないくらい距離が開いてしまっている。
諦めるしかないのかも。そう思った時だった。
「――っつ! 邪魔だ!」
窃盗犯の彼がまた誰かとぶつかった。
肩までかかる銀髪。青年とは真逆の整った衣服をまとった男。
私のよく知るあの忌まわしいリーダー。
「貴様……」
荷車を引いていた腕がパシッと掴まれる。見た目以上の腕力に思わず青年の体が背中からひっくり返り、荷車は余った勢いで一人だけ走っていく。
「イテッ!?」
倒れた彼にあいつは、おもむろに剣を引き抜いて彼の顔に突き立てた。誰がどう見ても苛立ちを表すかのように。
「誰に口を利いていると思っている?」
ソルディウス・エストのリーダー、ギルエール。いつもの高すぎるプライドを彼は街中で見せつけていた。




