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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 四章 血と怨霊に枯れる愛
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84 刻まれた痕は決して消えず

「そうですか……。セドラス様は大変な思いをされたのですね」


 肩を落とすダグレル。顔にはあまり出てなくとも密かに哀愁を漂わせている。


「なんか悪かったな。ラルに会わせる前にお前たちに会わせるべきだった」


「いえ。我々のことは構わず。セドラス様がご無事だと分かっただけでも十分です」


「いつかはお前たちに会わせるよう説得するよ。多分あいつのことだからいずれ来てくれるはずだ」


 屋敷の扉が開く音がして後ろに振り返る。メイドサキュバスに連れられて入ってきたのはゼレスおじさんだった。


「やあクイーン」


「ゼレスおじさん! 墓場の修繕は終わったの?」


「ああ。どれが誰の墓標か照らし合わせるのが大変だったが、まあ人間たちが騒がないくらいには元に戻せた」


「大丈夫なの? バチとか当たったりしない?」


「この私に当たる度胸があるのなら、喜んで受けて立つ所存だよ」


 さすがゼレスおじさん。バチなんてものに一切怯んでない。倫理感を誰かに諭されようが自分の理論を貫き通してしまうだろう。


「それでクイーン。セドラスとラルはどうなった? あと七魔人のウーブ君のことも」


「ああ。それはね……」




「……セドラスは死霊の指輪の鎖によって閉じ込められ、ウーブ君はさっさとこの場を去ってしまったのか。そしてラルだけが成仏してしまい、一生二人は出会えなくなってしまった」


「なんだかメチャクチャな感じになっちゃったなぁ。まあボクらとしては依頼の対象だった幽霊を除霊出来たから報酬は貰えるけどさ」


「煮え切らない結果だな」


「ダグレルたちにも一目会わせておきたかったんだけどなぁ」


 今もなお屋敷中をホコリ一つ残さず掃除している執事たち。ラルとセドラスの悲願は達成出来ただろうけど、彼らにだけ不憫な思いをさせてしまった。セドラスがウーブの指輪に捕まったのは自業自得だとして、それがちょっと心残りだ。


「彼らはなぜ私よりセドラスに忠義を尽くすのか分かるかクイーン?」


「え? 過去に助けてもらったとか聞いたけど、詳しくは」


「ついてきなさい」


 急にそう言ってゼレスおじさんが屋敷の外へ出ていく。


 ダグレルたちがおじさん以上にセドラスを信頼する理由か。確かに言われてみれば吸血鬼の主に一番の忠義を示すようなもんだけど、彼らは百何年もここで待ち続けてるのを考えれば特別な理由があるのか。


 ゼレスおじさんについて行ってみると、屋敷の裏を目指して歩きだした。森に囲まれた邸宅の裏に何があるというのか。土の乾燥を靴裏から感じていきたどり着いてみると、そこには九人分の墓標が建てられていた。


「墓? 屋敷の裏にどうして?」


「これはダグレルたちの墓だ」


「え?」


 言われたことを理解するのに時間がかかった。これはダグレルたちの墓ってどういうことだ? ダグレルたちはさっきまで屋敷の中で仕事をしていたはずなのに。


「今の彼らになる前の人間の体。それがこの中に眠っている」


「体を変えてたのか、あいつらは」


「吸血鬼というのはとても不思議な生き物だ。体は血液で構成され、死体に入り込むことで肉体を得ることが出来る。他の生き物でこんなことが出来る者はなく、我々は人間を模して自由に彼らの社会につけ込める。だが、私たちはやはり人間ではない。私たちは限りなく人間に近い動きをする魔物。ふとした行動が、吸血鬼だと騒がれる要因になる」


 セドラスの言ってたことを思い出す。吸血鬼だと分かった瞬間に態度を変える人間。そいつらによって傷みつけられた吸血鬼が何人もいたと。


「ダグレルたちは正体がバレてしまった吸血鬼たちで、セドラスの言った通り人間から死よりも辛い痛みを与えられた」


「死よりも辛い……」


「クイーン。いつか魔王になるお前に一つ訊こう」


 ゼレスおじさんに真面目な瞳を向けられる。


「ダグレルたちに与えられた痛みは何か。お前に想像出来るか?」


 とってもシンプルで、でも考えるのが難しい質問だった。真っ先に浮かんだのは人間に殴られ蹴られ好き放題に傷みつけられる姿。でもきっと、これは答えじゃない。これが答えなら、わざわざゼレスおじさんが訊いてくるはずない。


 推測を巡らせて巡らせて、そうして出てきたのはボクの記憶に残る実体験。


『お父さんを返してよ!』


 人間の国に来て、村の女性に怒鳴られた言葉。ふつふつと湧いていた怒りが、ただの子どもじみたわがままだったと気づかされた絶望感。


 もしもあの時、アルヴィアがいてくれなかったら……。ボクが人間の王国に一人でいたら……。


「……誰も信頼出来ない街の中を一人ぼっちで歩いていく恐怖感。接する内に仲間だと思っていた人間に裏切られた。具体的なことは分からないけど、多分ダグレルたちはそんな心境だったんだと思う」


 ボクが出せる答えは、ボクが受けた最大の痛みから連想したものだけだった。曖昧過ぎて失望させてしまったかもしれないけど、それでも彼らに寄り添って考えたことにはゼレスおじさんに胸を張ってみせる。


「……少しだけ、お父さんに似てきたな」


 緊迫感のある顔から優しい微笑みを見せてくれたゼレスおじさん。再び墓標を見つめて話が続く。


「ダグレルを例にして話そう。彼は今の体を持つ前は人間の女性だったんだ」


「女だったの?」


「彼が人間に正体がバレた時、美しい顔立ちと魅力的な体であったが、それが裏目に出てしまったんだろう。何十人もの男から性的な暴行を受けたんだ。魔物なら何をしても許される。人権のない吸血鬼ならどれだけ犯しても誰からも止められない。あまりの苦痛に耐えきれなくなった時、偶然彼を見つけたセドラスが助けてあげたが、心に刻まれた傷は深すぎた。それでダグレルはセドラスからの提案を受け、新しい体、それも暴行を受けない男の体に変えたんだ」


「それが今の姿なんだ。でも体を変えても記憶に残ってたらあまり意味ないんじゃ?」


「吸血鬼の記憶がどこに依存しているか分かるか? 人間の体にある脳だ。そこに保管された記憶は体を離れた時に一緒に置いていく。私たち吸血鬼はいつでも体を取り換えることが出来るが、その都度元の体の記憶を持ち込むことは出来ない」


「全部忘れちゃうんだ。でも、それで苦痛から逃れられるなら彼らにとってはいいことなんじゃない?」


「それはそうだろう。誰しも苦しい記憶なんて忘れてしまおうと思う。私たちのこの習性はとても便利だ。一つ問題というか、すれ違いが起こってしまうことを除けばだが」


「何が問題になるの?」


 九つの墓標を一個一個見渡すゼレスおじさん。ふとボクは、それらの石に名前や文字が刻まれていないことに気づいた。


「ダグレルたちはこの墓に過去の自分たちが眠っていることを知らない。吸血鬼が記憶を持ちこせないことも知らない。新しい体に取り換えた事実に気づいていなくて、セドラスも自分が彼らを助けたとは一言も言わなかったらしい」


「一言もって。そしたらどうしてダグレルたちはセドラスの執事をやってるの? 助けられた恩も忘れてるはずじゃ?」


「きっと、彼ら本人たちがそれを一番理解していないだろう」


「どういうこと?」


「彼らは時折セドラスにこう訊くんだ。あなた様はかつて、私と出会ったことがありませんか? とな」


 少しだけ、背筋がゾッとした。彼らは憶えている。いや、憶えているというよりかは、深い傷痕が確かに残っているという表現のが正しいかもしれない。彼ら自身助けられた事実は忘れていて、でも実際にあった出来事に感情が引っ掛かる。人間の脳を置いていったとしても、やっぱり何も残らないわけじゃないんだ。


「そこまでして吸血鬼は人間の体に入り込まないと駄目なの?」


「地面に付着した血痕がどうなるか分かるだろう。血は短時間で乾ききって消えてしまう。生きるためには体が必要で、一番馴染む体は人間なのだ」


「じゃあ、そうするしかないんだ」


「新しい体で目を覚ました彼らは全員、セドラスから離れようとしない。助けられた記憶は完全に失くしているはずなのに、飼い主の傍を離れない番犬のように彼らはセドラスに忠義を尽くし続ける。そんな彼らに私はこう訊いた。なぜセドラスの傍を離れないのか? 彼らの答えは一致した。セドラスがいるからだ、と」


 本物だ。本当に彼らは自分の主を疑わない執事たちだ。それなのに、今はもう……。


「……ゼレスおじさん。ダグレルたちはこれからどうなるのかな?」


「それは彼らが決めることだ。吸血鬼領に戻るか。この屋敷を掃除し続けるか。どちらの選択も正しく、どちらの選択も後悔を残すもの」


「そっか……。それしかないか……」


「だがまあ、セドラスが幽霊としてこの世に残り続けているのなら、彼らにとっては嬉しいことだろう。彼自身はラルを失ってしまったが、もしかしたら彼らに助けられるかもしれない」


 それを最後にダグレルたちの話が終わった。無事依頼は達成出来たボクは考える。今回の件は何も解決出来なかったんじゃないだろうかと。


 愛する者と引き離されたセドラスと、そんな遺恨を抱えさせた主を待つ執事たち。もっと上手くやれる方法があったんじゃないだろうかと、後悔がボクの頭を支配していく。


『吸血鬼は人間ではない。光差す平原よりも暗き洞窟を好み、肉よりも血を渇望する。どれだけ人間を真似したところで我々は吸血鬼でしかない』


 ゼレスおじさんもそう言ってた。結局ボクらは人間とは分かり合えないと断言するような言い方で。でも……。


「……ゼレスおじさん」


 声を出しながら決心を改める。これで何度目の後悔か。これ以上繰り返していいはずがないって、自分で自分を奮い立たせる。


「おじさんは吸血鬼は人間に成りえないって。人間は危険な生き物だって考えてるんだろうけど、ボクはいつかその考えを変えてみせたい」


「……ほう。クイーンには夢があるんだな」


「夢っていうか理想。でも絶対に叶えたいことなんだ。もしも魔物ボクらと人間が仲良くなった世界ならさ、吸血鬼だって安心して人間になれる世界が出来るはず。そうすればダグレルたちみたいな思いをする吸血鬼はいなくなるし、セドラスだって本当の意味で未練がなくなると思う。千年も生きたおじさんからしたら、そんなの無理なことだって分かりきってて可笑しいかもしれない。でもボク――」


『お父さんを返してよ!』


 あの時の痛みが急に襲ってきて、思わず胸をぎゅっとした。初めて知った痛みは、永遠にここに残り続けてる。こんなのが残り続ける世界は嫌だ。絶対に嫌なんだ。


「ボク、どうしても変えたい。魔物も人間も分かりあえる世界を作ってみせたい。ううん。これはやりたいことじゃない。無謀なことでも挑戦しなくちゃいけないって思ってる。ボクには力があるから、ちゃんとみんなを守りたい」


「笑いはしないとも。立派な覚悟だよクイーン」


「本当? ありがとうゼレスおじさん」


「困った時は私を頼りなさい。今回の件で同胞が迷惑をかけた分、私がしっかり協力してあげよう」


「うわ本当!? やっぱり優しいねゼレスおじさんは」


 ボクは心底よかったと安心していた。分かってくれる人はちゃんといる。人間は敵だとか魔物は絶対悪だとか言う人が多い中、ゼレスおじさんはボクの味方でいてくれた。


 今はまだちょっとずつしか動かせない。だからといって怯んでいる場合ではないんだ。数は少なくてもゼレスおじさんは強力な助っ人になってくれる。小さな点でも数を増やし、それらを線で結べば組織になって。そこからさらに増えれば団体、そして世界に歯向かえる社会になるんだ。


 絶対に変えてみせる。ダグレルやセドラスの分ためにも、ボクが変えてみせるんだ。

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