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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 四章 血と怨霊に枯れる愛
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81 憤激する皮付き

 ウーブの体を乗っ取ったセドラスがまた動き出す。音を置き去りにするかのようにその場から消え、ゼレスおじさんの目の前で幽霊のように現れて殴りかかる。ゼレスおじさんは反応が遅れて腕でブロッキングするけど、神速の三連撃でそれが崩され胸元にはっけいを受けて吹き飛ばされる。


 セドラスの勢いはそれだけで止まらない。吹き飛んでる途中のゼレスおじさんを自分から追いかけていって、その体を粉々にしてしまおうとせんばかりに蹴って殴ってを繰り返す。座れば地面の土につく髪の毛が今では嵐の中にいるかのように大暴れしている。


「早すぎる……。私たちのつけ入る隙が全くない……」


「正直、ボクでもあの中には入りたくない」


「クイーンでも?」


 アルヴィアが目を向けて訊いた瞬間、奥からドスンと鈍い音が響いた。あのゼレスおじさんが防戦一方のまま地面に転がされている。


「ゼレスおじさんは最強って呼ばれるくらいどんな魔物よりも強い。きっと七魔人よりも頭一つ抜けているはずだ。そんなゼレスおじさんがここまで追い込まれてるだなんて……。なんだか今だけ現実を見ている気がしない」


 依然攻めの姿勢を落とさないセドラスに対し、ゼレスおじさんがとっさに体を霧に変えて引こうとする。しかし、


「逃がさん!」


 霞んだ気体の真ん中を適当に掴むと、霧状態だったゼレスおじさんが元の状態に戻され、首を掴まれたまま地面に投げつけられた。


「私たち吸血鬼は霧になってどこにでも行けるが、その体が消えるわけではない。人間や他の魔物が不可能でも、何度も戦いを挑んだこの私がお前の実体を見抜けないわけがない」


 霧になっても意味がないのか。咳き込んだまま立ち上がれないゼレスおじさん。そこにセドラスが着々と歩み寄っていく。


「どうするクイーン? このままじゃ危険だわ!」


「オデは絶対嫌ダヨ! あのなかに入った瞬間全身の血が消えるダヨ!」


「テレレンが風を送ってあげた方がいいかな? でも近づくと危ないし、どうしよどうしよ!」


 三人がボクの思考を焦らせる。今まさにゼレスおじさんはピンチだ。セドラスの最初の一発を受けてからここまでの劣勢。何か打開の一手でも打たなければ本当に危ない。しかし敵は七魔人に匹敵、或いはそれを超えた存在。安易に近づけばボクらだって命の保証がない。


「くっ! どうすれば――!」


 呟いたところで状況は変わらない。変わらないまま、セドラスの足が止まってしまう。


「この体はかなり戦いに慣れているようだ。今までの動きも常人のものでは壊れてしまっていただろう」


「ッケホ! ……それはそうだろう。今お前が使っている体は七魔人のものなのだからな」


「なるほど。どこか違和感を感じるのもそのせいか。見た目は人間だが中身はそうじゃない。この骨のない感じ……。なんとも興味深い存在だ」


「まるで彼の面影がないな。本当にお前が意識を乗っ取ったというわけか」


「おじさん!」


 不意にボクは走り出していた。「クイーン!?」とアルヴィアに止められるのも聞かずに走り続け、右手にフレインをため込む。


「そこからはなれろぉ!」


「――止まるんだクイーン!」


 空まで響きそうな大声を出したのはゼレスおじさんだった。あまりの大きさに思わずボクはピタッと止まって、そして次の瞬間には、大量のコウモリのざわめきが鳴り響いていた。


 キィキィという鳴き声が何重にも重なっている。どこからともなく出現したのは青い目をしたコウモリの群れで、百は優に超えているほど多い。その大群がハチのように容赦なく襲い掛かっていくと、最初は一匹ずつ丁寧に叩き落として抵抗してみせたセドラスも、何度も振り払おうと腕を振り回すが眷属たちはしぶとく噛みついていき、結局はその圧倒的物量に押されて身を丸めていくしかなかった。


 あまりの数に目を回し相手の体力と気力を削ぐ戦法。ボクも過去にゾレイアを使ってオークを追い出したりしたが、ゼレスおじさんのは一味違う。叩き落とされたはずのコウモリが消えることなく再び襲い掛かっている。


「影の眷属なのに攻撃を受けても消えてない。誰かが触りでもしたら消えちゃうくらいもろいはずなのに」


 ボクの隣に霧が集まり、渦を巻きながらゼレスおじさんが正体を現す。


「私の場合、眷属と意識が繋がるくらい影が濃いのだ。ハエを叩く程度の衝撃では彼らは倒せない」


 襟を直し、乱れた髪の毛を整わせながらそう説明してくれた。意識を共有してるっていうことは、ボクと話す時に眷属を通して話していたのもそういうことだったのか。


「さてクイーン。私を助けてくれようとしたことにはお礼を言おう。だがこれ以上の助けは無用だ」


「ボ、ボクじゃ足手まといだった?」


「そんなことはないとも。でもこれは私とセドラスの戦いだ。真剣勝負に水を差されたくないと思うのは当然のことだろう?」


「そうなの?」


「ああ。クイーンは友達と一緒にそこで見ていなさい。それと、耳を塞いでおくんだ」


「耳?」


 こんな時に何を言い出すんだと思ったが、ゼレスおじさんの顔は真剣だった。足元から抜け出たコウモリもアルヴィアたちのところまで飛んでいって、ゼレスおじさんが言葉を繰り返す。


「耳を塞ぎなさい。私は何度も聴いているから耐えれるが、君たちでは危険だ」


 危険、という言葉が何を示しているのか。その答えは我慢を続けていたセドラスがいきなり月に向かって吠えた瞬間に分かった。


 とてつもない金切り声だった。この墓所で眠っている者が起きそうなくらい爆音で、耳の中で小人が歯ぎしりしているかのように高音で、人間の最大限の悲鳴のようにも思えて不気味。一瞬塞ぐのが遅れたボクは鼓膜を千切られたような錯覚を覚えてしまう。


 セドラスの発する異質な煩音はんおんは、ゼレスおじさんのコウモリたちもバラバラと散っていって一匹残らず消えてしまうくらいに強烈だった。鉄と鉄が擦れるような、なんて表現では生ぬるい。この世のものとは思えない絶叫。


 やがてセドラスが口を閉じ静寂が訪れると、耳を塞ぐことなく一切顔つきも変えなかったゼレスおじさんが口を開いた。まだ耳の中にさっきの音が残っているようでやけに小さく聞こえてしまう。


「特殊超音波。君だけが発することが出来る必殺技だが、私も随分と慣れてしまったようだ」


「おのれゼレス。今のが全く効いてないというのか?」


「らしくないなセドラス。隣に次期魔王となるクイーンがいるというのにそれを使うとは。誠実で真面目な君なら他を巻き込むようなことはしないと思っていたが」


「それだけラルを愛していたんだ! 彼女は私と対等の場所にいてくれる。唯一私の望みを不可能だと言わなかった存在なんだ」


「望みというのは私のことかな?」


「吸血鬼の主になるのは通過点に過ぎない。私が果たしたかったのは人間たちの選別だ」


 人間という言葉が意外で、ボクも話をじっと聞いてしまう。


「人間には二種類いる。自分とは違う存在を受け入れる者と拒絶する者だ。拒絶する者はありもしない話を信じて私たちの存在を決定づける。そうした挙句私たちの正体が発覚した瞬間に目の色を変え打ちのめそうとしてくる。しかもそんな人間ほど、私たちを簡単に殺さず傷みつけてくるのだ。私はそんな人間を数えきれないほど見てきた。そしていつしか、それを自分の力で変えようと思った」


「それで吸血鬼の主となり人間たちに反逆の狼煙のろしを上げようとした。前にも聞いたことのある話だな。私と君が初めて戦った時以来だったかな? すっかり忘れてしまっていた」


 セドラスの目つきがヒョウのように変わる。


「ゼレスッ! お前に吸血鬼の主の座は相応しくない! お前の力があれば救えるはずの魔物がいたはずだ! だがお前は何もしなかった! ただ人間の街を移ろい歩き、欲望のままに生きていただけ! そんな怠慢なお前が主などと。笑わせるな!」


 気迫に満ちたセドラスの表情。そこからなんとなくボクの頭にダグレルの言葉が蘇る。


 ――ここにいるほとんどの者が命を救われた身。別れの言葉もなしに離別してしまうのは、わたくしたちとってこれ以上にない後悔になりましょう。


 あの屋敷にいる執事たちは、もしかしたら人間に虐げられていたところを助けられていたのか? でもあれほどまでの激怒のわりには、彼らに特別外傷が見えていた感じはしないが……。


「少しお喋りが過ぎるようだ、セドラス」


 ふいに空気が変わったのを肌で感じた。常に悠然とした態度を保っていたゼレスおじさんが、密かに怒りを募らせていたのが声色から伝わってきて、このままボクは隣にいてはいけないと察する。


「君の望みはとても素晴らしいものだ。感動してしまうくらいに。


 ――だが、少し調子に乗りすぎだ」

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