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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 四章 血と怨霊に枯れる愛
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80 満月の前の月を眺めず

「セドラス。お前は誠実で聡明で、それでいて人情味に溢れた真摯な男だと思っていたが、やはり私のことになると人が変わってしまうくらい頭にくるらしいな」


「当たり前だ。お前に大事なものを奪われたのだから」


「――ラルのことか」


 聞き捨てならない一言だった。なんの前触れもなく唐突に出てきたその名前を、ボクは逃すまいととっさに口を挟む。


「どういうことなのゼレスおじさん?! 奪ったってどういうこと?」


 質問に答えたのはセドラスだ。


「言葉通りの意味だ。こいつは私からラルを奪った。私たち二人の関係に水を差したんだ」


「誤解を生むような言い方をしないでくれセドラス。私は堂々とこう言ったはずだ。私とお前で勝負をして、勝った方が彼女の本物の愛人になろうと」


「な、なんだそれ……」


 一匹の雌をめぐって争うライオンをつい思い浮かべる。お互い吸血鬼なんだからもっと理性的に話し合えるはずだろう。


「君からはよく吸血鬼の主の座をかけて戦いを挑まれていた。そして私はそれをすべて受け続けてあげた」


「だからこそお前は私に決闘を持ち込んできた。過去に九十八回の戦績を無きものにし、九十九回目ですべて白黒はっきりつけようと」


「九十九回? あの時が百回目ではなかったか?」


「いいや九十九回だ。私がお前に負けた回数を数え間違えるわけがない」


「これはまた生真面目なことを」


「口をつぐめゼレス。お前には負けた者の気持ちなど分からないだろう。一回一回の敗北に私が何を思っていたか。いつも吸血鬼領から突然ふらっと消えてしまう無責任なお前には絶対に分からない」


「そうか。まあ分からないさ私には。お前がどうしてそこまで私に固執するのかがな」


 空を見上げるゼレスおじさん。そこには満月までほんの一部足りない月が煌びやかに光っている。


「あの時もこんな夜空だった。君は私の決闘に応じて、そして私たちは、その名の通り死闘を繰り広げた。終始優勢だったのは私で、お前がとうとう立てなくなった時、私は情けをかけようとした。だが君はそれを受け入れなかった」


「その時の死は一切後悔していない。当時の私ではお前にどう戦っても適わなかったことも認める」


「ではなぜ今もまだ私にこだわる?」


「決まっている。お前がラルを捨てたからだ」


「捨てた?」


 ピンときてない様子のゼレスおじさん。気がつけばボクたちが入る余地がないくらい二人の言い争いは激化していた。


「とぼけるな。私は死ぬ間際にちゃんと聞いたぞ。お前がラルのことを一生かけて愛すると。だがしかしどうだ? お前はラルの傍にいない。それどころか今は他の女を愛している」


「セドラス。人間と吸血鬼の寿命には大きな差があることくらい君も知っているはずだ」


「ああ知っているとも。だがお前はラルの墓が出来て以来、一度もここを訪れたことがないだろう。お前の言う一生は、結局相手が生きている間のわずかな時間でしかない。私との死闘の末彼女を貰ったというのに、そんな不誠実な懸想けそうの様を見て腹が立たないわけないだろう」


「不十分な愛情だったと言いたいのか。君にはそう見えていたと」


 そのゼレスおじさんの一言は、なんだか含みを混ぜたような言い方に聞こえた。それでも頭の沸点を超えそうなセドラスは敵意丸出しで話を進める。


「お前の行動にラルへの愛はない。これは誰がどう見てもそう言うだろう」


「人からどう思われようが興味はないが、もしそれで君がご立腹だと言うのなら何を求めるつもりだ? 幽霊となった君に一体、ラルのために何が出来るというのだ?」


「っ!? 私を舐めるな!」


 煩わしかった口喧嘩がとうとう暴力に発展しようとする。憤怒したセドラスはその手に固く拳を作り、ゼレスおじさんの顔面めがけて思いきり振り切ろうとした。でもその動きはゼレスおじさんには見え見えで、軽く身を捻っただけで避けられてしまった。


「くっ!」


 空振りでさらに逆上したのか、セドラスはまた殴りかかろうと拳を振り続ける。怒りに身を任せ幾度も幾度も、そのすべてを全力で。


「ゼレスおじさん駄目だ! 幽霊は死体にだけ触れられる。吸血鬼の体じゃ一方的に攻撃されるだけだ」


「心配はいらないよクイーン。こんなものはそもそも攻撃ですらない」


 涼しそうな顔をしていたゼレスおじさん。その余裕は本物で、セドラスのパンチは一つもあたらない。かすりもしない。それはゼレスおじさんが吸血鬼の主だから、というわけではない。ボクの目から見てもセドラスの動きはゆったりとしているようで、それはまるで自分の体の使い方を知らない未熟者の動きそのものだった。


「戦いから離れすぎて体がなまったか? 依然のお前ならせめてかすめることは出来たはずだろう?」


「チッ! こんなはずでは」


 駄々こねのようだったせわしない攻撃が止まる。言い淀んでしまったセドラスは無力さを痛感しているかのように自分の体を見つめていて、でも吹っ切れたようにパッと顔を上げると何かを探すかのようにキョロキョロし始めた。


 その必死さはまるで、誰かの体でも乗っ取ろうとせんばかりで、そんな忘我ぼうがのさなかにいる彼があの指輪を見つけるのだった。


「さっきからそこから霊力を感じる。じっと見つめれば吸い込まれそうだ」


 目をつけられたウーブが自分の手につけてる指輪を見つめる。


「確かに死霊の指輪はあんたみたいな幽霊そんざいを吸い込む。吸い込んだ霊は僕の中に溶け込んで干渉してくる。言葉を取り繕うなら、一心同体になれるっていう代物だよ」


「そうか。つまりその中に入れば、私はお前の体を乗っ取れる……」


「止めといた方がいい。この中に入ればあんたは――」


 即座にそう言ったウーブだったが、更なるセドラスの怒号が飛んだ。


「うるさい! こいつに勝つためには肉体が必要なんだ! 私が百年以上使い慣れた、人間の体が!」


 突如死霊の指輪が黒く光り出す。その怪しい光に引き込まれるようにじっと見つめていたセドラスは、段々と体の青白さがそこに吸い込まれていく。ウーブは諦めるかのように腕をだらんとさせてため息を一つつく。次第にセドラスの全身は薄くなっていき、最後の頭頂部まですっかり消えた瞬間、ウーブが意識を失ったのかいきなりがくっと膝をついた。


「お、おい、大丈夫か?」


 吸い込みは成功したのか? セドラスは指輪の中に入ったのか?何がどうなったのか分からないままウーブの肩を持ち揺すってみる。……反応がない。


「おいまさか、気絶したんじゃ――」


 表情を確認しようと覗かせたその瞬間だった。俯いていたウーブの顔が一瞬にして前を向いたかと思うと、そこには今まで見せたことのないくらいの笑みがあった。見える片目が限界まで開いていて、歯すべてが見えそうなくらいに浮かべた笑顔。あの怠慢で自堕落そうなウーブだとは思えないような顔が、ゼレスおじさんに向けられている。


「これからだゼレス!」


「お前はまさか、セドラス!?」


 ゼレスおじさんの言ったことにボクは驚いてしまったが、その刹那に風が吹き抜けたかと思うとウーブの体が目の前からなくなっていた。そして次に聞こえたのはゼレスおじさんのうめき声だった。


「うぐっ!?」


 背後に振り向いた時には、既にウーブがゼレスおじさんの懐に潜り込んで腹部を殴っていて、その体が墓標をいくつか崩しながら奥まで吹き飛んでいった。


「ゼレスおじさんっ!」


「何よ今の。全く動きが見えなかったわ」


 アルヴィアの言う通りだ。ウーブの動きがこれっぽちも見えなかった。これが七魔人である彼の実力か。


「フハ、フッハハ! いい体だ」


 いや、ウーブじゃない。あの喋り方、雰囲気、そしてゼレスおじさんへの明確な殺意。


 あれは、紛れもなくセドラス本人だ。

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