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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 四章 血と怨霊に枯れる愛
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79 セドラス

「吸血鬼が幽霊になるとこんな分かりづらい見た目になるんだな」


 血液の姿で幽体になった彼にそう呟く。人間の見た目を模してる分、怪物味も増しているんじゃなかろうか。


「人間の体は私が死んだ際に朽ちてしまって。この状態ではもう、死体に入り込むことすら叶わないのです」


「まあそうなんだろうけど……」


 礼儀正しく話されたところでどう答えればいいのか……。ボクの戸惑いを気にせずウーブが喋る。


「幽霊は自分の姿を自由に消したり映したり出来る。彼らが出来る唯一の力で、まあ魔法みたいなものだと思う」


「はあ。それでいきなり目の前に現れたと」


 そんな能力は初耳だ。幽霊に関する記述は、その霊の生前の記録とかもたらした事件なんかがほとんどで、思えば幽霊のちゃんとした説明を見たことがない気がする。


 まあしかし、色々と気になるヤツだけどまずは本題に入ろう。咳払いを挟み、ボクは話を進める。


「ボクはクイーン。お前に用があって捜してたんだ」


「私を、ですか?」


「ああ。ラルという女は知っているな?」


「ッ!? なぜ彼女の名を?」


 顔のないセドラスだったが、その驚きのあまり出たような声の雰囲気ですぐに動揺しているのだと気づいた。それだけラルという存在が彼にとって大きなものであるのだとも。


「その女がお前を待っている。お前と同じ、幽霊の姿になってな」


「んな!? ラルを見たのですか!? それは本当なのですか?!」


 ぐんっと眼前に詰め寄ってこられる。思わず上半身が身を引いて、口のない彼が唾を飛ばさん勢いでまくしたててくる。


「私は死後、一日たりとて彼女を思わない日はありませんでした。どうしても彼女に会いたかった私は、こんな姿になってしまった後も、彼女ならきっと私だと気づいてくれると信じて世界中を飛んで回りました。それでも見つけられなかったのです。一回たりとも。何年。いや百何年間も霊体になったまま、一回たりとも見つけられなかったのですよ」


「そ、そんな言われてもだな……」


「ねえ、セドラスさん」


 ボクたちの間に割って入ってきたのはアルヴィアだ。彼女は一度すぐ横の墓標に目移りさせてからこう言う。


「もしかしてだけど、あなたは一度もご自分の屋敷に戻られてないんじゃないんですか?」


「私の屋敷に? まさか、そこにラルが?」


「ご明察通り。ラルさんはそこでずっとあなたの帰りを待っていたそうですよ。執事のダグレルさんたちと一緒に」


「ダグレルたちも……」


 なんだか気迫を失ったような様子のセドラス。ボクはどうしてアルヴィアが屋敷に戻ってないと分かったのかが気になっていた。


「アルヴィア。なんで屋敷に戻ってないって分かったんだ?」


 彼女の目線がさっき見ていた墓標を示す。彫られていた文字をよく見てみると、それは『ラルリー・デア・フレクス』と書かれていた。


「この墓は彼女の墓なのよ。セドラスさんはきっとこれを見つけて、てっきりこの王都のどこかにラルさんがいると勘違いしてずっとこの辺りだけを徘徊していた、って考えれば、ウーブが言ってくれた話と辻褄が合うでしょ?」


 なるほど、と感心してしまったが、すぐに「少し違う」と本人が否定してきた。


「私は彼女がいつかここに戻ってくると思っていた。王都のどこを探しても見つからなかったから。もしも彼女が私と同じように幽霊になったのなら、きっと世界中を探し回って最後に諦めて帰ってくると思っていたんだ」


 それで王都にずっと留まり続けていた。ここに来る前、ウーブがセドラスのいる場所に検討がつくと言っていたのも、彼はずっとここでラルが来ることを信じていたからだと納得出来る。でもその結果、互いにすれ違ってしまい今日まで会えない状態になってしまった。


「ああラル。君は私のことを待ち続けてくれていたのか。何年もあきらめず、私の屋敷の前で待っていただなんて」


 この言動は似たもの同士のようで、これだから二人は意気投合したのだろうか。


「……まあ何はともあれ、ラルの居場所はもう分かってるんだ。早く会いに行ってあげた方がいいんじゃないか? ダグレルたちもお前を待ち望んでる」


「……そうですね」


 事情を理解してくれたようだ。ボクはくるっと後ろに回って墓所を後にしようとする。これでセドラスをラルに会わせればきっと成仏してくれて、依頼も達成できて念願の3500クラットが手に入る。幽霊だの精神崩壊だのと言われていた依頼であっても、ボクらにかかればこんなにスムーズにいってしまうわけだ。


 いやーいい依頼を引き受けたものだ。こんなのでむしろそんな大金を手に入れてしまっていいのか? それくらい余裕なものだったぞ。


「……おい。どうした、じっとして」


 背後についていたウーブがいきなりそう言って、ボクらも何事かと振り返る。ウーブが語り掛けていた相手はセドラスで、彼は未だラルの墓標の傍を離れずに呆然としているようだった。


「誰かがいる。すぐ近くで見られてる感じがする」


「見られてる?」


 気配に敏感そうなウーブが辺りを見回し始める。ボクにも見られてるような感じはしなくて、アルヴィアたちもキョロキョロとし出して何かを見つけようとしたけど、この目に気になるものが入ることはない。


「何もないようだが……」


「ねえ」


 口出ししたのはテレレンで、見ると彼女は鼻をつまんでいた。


「なんだか臭い気がするんだけど、みんなは何も感じない?」


 臭いがする?


 鼻をクンクンとさせてみる。感じられるのは夜の空気と街から漂うレンガ類の匂い。そして墓場に佇んでいた微量な血生臭さ。グッと吸い込んでみると、それは臓器のように臭くて……。


「っ!? この臭いはまさか!?」


 脳裏によぎったのはセドラス邸に踏み入ろうとした瞬間に囲まれた黒い霧。それと全く同じ臭いが微かにしているここにいるのはきっと――。


「見て! 霧が動いてる!」


 アルヴィアの指差す方向で、確かに黒い霧が一つの意識を持つように揺れ動いていた。霧はセドラスの後ろで渦を巻き始め、ボクらが慌ててその前まで駆けたと同時にある吸血鬼が姿を現した。


「まさか君が、こんな姿になっていたとは」


 たかっていた虫が散っていくように晴れる霧。その中から現れた彼が襟を直す。


 その吸血鬼はボクが一番よく知る吸血鬼。ゼレスおじさんだった。


「ゼレスおじさん!」


「やあクイーン。また会うことが出来たね」


「どうしてここに?」


「君に眷属を一匹つけさせてもらった。私が用事を済ませた後、あの後の話の続きをしてあげようと思ってね」


「え! そうだったの!?」


 眷属がいたなんて全然気がつかなかった。ドリンが空を見上げて「本当ダヨ!」と声を上げたのにつられて見ると、確かに上空には青い目をしたコウモリが一匹飛んでいて、従順なそいつはゼレスおじさんの元まで降りていって靴底に入るように影に溶け込んでいった。


「だが、あまりゆっくり話が出来る状況ではないようだ」


 サファイアのように青い虹彩が、半透明の血液体に向けられる。皮がないのになんだかそいつはゼレスおじさんを睨んでいるように見えて、静かに苛立ちを持ったような声色でまず一声が放たれる。


「何をしに現れたゼレス」


「さっき言った通り、クイーンと話をするために追跡していた。本当はここを出るまで隠れているつもりだったが、先に君に気づかれてしまったからな」


「吸血鬼は気配に敏感だ。ましてや主たるお前が私に気づかなかったとでも?」


「いやいや幽霊の気配までは察知出来ないさ。君たちは存在しながら実際に触れられない存在。言ってしまえばこの世の生き物ではないのだから」


「口には気をつけろよ。私はお前を今でも()()()いないのだからな」


 礼儀正しく慇懃いんぎんだったセドラスの様子が打って変わって荒々しいものになっている。許していないとはどういうことなのか。一体この二人は過去に何があったというのか。

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