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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 一章 二人の追放者が根差す野望
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07 大炎上

07 「なぜ城が代々燃えない素材で出来ているか。それは魔王が代々キレやすい性格だからでしょうね」 ――魔王の城の執事 メレメレ

 天井の低い通路を進み切り、ダンジョンの最奥地にたどり着く。壁に松明が飾られた部屋。乱雑ながらも天井を石と木で骨組みにしておき、その奥に逃げ道まで掘られているこの空間に、三体だけの下級のゴブリンと、一体のデカいヤツがいた。


「お前がこのダンジョンの親玉か」


 背丈が高く背中を向けてたゴブリンにそう話しかけると、そいつはぽっちゃりとした腹を向けるようにボクたちに振り向いた。武器でも作っていたのか、手には石と、先が尖った骨を持っている。


「ダレだ、オマエ?」


 カタコトの言葉が返ってきて、その瞬間、アルヴィアの顔つきが険しくなる。


「人間の言葉! あなた上級魔物ね」


 さっきまでの下級ゴブリンとは明らかに身構えている。ボクには大げさな警戒心に見える。


「ニンゲンが、どうしてココにいる?」


 血の気を含んだ言い方をされて、ボクは慌てて待て、と一声上げる。


「ボクはクイーン。ボクたちに敵意はない。お前たちを襲うつもりはなくて、話がしたいだけだ」


「ハナシ? コンナちっこいのとするハナシなんてない。ここからデテケ」


「ちっこいのって。これでもボクは、お前らの未来のボスだぞ」


「ボス?」


 親玉ゴブリンはそう言って、いきなりプッと吹き出し笑い始めた。辺りのゴブリンたちも下品な笑い声につられていって、この空間に小汚い音が響き渡っていく。ボクは一瞬熱い何かが込み上げてきて、なんとか今は抑えようと眉がピクピクする。


「こいつら……」


「あなたの存在って、魔物の間でもあまり知られてないみたいね」


「これでも五十年生きてきたっていうのに、なんで知らないんだよ」


「似たようなのが街にもいるわ。お城にずっといるせいで、市民に名前は知られてても顔は知らない貴族とかね」


「このボクがそのキゾクってヤツと同じってことか? やかましいわ!」


 なぜボクの存在が知られていないのか、明確なことは分からない。けれども、なおもゴブリンたちはボクのことを笑い続けていて、親玉が手にしていた骨を空中に一度投げてから持ち直した。


「オコサマは、さっさとニゲルべきだ!」


 先端が槍のように尖った骨をボクに向かって勢いよく投げられる。「危ない!」と叫ぶアルヴィア。彼女の咄嗟の動きをよそに、ボクは腕を伸ばして、見えない壁に紙を広げるように動かす。


 同時に、そこに魔力を込めながら。


「レクト!」


 骨の先端が目の前まで来たその瞬間、それはボクが張ったガラスのような障壁にコツンと当たると、次の瞬間には投げたゴブリンに向かって逆戻りしていった。


「イデッ!」


 尖ったのとは逆の部分がゴブリンに強くぶつかって、ヤツが額を抑え出す。


 はたから見れば、飛んできた槍が逆再生でもしたかのように動いた現象。それに驚きを隠せないアルヴィアが「何をしたの?」と訊いてくる。


「反射魔法『レクト』。どんな投擲物も跳ね返す魔法だ」


 炎の『フレイン』。眷属召喚の『ゾレイア』。幻炎げんえんの『イルシー』。反射の『レクト』。この四つがボクの持ちえる力のすべてだ。


 そして、その中でも得意なフレインは、決して明かりをつけるためだけの魔法じゃない。


「コザカシイ!」


 親玉ゴブリンが逆上したようにそう言ってくる。


「小賢しい?」


 ボクは両手に体内の魔力を流し、フレインの発動準備をする。


「最初に舐めた態度を取ったのは、どっちが先だってんだ」


 指先から魔力が洩れて、ジジジッと炎が見え隠れする。ボクの怒りに気づいたのか、親玉は警戒するように顔つきを変え、ゴブリンたちが恐れるように後ずさりしだす。


「それ以上大口たたいたらどうなるか。ちゃんと教えてやる!」


 大げさに腕を回し、足下の地面に向かってありったけの炎を放つ。すると、洞穴だったダンジョンは一瞬にして太陽の陽ざしよりも明るくなった。


 腕を伸ばし魔力を注ぐボクの目の前には、炎で竜巻を生み出すように燃え盛っていて、天上から土埃や破片がポロポロと落ち続ける。炎は部屋中にも広がっていて、ゴブリンやアルヴィアたちのいる場所を除いた、壁や床にいたるまで炎がゴウゴウと揺らめいている。次第に、親玉ゴブリンの足下にあった骨が黒ずんで灰に変わった時、アルヴィアがボクに向かって叫んだ。


「ちょっと! これはさすがにやりすぎよ! 熱いってもんじゃないわ!」


 ボクはそこでやっと発動の手を止める。炎の洞穴と化した一室。一応ゴブリンたちは燃やさないように意識できていたけど、いまいち胸からまだ苛立ちが消えてなくて、つい反発するように彼女に振り向いた。


「あいつらがボクを馬鹿にするからだ!」


「理由なんていいから、早く消しなさいよ!」


「これだけ大規模な炎上は消せないって」


「なによそれ!」


 ――バキッ! 突然そんな音が聞こえて、ボクとアルヴィアは同時に天井を見上げた。土を支えるように造られた骨組みにヒビが入っていて、今にも崩れ出す寸前だ。


「ねえねえどうするのよこれ!」


 急いで顔を下ろすと、ゴブリンたちが火の中を我慢しながら裏道へ駆け込んでるのが目に映った。


「裏道だ! 急げ!」


 アルヴィアにそう叫びながら、ボクは一目散に駆け出した。




 草木で覆った天井を、親玉ゴブリンが破壊するように開ける。そして、なだれ込むようにゴブリンたちが外へ出ていくと、ボクも一緒になって出ていった。何回か苦しそうに咳込んだ後に、新鮮な空気をたっぷり吸い込んでいく。


「はぁ……。あぁ、死ぬかと思った」


「本当よ。一体、誰のせいなんだか……」


 息を切らしながらアルヴィアがそう言ってくる。その次の瞬間、出てきた洞穴から爆発が発生したような重苦しい音が重なって響いた。それを聞いたボクは、アルヴィアと同じタイミングでついふう、と息を吐いた。


「オレたちのイバショが……」


 がっくりと肩を落とす親玉ゴブリン。他の連中も、思わず脱力しきってしまっている。


「……魔物がこんなに悲しむなんて、初めて見たわ」


 普段は魔物を敵として見ているアルヴィアも、今は苦笑いを浮かべていた。ボクは悪いことをしてしまったと自覚しながらも、やっぱり彼らが煽ってきた時に感じたムカムカが止まらなくて、「ボクを煽った罰だ」と口にした。「意固地にもほどがあるんじゃない?」と言われるのを無視して、ゴブリンたちに話しかける。


「だが安心しろ、ゴブリンども。こんなダンジョンよりも、もっと明るくて広い場所がある」


「そんなバショ、どこにある?」


「この山を下りたふもとに村があるんだ。人間が住んでいる村がな」


「え!?」


 驚嘆の声を上げたのはアルヴィアだった。


「どうした?」


「どうした、じゃないわよ。あの村にゴブリンたちを連れていくつもり?」


「そのつもりだが」


「どういう神経してるの? 人間の前に魔物を連れてくなんて。普通に考えたらあり得ない」


「待て待てアルヴィア。考えもなしに連れてくわけじゃない」


 首を振る彼女の衝動を手で制し、ボクは一から説明していく。


「お前も見た通り、あの親玉ゴブリンには知能があって統率力もある。他のゴブリンたちは親玉の命令に従っていて、親玉自身も人間に見つからないように立ちまわっていた。ダンジョンに裏道があったのも、いざ人間に襲われてもいいように逃げ道を用意してたんだ」


「だとしても、私たちの間でゴブリンがどんな魔物として認識されてるかって話よ。彼らは性欲の限りを尽くして、人間の女性を孕ませる生き物なのよ。そんなのが横にいたら、どう考えても冷静でいられないわ」


「性欲の限りって。ゴブリンたちはそんな破廉恥はれんちな連中じゃない。あいつらが勃起する時は、いつだって自分の種族を残そうとしている時だ。だけど、ゴブリンに雌は産まれないから、他の生物の雌を襲ってしまうだけなんだ」


 アルヴィアは特定の単語に嫌そうな表情を浮かべながら、それでも強く言い返してくる。


「どちらにしろ襲ってしまうんじゃ、一緒に生活なんて無理よ」


「それはそうかもしれないけど、絶対に人間を襲うとは限らない。人間のいない魔王国では、ゴブリンはどう種漬けしてるか知ってるか? 家畜として飼っている牛や豚たちだ」


「家畜!? 魔物が家畜を飼っているの?」


「そうだ。あそこにいる魔物の普段の食事は家畜の肉だ。その驚きようだと、人間には知られてないようだな」


「ええ、まあ。その、結構、衝撃的だったかも。魔物って、理性を持たずに人を襲う生き物って思ってたから」


 はあ、とため息が出てくる。人間から見えるボクたちは一体どうなってるんだ。まるで魔物を化け物と混同して見ているようだ。


「さっきも言ったけど、ボクら魔物にだって人間と同じ理性がある。種族とか成長具合でその大小はあるかもだけど、ちゃんと命を持った生物に違いはない」


「なら一つ教えて。どうして魔物は人間の国に下りてきているの? 魔王国にも家畜とかで生活できるようになっているなら、ここに来る理由がないじゃない」


「それはきっと、魔王国に居場所がないからだろうな」


「居場所?」


 ボクはゴブリンの親玉に振り返って、そうだろ? と訊いてみる。


「あそこはセマくてチイさい。だから、ヨワイやつはカチクにされる。ウシやヒツジみたいに、ツヨイやつらにカラレテしまう。だから、ここまでニゲテきた」


「狩られる?」


 彼女に向き直りボクは疑問に答える。


「腹を空かせた極限状態の魔物が行きつく行動。それは共食いだ」


「仲間を食べるってこと?」


「そうだ。人間も同じだって聞いたことがあるぞ。追い込まれた状態になったら、人間も人間を食べるって」


「……私はさすがに経験はないけど、でも、想像できなくはないかしら。過度な空腹は激痛を引き起こすみたいだし。そういう拷問もあったりするくらいだから」


「拷問って。いきなり怖い言葉が出てくるな」


「先に共食いって言った人が言うセリフ?」


 そう言われると言い返す言葉がない……。まあでも、そんなことは今はどうでもいい。


「まあとにかくだ」


 ゴブリンたちに振り返り、ボクは話しのまとめに入る。

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