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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 四章 血と怨霊に枯れる愛
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78 百いれば一いる魔物の霊

 夕暮れ時、ギルド本部前。


 前もって決めた通りの待ち合わせにボクはついた。歩きながら夜の空気も流れてきて、恐らくボクが最後だろうなとも思っていて、その予想は当たってはいた。けれどもだ。


「……なんでお前もいるんだ?」


 この待ち合わせの約束はアルヴィアとテレレン、ドリンだけが知っているはず。それなのにこの場にはもう一人あの魔物。病的なまでに青白い肌をした七魔人のウーブがちゃっかり混じっている。灰色の腰まで届いてる長い髪で片目を隠してるのも変わらない。


「もしかして目障り?」


 暗い声色に骨に響いてそうな猫背。この気だるそうな感じからまずネガティブな一言が飛んでくる。


「いやそこまで言ってないが……。でもお前、最後に会った時からあの洞窟にいなかったじゃないか」


 七魔人の人狼ラケーレに連れられて洞窟に向かった時、七魔人がいると言ってラケーレがについていった時、ウーブは住処にしている洞窟にいなかった。その後ラケーレと色々あって探すことも出来なかったわけだが……。


「あの時はたまたま外に出てた。いくら七魔人でも食べるものがないと死ぬから」


「そう、だったのか。まあそれはいいとして、お前が今この場にいるのはどうしてなんだ?」


 ウーブがだらりとした左腕を上げてドリンを指差す。何かするんじゃないかとドリンはとっさに怯えたが、ウーブは口しか動かさない。


「コイツに会って話を聞いた。セドラスって吸血鬼を捜してるって」


 その言い方にすぐ「え!?」と声が出てきた。


「まさかお前、セドラスを知ってるのか?」


 腕が下ろされコクリと顔を頷かせてみせるウーブ。「本当なの?」とアルヴィアがつっかかる。


「私は話が聞けそうな貴族とかギルド本部でも確かめてみたけど、セドラスって名前を知ってる人すらいなかったわ」


「ウーブさんは魔物さんだから、知り合いだったとか?」


 そのテレレンの質問にウーブが「知り合いというか……」と渋りながら口を開く。


「ご近所迷惑っていうのが正しいかも。あの人、この街の辺りを何十年もグルグルしているけど、僕の横を通る度にいつもブツブツブツブツうるさくて鬱陶しいんだよね」


「何十年もこの王都にいたってこと? それでどうして知ってる人があなただけなのよ?」


 信じられないと言わんばかりにアルヴィアが詰め寄っていくが、ウーブは何気なくただ淡々とした口調でこう言った。


「幽霊だからだよ、そのセドラスって吸血鬼は」


 この場の全員がハッとした。まさかセドラスまでもが幽霊になっているなんて考えもしなかった。


「幽霊だったなんて……それ本当なのか? 本当だとしたら、どうしてお前だけがそれを知っているんだ?」


 むくっと右手を上げ、黒と紫の宝石が目立つ指輪を見せてくる。


「これのおかげ」


「これは確か……死霊の指輪だったか」


「そう。この指輪は死んだ魂を取り込み操れる効果があるけど、それの副作用か僕は幽霊の気配に敏感になってるらしい」


 そうか。セドラスが人間にバレないように動いていても、こいつの目にはちゃんと見えてるってことか。それにしても死んだ魂、つまり幽霊を取り込んで操る指輪だなんて。太古の遺物であるアーティファクトだが、先のマジックライターのこともあって不気味に感じられる代物だ。


「ねえウーブ」とアルヴィア。


「気配に敏感なら、あなたは今からセドラスの気配をたどっていけるの?」


「なんとなく、かな。でもあの吸血鬼のいるところなら、大体あてがある。今から案内しようか?」


 どうする、と訊く代わりにアルヴィアがボクに目を向けてきて、当然ボクは肯定を合図する動作を示す。


「頼む。どうせお前も、セドラスの徘徊癖のせいで悩んでいるんだろう? 解決できるものならさっさと解決してしまおう」




 のらりくらりとした歩きの魔物に連れられてきたのは墓場だった。こんな派手で華やかな王都でも、その裏には石を段々にして積み上げた墓標が百以上並んでいる場所があるのは意外だった。空はもう暗がりかかっていて人気もなく、空気も妙に重々しいような感じがして、この雰囲気にドリンは既に身を縮めてしまっている。


「ここ、王家の墓場ね」


 そう呟いたのはアルヴィアだ。


「歴代のセルスヴァルア国王たちが眠ってる墓場で、周りにあるのは家紋を持った貴族たちの墓よ。本人の意思とそれに足る金額を払えばここにお墓を作ってもらえるの」


「お墓か。確か人間ってのは体を離れた魂を労うためにこうしてるんだってな」


「魔物にはない文化?」


「そうだな。死んだ者は肉も骨も全部土に還る。死ぬってことは、そこに宿っていた魂が朽ち果てたってことだから、それがそらに飛んだりとかあの世にいったりだとかはしないだろう」


 死生観においても、魔物ボクらと人間の価値観はまるで違うわけだが、この墓場の中を右に左に重心を揺らしながら歩いているウーブがその話題に首を突っ込んできた。


「死んだ後のことは分からないけど、たくさん幽霊を見てきた僕からしたら人間の考え方の方が正しいのかなって思う。僕の目に見えるのは人間だけじゃなく魔物の幽霊もいたから」


「そうなのか?」


「百の人間の霊がいたら、一の魔物お霊が見つかるってくらい数は少ない。でもやっぱりみんな、幽霊になるだけあって何か未練とか残してる」


 極端な比率に聞こえるが、アーティファクトを持つウーブが言うからにはその通りなのだろう。こいつが見ている世界はきっと、ボクたちじゃ想像できないような世界なのかもしれない。


「幽霊って結構多いんだね。テレレンもいきなり呪われたりしたらどうしよう」


「そこら辺は多分大丈夫。幽霊って呪いとかそういう力はないみたいだから」


「そうなの? よかった~」


「でも、その人の全身を乗っ取ろうとして、一日中体に張り付いてたりはするけど」


「ひえっ!? 何それ怖いよ!」


 冗談、を言っているようには聞こえなかった。それが本当かどうかは分からないままウーブの足がある墓標の前で止まると、彼はいきなり頭上を見上げて何もないそこに向かって呟くように喋りだした。


「やっぱりここにいるんだ。いつもいるよね、あんたは」


 独り言、だろうか。ボクらは当然として、誰かの返事がきたりはしない。


「……どうしたウーブ? まさか呪われたか?」


 ボクの一言にヒッ!? と声を上げたのはドリンとテレレンで、ウーブはすべてを無視して独り言を続ける。


「彼らに姿を見せた方がいいよ。少なくともあの小さい彼女には。あれでも、未来の魔王様なんだから」


「あれでも、とはなんだ!」


 思わず恐喝の声が出てしまったその時だった。いきなりウーブの頭上に淡い光が見えたかと思うと、そこに全身が真っ青に透けた謎の物体が姿を現した。


「な、なんだこいつは?」


 人の姿形をしている。が、そいつに顔はない。肌や衣服もなく、男か女かの判別もつかない。分かるのはそいつの体は流動体の何かで構成されていて、それが人の真似事をするようにボクに向かって深々としたお辞儀の動作をしてくるということだけだ。


「偉大なる陛下のそのご令嬢の前で無礼を働きましたこと、誠に申し訳ございません」


「ええ!? 喋るのかこいつ!?」


 いきなりのことで頭の整理が追い付かなかったが、ふいにこの言動に思い当たる節があった。お辞儀の動作。手を胸元にあて丁寧に自分の非礼を詫びるこの姿は、セドラス邸の屋敷にいたダグレルそっくりのものだ。


「あ! まさか……お前がセドラスなのか?」


「いかにも」


 吸血鬼の正体をアルヴィアに話したことを思い出す。この流動体。今ボクが見ているこの物体はすべて液体であって、そしてそれは真っ赤な色をしたはずの血液なんだ。

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