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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 四章 血と怨霊に枯れる愛
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76 セドラス邸の執事

 屋敷はすぐに見つかった。一目見てからそれは屋敷というより、邸宅のように外観が整えられていて周りの暗い雰囲気とは似合わないくらいの高級感があった。二階建てで窓の数からしてリビング以外の部屋が四つ分。奥行を考えたらもっと広そうだ。


「随分と立派な家ね。吸血鬼だからもっとこう、禍々しい趣味とかを想像してたんだけど」


「吸血鬼の感性は結構人間に近いらしいぞ」


 アルヴィアの言葉にそう答えながら、さっそく入り口の前まで来たボクは倍以上ありそうな両手扉を腕をめいっぱい挙げてトントンとノックした。ラル曰く中には執事がいるから、きっと返事か何かが帰ってくるかと思っていた。けれどしばらく待ってみてもその気配はない。


「あれ? 聞こえなかったのか? ドリン。お前が叩いてみろ」


「え! オデダヨか? オデじゃ壊したりそうダヨけど……」


 そう言いつつもボクの後ろから腕を伸ばし、人差し指でつつくようにして扉をゴツゴツと鳴らす。けれどもやっぱり中から誰かがいる感じはしない。


「まさか誰もいないのか?」


「あ。開いてる」


 試しにドアノブを回したアルヴィアがそう呟いて、わずかながらに扉が開いた。


「なんだよ。いつの間に開けてくれてたんだ?」


 待ってる時間に飽きてしまったからか、つい何も考えずに扉を押し開けた。


 我ながら無警戒な行動だった。次の瞬間、屋敷の中から多量の黒い靄状の霧が溢れ出てきたかと思うと、まるで霧が意識を持っているように動き回り、ボクらに太陽の光が当たらないくらい完璧に取り囲んできた。


「ンダッ!? なにダヨこの霧!?」


「うっ! 結構血生臭い……」


 鼻をつまんでいるテレレンの顔が青白くなっている。ボクでも感じたことのない激臭だ。自分が臓器の中にでも入ったのかと思うくらいに。


「こんなの! 私のクラッシュで――!」


「待てアルヴィア! ボクがやる!」


 魔法を発動しようとする彼女を大声で止め、足元に両手をバッと広げ、白い炎をボクら全員の体に宿す。


「イルシー!」


 幻惑の炎は一気に燃え広がった。それは暗闇の中、いきなり自然発火したかのようで、ボクらにまとわりついていた霧は虫のようにバラバラと逃げ散っていく。


 イルシーを解除すると日が差し込んできて一瞬の静寂が訪れる。アルヴィアは顔色を悪くしたテレレンを支えて、「大丈夫?」と声かけし、か細い返事が返ってきて無事なのに胸をなでおろす。その間にも霧は頭上で集まりだすと、開いた扉を通って屋敷の中で渦を巻き始めた。


 ボクはこの霧の正体を知っている。知っているからこそアルヴィアの魔法を強引に止めたし、()にも危害を加えないようイルシーで追い払った。しばらくして渦が消えると、そこには執事服をピシッと着こなし中性的な短髪で毛先が深緑に染まった男の人間、いや、人間の姿をした魔物、吸血鬼が現れた。


「やっぱり吸血鬼だったか」


「どういうことダヨ?」


「体を霧に変えるのは吸血鬼の能力の一つだ」


 軽くそう説明しボクは竜を象った首飾りをそいつに見えるように触れる。


「これが見えるか、執事の吸血鬼」


 たった一言そう言うと、執事の吸血鬼は態度を改め深くお辞儀をしてきた。


「いきなりの強襲、誠に申し訳ございません。まさか魔王のご令嬢様だったとは思わず」


 とても礼儀正しく丁寧な物言いは、本当に反省をしているのだと簡単に分かった。「首飾りを知ってる……」と呟いたアルヴィア。一度テレレンを見つめ直して、意識は保っているのを見て執事に振り返る。


「今回は大目に見てやろう。次からノックの音がしたら慎重に行動するんだぞ」


「寛大な心遣いに感謝いたします。よろしければそちらの方をベッドまでお連れしますが……」


「ああ頼む。テレレンは臭いに弱いんだ」


「承知いたしました」


 丁重な受け答えをした執事がいきなりパチンと指を鳴らす。するとすぐさまさっき見たような霧が彼の隣まで流れてきて、それが渦を巻いて本体が現れると漆黒のメイド服の女吸血鬼、通称『サキュバス』が登場した。「わっ!?」と驚くテレレン。メイドサキュバスは彼女に近づき「こちらへ」と案内を始めようとする。


「申し遅れました。わたくしはダグレル。ここセドラス邸の最高執事を務めております」


「クイーン。魔王の娘だ。最高執事のお前と話がしたい」


「客間へとご案内させていただきます。どうぞこちらへ」




 屋敷の中は壮麗な外観通りのものだった。赤と黒を基調とした色合いで、白い家具やバラの花なんかがより豪華さを際立たせている。執事たちの働きもあるのだろう。部屋の角や窓の細部に至るまでホコリ一つ見つからない。


 通されたのは一階の奥の部屋。途中、テレレンをつれるサキュバスは横にそれて二階へ行き、ボクはドリンも見守りとして一緒についていくよう指示しといた。残ったアルヴィアと共に部屋に入り、置時計が目立つ中、二人が座れるソファに腰かける。対面する位置にイスを用意し座った執事と、これから話をしていこうとすると、縫い目を縫うようなタイミングで「失礼します」と雄の吸血鬼、通称インキュバスが部屋に入り、手に持っていたティーセットで即座にボクらの前に紅茶を出して颯爽と帰っていった。


「ここには吸血鬼がたくさんいるのね」


 閉まった扉を見ながらアルヴィアがそう言う。


「インキュバスが四人。サキュバスが五人の計九人の吸血鬼がおります」


「なんなの? そのインキュバスとサキュバスって」


「男の吸血鬼をインキュバスと呼び、女の吸血鬼はサキュバスと呼ぶのです」


「へえ。性別で呼び方が変わるんですね」


「わたくしたちはセドラス様に仕える家来。わたくしも含めみな、セドラス様に恩があるのです」


「ふーん。セドラスってヤツは結構イイヤツなのかもな」


「それでクイーン様。わたくしへの話とは?」


 本題を切り出すダグレル。


「そのセドラスってヤツを見つけたいんだ。この屋敷の周りに幽霊がうろついてるのは知ってるよな?」


「ラル様のことは承知しております。彼女は生前の頃、セドラス様と仲良くされておりましたから」


「そのラルの願いを叶えてあげたいんだ」


「なるほど。セドラス様とラル様をもう一度会わせたい、ということですか」


「話が早くて助かる」


 これはすんなり情報が手に入れられそうだと思った矢先、ダグレルは後ろめたい表情を浮かべる。


「申し訳ありませんが、セドラス様の居場所は我々も把握しておりません。もう二百年もの間、セドラス様はこちらにお帰りになられてないのです」


「二百年も!? どうしてだ?」


「分かりかねます。最後に向かった先は魔王国ルーバの吸血鬼領。出発される前、口にしたのは『決着をつけてくる』とだけです」


「決着……」


 口元に人差し指を当てながら、その言葉の意味を考えてみる。


「心当たりがあるの?」


「……いや、さっぱり分からん」


「そう……。まあ、それだけじゃ分からないわよね」


「わたくしも外に出て探してみましたが、この広い世界ではとても一人では見つけられず……」


「でも、吸血鬼領へ向かったっていうのが気になる。一体何をしにそこまで……」


 隣でアルヴィアが首を傾げる。


「待って。その吸血鬼領っていうのはなんなの?」


「シンリ大洞窟。魔王国にいる吸血鬼はそこで縄張りを持って生活しているんだ。前にゼレスおじさんと会った時に吸血鬼の主がいるって話をしたよな? 彼らはボクのお父さんが用意した土地じゃなくて、ゼレスおじさんが築き上げた洞窟で暮らしてるんだ」


「そういうこと。そこに決着をつけてくるって言い残して向かった。仇でもいたのかしら?」


「うーん……もしかしたらゼレスおじさんに訊けば分かるかも。二百年前ならゼレスおじさんも既に吸血鬼の主だった頃だ」


「何か手掛かりが掴めるかもしれないわね」


 話を進めていって一応のあてがついた。ゼレスおじさんでも分からなかった場合はその時に考えればいい。どのみちここに留まっても更なる情報は手に入らなさそうだし、テレレンの具合がよくなったらすぐに出発してしまおう。


「一つよろしいでしょうか、クイーン様」


 ダグレルが立ち上がろうとするボクに待ったをかけた。


不躾ぶしつけな頼みを口にするのをお許しください」


「構わない。何をしてほしいんだ?」


「セドラス様を見つけた際にお伝えください。わたくしたちは今も、この屋敷であなた様のことをお待ちしておりますと」


 立ち上がり右手を左胸に当てるダグレル。


「あなた様のこと、その首飾りの意味もセドラス様から聞いたものです。ここにいるほとんどの者が命を救われた身。別れの言葉もなしに離別してしまうのは、わたくしたちとってこれ以上にない後悔になりましょう。ですからどうか、よろしくお願いいたします」


 主の帰りを信じるそいつのその言葉からは、セドラスがいなくなってからの心労が見て取れるようだった。きっと毎日心配していたのだろう。不安の表情を一切見せないのはさすが最高執事と褒めるべきだろう。


「分かった。ちゃんと見つけてここに連れ帰ってやるからな」

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