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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 四章 血と怨霊に枯れる愛
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75 ラルの依頼(?)

「……何? この状況?」


 アルヴィアがボクにそう訊いてくるけどボクが一番それを知りたい気分だ。幽霊にもう殺意はなくて、むしろ非常に穏やかな顔をしてハグを続けている。


「クイーン様の知り合い、ダヨか?」


「いやまさか。幽霊を見たのはこれが初めてだ」


 肩に手を置かれ、幽霊が態勢を変えボクのことを真正面から見つめてくる。愛人に向けるような嬉しそうな顔で何か喋りだしそうだったけど、その口をとがめて怪訝そうにボクの顔をじっくり見てくると、ガックシと肩を落とすように手を降ろし、途端のその顔は哀愁漂うものになった。


「その声……あなた、セドラスじゃないのね……」


「へ?」


 人違いをされた、のか? とりあえずこの幽霊はボクに失望したらしい。


「ああ、どこにいるのセドラス。私はもう何百年もここであなたの帰りを待っているというのに……。あなたの肌に触れたい。綺麗な瞳で見てほしい。私のすべてを包み込んでほしいのに……」


 宙を舞いながら見えない誰かを抱きしめようとし始めru

幽霊。ボクは自分の体を適当に触ってみる。急に抱き着かれたが、とりあえず何もされなかったようで異変はない。


「な、なあ幽霊。お前はここで――」


「ラルよ」


「え?」


 涙ぐむしぐさをする彼女がいきなりそう口にした。


「私の名前。幽霊じゃない」


 幽霊じゃない、か……。


「そ、そうか。ボクはクイーンだ。それでラル。お前はここで何をしてるんだ?」


「見て分からないの? 人を待っているのよ」


「あ、ああそうか。人を待ってるのか……その体で……」


 グスッと鼻をすする音を鳴らして、ラルは詳しく話しだす。


「確かに私は一度死んでしまった。でもどうしても彼と、セドラスと会いたかったわ。きっとその想いが強すぎてこんな姿になっちゃったのよ」


「は、はあ……」


 剣を納めたアルヴィアがボクらに近づいてくる。


「遺恨を残して幽霊に、て、物語だとよくあることだけど本当にあり得るの?」


「幽霊の存在は謎だらけで何とも言えない。けどまあ、現実にこうして目にしてるんだから、何かしら原因はあるだろうな」


「もしも物語通りの存在なら、この現実に未練があるはずだわ。その未練を解決してあげたら成仏してくれるかも」


「成仏か。幽霊側がそれを望んでいるかどうかが問題だが……」


 話を聞いていたラルは「嫌よ」と即答する。


「セドラスと会うまでは成仏出来ない。彼ともう一度会えたのなら、私はどうなってもいいわ」


 ふいに横目を向けてくるアルヴィア。


「……結構単純そうね」


「ああ。分かりやすくて助かる」


 初めての幽霊だったが、このラルという幽霊はボクや人間でも理解しやすいようなそんな存在のようだ。会いたい人がいて魂が現世に留まっている。幽霊屋敷の依頼も、根源である彼女を成仏させてしまえば万事解決ってことになるだろう。


「あ。そう言えば屋敷はどこだ?」


 考えながらそれを思い出して、ラルがそれに返事をしてくれる。


「屋敷ならこの先にあるわ。もしかしてあなた、セドラスの屋敷に用があるの?」


「用があるっていうわけじゃ……。ていうか、そのセドラスっていう人の屋敷なんだな」


「そうよ。屋敷は執事たちが今でも働いて綺麗にしてくれてるわ。肝心のそのあるじ様はもう百年もいないけれど……」


「ちょっと待って」とアルヴィア。


「百年もいないってのはどういうことかしら? 普通の人間なら六十もいけば長生きしてるって言われるけど」


 まさか、とボクの脳裏にある可能性がよぎった。平均寿命を超えて生きていくのは難しくて、ましてや百を超えた人間なんて到底見れないだろう。もうとっくにあの世に旅立ったのでは、と思ったけど、ラルの口から出てきたのは予想していなかったことだった。


「セドラスは人間じゃない。彼は吸血鬼なのよ」


「吸血鬼!?」


「本当なのか、それ?」


「最初は自分の正体を隠してた。でもある時その秘密が明かされてしまって、彼は私の前からいなくなろうとした。でもそんな必要はない。たとえ吸血鬼だろうが私への愛は本物だったもの。当然私は彼を止めようとした。でも、結局彼はそのまま、私の前からいなくなってしまった……」


 いちいち腕を伸ばしたり胸をキュッとさせたりと。芝居なんじゃないかっていうくらい言動が大げさだ。別に訊いてもいないことまで喋ってくるのは正直言って少し鬱陶しい。


「そう言えば、あなたも吸血鬼よね?」


 いきなりラルにそう訊かれる。


「え? なんでそう思ったんだ?」


 ラルは未だに身を寄り添いあっているテレレンとドリンに近づいて、一層震えだす二人に手を伸ばした。


「――イヤァァ!?」「――ダアァ!?」


 喚く二人をよそに、ラルの半透明の手がスルリと通り抜けていく。さっきボクのことを掴んだはずなのに。


「あなたの体に触れられたから。私は生きてる生き物には触れられないのよ」


 驚嘆する二人を背に物寂しそうな声でそう言ったラル。「どういうこと?」と呟くアルヴィアだったが、ボクにはピンときた。


「そうか。吸血鬼は人間の死体を被った魔物だ。同じ皮を被ってるボクはいわば死体と同じ性質だから触れられたってことか」


「吸血鬼が人間の死体を被って? それ本当なのクイーン?」


 アルヴィアの顔を見て、人間たちが吸血鬼の存在を知っていないことを思い出す。


「ボクらが言う吸血鬼ってのは、人間に入り込んだ血液のことだ」


「血液?」


「そう。吸血鬼の正体とも言える。体が血液しかない状態だと色々不都合だから、人間の死体を利用して生活しているんだ。ゼレスおじさんのあの見た目も、わざわざ人間たちに受けやすいよういわゆるイケメンなものを探したらしい」


「血液が本体。それが吸血鬼なのね」


 すべて説明してから再びラルが口を開いてその話に戻る。


「私はあなたに触れられた時、てっきりセドラスかと思ってしまったわ。どうしてあなたもセドラスと同じ吸血鬼なのよ、紛らわしいわ」


「そもそもボクは吸血鬼じゃないわけだが……。というかそもそも、そんなに愛する人のことならちゃんと顔くらい覚えておけよ」


「顔ならちゃんと覚えてるわよ。でも見えなきゃ意味ないでしょ?」


「どういうことだ?」


 見えなきゃ、って、ちゃんと目は開いてる。見えないはずがないと思うが……。


「私、体がなくなってからはずっと何も見えなくなってしまったのよ」


「何も見えない? 盲目ってことか?」


「そう、視界が全部真っ暗。どこを見ようとしても一切の光も入ってこない」


 驚いた。幽霊というのは目が見えなくなってしまうのか。でも確かに、テレレンとドリンをすり抜けたりしてたし、きっと壁や建物なんかも関係なくすり抜けられるのだろう。ボクを掴んだ時にじっと手を見つめていたのも、そう出来る存在が限られてるからと説明がつく。だとしたら、彼女はその幽霊特有のすり抜ける性質のせいで、太陽の光さえも透過してしまっているのかもしれない。


「感じられるのは生き物たちの気配と声だけ。目が見えないせいで、セドラスを捜しにいくことすらままならない……。ああセドラス。今あなたはどこで何をしているの? 一人だと寂しい、光がなくてもあなたがいればいい。だから、早く来てくれないかしら……」


 愛は盲目、という言葉を彼女を見れば誰もが思い出す気がする。まだ訊いてもいないセドラスという名前を一体何回耳にしただろうか。夜な夜なこうして喋り続けていれば、この森を通った人間が不穏だと依頼書を作るのも時間の問題だったわけだ。


「みんな、聞いてくれ」


 アルヴィアとドリン、テレレンの意識を自分に向けさせようとする。けれど目に見える幽霊にあたふたする二人がまだ騒いでいる。


「呪われたよ! 今ので絶対呪われた! テレレンこんなところで死んじゃうんだー!」


「死んじゃうダヨか!? オデもとうとうこの世界の土になっちゃうダヨ!?」


「落ち着けって。幽霊に殺意はもうない。お前たちだって分かってるだろ? 魔物は人間を襲わないし人間も自分から魔物を襲ったりしない。幽霊とてそれは同じことなんだって。今のも単純に握手でもしたかっただけだろう」


「あ、ああそっか、握手したかったんだ。そしたらちゃんと応えてあげなきゃ……」


 愛人の名前を繰り返すラルに手を伸ばそうとするテレレンだが、結局恐怖が勝ったようで「やっぱり無理!」とすぐにひっこめた。茶番はもう十分だと言う代わりにボクはさっさとこれからについて切り出す。


「今回の依頼は、どうやらセドラスって人物を見つけることになりそうだ。その所在は不明で、ラル自身も分かってない様子。それでだ。まず手始めに屋敷の方へ行こうと思う」


「お屋敷に行くの?」とテレレン。


「どこに行ったか分かる何かが探し出せるかもしれないし、執事って人から情報を聞き出せるかもしれない。探すにしてもせめて顔の特徴ぐらいは知っておかないとだからな」


「そっか。了解だよクイーン様!」


 みんなが承諾したのを確認して、ボクはラルに振り返りこれからすることを伝えようとした。けれどラルは、何も見えない世界でセドラスを探すのに必死のようで、ブツブツ名前を呟きながらあっちこっちを文字通り飛び回っている。


「セドラス……ああセドラス。一体どこまで行けばあなたに会えるの?」


 とても話を聞いてくれそうになさそうだ。結局ボクは上空まで行ったラルの真下をそのまま通りすぎ、霧の晴れていく方向へと向かっていった。

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