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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 三章 マジックライター
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67 初めて出会った時

「王様って、そんなに恐ろしい人だったダヨ!?」


 声を張り上げるドリン。約束通り頂いた大きな金貨袋をボクの影に懸命に引っ張っていく眷属を横目に、さっきまであったことを二人に話した。


「『テンパス』。噂は聞いてたけど、私も初めて見たわ。あんな凄まじい魔法だったなんて」


「さすがは王、と言うべきか。人間でもあんな緊迫感を与えるヤツがいるなんて想像してなかった。あいつの目に止まるようなことがあったら大変なことになるかしれない」


「これからの行動も気を付けるべきね。あの方ほど極度の魔物嫌いもいないでしょうし。あの様子だと、きっと私たちがモンスターテイマーってことに気づいてない。従者の人たちも、話が厄介になるのを見越してそこまで話さなかったようだし」


「もしかして、オデのことを知られたらとんでもないことされるダヨか?」


 過度な臆病が今回に限っては正しい反応に思える。一瞬で首をはねた魔法。城壁に出来ていた傷も、首が当たった部分と横についた切り傷のようなものと分かれていた。崩れてはいなかったが、加減をしていなければ或いは……。


「ゴーレムでも一撃で倒される可能性はあったな」


「ヒイィ!? オ、オデ、もうこの街にいたくないダヨォ……」


「落ち着けドリン。まだ城の前にいるんだ。そんなに騒いでバレたら元も子もない」


 そう言いながら、さっさとここを離れるべきだと自分でも思いどこから行こうか辺りを見回した。その際、城の方でボクらと距離が離れていたテレレンに気づく。


「テレレン?」


 俯いたままの彼女に近づいていくと、テレレンはボクのことを見上げて、なんとも言えない笑みを浮かべてきた。多分この顔は、小さな不安を抱いているような感じだ。


「ねえ、クイーン様。テレレンってもう、夢を見てないんだよね?」


「夢ならとっくに覚めてるって。まだ不安なのか?」


「不安っていうか、うーんなんだろう。……実感がないから、かな」


 自分の手を見下ろして、見えない何かを掴もうとしてるのかしてないのか弱い力でグーパーを繰り返すテレレン。今が夢でないという確信が持てないでいるようだが、簡単に答えを出してやれそうになくてボクも困ってしまう。今見ている世界が夢でない証明なんてどうすればいいんだ?


「テレレンね。完全に記憶は戻ってないけど、前までやってきたことがあったのを思い出したの」


 アルヴィアとドリンもボクの横に並んで話を聞く。


「人を捜していた。とても大事な人。その人は多分、テレレンのお母さんだと思う」


「お母さん、か。でも確か、もうテレレンの両親は亡くなったってブロクサが……いやでも、それも幻というかウソだった可能性があるのか」


「ウソ、だったのかな? でもどっちにしても、記憶を持ってた頃からずっとテレレンは捜してた。なんでかは分からないけど、とっても長い距離を探し回っていたんだと思う」


 テレレンが顔を上げ、ボクとばっちり目が合う。


「テレレンは見つけるべきなのかな? お母さんのこと。なんにも憶えていない人のこと、探しに行かないといけないのかな?」


 そう問い詰められたが、ボクの口から、その通りだって言うのは出来そうになかった。昨日までおばあちゃんだと言っていた人が実は悪い人で、あいつの組織のせいでテレレンは心身共に狂わされた。


 もしも思い出しかけている記憶が、またありもしない出来事だったとしたら? 本当に母親と父親が存在すると分かっていないのに見つけるべきだ、と淡い希望を持たせていいものか?


 少なくともボクとしては、もう彼女には傷ついてほしくない。彼女はもう十分に苦しんだのだから。


「――ヒャウ!?」


 いきなりテレレンが変な声を上げて飛び上がっていた。どうやら後ろから誰かに肩を掴まれたようで、みんなしてその人物に目を向けて驚いた。


「ロディ君!?」


 栗毛の少年。テレレンの妹と言われ、覚醒者とも呼ばれていた彼がそこにいた。アルヴィアがとっさに警戒するよう構え、ドリンは反射的に体を縮こませたが、相変わらずの無表情に敵意がないのを察してボクは二人を手で合図してなだめた。


「そう言えばお前は王様の前にいなかったな」


「城の人に色々質問されてた。ブロクサ様のやった研究のこととかいっぱい訊かれた。正直に全部話したら、今日からリメインを抜けて街で過ごしなさいって言われたから、今外に出てきた」


「え? リメインを追い出されたのか?」


「被害者だからって。これからは普通の生活をしなさいって命令された。家は用意してくれてる」


「そうなのか」


 ログレスからしたら人間が絶対の正義って言っているから、無理に子どもを利用したくないってことなのだろうか。リメインのことをブロクサに一任していたようでもあったし、そうなのかもしれない。


 アルヴィアが口を挟む。


「悪いけど一から話を整理させて。リメインを抜けたのなら、もうあなたは私たちの敵じゃないってことなのよね?」


 コクリと頷かれる。


「テレレンの弟っていうのは設定だったのよね?」


 また無言で頷かれる。


「ロディっていう名前は本名?」


 頷く。


「マジックライターの被検体だったのも本当?」


 コクリ。


「……そう。だからあなたはそんな調子なのね」


 急に元気のない声になったアルヴィア。彼女の中で何かが繋がったようだ。


「どういうことだアルヴィア?」


「やっぱり彼も被害者だったってこと。マジックライターでテレレンが記憶を失ったって研究録に書かれていたでしょ」


「ああー。そう言えば研究録も気が付いた時に手放してしまってたな」


「その次のページにロディに関する記述もあったのよ。彼はテレレンと違う念力の魔法を手に入れたけど、やっぱり失ってしまったものがあった」


「それってもしかして感情、なんじゃない?」とテレレン。


 ボクはハッとして、同時に腑に落ちる。今まで彼が笑ったり喜んだり、怒ったり悲しんだりした様子を見たことがない。ブロクサの指示で親子ごっこを演じていたからなのかと思っていたが、そうだとしてもわざとらしい感情表現すらなかったのも、今思えば変な話だ。


「そうか。ロディは感情を……」


 同情してしまう。ブロクサは他界し、もう犠牲者が出ることはないのだが、それでも出てしまった被害はとても甚大なものだ。どうしようもないのにやるせない感情に襲われる気分だ。


「感情がなくて困ったことはないからいい。でも、君とは約束してたことがあったから」


 その言葉はテレレンを見て呟かれた言葉だった。


「約束?」



 * * *



「これから魔法の適合試験を開始する。君たちには順番に部屋に入ってもらうつもりだ。まずはナンバー39から」


 二十くらいの青年が黒服と一緒に部屋を出て行く。下水道はくさい臭いがこもっていて、とても長居していたい場所ではない。


 ――次、ナンバー40


 ナンバー44


 ナンバー48……


「ねえねえ」


 話しかけてきたのは、孤児院に訪れた桃髪のあの活発的な人。


「君、テレレンの次の人でしょ? これ、預かっててくれない?」


 手渡されたものを、僕はしばらくじっと見つめていた。



 * * *



「これ、楽譜?」


 折りたたまれた黄ばんだ製紙を広げ、ロディ君の顔が隠してしまうように持ち上げてみる。引かれた五本線に手書きで、まるで風になびかれてるかのように傾いて記された音符たち。なんとなくだけど、入りの一音からこの前聴いたチェンバロの音で演奏が流せる。「君は」と話しかけられて楽譜を降ろしロディ君と目が合う。


「それをボクに渡して、実験が終わったら返してほしいって言ってた。でも君は、実験が終わるなりどこかに逃げ出したから、今日まで僕がずっと持ってた」


「そ、そうだったんだ……。テレレン逃げ出してたんだね。そこまでの記憶が丁度ないかも」


 後ろから下ろした楽譜を凝視してくるクイーン様。


「これはなんだ?」


「これは楽譜っていって、楽器を弾く時にこれを見て弾くんだよ」


「がくふか。なんでテレレンはこんなのをロディに持たせてたんだ?」


「うーん、なんでだろう。分かんない」


 また楽譜を目の位置まで持ち上げて、端から端までそれを見つめる。端から端まで黄ばんだ汚れで古びていて、見ていけば何か思い出せるのかなって思ったけど、一音ずつ目で追ってっても、紙を横にしたりしてみても何もピンと来ない。


 でもその時。


「ねえテレレン」


 楽譜の裏から顔が見え隠れしていたアルヴィア姉ちゃんがテレレンにこう言ってきた。


「それ、ちょっとだけ弾いてみたりしない? 出来る場所なら心当たりがあるから」

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