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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 三章 マジックライター
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66 絶対なる正義は我らに

 やけに縦に長い扉が開かれると、これまた長いレッドカーペットが待っていた。入り口待機していて頭を下げてくるメイドの出迎えを受け、均一間隔に建てられた支柱を横目に歩いていく。部屋は百人ほど人がいてもダンスパーティーが出来そうなくらい広くて、その最果てに縄で縛られ膝をつけて座らせられてるブロクサと、玉座に鎮座する男がいた。


「御二人をお連れしました。こちらがクイーン様、こちらがアルヴィア様になります」


 紹介を手短に終え従者が一歩下がる。ボクの前で対面するのは、紺色の髪に左腕が見えないくらい包帯でグルグル巻きにした五十を超えてそうな男性。つけてる指輪の数とか片頬の十字傷、口髭、王冠もかぶっていて座っているだけで威厳を感じられるが、その目は孫を見る爺さんのように優しいもののように思える。


「そうか。君たちが彼を。初めまして。私はログレス・セルスヴァルア」


 意外と物腰柔らかだ。アルヴィアが言ってたのとはまるで印象が違う。


「あーえと、クイーンだ」


「アルヴィア・ラインベルフと申します。お初にお目にかかり光栄です、ログレス陛下」


 左手を胸に当て、軽く片膝を曲げて挨拶をするアルヴィア。王に従う者とはいえかなり品のあるたたずまいだ。


「話は聞かせてもらった。ラインベルフ家のご息女。そなたがブロクサの悪事マジックライター事件の資料を発見し、その後の暴動をクイーン殿が治めた」


 バタッと立ち上がったブロクサ。隣で槍を持つ兵士が動き出そうとする彼を「動くな!」と諫めようとする。


「暴動なんかではありません陛下! 正当防衛です! 彼らが勝手に私に謎の実験を行ったなどと難癖をつけ、私をリメインリーダーの座から引きずり降ろそうとする根端なのです!」


「ブロクサ殿。そなたのまとめていた資料を拝見させてもらった。マジックライター。あれは確かに私がそなたに研究を任せた代物だった。そしてそなたは見事に魔力を持たない人間に魔法を与えるという効果を改良し、実験を成功してみせた。その結果は素晴らしいと思う。そなたでなければ成し遂げられなかっただろう」


「なら――!」


「しかし」


 少し強い物言いで、ピシャリとブロクサの口が封じられる。


「そなたのやり方は正義を汚すやり方だった」


「っ!?」


「ブロクサ殿。いいやリメインのリーダーよ。今一度訊こう。この世界の正義はなんだ?」


 口ごもっていたブロクサの額には、ダラダラと大量の汗が滲みだしている。ログレスは決して威圧的な言い方をしていないのに、不可解なくらいにまで彼の心境が焦りに満ちているようだ。


「もう一度訊いてあげよう。この世界の正義は一体なんだ?」


「に、人間でございます……」


「その通りだ。しかしそなたは、その人間を利用して実験を行った」


「そ、それは仕方のないことでして――!」


「それに留まらず被検体の一人を使い、街を破壊し近隣の民に危険を脅かした」


「っかは!?」


 震えるあまり乾いた声が出てきてしまっている。


 なんなんだこの得たいの知れない空気感は? なぜボクらを追い詰めていたブロクサがこんなにも焦っているんだ? この男の何に恐れているんだ?


「ち、違いますログレス陛下ぁ! 人間こそが正義であり、同時に魔物たちは絶対悪であります! 私はその悪の根源である魔王を打ち倒そうと思ってこの実験に当たりました。その計画も順調であり、私の部下たちを呼び集めればすぐに魔王の首を持ってくることだって出来ます!」


 見えない恐怖に足掻くブロクサ。その額がカーペットにベッタリくっつく。


「ですからなにとぞ! なにとぞ私目にそのチャンスを――!」


 顔を上げ直し、再び頭を下げようとしたその時だった。


「お願いしま――!」


 彼の声は、最後の一文字を待たずに途絶えた。その代わりにフッとボクの真横を通りすぎたのは、風。


 ただの風ではない。とてつもなく速い風。風というよりは丸太が一瞬で通りすぎた感じ。ブフォンと重く太い風音がかなり遅れて聞こえてきて、後ろからなぜか城の壁に何かが強くぶつかったかのような衝撃音が響いてきていた。


「――え?」


 起きたことを頭で理解するのに時間がかかって、風が吹いた方向にゆっくりと顔が動いていく。


 そこで見たのは、首を失くしたブロクサの跪いた体が、パタリと前のめりに倒れる光景だった。


「しまった。また加減を間違えてしまった」


 ログレスの言葉。ブロクサの頭は遥か先に壁まで吹き飛んでいて、堅そうな素材にへこんだ痕がくっきり残っている。急に寒気がしてパッと前に振り返ってみると、ログレスは自分の右手を寂しそうなまなこで見つめていた。


「魔物が悪なのに間違いはない。彼らは忌むべき存在だ。しかし、それよりも大事にしなければならないものを見失ってしまってはいけないのだ」


「あ、あんた……今、のは……」


「ん? 驚かせてしまったか、申し訳ない。私は『テンパス』の魔法を所持しているのだが、ついそれを放ってしまったんだ。まさか、お怪我を負わせてしまっただろうか?」


「い、いや。別にケガは……」


「そうか。私はまだまだ未熟者。この小さな器の持ち主がそなたのことを驚かせてしまったことをここに詫びよう」


 そう謝罪をするログレスだったが、ボクの頭の中では未だに整理がついていない。


 一瞬だった。あまりに一瞬だったぞあの魔法。風の魔法、とも思えない。右手で出したってことは分かるけど、そんな練度の高い魔法を兼ね備えているヤツなんて魔物でもいないし、下手すればお父さんでも目で追えないレベル。まさにその力は確実な死を与える辻斬つじぎりだ。


 それでいて、なんでコイツはこんなに平然としていられるんだ? 今も殺意というものをあいつから一切感じられない。つい部下をやってしまったって、今のを狙わずにやったということか? ブロクサのいた角度は見直してみればボクのすぐ真横で、一ミリでもずれればボクの耳が飛んでいただろう。


 それに加えてこの物腰低い態度。自分の実力を知らないわけがない。地位だってある。それなのにしらを切っているかのような言動は、返って自分の正体を隠しているような不気味さが残る。


 あり得ないくらいにこの男は化け物だ。


 これが……こんな人間が、この世界にいたのかと。


「そなたたちの褒美を考えていたが、どうやらギルドで活動しているとお聞きした。今回の件は魔物ではないが、街の大事件を人名被害ゼロで治めてくれたことを称して、ランクを上げるようギルド長に言っておこう」


「あ、ありがとうございます!」


 ぼーっとしてしまうボクの横で、アルヴィアが思い出したかのようにお礼を言う。


「他にも仲間はおられるのかな?」


「えっと、そうですね、他にもう二人。ですが今、二人はちょっと療養中でして、とても顔を合わせられる状態ではなかったので……」


 ドリンという魔物が一緒にいると知らせないためのウソだ。


「ふむ。それは残念だ。お礼の金貨も別でご用意しておこう。ぜひ医療費にでも当ててほしい。後で私の従者から受け取るといい」


「そこまでして頂けるとは。お礼の言葉もありません」


「顔を上げよ、ラインベルフ殿。クイーン殿も、どうやら昨日の疲れも残っている様子。話はこれまでにしよう」


「はい。最後までお気遣いいただき感謝します」


「それと、リメインのことはどうか口外しないでもらいたい。ギルドだけでは賄えないことがたくさんあるんだ。当然ブロクサの代わりの適任者は私がしっかり見定めるつもりだ」


「そう、ですか。……分かりました。約束します」


 何か言いたげな様子を残しながら、アルヴィアは納得した顔を見せる。


「うむ。それでは下がってよい」


「失礼します」


 深いお辞儀をし、さっと身を翻すアルヴィア。しばらくボクはまだぼーっとログレスのことを見上げていて、ふいに彼がボクに微笑んだのに思わず声が出そうになった。


 その時ボクはやっと頭の整理がついた。腕をさすられ、アルヴィアに行くわよ、と目で訴えられ、身を翻して従者の後をついていく。


 ボクが人知れず感じていた何か。彼に抱いていた感情。


「忘れるなかれ。絶対なる正義は我らに……」


 あの日。人間たちに疎まれ泣かされたあの時に感じたのが絶望感だとしたら、ボクは今日、生まれて初めて、恐怖を味わった。

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