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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 三章 マジックライター
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64 覚醒の終曲

 アルヴィアの腕を取り、肘から手首、指先にかけて舌を運ぶ。鉄臭い血を一滴残さないように丁寧に舐め切って、そうしてすぐにドクンと強く脈打った瞬間に体内に変化が現れる。


 全身が痺れだして、脳みそまでもクラクラしてくる。敏感に感じられる血流。頭から角が剝き出る痛み。背中からコウモリの羽が生え、毛先まで魔力の感覚が通ってくる。


 みなぎる。力が。魔力が。


 怒り。憤り。憎悪。


 沸き上がる瞋恚しんいと大事な人の想いのすべてが、ボクを覚醒の姿へと昇華させていく。


「な、なんだ!? 魔王の隠された力か?」


 全身の痺れが指先から抜け出ていく。まるで自分ではない馴染みのない肉体を動かしているかのようで、でもその体に秘めたものは強大で存分に操ってやろうと決意し、その瞳を開く。


「魔物の専門家でも、この力は知らないだろうな」


 隣に立つロディも、体を押さえ悶えていた様子からスッと立ち直って目を向けてくる。ガラス玉のような水色の虹彩に変化している。それと、立っているだけで伝わってくる魔力の量がさっきとは別人のようだ。


「この気配。さっきの霊薬も人間には重すぎるものだな」


 アルヴィアが口を挟む。


「霊薬は飲みすぎれば毒になる。きっとよくない物質を大量に入れているのかもしれないわね。私もこれほどの魔力増強の霊薬を見たことがない」


「私が彼をどう使おうが関係ない。覚醒者よ。あの口うるさい連中を黙らせろ。生死は問わない。何をしてでも首飾りを奪うのだ」


 ロディはあくまで自分の手駒か。確かにリーダーという立場は部下を使わなければならない。ボクだっていつかはすべてを束ねる立場になって、無理な命令もしなくちゃいけないだろう。


 でも、それでも。


「……アルヴィア。ボクは今、殺意が芽生えている。人間に対して、初めて許せないって感情を抱いている。人間とは仲良くしたいって思ってたのにこんなことを考えるボクって、間違っているのかな?」


「人間だって人間を殺したくなる時がある。その感情、私も一緒よ」


 彼女ならボクの過ちを引き留めてくれる。進もうとする道を正してくれる。ボクが築いてきたのは命令するだけじゃない、共に歩んでいける仲間。その声を絶対に信頼出来る大事な友達だ。


「覚悟しろブロクサ。お前の罪を数えさせてやる。お前が与えた痛みをその身で味わえ」


 手の平を爪で切り裂き、体の一部として機能する血液をギュンと固く速く伸ばす。


血染紅桜ちぞめべにざくら!」


 血の鞭ブラッドウィップ。柔らかくしなやかな動きでヤツに迫り、枝葉のように分かれて避けられないと脅しをかける。その前に立ち塞がったのはロディだ。


「サイネスショック!」


 手首を押さえ、右手を地面に向けて勢いよく振り落とされた瞬間、目に見えない念力の波動が血の鞭をちり紙のようにバラバラにした。白黒の床が赤い血で絨毯を作りだし、ガラリと変わり果てた覚醒者がこちらを見てくる。


「クイーンの力を押しのけた!?」


 明らかに違う。さっきよりも魔力や魔法の威力が段違いだって今の一発で分かる。


「そいつに加担するつもりなら、いくら子どもでも容赦はしないぞ」


 ボクの忠告を、ロディはスッと目を閉じて両腕を広げて無視した。天井に向けられた手から魔力があふれ出て、それが全体を包んでいく。何をしかけてくるつもりか。気が付いた時には廃屋全体に魔法をかけていて、ズシンと重苦しい音と膝をついてしまうほどの揺れが起きた。


「うわ!?」「なに!?」「ヤバいかもダヨ!?」


 メキメキと剥がれる音。床は縦に震え続けていて、バリッという音がしてやっとロディがやろうとしていることに気づく。


 この廃屋ごと、魔法で動かすつもりだ。


 急いでゾレイアを発動し、三人を乗せられるほど大きい蛇を呼び出す。彼らの下から浮き上がって実体を持ち、壁をぶち破ってこの場を避難させる。


 ロディはブロクサの立っているところだけを残すと、廃屋がゆっくり空中に浮き上がっていった。立っていられないほどの揺れで、翼で飛びたくてもボクの体は重力に勝てず、ずっとこの床から離れずにいる。


「くっ! 一体、どこまで」


 ぐんぐん昇っていく。とても長い間、激しい縦揺れに悩まされる。


 ふとした瞬間、ロディが開眼し、魔法を一点に解き放った。狙いはボクで、廃屋はガタガタ音を立てて崩れてボクに集まってくる。自分がブラックホールの中心にでもなったかのように、ありとあらゆる方向から投石器をぶつけられるようにがれきが飛んでくる。


「ぐあっ!?」


 腕にぶつかり、腹部に刺さり、そこら中の皮膚が切れていく。二階建て4LDKを巨人の手で丸めてしまっているかのようで、その真ん中にいるボクの体はひたすら骨の軋む感覚で全身を痛みつけられる。


 隠されていた秘密兵器は、ボクに断頭台から見るような絶望感を与えてくれた。元々が強力な効果である魔法に加え、七魔人に匹敵するほどの魔力。体が全然動かせる気がしなくて、やがて頭と足がくっついてしまうんじゃないかっていうくらい追い詰められた。


 でも――


「負けてたまるか――」


 魔力を振り絞れ。体なんてものは捨てたっていい。どれだけ傷つこうが意識ある限り耐えろ。魔王の持つ特権。それすなわち絶大なる魔力!


「オーバーフレイン!」


 全身から魔力を放った。アルヴィアの使うクラッシュのように、魔法障壁を強く破裂させるかのように一気に。すべてを燃やし吹き飛ばすくらいの爆発をここに。すぐにボクの視界は、淡い色で色濃い、太陽のような赤に染まった。




「うわぁ!?」


「つっ! 風が。クイーン!」


 夕暮れの空に、真っ赤な花が咲いたのかと思った。計り知れない熱風を込めた風香。それと共に、念力の効果か空で悠々と浮かんでいるロディ君と、口元の血を拭うクイーンが目に映った。




「……」


「これだけやっても無表情か。恐ろしいヤツだ、お前は――」


 ボクの言葉を待たずに、いきなりロディが手を伸ばして念力をかけてくる。ボクはまんまとそれにかかって体の自由を奪われるけど、すぐに手の傷口から血の鞭を操る。


 ピシンと甲高い風切り音が鳴って、ロディの向けてる意識がそっちに変わる。寸前で念力をかけて鞭を止めたところで、ボクの反撃が始まる。


「お前の体を拘束する。縛られれば魔法も自由に使えないだろう」


 両手に鞭を装備しそれから何度も振り続けた。ピシンピシン、と音は立て続けに彼を追い立て、目の前に迫る度ロディは鞭に念力をかける。それで止められたってボクの攻撃は止まらない。すぐに念力のかかった鞭を捨てて新しいのを作り出す。


 空を鷹のように素早く縦横無尽に飛び回り、海を舞うように泳ぐセイレーンのように振り続ける。心臓が破裂せんばかりに鼓動していて、絶えず血の供給が手に渡る。虫を目で追う猫のように動き回って、何度も何度もロディを叩き落そうとした。


 けれど、そのすべては届かない。どれだけやっても当たらない。かすりもしない。魔法だけでなく反射神経も敏感になっているようで、鋭い一撃を込めた鞭のすべてが彼の念力によりスッと音もなく諫められた。


 まるで、ボクの全力を指一本で止められてしまっているかのような手ごたえ。彼がどれだけ魔力をかけているか分からないが、そんな無力感だけがボクの手に残ってしまう。


「クソ! 厄介な相手だ!」


「サイネス。オーバーパワー」


「なに?」


 意味の分からない呟きをされる。ロディは左手を遥か下の地面に向けていて、その次の瞬間、上空にいるボクの体まで届きそうな地響きが鳴り響いた。


 さてはと思って足元を見た。そのまさかだった。


 ロディはボクらの足元にあった廃屋跡。その地盤そのものを浮き上げようとしていた。




「うわあぁ!?」「んな!?」「もっとヤバいダヨォ!?」


「あいつ! 私がいるというのに、ぬあ!?」




 アルヴィアやブロクサたちが傾斜になった地面を滑っていく。辺りの家々も大きく揺れていて、街行く人たちがみんな超常現象を追って空を見上げてくる。


「ブロクサ様は言ってた。何としてでも首飾りをって」


 山のような巨岩が、王都の城を背景にボクの頭上まで昇っていく。岩を手に持っているかのような態勢で目上へ上がっていくロディ。腕を広げたって到底届かない。人智の範疇を超えたとんでもない攻撃の準備が、たった今完了する。


「君には、これくらいしないと倒せないと思った」


 両手が頭上で交差して、そしてグッと力んだ瞬間。


 天空の大地がヒビ割れ、隕石の雨が降り始める。


 ――コイツ、マジか。


 涼しい顔してやっていいことじゃない。後ろで、いや頭上で壮絶な破裂音が鳴っているっていうのに平然としすぎだ。もっと狂気的な笑いとかと一緒じゃないとこの状況に納得出来ない。


 騒然としている間も岩はボクの元に自由落下してくる。ブラッドウィップで叩き割れるか? いいや無理だ。大きすぎてとても振り切れる気がしない。逃げようたって敵の能力は念力だし、さっき使ったオーバーフレインも持続が利かないからこの数はキツイ。


 それなら血をより濃く。刀のように固く。そして槍のように長く。斧のように刃を大きく。


 映し出せ。岩盤を真っ二つに叩き割る最高の武器を!


血濡ちぬれの鎌 ブラッドサイズ!」


 魔力の血で形作ったのは、空の岩盤たちを割れるほど大きい鎌。血みどろの赤黒き死神の得物。ここから鮮烈の連撃を繰り出そうと腕を振る。


「はあぁっ!」


 神の怒りのような攻撃に、この刃が触れる。体が一回転するほどの大振り。鎌の切れ味は一言で言えば最高だった。巨岩はパンを切るかのように綺麗に真っ二つに切れたのだ。


 巨大な投擲物ならこっちも巨大な武器だ。


 パラパラと小石と砂が零れて、切れた塊がボクを避けて落ちていく。下のアルヴィアや人間たちを気にかけてる余裕はない。まだ頭上からは数えきれないくらいの落石がくる。


「フン!」


 ザクリ、ザクリと刈っていく。鮮やかな夕日が差し込む空で、迫りくる流星群を自分の血一つでさばいていく。


 何度も、何度も。いくつも、いくつも。


 もはや色が見えない空に向かって、何回だって振りぬいていく。


 そうして、最後の一つを叩き切った瞬間だった。


 黄金色の空と共に、いきなりロディが大地の間から顔を見せ不意打ちを仕掛けてきた。


「なに!?」


「サイネスショック!」


 彼の腕から念力の波動が発破。


「ぐあ!?」


 ぐっと空気の圧力で胸を殴られた感覚。思わず手から鎌を離してしまい、羽も風をつかみ損ねてしまって落ちてしまう。


 クソ! 落石をブラフにして最後に一撃を仕掛けてきた。ボクの警戒が薄れたところに一発。最初からそれが狙いであれだけの量を――


 考えてる間にも背中は地面に近づいていく。切り裂いた岩たちをも追い越し始めて、いよいよ後ろを見ている暇もないほど危険な状態だ。一刻も早くどうにかしなければ。でもどうすれば? もう飛ぶことは出来ない。この羽が風をつかむことは――


「まだ飛べるよっ!」


 テレレンの声!


 背中から分厚い風に押される。徐々に川のような優しい勢いになって、ボクの体をキャッチしてくれる。テレレンの魔法が、ボクの羽に風を与えてくれた。


「クイーン様は落ちないよ。テレレンたちがいるもん!」


 態勢が整う。落下の勢いはもうない。これなら飛べる!


「起こしてもらった分、今度はテレレンが支えてあげる。だから!」


「飛ばせぇテレレン!」


扶翼ふよく薫風くんぷう!」


 弦を引かれた矢のように、グンと追し寄せた風に乗ってボクは飛び立つ。滝を押し返さんとするばかりの強風に、体を前のめりにボクは飛んでいく。落ちかけた岩石たちと共に空へ、垂れた釣り糸を高速で辿っていくかのようにロディの元まで舞い戻っていく。


 押し返された岩はロディの視界を遮ってくれて、サイネスを使って足元からの雪崩をどかしている間に血を構える。


「これで……」


 ひと際大きい巨岩が、魔法を受けて宙に止められる。その裏からブラッドサイズで切り裂いて、すぐに不意打ちの鞭を一心に伸ばす。


「チェックメイトだ!」


 体を束縛した、パシッという音が鳴り響いた。完全に捉えた。両腕の自由を縛り上げ、その手で魔法を自由に扱えないようにするのに成功した。何をやっても出られないように血を固めて、ボクもロディの体そのものを片腕で抱き上げる。


「捕まえた! さあ。観念しろ念力少年」


「そんな……どうして……」


「この勝負の勝敗は単純さ。お前は一人で、ボクにはもう一人いた。それだけだよ」


 ふと、穏やかな風が頬を通りすぎていった。この夕焼けの空に静寂が戻っている。

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