63 道化師に説法
「計画はもはや破綻。これより強行作戦だ。始末しろ覚醒者」
ロディは片手を伸ばした先にある本棚から大量の蔵書を念力で浮かし、腕の動きに合わせてボクに滝の激流のごとくぶつけてこようとする。ボクは急いでレクトの壁を張って対応する。
「くっ! 量と勢いが!」
張り続けようと伸ばす腕が押し返されそうになる。それにレクトで跳ね返した本はロディの目の前まで飛んでも、逆の手からあふれる魔力で再び念力をかけられボクにまた飛んでくる。
やがて、レクトの透明な壁にヒビが入る。怒涛の勢いで溜まっていた本たちが、足が折れた机のように一斉にボクの体を部屋の奥までなだれ込んでくる。
「ぐあっ!?」
「クイーン様! なんでこんなことするのロディ君!」
蔵書の山から顔を出し、こもっていた空気から新鮮な息を吸いながら、テレレンの声に続いてブロクサの笑い声が聞こえてくる。
「フフフ。ロディ君、なんて存在しないんだよ」
「え?」
「私がお前の偽の家族であったように、彼もお前の弟なんかではないわけだ」
「そう、なの……!」
「ここにいるのはある実験で生み出した、覚醒した人間だ」
テレレンが胸を押さえ、締まった喉から絞り出すような声を発する。
「あれもこれも、全部嘘だったんだ……あなたは何者? どうしてテレレンたちを追い詰めるの?」
「秘密国家組織リメイン。国によって秘密裏に動く魔物の討伐隊。ギルドの冒険者が民間の依頼で動く組織だとしたら、リメインは国の命令で魔物を倒し、生け捕りもするエージェントだ」
リメインの実態。国が動かす裏の駒ってことか。ギルド以外にも対魔物専門の兵士を育てていたわけだ。ボクは体の上の本をどかしていって彼らに近づいていく。
「そんな組織があったのか。ならお前がボクのことを狙うのも国の命令ってことか」
「いいや。命令ではない。そもそもお前が魔王の子どもだと言っても信じる者は少ないだろう。見た目はただの少女だからな」
「じゃあなんで?」
「本当の狙いは竜の首飾りだ。魔王の証とも呼ばれるそれを持つと、次代の魔王になる風習があるそうじゃないか」
「まさか、お前!?」
不適な笑みを見せられる。身の毛がよだつような、それだけ不穏な空気を感じさせる顔。
「それを持って魔王の系列を滅ぼす。竜の首飾りを奪い、現魔王の首もリメインを総動員させて取りにいく。そうすれば、国も民も我々を認める。私こそが英雄になれるのだ!」
英雄……。結局は自分の利益が優先か。
「お前みたいなヤツに魔物たちの命を脅かされてたまるか。それに英雄になりたいんだったら、自分自身の力で正々堂々勝負したらどうだ!」
「フン。力とは数とその使いどころなのだよ、未完の魔王さん。やれ」
名前すら与えない兵士に指示し、少年の魔法使いがまた腕を伸ばしてくる。またくる、とボクは身構えると、二人の背後でドリンが飛び出した。
「グオオォォ!」
「やかましいブタだ」
ブロクサの代わりにロディが振り返り、伸ばしていた腕でドリンの全身をまた止めてしまう。こちらの気がそれたのを好機にボクはフレインを放つ。
「フン!」
狙いはブロクサ本人。あいつが指示しなければロディも攻撃を止めるはずだ。しかしロディはちゃんとボクのことを警戒出来ていて、もう片方の手でフレインの炎ですらも念力で抑え込んでしまう。ボクの炎を一か所に集めて逆噴射してくるのに対しボクも炎で対抗する。
獅子と虎がぶつかり合ったかのように、二つの炎は轟轟と燃え盛る。念力でボクの力を利用する彼の能力は中々に秀でたものようで、いくらフレインを打ち続けても押し切れる気配がない。
「押し切れ覚醒者。残骸から首飾りが残ればやり方はなんでもいい」
ぐっと強い熱が髪を揺らした。押し切れないどころか押し返されそうになっている。
「クソ! なんて強力な魔法だ!」
「負けないで!」
横から吹いた追い風が、ボクのフレインを支えてくれる。
「テレレン!」
「倒そう、クイーン様! ロディ君と嫌なおじさんを倒して、いつもの生活に戻ろう!」
「――ああ。もちろんだ!」
癒しを込めた烈風を乗せて、道しるべを示すように魔法を放ち続ける。目の前に立った鉄壁にドデカい穴でもぶち明けてやろうとせんばかりに全力を込め続ける。
そうして次第にボクらが押し始める。このまま廃屋ごとすべて燃やしてしまおうとボクは火力を上げ、テレレンも痛みを声に出さずに耐えていた。するといきなりロディが動き出す。
ドリンを止めていた手を前に運んだ。それもボクらが打ち合っている真ん中。沸騰した釜の中に投げ入れるかのようにドリンを飛ばした。
「マズい!」
一瞬でボクはフレインの発動を止めた。ロディの炎も丁度切れて、ただ百キロオーバーの魔物が一人ボクらに向かってくる。
すぐにレクトの構えを取ったが、脳裏に耐久度が足りないと警告が流れる。それでもやるしかない、と発動しかけた時だった。
「――クラッシュ!」
ひらりと朱色の髪が揺れる背中が見えて、目の前まで迫ったドリンに左腕から受け止めるように構えた。次の瞬間バキッと太い丸太が折れたような音が鳴って、ドリンを押し返し、ボクとテレレンの間をアルヴィアが足を引きずるように吹っ飛んだ。
「アルヴィア!」
――ふう、と息が出てくる。予想よりも押された。一瞬でもタイミングがミスしていたら、結構危なかったかも。
でも、すぐにここに戻ってきたのは正解だった。あの瞬間。爆発すると思ってとっさに転移の指輪を発動させて、下水道から商店街前まで転移してきた。折れた剣を捨てて、そこからひたすら走ってきて屋敷に戻ってみたら、まさかこんなことになってたなんて。
あいつがブロクサ。すべては、あの男が引き起こした出来事。
許すわけにはいかない。
勢いを殺しきり、こちらに目を向ける反逆の剣士。その眼差しはブロクサに刺さっている。
「やっと裏の正体が掴めたと思ったら、もうその正体を明かしてたなんてね」
「チッ。思えば姿が見えないと思ったら、そのポーチに入っている紙はまさか」
紙? 確かにアルヴィアのアイテムポーチに何枚か重ねて巻いた紙が入っている。何か大事な情報を掴んだのかもしれない。
起き上がったドリンがまだ怒りで盲目的な様子なのを見て、今は手出ししてほしくなくて肩を熱の手で触れた。アッツーと言って飛び上がって元通りになったのを確認し、アルヴィアに再び振り返る。
「アルヴィア。何を持ってきたんだ?」
「ある実験の目録。あいつがやってきた蛮行で、テレレンが記憶を失くした原因も、ここに書いてあったわ」
「本当か!?」
アルヴィアは紙を取り出す。驚いて口元に手を当てるテレレン。巻かれたのを開き、それをボクに手渡しながら彼女は話を始める。
「マジックライター。あなたがやっていた研究の名称で間違いないわよね?」
ブロクサはだんまりを決める。ボクも一ページ目の題目に同じ名称が書かれているのを確認し、どういう内容かページをめくる。
「古代の遺物アーティファクト。国家秘密組織リメインのボスであるあなたはある日、国からあるアーティファクトを頂いた。それは、魔力のない人間に魔法を与える遺物。誰の体にも魔法を記せる能力から、それをあなたはマジックライターと名付けた」
魔力がなければ魔法は使えない。その理を超えたのがアーティファクトであるが、それがあいつの手に渡ったということにすぐに嫌な予感がする。
「マジックライターの試作は、案外簡単に成功した。アーティファクトに手をかけ、内から溢れる刺激に二分間耐えれば魔法を手に入れられた。けれどそれで手に入るのは、炎魔法や水魔法といった基本属性のみ。あなたはそれ以上の成果を出そうとマジックライターの研究を続けた。たとえ、人の道を踏み外すようなことをしてでもね」
次のページをめくる。ナンバー51 テレレン、と書かれているのに視線が奪われて、目の裏に小人が住んでいるかのように勝手に目が文章を追っていく。
「実験のためにあなたはたくさんの被検体を集めた。若者から老人、男女関係なく人をかき集めて、マジックライターから基本属性以外の魔法が出る方法を探り続けた。けど、そのほとんどは失敗だった。失敗した人は極度な刺激で皮膚がやぶけたり、骨が溶けたり、最悪の場合は命を落とした。それでもあなたは実験を続けていって、そうしてやっと一人成功者が現れた。それがここにいるテレレンだった」
「テレレンが、初めての成功者?」
当の本人が疑問形で聞くが、この目録では本当にそう書かれている。最後まで汚い文を読み進めていって、ついボクは紙を握る指に力が入る。
「成功して手に入れたのは、風と回復の合体魔法。一つの魔法に二つの効果があったのはマジックライターのせいだったのよ。マジックライターの効果を書き換えたせいで、テレレンに今までにない力が与えられた」
「けど命を失わなかった代償に、記憶を失った」
つい一言そう出てきた。ごちゃごちゃと目録書には研究の経過や数式。結果を詳しく書かれているが、要はあいつのせいでテレレンは大事な記憶をすべて忘れてしまった。
「人間には過ぎた力を無理やり使おうとした。それも自分ではなく人の体を利用し、五十人もの犠牲者を生み出した」
この怒りはなんだ? 人間を詳しく知らないこのボクが感じているこの憤りはどうして?
「魔物ごときが私に説教垂れるつもりか? お前たちの方が、よっぽど人間の命を奪っている。それも血肉の欲求に従った獣のように。それに対して私は未来のための研究に人の命を用いた。このマジックライターが本格的に運用出来れば、私たちの世界は大きく変わる。誰もが魔法を扱い、魔物を倒すことも簡単になり庶民の暮らしも変わる。これから数百年も続く未来の中での繁栄。その礎を築くことに五十人の犠牲はむしろ少ない方ではないか?」
礎のための犠牲。ボクの思い描く理想郷にだって犠牲は出てきてしまう。今までもそうだし、きっとこれからもたくさん出てくる。
そしたら、ボクとブロクサのしていることは一緒なのか? ボクとあいつは、おんなじタイプの生き物か?
「少ないって言葉で済まそうとしてるなら、あなたはただの悪魔よ」
アルヴィアが前に出る。かつてギルエールを前にして見せたような表情で、ブロクサに強い視線を送っている。
「あなたが使った命は人権無視の横暴なもの。テレレンを連れたのだって、孤児院の子どもを何人か一緒に連れて行ったでしょ? それも国家の命令だって無理を通して。彼らの意向なんて一切聞かないでね」
「何を言う。彼らに実験の概要を話したら誰もが喜んでいたぞ。自分が魔法使いになれるんだと。冒険者みたいにカッコイイ人になれるんだと――」
「口を慎みなさいよ穢れの金玉」
「んな!?」
アルヴィアのドギツイ言い返しにブロクサの飄々としていた顔がねじれた。
「なんだその下品な言いぐさは! 一体誰に向かって口を利いている!」
「お前以外にいないだろ、そんなこと言われるのにふさわしい存在は」
ボクの口から勝手に言葉がついて出る。彼女がいる限り、ボクは自分を見失わずに済む気がした。
「こ、こんの魔物風情が!」
「たとえボクは過ちを犯したって、何か犠牲を払ったって、そのすべてを受け止める。引きずっていく。紙っぴらな命なんて存在しない。どんな命にも強い意志があって生きたいって強い願望があるんだ。そう簡単に奪ったり、少ないなんて表現はボクは絶対に使わない!」
「ギィッ! 人間様に堂々と語ってくれるじゃないか。お前らほど醜い存在もいないというのに、それを理解しないから低能な魔物は嫌いなんだ」
胸元の服裏に手を入れ、中から小瓶を取り出すブロクサ。中にピンクの液体が入ったそれをロディに手渡す。
「魔力増強の霊薬。吸血鬼の血と竜の心臓を混ぜて出来た代物だ。この力を持って覚醒者は真の姿を現す。それは、もはや神をも超えるほどの存在だ!」
ロディは小瓶のフタを開け、中の液体を一息に飲み干した。すぐに首筋の血管が浮き出て、いつも無感情の顔だったそこに苦悶の表情が現れた。
「そっちがその気なら、こっちだって」
横でアルヴィアが強く足踏みをし、割れた床板を一枚手で剥がした。それを口で咥え、左腕に一本の傷口を入れて流血させた。ペッと床板を吐いてボクを見てくる。
「お願いよクイーン。さっさと彼を止めて、永遠の牢にでもぶちこんでやりましょう」
至って当然だと言わんばかりに無茶をするヤツだ。そこまでして自傷するとは。
託された想いはいつだって誰かの血が流れているもの。それが魔王の定めだとしたら。リーダーとしての務めだとしたら――
「お願い、クイーン様」
「頼むダヨ、クイーン様」
ボクがその想いを、繋げる!
「任せろ!」




