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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 三章 マジックライター
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62 秘密国家組織リメイン

「……なぜだ」


 ボソッとした呟きが聞こえた。振り返ってみると、おばあちゃんが今まで聞いたことのない声を出していた。


「なぜ死なない……。竜の心臓は確かに胸の真ん中にあるはず。それなのに、なぜ?」


「やっぱりお前の企みだったか、メリーサ」


 ――え? 企み?


「ボクら魔王を倒したいのなら、竜の心臓だけを止めても無意味だ。魔王の血の再生能力は鼓動を止めた心臓でさえも再び動かす」


「魔王の血だと? 血液だけで再生能力などあり得ない。別の核となるもの。魔王の血を流す器官でもついているのだろう?」


「それ以上は言えないな。そっちはボクたちを殺すつもりか、あるいは他の何か目的があったんだろう? テレレンのおばあちゃんだと偽ってボクらの傍に住み着き、裏で何かをやろうとした」


 理解が追い付かない。おばあちゃんが本当のおばあちゃんじゃなかった? 偽ったってなんのこと?


「気づいていたか、魔王の子どもよ」


 子どもって知ってる。声はもうおばあちゃんとはまるで違う人の声だ。


「ボクの大事な仲間をたぶらかすなんていい度胸じゃないか。それもニセの家族を装うだなんて。おかげでまんまと騙された。目的がなんであれ許さないぞ」


「許しなどいらないし、仲間などくだらない。そいつは私からしたら人間ではなく被検体だ」


「被検体だと?」


 ひけんたい――


「被検体を利用するのは代表の特権。リーダーの好きにしていいはずだ」


「つまり、テレレンは人ではなく物だとでも?」


「そうだな。私の立てた計画の伏兵だった。けどそれも、今となっては存在するだけで邪魔なゴミだ」


 肩を握っていたクイーン様の手がグッと強まる。


「バレてしまっては演じる必要もないな。そいつごと処理する。ゴミはせめて燃えて灰になってもらわないと。この世界はちゃんとした人間が生きるべき世界。不純物はさっさと消えてもらわなければ」


「……好き勝手、言ってくれる」


「なぜ君が怒る? 仲間、というのなんて他に作ればいいではないか。最も、仲間なんてもの、力を持つお前に必要ないだろうに、こんなデカいだけの石頭も連れるだけ金が無駄になるだけだ」


「……」


「だんまりか。魔物のクセに感情を、と思ったが、魔王ならまあ持っているものか。他の獣どもとは違って箔のある存在だからな」


「あまり喋りすぎない方がいいぞ。命が惜しければな」


 ある方向をチラッと見るクイーン様。テレレンもおばあちゃんの斜め後ろに回っていく彼に気づく。


「ほう。自分の部下にあたる魔物を侮辱されるのに耐えられないか。よくあんな雑兵たちを大事に出来るものだ。力任せしか出来ない低能どもをまとめるのも大変だろうに、私には理解できない――」


「フロストブレス!」


 怒りの形相をしたドリン君の口から、フロストブレスが発射される。しかしおばあちゃんはそれを予測していたようで、振り返らないままパッと首を傾げてかわしてみせる。


「低能の攻撃が私に当たるとでも――」


「――レクト!」


 テレレンの目の前まで来たブレスを、クイーン様が手を広げた瞬間に跳ね返した。一瞬で氷の塊はおばあちゃんに向かって逆戻りして、


「――ぐっ!?」


 成功した不意打ちは見事腹部を直撃しておばあちゃんが背中から床に倒れた。


 その拍子に起きたことは、世界が揺らめいた。


 見間違いじゃない。おばあちゃんの体がゆらゆらと揺らぎ始めて、立派だったお屋敷も水面のように揺れて、見えていた光景から激変していく。


「これって!?」


「魔法が解けているんだ!」


 クイーン様の言った通り、波と共に隠されていた真実が表に現れていく。おばあちゃんはすっかり面影を消し、お屋敷の色は灰色に変わっていく。


 そうして揺れが収まった時、お屋敷は白昼夢で見ていたボロいものになってて、そしておばあちゃんだったその人は、片眼鏡をつけた学者みたいに賢そうな人だった。




 幻は陽炎かげろうに揺らめき、ボクらの目を騙していた廃屋が本来の姿を取り戻す。メリーサの屋敷だと言われていたここは、とても人が生活している気配がない寂れた場所だった。


 間取りをそのままに、本棚は老朽化し、積んである本はホコリやシミまみれ。焚火は使えるようにしただけで煤まみれだし、天井のシャンデリアなんてロウソク一本をぶらさげてるだけだった。割れたガラス窓にボコボコの床。あったはずの絨毯はどこにもなくて、カーテンも軽く引っ張るだけで千切れてしまいそうなほど使い古されている。隅には蜘蛛の巣が張ってあって、至るところに這いずり回っているのは多足系の虫だ。


「これが、ボクたちが今まで住んでいた屋敷か?」


 困惑するボクの前に、片眼鏡をかけたブロンズ色の髪の男が腹部を押さえながら立ち上がる。


「この魔物風情が……。おかげで魔法の緊張が解けてしまったではないか」


「その魔法、さては幻を見せる効果だな」


「フン。気づいていたか。見た者の目に幻影を浮かばせる魔法『ミル』。君たちに前もってこの魔法をかけさせてもらったさ。魔王の子どもである君の首を討ち取るため。すぐ横につけ込むためにこの舞台を用意しておいた」


 狙いはボクの首。前もってと言っているが、一体いつの間にボクらに魔法をかけていたんだ? かけていた瞬間に魔力の感じとかを感じ取れそうな気がするが……。


 いや、一つ心残りがある。テレレンの記憶を探そうと決めた日。ハーピーの依頼よりも前に、何か感じた気がして後ろに振り返った瞬間がある。




 背後からの気配に振り返る。


 ……気のせいだったか。


「クイーン? ちゃんと話聞いてる?」


「ああすまんすまん。んで、なんの話だ?」




 あの瞬間気のせいじゃなかったとしたら、さてはあの時後ろにいたのが、この男。


「お前の名前を当てられる気がする。ブロクサだろ、お前?」


 両目がひきっとした動きをする。驚きというよりは感心している雰囲気だ。


「ほう。正解だ。一体どうやって調べたのかな?」


「この部屋にあった本だ。これだけたくさんの本があっても、その内容は極端なものばかり。ほとんどの出どころが『ブリンドーズ大学』で、そこの有名教授の一人に、幻を見せる魔法使いの情報が記されていた」


 前にアルヴィアにも話したこともある。魔物の親子の絆の実験。断食させて極限状態にさせるという、実験というよりただの拷問を行ったヤツの名前は、向こう百年は忘れそうにない。


「君は熱心な読書家のようだ。大学に入ってくれれば優秀な生徒になりそうなのがもったいない」


「生憎お前から講義を聞きたい気にはなれない。お前は魔物学を専門としているらしいが、実験のどれもがただの虐待行為だ。魔王の娘として、お前を見過ごすわけにはいかない」


「仕方ないだろう。それくらい過激なものの方が読んでいる人からの評価が望めるんだ。真実を記すよりも世間は、自分の信じているものを記してほしいと願うのだよ」


 好き勝手言ってくれる。こんなヤツのせいで、余計な溝が生まれているんだ。許しておけない。


「しかし、大学の教授だったのは昔の話。今の私は、国王様直々にご指名を頂いた魔物の討伐隊。そのリーダー」


 片眼鏡を指の関節を突き上げて位置を直す。その目が背後にいる怒り状態のドリンに向けられる。


「デカいだけの脳無し。これほど私の嫌いな存在はいない。世界は優秀な人間でのみ構成されるべきだ。品のない生き物はすべて家畜にでもしておいてな」


 わざとらしいくらいの煽りに、ドリンの逆鱗が激しくなでられる。


「グオアアアァァ!! オデは家畜なんかじゃ!」


 床の木板を存分に踏みつぶしながら、ブロクサに近づいて拳を振り上げる。殴られる瞬間の手前だというのに、ブロクサは涼しい表情をする。


「――自分の立場をわきまえない。だから嫌いだと言っている」


 次の瞬間、それまでずっと棒立ちで姿もそのまんまのロディが、ブロクサの前に立った。自分より倍も大きいドリンに向かって、ロディは右手をバッと伸ばす。


 そこから感じられたのは魔法の発動。ドリンの全身の輪郭を青白い光が沿ったかと思っていると、振り下ろした腕が止まり、ドリンの動きがピクリとも動かなくなった。


「う、動けない、ダヨ!?」


 ロディは無表情をそのままに、右腕を肩から腰にかけて斜めに、手にしたものを放り捨てるように振り下ろした。


 すると信じられないことに、ドリンの体は無重力に浮かんだまま廃屋の壁まで吹き飛んでいった。ガラガラと脆い壁が崩れ続ける。


「国家の秘密組織『リメイン』。それを取り仕切るこのブロクサに、ゴーレムごときが手を出そうなど何百年経とうが許されない」


 予想だにしていなかった光景に唖然としてしまった。ドリンの体が吹き飛んだ。百キロを優に超えるほどの体だ。それを綿埃を掃うかのように軽く、腕を一振りしただけで奥まで。


「そいつも魔法使いだったのか!」


「『覚醒者』だ」


「なに?」


 廃屋の壁と本の雪崩を受けるドリンから目を離し、覚醒者と呼ばれたロディがボクらの方へ振り返る。死んだ魚のような目は依然、糸吊り人形のように生気が感じられない。ただ直感するのは、彼はブロクサよりも危険だという緊迫感。


「私の実験『マジックライター』で生まれた最高傑作。念力の魔法『サイネス』を手にした被検体ナンバー52。彼こそ、人間を越えた覚醒者だ!」



 * * *



 銀の剣特有の、鈍くてスンとした金属音が空を切る。左手で振るう対魔物武器はいつものように動かせなくて、下手すれば重みに引っ張られて躓いてしまいそうになる。


 当然キレの悪い攻撃はズールに当たらなくて、そいつは刃を避ける度ににんまりとした顔を浮かべていく。


「おそっ! おそおそおそー!」


「チッ!」


 せめて右腕が使えれば。頼みの綱のクラッシュも、懐まで近づかないと効果が薄い。


「よわいよわいよわい! お前、オレよりよわい!」


 両手で空気法でも出すかのように突き出され、飛竜魔物のワイバーンが炎を吐くかのように一直線な炎柱が迫ってくる。ルシードを発動して直接の熱は防ぐけど、感じる温度は肌が引き千切れそうな痛みに代わってしまいとても近づけない。


「アッヒャヒャヒャー! お前は殺す! ここで絶対コロ――アッ!?」


 突然炎が途絶えて、ズールは頭を押さえ始めた。想像出来ないくらいの激痛でも走っているのか、体が悶えている様子だ。


「イダイ。イダイイダイイダイ!」


「頭痛?」


 何気なくテレレンが同じような態勢を取ることを思い出す。魔法を使った拍子に現れる副作用。彼が感じているのはそれと同じなんじゃないかって思う。


「……まさか、あなたもマジックライターの?」


「イダイ。イダイィ。でも、殺すのが、めいれいぃ……アアァァッ!」


 再び炎が襲い掛かってくる。ルシードの発動は間に合うけど、やっぱり温度までは防ぎきれなくて熱い。皮膚の上に熱湯を注がれているかのようでじっとしてられない。


「くっ! 性懲りもなく――!」


 溶け落ちる銀が、目に映る。この魔法の実際の熱は、本当にドラゴンさながらの息吹なんだってその時になって知った。


 炎を直に受け続けた剣の刃はドロリと真っ赤に溶け、木からリンゴが落ちるように零れた塊。すぐ下に流れる冷えた液体に、私の肝が一瞬でヒヤッとしてしまう。


「マズ――!?」


 ドボンと落ちた瞬間、ボコボコと水泡が弾けて、その後すぐに、下水道中に宮殿が陥没する規模の爆発音が鳴り響いた。

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