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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 三章 マジックライター
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59 鳥かごの獣たち

 白い炎がパチパチとボクらの足元を揺らめく。屋敷中にかけたイルシーはきっと屋根の先まで届いていて、この部屋を象徴する本棚も炎のおかげで一冊の題名を読み上げることすら出来ない。


「クイーン様。本当にこれで来るダヨか?」


 ドリンが予め話してた作戦に疑念を抱く。


「来るさ。ボクらのことを後ろからチラチラ見ていたヤツは、きっと今の状態を確かめにやって来る」


「本当にオデたちは誰かに見られてたダヨか? 今まで感じてた気配って、気のせいとかじゃないダヨ?」


「気のせいならそれでいいさ。でも気のせいじゃないのなら、そいつは絶対にやって来る。監視者とでも言おうか。イルシーが幻の炎だって気づいたなら、中にいるボクらが何をしでかそうとしているかと慌てて入ってくる」


 少し前から感じ始めていた気配。夕食をみんなで食べてる時。アルヴィアと二人で出て行った時。どちらもこの屋敷に入る前後で感じたことで、きっと間違いなくボクらのことを裏で監視しているヤツがいる。それも気配を感じることから、魔法で遠巻きにではなく直接自分の目で見ているはず。それもきっと一人分。今外に出たアルヴィアよりも気を引かせる必要もあって、これだけ派手にやらせてもらった。


 それに外ではボクを装った放火魔が現れだしたし、監視者が関係している可能性が高い。敵に次の手を打たれるより先にこっちから仕掛けてしまうべきだし、いないならいないという確証が欲しい。


 ウダウダ悩んだり考えたりするくらいなら、さっさと行動を起こすべきだ。


「入ってきたらどう捕まえるダヨ。ものすごく強い人だったりしたら……」


「ボクがここにいてそんな心配はいらない。それよりもイルシーの炎の揺らめきを注意深く見るんだ。敵は今までどうやってボクらのことを見ていたか分からないけど、大方魔法だろう。イルシーの魔力に敵の魔法が反応するかもしれない」


 注意深く幻想的な火災現場を見回していく。入って来られるとしたら正面の入り口とつながる廊下。もしくはドリンが出入りする裏庭の大窓――。


「窓だ!」


 窓の前で炎が見えない何かに踏まれたかのような、不自然な揺らぎ方をするのをボクは見逃さなかった。一見何もないようなそこにゾレイアの眷属を三匹走らせると、そこに透明な生物がいるかのように彼らは空中に嚙みついた


「――ぬあ!?」


 人間の腕と片足がちらりと目に映る。


「ドリン!」


「フロストウェイブ!」


 ボクが走って捕まえるよりも先に、ドリンが床に氷を真っすぐ走らせ透明人間の足を捕まえた。氷の台座に足を埋められて敵も必死にもがこうとしていて、ボクは急いで裏の窓をピシャリと閉めて同時にイルシーの火事をスッと消した。


 透明人間に振り返ると、そいつは魔法の効果が切れたのかつま先から頭にかけて姿が露わになっていって、正体を簡単に見せないよう目元以外の肌を隠した黒く身軽そうな装束の男がボクらの目に映った。前まで行ったドリンが暴れないよう捕まえようと大きな両手を恐る恐るそいつに伸ばしていくが、手前で恐怖が勝って止まる。


「お、落ち着いた方がいいダヨ。オ、オデに怖いことしない方がいいダヨ」


 毛ほども威圧感を感じられない脅迫に代わってボクがそいつの前に立つ。


「やっぱりいたな、監視者。透明になれる魔法でいつも見てたんだろ? 一体何が目的だ」


「は、話すわけには――」


「口を割らないとどうなるか分かるよな? 今度は幻じゃないぞ」


 手に起こしたフレインをヤツの顔に近づけて、肌が燃えそうな熱気を感じさせる。ただ、どれだけこいつに恐怖心を詰めよっていっても、目を瞑り苦しそうな表情をしながらも首を振り頑なに話そうとしない。


「話せ! ボクを装った放火魔もお前の仕業なんだろ!」


「あの方に歯向かうわけには、いかない!」


「あの方? お前の他にいるんだな!」


「ッハ!?」


「話せ! 一体誰がいる! 何人いる!」


「言えない! それだけは言えない!」


 酷く何かを恐れている。ボクの炎じゃなく、全く別の、彼には見えてる隠された誰かに怯えている。


 一体誰なんだ。こいつに監視を任せ、放火魔の計画を企てた首謀者は。



 * * *



 西の商店街までの道。その途中を曲がってずっと先、城門に近づいていく道すがらに下り坂を下りて薄暗い水際の脇道を進んでいって、そこでじっと止まっている。


 ダルバーダッドの西の城門は、街と外を隔てるように川が敷かれている。私が歩いているここは街からしたら地下で、眷属の猫が行こうとする先には下水道への入り口があった。この先にメリーサがいる。メリーサの話し声がここまで聞こえてくる。


「あいつはまだか? もう随分時間が経ってしまっているぞ」


 まるで男っぽい話し方でありながら、声色はメリーサそのもので間違いない。気づかれないために遠くで話を聞いていて、曲がり角にいるはずのその姿まではちゃんと見れない。


「これでは暗殺計画の次の段階に入れないではないか」


 ――暗殺計画! やっぱり何か企んでた。あいつはやっぱりテレレンのおばあちゃんなんかじゃなかったんだ。


「私が様子を見に行きましょうか?」


 聞いたことがない人の声。メリーサの仲間なのは確か。


「いやいい。私が行ってくる。あの女次第では、次の段階に行かずして計画は完了する。あいつに魔王の子どもを殺してもらうのが一番楽だからな」


「不意打ちですか」


 魔王の子どもってきっとクイーンのことよね? それじゃあの女ってのはもしかして――


「あいつは仲間を大事にするタイプの生き物だ。魔物のクセに感情が備わっているらしいが、まあ魔王であればそれくらいあるということだ。とにかく、お前は次の計画にいつでも動けるように準備を済ませておけ。私が戻ってきたらすぐに実行するからな」


「了解しました。ブロクサ様」


 ブロクサ? 初めて聞く名前。メリーサは偽名ってこと?


 いや今はそれより、あいつの言っていた計画を阻止しないと。じゃないとあいつはクイーンを殺してしまう。暗殺の対象は間違いなくクイーン。綿密に練られた計画が動き出す前にどうにかしないと。


 いくら待ってもメリーサ、いやブロクサがこっちに来る気配はなくて、とうとう私は座っている猫を通り越して走り出す。


 この先が敵陣のど真ん中だって分かってる。でも私なら無茶が出来る。ルシードは無敵だし、最悪の場合は転移の指輪ですぐに撤退出来る。剣は使えなくたって行けるところまで行ってやる。私たちを鳥かごの中にでも入れたつもりの彼らを、追い詰められるだけ追い詰めてやるわよ!


「な、何者だお前は!」


「ここを通りたいだけよ。あなたたちのボスに用があるの」


「んな!」


 目元だけしか見えない黒装束の男は、後ろにあった鉄扉を急いで閉めた。



 * * *



 見知ったはずのお屋敷は全部ボロボロになってる。ギシギシと音が鳴る木床。ずっとそれを見つめながら手にナイフを持ち、壁に別の手を当てながら足を引きずるように進んでいく。


 さっきまで見えていた白い炎は、また瞬きと共にポンと消えてしまった。早くしないとこのお屋敷からまた変わってしまうかもしれない。ここから変わってしまったら、テレレンはこの夢から起きれない。


 許してクイーン様。テレレンは、夢から覚めて探さないといけないんだ。


 記憶が戻ったわけじゃない。でも分かったことが一つ。テレレンはどこかからダルバーダッドを目指してた。乾ききった大地を越えて、とっても大きな孔雀が不気味に見えて、月よりも大きなイカの魔物さんをどこかで見てた気がするから。


 曖昧だけどそう。テレレンはずっと歩いてきた。何かを探してここまで来た。


 何かを見つけたかった。ずっとずっと、長い間何かを求めていた。それを見つけられなかったから、これだけ胸の寂しさが拭えない。悲しみから逃れられない。


 でもここで見つけてたんだ。あの面影は絶対、テレレンが見つけたかったものだった――


「うっ!」


 頭にレンガでも降ってきたかのように痛みが走って、手からナイフが落ち膝が床につく。


 思い出せない。ちゃんと思い出せない。痛みが邪魔して、昔を思い出すことが出来ない。


「元凶を倒そう」


 棒読みの声が後ろから聞こえる。ロディ君は隣に立って、落ちたナイフをテレレンに握らせてくる。


「この夢も、お姉ちゃんの記憶も、元凶を倒すことで全部分かるよ。だから、頑張って」


 頑張って?


 そんなの、誰でも言える言葉じゃん。


「……ロディ君って、本当にテレレンの弟なの?」


「……」


「黙らないでよ。訊いてるんだよ? ロディ君は、本当にテレレンの――」


 変に息が詰まって言葉が断ち切られる。ケホッケホッと咳が出てきて、ふいにおばあちゃんの言った言葉を思い出す。


「おばあちゃんも嫌だ。テレレンに変なこと言ってきた。お母さんが魔王を憎んでるとか、滅ぶことが家族の望みだとか。そんなの、テレレンになんの関係もないのに、おばあちゃんは好き勝手に……」


 なんで知らない人の言葉を信じないといけないの? 記憶を取り戻したいからってそんなの知りたかったわけじゃない。記憶にない『みんな』の想いを押し付けたられたってそんなの()()()()()の願いじゃん。掴めっこない雲を取れって言われて本当にそうする子どもなんてどこにもいないよ。どうやってそんなの理解して仇を取るってなると思うの?


 テレレンはただ見つけたいだけ。仇とか知らない。あの人の面影を追ってただけなの。


 それなのに、みんなテレレンのこと心配しない。あの景色が何度もフラッシュバックして、部屋から出てしまうとまたあの光景が広がってるんじゃないかって怖がってたテレレンのことみんな知らない。死んだ母親の景色を繰り返される恐怖を誰も分かってくれない。おばあちゃんでも弟でも、分かってくれようとしてくれない。


 みんなみんな、知ったこっちゃない私情をテレレンに教えてくる。そんなのより知りたいことがあるのに、それを差し置いて興味のないことを教えてくる。


 お母さん……。お母さんとテレレン、一体どんな思い出があったの? お母さんのことになると、とっても焦がれてしまうのはどうしてなの?


 ただそれだけ。ただそれだけのことを知りたかっただけのことに、一体みんなにどれだけの重荷を背負わされなくちゃいけないの?


 もう、嫌だよ。そんなに言ってくるなら教えてよ。


 仇を取ることがどれだけ大切なことなのか。見ず知らずでまだ寄り添えない人の想いに応えるその方法を。


 誰か教えてよ。今テレレンがするべきことを、誰か……。


 お母さん……。


「全部悪い夢だよ。元凶を倒して、夢から覚めよう」


「……ずっとそれだけ言うんだね、ロディ君は」


 夢。ゆめユメ夢、ユめ――。


 もう、なんでもいい。なんでもいいから誰か……。


 壁に手を当てて立ち上がる。ナイフを固く握ったまま、止めていた歩みを取り戻す。


 ――なんでもいいから誰か、テレレンを助けて。

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