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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 一章 二人の追放者が根差す野望
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05 村長からの依頼

05 「こんな人里離れた村にギルドなんてありませんよ」 ――クォルン村の村長

 簡素な石造りの三角屋根が十数程度並んだ、畑つきの村。近づくにつれ、洗濯物のように干された鹿の死体や、鶏小屋からの臭いが村を包んでいるんだと知る。やっと目的地の村に馬車が停まって、ボクたちはそこで降りる。そして、村人から地図を見せてもらえないか聞き、村長の家ならとそこを訪ねた。


「すみませーん」


 アルヴィアがドアをノックし、中から中年の男性が顔を出す。


「お前が村の村長だな。この大陸の地図を見せてもらいたいんだが」


 ボクの言葉に村長は困ったような表情をする。すかさずアルヴィアがボクに向かって、少し黙っててと言わんばかりに睨んできて、腰裏につけていたポーチの中から何かを取り出しながら話す。


「私はアルヴィアで、こっちはクイーン。私たち、街のギルドの冒険者だった者です。別に怪しい者ではないのでご安心を」


 彼女が見せたのは、丸く彫られた宝石がついたタグだった。宝石は水色なのに透明にも見えてしまいそうなほど澄んでいて、魔法鉱石のミスリルだと気づく。首に下げられるよう紐もついているけど、アルヴィアはそれを見せた後、それをまたポーチの中へ閉まった。困り顔だった村長は驚くように目を見開く。


「なんと。ミスリル級冒険者の方ですか。別名A級の。初めて見ましたよ」


 A級? 階級みたいなのがあるってことだろうか。


「もう昔の話ですよ。今の私はただの放浪者。それで、これからのことで色々考えたいので、ぜひとも大陸全土の地図を見せていただければと思っているですが」


「それくらい構いませんよ。中へどうぞ」


 なんだかよく分からないが、打って変わった表情的に村長は歓迎してくれているらしい。ひとまずボクはお礼を言ったアルヴィアに続いて家の中に入って、ドアの外から見えていたたった一つの長テーブルの前についた。別室に入っていった村長が、ほどなくして地図を手にして戻ってきてテーブルにそれを広げてくれる。


「村の居場所は大体この辺りです」と、地図の左下の何もないところを示す。とりあえずこの村は南西に位置していて、近辺には山や森しかなく、更に進んだ先に海が広がっている。


 思わずボクは「嘘だろ」と声が洩れた。なぜなら魔王の城は、真反対の北東にあるからだ。一つの境界線。『セルスヴァルア王国』と書かれた人間の住む国と、『魔王国ルーバ』と書かれた魔物が生きる国の国境まででも、かなりの距離がある。


「魔王国ルーバまで、こんなに距離があるのか」


 ボクの呟きに村長が「魔王国に向かうのかい?」と聞いてくるが、適当に「こっちの話だ」と受け流す。間にアルヴィアが口を挟んでくる。


「聞いた話だと、大陸の最南端から最北端まで三千キロメートルほどあるらしいわよ」


 これは思った以上に大事おおごとだ。国に戻るまでもそうだけど、城も城で最北端に近い位置にある。それはお父さんが、それだけ大きな試練をボクに与えたということになる。三千キロなんて距離は、一体どれだけ歩けばたどり着けるのか見当もつかない。


「これは……想像以上にきついかもな……でも、やるしかないか」


 首飾りを握りしめながら、ボクはやる気を奮い起こす。これは、お父さんからの愛の鞭なんだ。これくらい乗り越えられずして、どうやってお父さんみたいな魔王になれるんだって話だ。


「ま、次期魔王を自称するくらいなら、無事に帰宅するくらいはできないとね」


「あ? お前、まだボクをからかうつもりか?」


 アルヴィアの嫌味にボクは喧嘩を引きずるように言い返す。彼女はボクの言葉にただ鼻で笑ってきて、なんなんだよとテーブルに肘をつく。


「次期魔王?」と首をかしげる村長。「気にしないで。彼女の勝手な妄想だから」とアルヴィアが言ったのに頬を膨らませたが、彼女は別の話を切り出す。


「村長さん。私に出来そうな仕事はないかしら? 今お金に困っていて」


「仕事、ですか……あ、それなら一つ。A級冒険者だったあなたに頼みたいことが」


「なんですか?」


 次に発した言葉に、ボクは頭を支えていた手が離れた。


「ゴブリンが発見されたんです。この村の付近で」


 ゴブリン。魔物の名称だ。薄汚い緑色の体。二足歩行で耳が長い。群れを成していて、鋭利な爪で獲物を襲い、時には歯で直接噛みつく。更には腕の力も中々あったりして、突出した能力がない分シンプルの身体能力が高い魔物だ。


「発見されたのはつい先日です。このままでは誰かが襲われるかもしれないと思い、街のギルドへ依頼書を届けるつもりでしたが、もしよろしければ、すぐにこれを解決してくれませんか? ミスリル級のあなたならきっとできるでしょう?」


 村長が期待の目を向けるのに、アルヴィアは考えるように腕組みをする。


「街のって。そんなに大量の、もしくは強力なゴブリンが?」


「いえ詳しくは。ですが、こんな人里離れた村にギルドなんてありませんよ。たまに通ってくれる傭兵だって年に数人程度。村で起きた魔物事は、たとえ遠かろうが街の冒険者たちに頼るしかないんです」


「ふむ」初めて知った風に相槌をうちながら、アルヴィアは顎に手を当てて考え込む。


「もっと情報が欲しいです。敵の数やダンジョンの場所とか、他に知っていることは?」


「確認できたのは三体で、ダンジョンの位置まではとても」


「そうですか。目撃者は誰ですか? 話をしたら何か詳しく知れるかも」


「でしたら、隣の家の『アッゾ』を尋ねてください。彼が目撃者ですから」


「分かりました。話を聞いてみて、再度依頼を受けるかどうか決めますね。場合によっては、私一人では難しいかもしれないので。その時は素直に、街のギルドを頼った方が賢明でしょう」


「できることなら迅速に討伐をお願いしたいです。お礼なら100クラット出しますので」


「迅速にですか。……話を聞いて可能だと判断したら、すぐに討伐に向かいましょう。それでは」


 アルヴィアは家を出ていこうとする。ボクはその後を追いかけて、外に出て隣の家に向かおうとするアルヴィアを呼び止めた。


「おい」


 長い髪が揺らされ、オレンジの目を向けられる。


「ボクを一緒に連れて行け。ゴブリンを倒されたら困る」


「はあ? 私の仕事を邪魔するつもり?」


「そうじゃない。ゴブリンを倒す以外にも解決する方法があるんだ。ボクにしかできない方法がな」


 ボクの言葉に、アルヴィアは腕組みをして威圧的に見下ろしてくる。


「……どういうこと?」


「ボクはゴブリンの使う言葉を知っている。あいつらと話すことができるんだ」


「まさか、説得するってこと?」


「ああそうだ。魔王の娘たるもの、説得くらいお手のものだ。なんならこの村のために働けと命令できる」


「初めて会った時、スライムに襲われそうになってたのに?」


「うぐ! ――あ、あれはスライムという種族が言語を持っていないからだ。あいつらは言葉じゃなくて体の動きでコミュニケーションをとって、それは体が液体であるあいつら同士でしかできないんだよ」


「本当に?」


「ああ本当だとも。高貴な威厳に包まれたボクが、配下の魔物を従わせられないわけないだろ」


「威厳、ねぇ……」


 ふと突然、「あらまあ、可愛らしい子が来たわね」と横からおばあちゃんの声が入ってきた。


「なんだよおばあちゃん。ボクはこれでも五十歳だぞ」


「まあ、とても若く見えるわ。でも少し痩せ気味ね。ちゃんと食べたほうがいいわよ。よかったらこれ、どうぞ」


 そう言ってバスケットの中から渡されたのはパンだった。厚みのある本のように固い弾力だったが、物をくれるという気遣いに嬉しくなる。


「うわあ! いいのかおばあちゃん? これもらって?」


「もちろんよ。ほらあなたも」


 アルヴィアにも一つ手渡される。


「あ、ありがとうございます」


「疲れてたらゆっくり休むのよ」


 アルヴィアにも同じパンを渡して、おばあちゃんはボクたちの前から消えていく。ボクは早速パンにかじりつき、中々固い生地を噛みちぎってみせる。表面が固いだけだったようで、意外と食感が柔らかい。


「いい人間もいるもんだな。――ん?」


 モグモグしているところを、アルヴィアはなぜか子どもを見るかのような目で見ていた。


「なんだよ」


「……いえ別に。本当にあなたの声で魔物が動くんだったら、それはそれで見てみたいかもって思っただけ」


「本当か? 一緒に行ってもいいんだな?」


 なんとなく疑い深いような目を向けられてた気がするけど、アルヴィアはため息混じりに「好きにすれば」と言ってくれた。ボクの提案は、意外にも彼女の興味を惹けていたらしい。


「なんにせよ、まずは情報を集めないと。数もそうだし、少なくとも場所が分からないんじゃ、どうしようもないしね」


 そう言って、アルヴィアは入ろうとしていた家のドアに近づいていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 色々な設定に合理性を与えようとすると難しいですよね。昔テーブルトークのRPGのマスターをやった時の事を思い出しました。続きを楽しみにしています。
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