54 疑惑ともどかしさ
しばらくぼうっと街中を歩いていた。おばあちゃんが買い忘れた葉野菜のおつかい。アルヴィアも一緒についてきたわけだが、きっと彼女から話を切り出してくるのをボクは待っている。
「……ねえクイーン」
屋敷からは到底見えないところまで離れて、やっと口を開いた。横目をチラリと向ける。
一体何を話したいのか。きっとテレレンのことなんだろうけど、その内容は検討がつかずにいた。
「メリーサさんとロディ君。あの二人って、本当にテレレンの家族だと思う?」
予想の斜め上の発言だった。家族だと思うかどうかだって?
「……なぜそう思うんだ?」
面食らってそう返す。アルヴィアの口調に少し勢いがつく。
「メリーサさんがアップルティーを出してくれた時。まさか自分の孫の好きなものを間違えると思う?」
甘いのは苦手だというテレレンの味覚。確かに言われてみれば、可愛いと思ってる孫の好きなものを間違えるなんてないのかも。
けど。
――小さい頃はそうだったんだけどねぇ。もしかしたら、大人に近づいて味覚が変わったのかもしれないわね。
「でもあれは、テレレンが小さい頃は好きだったと言っていただろ? それなら別に間違えてもおかしな話じゃない」
「それにも怪しい点があるわ」
「怪しい点?」
「屋敷の前で、メリーサさんとテレレンが再会した時のことよ。メリーサさんはテレレンを見てこう言ってたわ。――一年ぶりくらいかしら、って」
そう言えば、握手をしながらそんなことを言っていたのを憶えてる。
「そうだとしたら何なんだ?」
「一年で味覚が激変したってことよ。あり得る? 味覚は確かに変わるけど、一年だったらせめて予兆があるものよ」
「そう、なのか? 人間の五感っていうものなんだろうけど、生憎ボクにはよく分からない」
「そもそも十四まで変わるなんてのも滅多に聞かない話よ。大人になっていくにつれて変わっていくものだから、普通は二十を超えたあたりにはっきりと変わるもののはずよ。まさか記憶喪失で好きなものが変わるわけもないしね」
そんな急スピードで味覚は変わらない。アルヴィアが言いたいことはそう言うことなのだろう。それを踏まえて、ボクはアルヴィアの発言を遡る。
――まさか自分の孫の好きなものを間違えると思う?
「……そしたらアルヴィアは、メリーサのことが本当のおばあちゃんじゃないって言いたいのか?」
「まだ断定は出来ない。けど怪しいと思う。家族って口では言っていて、実際に証明みたいなのを見たわけじゃないし」
「かなり疑っているな」
「初めからパッとしないのよ。最初メリーサさんがテレレンのおばあちゃんって言われた時も、全然顔が似てないなって思ってたけど、屋敷にいた弟君だってテレレンと特長の違う顔してたわ」
「顔、かぁ。人間の場合、母親か父親のどちらかに似るんじゃないのか? それがテレレンの場合、おばあちゃんには似ないで弟君とも別の親の方に偏った。だから顔が違うのかもしれない」
「顔だけなら私も納得するけど、再会した時の行動だっておかしいと思う。ロディ君は親を失って無口な感じになったって言ってたけど、それでも実の姉と再会した時もあんな冷めたリアクションなんてあり得ないと思う。唯一残っていた身内なのよ」
あれはボクも変だなと言うか、違和感というかモヤッとしたものを感じていた。家族の再会の割に冷めているなと。僕とてお父さんが城に帰ってきたら真っ先に抱き着こうとするのに。
「それにおばあちゃんの対応だってそう。テレレンと一年ぶり、それも親を失って心配していたって言っていた割には握手しかしてない。普通なら抱き合うくらいしていそうなものなのに」
握手だけ……。言われてみればそうだ。ハグとかそういうのは一度もしていない。なんだか家族というよりかは距離が出来ている関係のように思える。
「でも、もしアルヴィアの推測が合ってたとしたらメリーサは何なんだ? おばあちゃんじゃないとしたら、どうしてテレレンのことを屋敷に誘ったんだ?」
「それは分からない。何か目的があるんだろうと思うんだけど、それ以上に怪しい何かを掴めてない」
それはそうか。まだメリーサが家族じゃないと断定出来たわけじゃない。この推理だってただの考え過ぎで、時間が経てば元の家族の形に普通に戻るかもしれない。
「でもきっと、何かあるとしたら、それはテレレンの記憶に関してだと思う」
記憶に関して……。その言葉の響きに、ボクは何となく嫌な予感を感じる。
「――ッハ!」
パッと後ろを振り返った。何かの気配を感じたからだ。
でも振り返った街道に、感じた気配の正体はない。通り過ぎていた人間たちがそこらを歩いてるだけの光景が、目に映っていた。
「どうしたの?」
ボクは足を止め、視点を動かさないまま話す。
「ここ最近、やけに気配を感じることが多いんだ」
「気配? なんの気配なの?」
「分からない。ただの気のせいなのかもしれない。今までこんなこと一度もなかったんだけどな……」
これは、果たして不穏な空気なのだろうか。それとも単にボクらの思い違いか。
メリーサは魔物のドリンを受け入れてくれたからイイヤツだと思ってたけど、その裏に何か企みでもあるんだろうか。
どちらにしろ、妙なざわめきを感じるのは、あまりいい心地がしない。
***
ソファに座ったままの彼女は、まだそわそわとした感じが抜けきれないでいる。テレレン殿のテーブルを挟んだ前には、弟のロディ殿が座って本に目を落としている。テレレン殿はちらちらとロディ殿を見てはすぐに部屋のどこかに目線を移していて、きっと自分から声をかけるのに勇気が出せないでいるように感じた。
このもどかしい感じ。ちょっと嫌な感じダヨ……。そうダヨ。オデから話をしてみるダヨ。
「ロディ殿」
栗毛の頭がオデを見てくる。まるで覇気がなく、アンデッド系魔物のような目に少しビビッてしまう。
「ロ、ロディ殿は本を読むの、好きダヨか?」
口は開かずゆっくり丁寧に頷かれる。そのまま何も言わず、また本に目を移してしまいそうで慌ててオデは別の話題を探す。
「えっと……ロディ殿は、オデのこと怖くないダヨか?」
またゆっくり、まるで天井から糸で操られてるように頷かれる。平気そうな顔をしていてそれは本当なんだと思えるが、それは逆に不気味な雰囲気を纏っていた。会話も広がりそうになくて、ついオデは諦めて口を噤んでしまう。
「ね、ねえロディ君」
テレレン殿が口を開いた。
「ロディ君は歳はいくつなの?」
「……十三」
一枚の紙がひらりと落ちてくるようなゆっくりとした喋り。
「そうなんだ。テレレンは十四だから一歳違いなんだね。このお屋敷にはいつ来てたの?」
「半年前」
「テレレンと別れちゃったのがどうしてかって、訊いても大丈夫かな?」
「お互いに迷子になって、はぐれた。それで、僕が先にこの屋敷についた」
「そうだったんだ。テレレン、そう言うことも憶えてないなぁ。迷子ってことは、テレレンたちは親を亡くしてから、ずっと一緒にどこかを彷徨い歩いてたってこと?」
「そう。生きる場所を探してた。でも、親のことは、あまり話したくない」
「ああそっか、ごめんね。思い出したくないよね。ロディ君、辛かったはずだもんね」
悲しむ素振りなんかは見せず、小さく頷いてからまたロディ殿は本を読み進める。
この二人はとても淡泊な姉弟に見える。二人というよりは、ロディ殿が一方的に素っ気ない態度をとっているからだろうけど、それでもオデたち魔物にだって仲間意識というものはあって、種族によっては子どもを産むために愛を育むけれど、テレレン殿とロディ殿からはそういう、絆みたいなものを全然感じられない。
――これって、魔物のオデだから分からないことダヨか?
「ただいまー」
結局、姉弟同士会話が弾まないまま、クイーン様の声が屋敷に響いた。




