53 再び、会う
「亡くなってるなんて……。それ、本当なんですか?」
アルヴィア姉ちゃんの質問におばあちゃんは頷いてしまう。胸を鈍器でぶち破られたような気分だった。聞きたくないことだった。今まで本気で捜してたわけじゃなかったけど、でもその真実は、テレレンの中からすべての元気を奪うのに十分すぎるほどの衝撃を与えていた。
「その知らせを受けてから、私はずっと心配だった。自分の娘が亡くなるのも辛いものだったけれど、何より孫がこれからどうなってしまうのか。けれどあなたたちと一緒にいるところをたまたま見かけて、実際に話しかけてみてホッとしたの。テレレンはちゃんと生きてて、それでいてお友達と一緒にいたんだって」
そっか。だからおばあちゃんはアルヴィア姉ちゃんを見つけて話しかけたんだ。それでテレレンが無事なのを知って、親がいないから自分の家に来るようお願いした。
……なんだろう。何か、ヘンな感じ。
「気の毒だったな、テレレン」
「あ、うん。大丈夫だよ、クイーン様」
テレレンの両親は亡くなった。もうこの世界のどこを捜してもいない。その告げられて、明らかにテンション下がっちゃったけど、不思議と涙は出てこない。出てくる気配もない。
記憶がないからなのかな? 何も思い入れがないから、何も感じないのかな?
それとも、親の存在って意外と遠くのもので、今会っているおばあちゃんみたいに安心感って言うか、身近に感じられないものなのかな?
「でも大丈夫よ、テレレン」
おばあちゃんが声のトーンを上げる。
「あなたは一人になったわけじゃないわ」
「あ、そ、そうだね。テレレンにはおばあちゃんがいるんだもんね」
「ううん。おばあちゃん以外にも、もう一人いるのよ」
「え?」
「ロディ! そこにいないで出ておいで」
不意打ちをくらったように顔を上げた時だった。テレレンたちが出入りした廊下から一人の男の子が顔を見せてきた。
栗毛のおかっぱでテレレンと変わらなさそうな背丈。目にはまるで光が宿っていないかのように暗く見えて、表情筋とかが活発に動いてなさそうな印象を受ける男の子が、テレレンたちのところに近づいてくる。その歩き方からは勢いってものが全く感じられなくて、無気力な動きに見えた。
「この子はロディよ。憶えてないテレレン?」
訊かれたことにテレレンは首を横に振る。
「ううん。もしかして、テレレンの知ってた人?」
おばあちゃんに訊いた質問に、ロディ君が動かなさそうな口を開いて、ポツリとこう言った。
「君の、弟……」
「弟!?」
「んな!?」「え!?」「ンダ!?」
辺りがざわめいた。クイーン様とアルヴィア姉ちゃん、ドリン君まで驚きの声を洩らしていて、テレレンも本人を目の前にあたふたしてしまう。
「お、弟なんていたのテレレン!? そんなことまで忘れてたよ!」
「話、そこで聞いてた。また会えて嬉しいよ、お姉ちゃん」
「お姉ちゃん――!」
凄い! なんだかよく分からないけど凄い響き! まさかテレレンがそう呼ばれる立場になるなんて。
でも気になるのは、ロディ君の声には一切の覇気がなかったことだった。ロディ君はテレレンのこと憶えているはずで、久しぶりの再会の時だというのに、全く嬉しくなさそうな声で「嬉しい」とだけ言って、ハグを求めたりとかそれ以上のコミュニケーションを取ろうとしてこない。別に恥ずかしがってる感じでもなさそうだし、あんまり気持ちを表に出さない子なのかな?
「ロディはね。親を失って私のところに訪ねてきたの。最初に来た時から今のように元気のない様子だった。元々はもっと元気で明るい子だったはずなのにね」
アルヴィア姉ちゃんが口を開く。
「一人で来たんですか? テレレンと一緒じゃなくて?」
「ここに来るまでにテレレンとはぐれちゃったそうなの。けどもう大丈夫ね。やっと二人兄弟が揃った。大事な家族と会えたんですもの。またきっと元気になれるわ」
今度はクイーン様が一言。
「それまでおばあちゃんが保護してたのか」
「当然のことでしょ? 家族が辛い思いをしてるなら、それを助けるのが義務ってもの。それにこの老いぼれに出来ることなんて、もうそれくらいのものなんだから」
「そしたら、テレレンもおばあちゃんが保護してもらえる感じか」
「――え?」
思わずパッと振り向いてしまう。クイーン様はテレレンのことを一瞥して、考えを話してくる。
「どうするテレレン? 念願の家族は見つけられた。残念な結果もあったけど、もうあてもなくこの世界を回る必要はなくなった。ここにはおばあちゃんもいるし、忘れていた弟までいる」
「そう、だけど……」
分からない。本当にこのまま、忘れたままの家族と一緒にいていいのか。ここにいても、気疲れしちゃって苦労しちゃわないか。この考えも、単にクイーン様と一緒にいたいだけかもしれない。
……いや、ここにいるべきなんだ。だって、テレレンのこと待っててくれた家族がいたんだもん。気疲れなんてきっとしない。すぐにここでの生活にも慣れるはず。
そうだ。拾われた孤児とかみたいな感じなのかも。知らない親に連れられて最初は怖がって。それでもずっと一緒に暮らしていけば、次第に距離を詰めていって親しくなる。テレレンは人一倍うるさい人ってクイーン様にも言われてるから、きっと大丈夫だよね。
「そう、だよね――」
「――別に、急いで決めなくてもいいんじゃない?」
「え?」
突然テレレンの声を覆うように声を発したのはアルヴィア姉ちゃんだった。アルヴィア姉ちゃんは真っすぐとした目線を向けてくる。
「家族と一緒にいるのは確かに大事なことだけど、でもテレレンにとって、私たちもそれくらい大事な存在なのよね? だって、ギルドにつけた名前だってクルドレファミリアなんだし」
――あっ。そうか。テレレンが迷ってたのは、みんなと一緒にいたことを大事にしたいから。唯一残ってる記憶を、大事にしたいからだ。
「……おばあちゃん」
自分の口で伝えようとしたけど、先におばあちゃんがテレレンの声を遮った。
「構わないよ。テレレンはもう大人だもの。おばあちゃんは別に無理強いしないわ」
よかった。心の底からそう思う。
「うん! ありがとう」
「でも、おばあちゃんもロディも寂しくなるから、しばらくこの家にいてほしいわ。そこのお友達と一緒でいいから」
「え! 一緒にいていいの? クイーン様も一緒にこの家に?」
「ええもちろん。部屋だって余ってるし好きに使ってもらって構わないわ」
「それはありがたい」とクイーン様。
「今まで寝る時は宿を借りてたんだが、拠点みたいな場所があるとボクらも活動しやすい。こちらからお願いしたいくらいだ」
「じゃあ決まりだね! みんなでこの家にいよう!」
テレレンの言葉に三人が頷いてくれる。気づけばテレレン、パアッと明るい気分になってる。緊張してたのが嘘みたいに晴れてて、とっても幸せを感じてる。
この調子で、いつか記憶も取り戻せるといいな。
***
しばらく、ボクらの習慣が変わる。テレレンのおばあちゃんのメリーサの家を拠点に、これからはだいぶ動きやすくなるはずだ。なんたってドリンの正体をいちいち説明しなくて済む。これだけでおばあちゃんには感謝しなきゃならない。
「あら?」
「どうしたおばあちゃん?」
キッチンに置かれたバスケットカゴを覗き込んでいたおばあちゃん。
「葉野菜がないの。今夜はサラダを作ろうと思ってたのに、もしかしたら買い忘れたのかも」
「それならボクが買ってこよう」
「あら、いいのお願いして?」
「もちろん。当分この屋敷でお世話になるんだから、それくらいの手伝いはするさ」
「それなら私も行くわ」
後ろからそう聞こえると、そこにアルヴィアがいた。
「一緒に行きましょ、クイーン」
「分かった。あ、どうせならテレレンと弟君も一緒に連れていってもいいかもな」
何てことない提案だった。再会した姉弟なんだから一緒の時間があった方がいいだろうと思っただけだった。
「いえ、二人だけで行きましょう」
けれど、アルヴィアはそれを否定した。何か不都合なことでもあるのか? そう考えたけど、おばあちゃんが彼女を見ていない瞬間に、ボクに向かってそうしてほしい、と真剣に目で訴えかけるのが見えた。
「二人はもっと、おばあちゃんの傍にいるべきだと思うのよ。だから、二人で行きましょう」
「……それもそうか。分かった」
考えを汲み取り、ボクはおばあちゃんに行ってくる、と告げる。気をつけてね、と言った言葉が、既に歩き出していたボクらには壁から通して聞こえてきた。
本日から生活環境が大きく変わりました。それに伴い更新出来ない日が増えるかもしれませんが、目標は一日一部分のままに、気長に頑張っていきたいと思います。




