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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 三章 マジックライター
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52 メリーサの屋敷

 風格のあるお屋敷だった。レンガ造りで細部まで手入れが行き届いている。一目見ただけで財力豊な人間が住んでいると分かるその屋敷は、確かに先日アルヴィア姉ちゃんと話したおばあちゃんが示した自宅だった。


「ここがテレレンのおばあちゃんのお家。結構大きいね」


「こんなところに身内の家があったなんてな。早速入ってみるか」


 クイーン様がそう言ってオシャレな装飾の二枚扉を軽くノックする。ちょっと時間が経ってから、ガチャリと音が鳴った。


「はーい。あら昨日のあなた」


 初めてその顔を見た瞬間、遅れて緊張感がやって来た。灰色の髪。皺がないわりにしゃがれた声。細目に皮膚の面積が大きめの、アルヴィア姉ちゃんが言ってた通りの男っぽい顔。


 本当におばあちゃんと会っちゃった。これまでいっぱい探して見つからなかったけど、本当に会える瞬間が訪れるだなんて。


「まあ、テレレンを連れてきてくれたのね!」


 おばあちゃんはいきなりテレレンの手を取って固く握手してきた。ぐっと距離を縮められて、更に緊張感が増してしまう。テレレンにとってはまだ他人にしか思えてなかった。


「久しぶりね~。一年ぶりくらいかしら?」


「あ、ど、どうも……」


「あらどうしたの? まるで初めて私を見るような顔して」


 横からクイーン様が口を挟んでくれる。


「それに関しては、おばあちゃんと話さないといけないことがある。結構大事な話だ」


「あらそう? それなら中に入ってお話しましょう。そこのゴーレムはペットか何か?」


「いいや仲間だ。けど彼なら無理して中に入れる必要はない」


「いいえ。仲間というなら彼もテレレンのお友達なのでしょう? だったら無碍むげに扱えないわ。裏庭があるからそっちから入りなさい」


「わ、分かったダヨ」


 おばあちゃんはドリン君に優しく微笑んでくれた。魔物さんに対してこんな顔する人、初めて見たかも。


「あらその前に、私ったらいけない自己紹介を忘れてたわね。メリーサと申します。テレレンの祖母です」


「私はアルヴィアと申します。この子はクイーンでゴーレムはグウェンドリンと言います」


「そうですか。それでは皆さん、どうぞ中へ」


 おばあちゃんは扉を更に開け、テレレンたちを迎え入れてくれる。




 中に入ると玄関で甲冑がお出迎えしてくれた。廊下には二階へ上る階段があって、その壁に鹿の剥製があってちょっぴり怖い感じ。


 けど居間まで進むと、ガラリと雰囲気は変わって本だらけの部屋についた。壁が見えないくらい本棚があって、そこに本もぎゅっと敷き詰められている。床には絨毯。天井にはシャンデリア。暖炉に火がくべられていて、その前に、まるでテレレンたちが来るのを分かってたかのようにソファとテーブルが並んであった。


 奥の光が入っている窓ガラスが扉のように開けられて、裏庭からドリン君が入ってこようとする。


「おばあちゃん。ドリンを入れて大丈夫なのか?」


 クイーン様がそう訊いて、おばあちゃんは「ええ」と軽く答える。


「ボクが心配してるのは耐久性のことだ。ゴーレムの重さで床が抜けたりしないか?」


「この家の造りは丈夫だから問題ないわ。ささ、遠慮しないで」


 ドリン君が慎重に足を踏み入れる。絨毯の下の木板がメシッと音を立てたけど、おばあちゃんの言った通り床は抜けなかった。もう片方の足が入って、ドリン君が無事家に入ることに成功する。


「みんな座ってて。お茶を持ってくるわ」


 そう言って別室にいなくなるおばあちゃん。テレレンはまだ落ち着かなくて、何となく部屋を見回してみた。


「落ち着かない感じ?」


 アルヴィア姉ちゃんにいきなりそう訊かれた。


「う、うん。なんだか変な気分。折角おばあちゃんと会えたけど、記憶が戻ったわけじゃないからどう接していいのか分かんないかも」


 会いたいって思ってたはずなのに、いざ会ってしまうとこんなにそわそわしちゃうなんて自分でも予想外だった。普段なら人見知りとかしないはずなのに。


「そんなに身構えなくてもいいんじゃない? 記憶の話をすれば、きっと分かってくれるはずよ」


「そっか。そうだといいな」


「にしても本が多いなぁ」


 本棚を見て回ってたクイーン様が喋りだす。


「『未来を確約する王政とは』。『二大大陸起源論』。『亡者の弔う意味を問う』……。小難しそうなのばっかだな」


「読書家なようね。こっちには魔物に関する書物も揃ってる」


 アルヴィア姉ちゃんの見る先に、似たような配色で同じくらいの厚さをした本が並んでる。


「本当だ。んあ! 『魔物が絶対悪である理由』なんて本がある! おのれ人間どもめ。勝手なこと決めつけやがって」


「仕方ないわよ。でも論文系が多いわね。学者さんとか大学教授の人とかが書いてそうだけど」


「出版社がどれも『ブリンドーズ大学』だ。どこにあるんだこの大学は? ちゃんと正しいことを書いてもらわないと困る」


「ブリンドーズは西方の海に面した街よ。いつかそのクレームが届けばいいわね」


 廊下からおばあちゃんが戻ってきて、「お待たせしたわ」という声と共に二人の会話が途切れる。カップを五つ分乗せたお盆をテーブルに置き、クイーン様たちを見る。


「二人は本に興味が?」


「あ、すみません。勝手に部屋のものを見物してしまって」


 謝るアルヴィア姉ちゃんにおばあちゃんは何とも思ってない笑みを浮かべる。


「いいのよ別に。本は書いた人の知識がこれでもかって詰まっていてね。それを見て新しい理解を手に入れるのが楽しいのよ」


「へえ。おばあちゃんは本を読むのが好きなんだな」


「もしお暇だったら、お勧めのを紹介してあげるわ。今はゆっくりくつろいでね」


 よく磨かれたティーポットを手に取り、それぞれのカップに紅茶が注がれていく。その間にテレレンたちはソファに腰かけ、ドリン君も近くに寄っておばあちゃんがカップをテーブルの前に差し出されるのを待つ。


「はい。どうぞ」


「ありがとうございます」と軽く会釈するアルヴィア姉ちゃん。


「オデの分もあるダヨ」


「それはもちろん。ゴーレムの舌に合えばいいけど」


「その前に、このカップを掴めるかどうかだな」


 クイーン様の言う通り、ドリン君の指は大きくてとてもカップの取ってに通せる感じじゃなかった。せめてこぼさないようにと四苦八苦している様子を傍らに、香りを嗅いでいたアルヴィア姉ちゃんが意外そうな顔をする。


「これ、アップルティーですか?」


「ええそうよ。テレレンのために甘いものを用意してあげたの」


 え? と一瞬思った。それはアルヴィア姉ちゃんもおんなじようだった。


「テレレンのため、ですか?」


「そう。この子は甘いものが好きでね。林檎をとてもよく気に入ってるの」


「そ、そうなんですね」


 アルヴィア姉ちゃんはそれだけ言って口をつぐんだ。テレレンは困惑してしまう。テレレンが好きなのって甘いものだったっけ? 悩みだした瞬間にクイーン様が一つ差し込む。


「前にテレレン、甘いのは苦手って言ってなかったっけか?」


「え? う、うん……」


 尻すぼみするみたいに答えて、おばあちゃんは「まあ」と少し驚く素振りを見せる。


「小さい頃はそうだったんだけどねぇ。もしかしたら、大人に近づいて味覚が変わったのかもしれないわね」


「そうなんだ。テレレン、小さい頃は甘い物が好きだったんだ」


「小さい頃は? おかしな言い方をするわね」


 疑問を抱いたおばあちゃん。テレレンはちゃんと話さないとって思ったけど、その前にクイーン様がカップを置く音を鳴らした。


「おばあちゃん。これから話すことはちょっとショックな内容かもしれない。けど大事な話だから、ちゃんと受け止めてほしい」


 真面目な声色におばあちゃんも顔つきが変わる。


「分かったわ。お話を聞かせてくれる?」




 クイーン様は全部話してくれた。テレレンが何かをきっかけに記憶を失って、クイーン様たちと偶然出会って今は冒険者として活動しているところまで。魔法も使えて、使うたびに頭痛がしてしまうことも全部話した。


 緊張してる代わりに話してくれたのは、とってもありがたいことだった。もしテレレンが自分で話してたら、おばあちゃんと昔、どんなことがあったんだろうって考えだして、話していることが真っ白になっちゃってたかもしれない。今だって正直、話を聞きながら申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「そう。この子にそんなことが……」


 おばあちゃんは終始困惑した顔を見せたりしてたけど、最後はそう言ってちゃんと受け止めてくれたようだった。ポンと頭に手を置かれて、何度かナデナデされる。


「大変だったわよね。でも大丈夫。おばあちゃん気にしないからね。記憶だっていつか取り戻せるはずよ」


「……うん。ありがとう、おばあちゃん」


 おばあちゃんの手が頭を離れてから、アホ毛には触らないように撫でていたってことに気づく。それだけ緊張しちゃってるのか、一周回ってどうでもいいようなことに意識してしまっている。まだいつものように話せなくて、今度はアルヴィア姉ちゃんが口を開いた。


「メリーサさん。メリーサさんは過去にテレレンと一緒に暮らしていたんですか?」


「いいえ。私はここで一人で暮らしてるわ」


「それじゃ、テレレンの親御さんがいる場所をご存じないですか?」


 身内の中の身内の存在を訊きだそうとしていて、また緊張感が襲ってきて胸がキュッとする。


 けれど、おばあちゃんから聞かされた返事は、またまた予想できないものだった。


「あの二人は、悲しいけれどもういないわ」


「――え?」


「亡くなったのよ。一年前に、突然ね」


 涙ぐむ様子を見せるおばあちゃん。テレレンの口からは、一言も出てこなかった。

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