49 一難去ってまた
親鳥のカモは、後ろの何匹もの子どものカモを連れて街中を歩いてる。ペタペタと足を進ませる親鳥に対し、子どもはペタペタペタッと目にも止まらない足踏みで一生懸命、健気に後をついていく。
とっても微笑ましい光景だけど、親鳥が階段をヒョイッて飛び上がると、後ろの子どもたちはみんな困ってしまった。自分よりも身の丈が高い階段は、きっと彼らにとって絶壁のようで、一匹がピョンって挑戦するけどドカッと壁にぶつかって届かなくて、もう一匹も挑戦するけどコテッと落っこちてしまう。
親鳥はそこで立ち止まって待ってくれてるけど、それはまるで子どもに試練を与えているような鞭を利かせた行動に見えた。
やがて、一匹が階段を見事に飛び上がった。それを皮切りに、また別の子どもが上って、もう一匹、さらに一匹と、どんどんどんどんみんな上っていった。しかし、最後に一匹だけ残ってしまうと、その子だけ上手く上がることが出来ずにいた。
何度も飛んで、何度落とされて、それでもあきらめずに飛び続けて、それでも親鳥のところには届かなくて。
その懸命さに心打たれて、テレレンは手を伸ばしてあげた。子どものカモの前に手を差し出して、その手に乗ってくれるのを待って階段上に上げてあげようとする。
今はダメでもいつかは届くはずだよ。そう子どものカモに目で伝えるように見て。
けれど、その子が手に乗って階段を見た時、そこには階段ではなく、空まで届いてそうなほど高い壁があった。
親鳥がテレレンたちのことを見下ろしていて、階段の段が今も伸びあがっている。いや、階段が伸びてるんじゃなくて、テレレンたちの立ってるところが地底に向かっている感覚。テレレンの力でも、もう到底届かないほどの距離が離れてしまっていた。
どうしてなのか、テレレンは胸が苦しい思いをする。
――やめて。この子を置いていかないで。
ちゃんと連れてってあげて。ちゃんと一緒にいてあげて。
見捨てたら嫌だよ。こんなところでバイバイは嫌だよ。
叫ぼうとしても声は出なくて、伸ばしたくても手は動かない。ただ、どうしようもない感情だけが揺れ動いてる。
だってこの子にとってあなたは――
ハッと、目が覚めた。体が勝手に起き上がって、少ししてから今が夜でドリン君が焚火を囲んで眠っている様子を理解した。
「起きたか、テレレン」
後ろからクイーン様の声がして、振り向いてみるとどこかに行ってたのか木々の中からこちらに歩いてきていた。
「うん。テレレン、なんで寝てたんだっけ?」
「気絶してたんだ。魔法の負荷に耐えきれなかったんだろうな――って、どうしたテレレン?」
「え? どうしたって何が?」
「泣いてるぞ、お前」
……え? 泣いてる? 目に指を当ててみる。そこに滴がついて、初めて自分でもそうなんだって知る。
「本当だ。寝てる間に。……なんで」
「嫌な夢でも見てたんじゃないのか?」
「夢?」
クイーン様が隣に座ってくると、テレレンは思い出した。
「そうだ。テレレン、夢を見てた。カモの親子が街中にいて、親ガモが階段を上って子どものカモも頑張って上がろうとする夢」
「可愛らしい内容に聞こえるが、それでどうした泣いたんだ?」
「えっと確か……なんでだっけ? それからどうなったんだっけ?」
「憶えてないのかよ……。まあでも、街中にカモの親子なんて夢でしか見ない光景だな」
「そうなの?」
「人のいるところに野生動物が現れることはない。ましてや街中って言ったら人間たちの巣窟も同然。そんなところにいたら、カモの親子はすぐに捕まえられて食料にされるだろうからな」
「そっか。人間ってちょっと残酷だね」
「餌を求める点では魔物と変わらない。けど人間の場合、人それぞれによって求める餌に幅がありすぎる。おんなじ人間っていう種族とは思えないくらいにな」
魔物……。そう言われた瞬間に親子のハーピーさんを思い出す。
「あっそうだ! 子どものハーピーさんは? ケガは大丈夫になった?」
クイーン様が目配せして、それにつられて見てみると、子どものハーピーさんは親ハーピーさんと寄り添うように眠っていた。潰れてボロボロの足はそのままだったけど、親ハーピーさんの羽を二枚使って結んだように傷口を塞いでいた。
「歩くのは当分難しそうだが、一命はとりとめた。ご飯もちゃんと与えてあげたから、もう無事なはずだ」
「ごめん。テレレンが気絶してなければ足も治せたはずなのに……」
「自分を責めるな。元々足は折れてたから、どの道魔法じゃ完治はできなかった。でも、これから先治らないわけじゃない。後遺症は残るかもだけど、時間が経てばきっと今よりもよくなって、歩けるくらいにはなるはずだ」
クイーン様はそう言ってくれるけど、けどやっぱり、子どもハーピーさんの足が痛々しいままなのを見ると悔しさが募った。テレレンの力で助けてあげられる魔物さんだったのに。
「ふあ……。ボクも寝ないとだ。テレレンも寝ておけよな。周りはボクの眷属に見張らせてるから心配するな」
「うん。お休みクイーン様」
……なんでだろう。話をしてる間。クイーン様に泣いてるって教えてもらってから、すごく悲しい気持ちになってた。心にぽっかり穴が空いちゃったような。とても大きな喪失感になぜか襲われてた。
親子のハーピーさんを見ると、無性に涙が出てきそうになる。それも悔し涙じゃなくて悲哀の涙。
分からない。テレレンは、一体何に悲しんでるんだろう?
「ここらで別れるか」
次の日の朝を迎えて、クイーン様が親ハーピーさんに振り向いて何かを話す。きっとさっき呟いたことを伝えたようで、親ハーピーさんはドリン君の首元に乗っていた子どもハーピーさんを降ろすよう手振りした。
ドリン君が膝をついて、子どもハーピーさんが親ハーピーさんにおんぶされるように動く。首に腕を巻いて、絶対に落ちない体勢が整うと、親ハーピーさんは腕を広げて翼で飛び上がろうと羽ばたきだした。その瞬間にテレレンは一つ思いつく。
「テレレンが下から風を上げたら飛びやすいかな?」
「いい考えだ。手伝ってあげよう」
「うん!」
バサッと音を立てて足が離れて、真っすぐ空に飛び上がろうとするタイミングでテレレンも魔法を発動する。
「いっけー!」
下から上昇気流を巻き上げ、親ハーピーさんが上手くその風に乗ってくれてあっという間に空高くまでいった。木々の葉が見下ろせるくらいな充分な高度までいって、親ハーピーさんはちゃんと子どもハーピーさんをつれて飛んでいく。それが見えなくなるまで、テレレンは両手を大きく振って別れを告げた。
「バイバーイ!」
「……さて。実はまだ問題が残ってる」
「え!? そうなのクイーン様?」
ハーピーの親子をちゃんと見送ってあげたのに、まだ何か問題なんてあったっけ?
「報酬についてだ」
その一言でテレレンはドリン君と一緒に「あー」と腑に落ちる声が出た。ギルドの依頼で報酬を貰う時、討伐した魔物を証明しないといけないけど、今回はハーピーさんを助けちゃったから証明することが出来ない。しかももう別れちゃったから今更何かお願いとかも出来ない。
「どうするの? このままじゃ報酬ゼロだよ」
「分かってる。けど方法が一つ残ってる。前にアルヴィアから訊いたものだ」
「どんな方法ダヨ?」
「依頼主に直接交渉して、達成した証明を貰うことだ」
テレレンは頭の中にハテナマークが幾つも浮かんだ。クイーン様は、幸い依頼主の住む村が近くにあるって言って、テレレンたちはそこを目指し歩いていく。
立派な柵に囲まれた大きめの村。遠くにドリン君は騒ぎにならないように置いてきて、クイーン様と一緒に依頼主の家を探しながら訊く。
「達成した証明って、どうやって貰うの?」
「朱印血痕、もしくは筆跡を貰うんだとさ。今回の依頼主がこの依頼書を提出する際、ギルド本部の方でサインを残しているらしいから、ボクらが求めるのは筆跡。同じ人間のサインだ」
なんだか分かるような、ちょっと分かりづらいような……。でも欲しいものが分かってるなら、それをお願いすればいいだけか。
村にいる人に話を聞いたりして、やっと一つの家を突き止める。扉の前に立って、クイーン様がトントンとノックする。すぐに顔を見せてきたのは二十前後くらいの若さの男性だった。
「ハーピー討伐依頼を出したムラールと話がしたい。この家で間違いないよな?」
「ムラールは自分の父ですけど、一体なんの話を?」
「それは依頼主本人と話すことだ。父親を呼んできてくれ」
クイーン様がそう促したけど、彼の後ろから父親らしき中年男性が割って入ってきた。
「なんだお前たち。この村にこんな子どもがいたか?」
「子どもじゃない。依頼を受けたギルドの冒険者だ」
「お前たちが? ……ああそうか。そう言うことか」
なんだかいきなり不機嫌な様子になったムラールさん。次に口が開かれると唾と共に野次が飛んだ。
「さっき空にハーピーが飛んでいったのを見たぞ。村を襲うのかとヒヤヒヤしてたんだがお前ら倒し損ねたんだろ」
「それは、倒す必要がなかったからな」
「なに言ってやがる。魔物を倒すのがお前たち冒険者の仕事だろ? 小さい子どもだからって言い訳は通用しないぞ」
「あのハーピーたちは村を襲わないし、これからここに近づくこともない。元々子どものハーピーが行方不明で、それを親ハーピーが探しに来てた。その問題も無事に親子は再会したことで解決したから、もうあいつらがここに来る理由はない」
「子どもだからって好き勝手言っていいわけじゃないぞ!」
ムラールさんはイライラしちゃったようでいきなり大声を上げた。ついテレレンは委縮しちゃったけど、クイーン様は堂々と構えていた。




