48 ハーピーの親子
傷を治してあげ、テレレンが頭痛でうなだれてる時にハーピーさんはクイーン様と話をしていた。ハーピー語だからなんて言ってるか全く分からなかったけど、クイーン様の表情はさっきから難しそうなまま変わらない。
口元を人差し指でトントンと叩き始める。いつもの仕草だ。会話を止め、何か考え事を始めたんだ。
「ハーピーさんはなんて?」
クイーン様に横目でチラッと見られる。
「コイツがここに来たのは、子どもを見つけるためだとさ」
「子ども? 迷子なの?」
「噛み砕いて言うならそうだな。勝手に巣を抜け出したらしい。山の近隣を探しても見つからなくて、親ハーピーはここまで来たらしい」
「クイーン様の猫ちゃんで見つけられないの?」
「それなら既に走らせてる」
「え!? いつの間に!」
「けど……」
突然曇った顔になって、クイーン様は言いづらそうにこう言う。
「子どもの行方不明からもう五日が経っているらしい。今も生きているとは思えない」
「そんな……」
子どもを探しにここまで来たのに、そんな結果じゃ、親ハーピーさんが可愛そう……。
「見つけてあげようよ。子どもハーピーさん、きっと生きてるはずだよ」
「そうだったらいいんだけどな」
「テレレンも探す。この森広いから、みんなで手分けしよ!」
そう言ってテレレンはすぐに駆け出した。
「あっおい! ったく。ドリン。一緒についてってやれ。ボクはコイツと他を探す」
「分かったダヨ。オーイ、テレレン殿、待ってほしいダヨー」
テレレンたちはあちこち探し回った。草木を踏み倒し、枝葉をどけて、いくつもの木々の間を抜けながら、たまに空を飛んでないかって見上げて探し続けた。
ここまで親ハーピーさんが探しにきたんだもん。きっとたくさん心配してるだろうし、子どもハーピーさんも怖がってるかもしれない。
それに、親子が別れたまんまじゃ悲しいよ。血の繋がったかけがえのない家族で、互いにたった一人の親子だもん。絶対見つけてあげたい。見つけてあげないと。
……でも、どこを探してもいなくて、ハーピーどころか他の魔物の姿も見つからなかった。もう夕暮れ時になって、ドリン君もテレレンを止めようとしてきた。
「そろそろ戻るダヨ。夜になったら魔物が活発になるダヨだから」
「でも、まだ子どもハーピーさん見つかってない……」
「そうダヨだけど……」
ここで食い下がっても、ドリン君を困らせるだけ。何も解決にはならない。やっぱり諦めるしかないのかなって思ったその時、テレレンたちの間に黒猫ちゃんがどこからか現れた。
「あ。クイーン様の猫ちゃん」
眷属って呼んでる猫ちゃんは、テレレンたちと一瞥してから突然草木の中を走り出した。その方向はまだテレレンたちが行ってない方向で、ついてきてほしそうにこちらに振り返ってくる素振りが目に入る。
「あっちに何かあったのかな? 行ってみよう!」
「ああ、待ってダヨ」
走り出して追いかけて、黒猫ちゃんも真っすぐに走っていく。
夕暮れの中、この森は木々の葉で明かりが入りづらかったけど、進んでいく先はパッと明るいところだった。黒猫ちゃんがその光の差すところまで走り切って、テレレンもそこにたどり着こうとした時。
「――うわ!?」
そこは切り立った崖で慌てて足を止めた。高さはざっと十メートル程度。一歩間違えれば落ちてしまっていて、心臓が一気にバクバクと脈打ってる。
「ビックリした……!」
「大丈夫ダヨか、テレレン殿?」
「うん。落ちなかったから大丈夫」
光で一瞬見失っていた黒猫ちゃんは、崖のすぐ手前でポツンと座っていた。ここに何があったんだろうって思って、四つん這いになって恐る恐る崖の下を覗き込んでみた。すると、崖下に岩に足を潰され、ぐったり倒れているハーピーさんを見つけた。
「あ! あれ、子どもハーピーさんかも!」
「本当ダヨか!」
「こんなところにいたんだ。急いで助けてあげないと!」
「ちょっとテレレン殿!? 身投げするつもりダヨか!?」
前のめりに崖から降りようとして、ドリン君に強く呼び止められる。
「テレレンじゃ無理かな? この高さ」
「きっと無理ダヨ。下までいけたとしてもケガ人が増えるだけダヨ」
「どうしよう。早くしないといけないのに」
「オデが行ってくるダヨ」
「ホント? ドリン君はいけるの?」
崖に近づき壁に手の平をつけてみるドリン君。
「ゴーレムは土堀りと崖登りが得意ダヨ。この壁も慎重にやれば降りていけるはず――ッダ!?」
大声を上げたかと思うと、ドリン君はつい手を踏み外してしまっていて、そのまま体が崖を転がっていった。
「ドリン君!?」
ゴロゴロと一つの岩が落石するように転がり続け、最後に大の字になってドスン! と大きな音を立ててあっという間に崖下にたどり着く。
「大丈夫ー?」
ドリン君の頭がゆっくり上がる。
「だ、大丈夫、ダヨ……」
「おー! さすがドリン君。カッチカチなお岩さん!」
そう言ってる間にドリン君は立ち上がって、子どもハーピーさんを潰していた岩を軽々持ち上げてどかした。
丁度その時、テレレンの後ろから物音がして、パッと振り返ってみると黒猫ちゃんにつれられてクイーン様が木々から走り出てきた。
「うおっと!?」
崖に気づいてテレレンと同じように寸前で止まろうとする。けどズルッて音が聴こえて、「うわ!?」ってテレレンの口から声が出てきて急いでクイーン様の腕を掴んで引っ張ってあげた。なんとか間に合ったけど、急なことで力が入り過ぎちゃって二人一緒に背中から地面に転がる。
「――イタ!」
「――イテッ! ってて……助かったテレレン。それよりさっきの」
膝をつきながら崖下を眺めるクイーン様。空から親ハーピーさんも飛んできて、子どもハーピーさんに気づいた瞬間すぐに急降下していった。
「ドリン。どんな状態だ?」
「全然動かないダヨ。オデ、どうすればいいダヨ?」
「ここに連れて来い。お前ならそいつを背中に乗せて登ってこれるだろ」
慌ててる様子のドリン君にクイーン様は冷静な指示を出した。さっきは落ちてしまったドリン君だけど、子どもハーピーさんを首と背中の間に乗せるようにして、崖に手をつけて慎重に登り始めた。手の平が壁に吸い付いているかのようで、ヤモリみたいになってテレレンたちのところまで登り切ると、子どもハーピーさんが地面に降ろされた。真っ先にクイーン様が子どもハーピーの胸元に耳を当てて状態を確認する。
「……心臓は動いてはいる。でも微弱だ。とりあえず傷口を塞いであげよう」
「テレレンの出番だね」
「多分魔法だけじゃ足りない。何日かここにいたんだろう。体が細くて衰弱しきってる。何か食べさせないと」
手をかざして潰れた足に魔法をかけていく。すぐにビリビリとした感触が頭に回ってきたけど、子どもハーピーさんの足はレンガのような色で朽ちてて、形も見てられないくらいグチャグチャになっていたから、なんとかしてあげようと思って必死に刺激に耐えた。
その間にクイーン様が親ハーピーさんに魔物の言葉で何かを伝えて、親ハーピーさんがどこかに飛んでいって今度はドリン君と話す。
「ドリン。お前の氷をボクの炎で溶かして水を作ろう」
「食べるものはどうするダヨ?」
「それなら親ハーピーに探させた。ボクの眷属もすぐに走らせる」
ずっとテレレンは頭がビリビリ痺れてた。
最初はきつくて、でもずっとやってたらなんだか慣れてきそうな感じがして、でもある瞬間にピキッてとても痛い感じがして、それで魔法を止めてしまう瞬間もあった。
それでも、汗を流し、頭が熱で焼けてしまいそうになりながらも魔法をかけ続けた。絶対によくしてあげて、また使えるようにしてあげたかった。
「大丈夫、テレレンが治してあげるからね」
だけどふとした瞬間。
「あまり無理するなよテレレン。……って、おい!?」
――パキンって、糸が切られたように意識が飛んだ。




