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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 三章 マジックライター
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47 一途をたどる

 テレレンの記憶について何か知ろうと、街のあちこちを探し回った。本城前の住民役所。教会併設の図書館。ギルド本部のすぐ隣の銀行。通りかかる貴族に声をかけたり(ほとんどは追い返されたが……)、街中で歌う吟遊詩人にも訊いてみたりもした。


 けれど、誰に訊こうがどの書物を開こうが、一日中探したのにこれといった手がかりは掴めない。ここが王国一の大きさを誇る王都だとしても、一人の少女の素性は全く明かすことが出来ない。


「これだけ探してないんじゃ、やっぱこの街にいたわけじゃなさそうだな」


 辛うじて推測できることがそれだった。夜になって戻った宿屋の中、途中で買ったピエロギを頬張る。羊の挽き肉にキノコ、チーズが入っており、味付けは少ししょっぱい。熱が若干冷めているのがもったいない。


「思いつく限りのところは見たつもりなんだけどね……」


 外した剣を置き、二つしかないベッドのうち一つに腰かけるアルヴィア。ドリンは大きさと重さのため外に一人でおり、テレレンは机にもたれかかるボクの隣で、背もたれを掴むように椅子に座っている。


「うーん……。ここじゃ見つからないのかもね」


「別のところから来たって線が濃厚か」


「だとしたら、小さな村からかもしれないわね。ダルバーダッドの周りに街はない。一番近い『ダンガル』だって、ここからじゃ七百キロほど離れてるし、深い森を抜けないといけないわ。さすがにそんなところから、テレレンみたいな戦いに慣れてない子が一人で出てくるとは思えない」


「そしたら、ここから一番近い村はどこだ?」


「村に関しては詳しくないわね。なにせ小さな村は王国中にたくさんあるし、私もいちいち覚えてるわけじゃないから」


「そうか。そしたらまた、図書館にでも行って地図を見つけてみるか。あーでもその前に、ギルドの依頼で金を稼いでおかないと。そろそろ宿代がなくなってしまう」


「今日も二人部屋だしね」


 金銭面も不安定で見つけたいものも見つけられない。けれど仕方ない。なにせ一つも手がかりがないのだから、こうしてしらみつぶしにやっていくしか方法がない。


「ふあ……テレレン、眠くなってきちゃった……」


 目をこするテレレン。


「今日は一日中歩き回ったもんな。明日もどうなるか分からないし、早いとこ休むか」


 そう言ってアルヴィアの隣のベッドに向かおうとした時、


「ねえテレレン」


 アルヴィアの口から不意な一言が出てくる。


「野暮なことを訊くようだけど、テレレンは本当に記憶を取り戻したいの?」


「どういうこと? アルヴィア姉ちゃん」


 ボクも質問の意図が分からなくて一緒に目を向ける。アルヴィアは話しづらそうに目をそらしながら続ける。


「その……記憶喪失って、そう簡単になるものじゃないと思うの。頭を強く打ってもきっと、百回やって一回なるかならないかだと思う。けれど、テレレンの体にはそんな外傷も見当たらないし……」


「何が言いたいんだ?」


「だからその……。実は忘れたくて忘れたってことはないのかなって」


「忘れたくて?」


 テレレンが復唱する。アルヴィアは時折、ふとした瞬間に思い切ったことを言うなってボクは思う。


「テレレンの過去に、精神的ショックが大きすぎる事件があったりして、そのせいでテレレンは記憶を失くした、なんてことも、あるかもしれないって思って……」


 言葉を連ねるにつれて自信を失うように小声になっていく。忘れたい記憶があったから忘れた。言葉で言えば簡単なことだけど、本当にそんなことが実際に可能なのだろうか。考えようとしたボクに対し、アルヴィアが首を横に振った。


「やっぱり忘れて。根拠もないのに不安になるようなことを話したわ」


「……そうか。ボクももう疲れた。そういう頭を使うことは明日にしよう。脱ぐの手伝うぞアルヴィア」


「ありがとう」


 腕をケガしてる彼女の鎧を脱がしてあげようとする。肩と腕の部分を外し、胴体、腰部分と外していく。その間に、視界に映ったテレレンは、ボクらが終わるまで窓の外を呆然と眺めているようだった。



 ***



 人の手が、優しいタッチでそこに触れる。ポーン……、と、音色が儚く消えていく。


 また、その人は薬指で優しく触れる。フォークで突いてしまわないよう、赤子を撫でてあげるように優しく。するとまた、ポーン……、と高い音色が響いてどこかに消えていく。


 ――一度押したら、その音はすぐに消えてしまう。だから、これは世界で最も美しい音を響かせるの。


 その人がそう言った。目の前にいるその人が、テレレンに向けて。


 顔ははっきり見えない。光ってるような、靄がかかっているような、ちゃんと定かに映らない。けどなんだか懐かしい感じ……。


 あれ? テレレン、何してるんだろう? それに、ここは?


 あなたは、一体誰だっけ……。




「……ろ。……きろ。ああもうコイツ……。起きろー火事だぞー!」


「うわああぁぁぁ!」


 うるさいくらいの大声に飛び起きて、急いで辺りをキョロキョロ見回す。見えるのは宿屋の一室。どこにも火の影はなく、熱もない。ただクイーン様と着替え中のアルヴィア姉ちゃんが平然といるだけ。


「やっと起きたか。もう朝だぞ。ギルド本部に行くから準備しろ」


「え? 火事は?」


「起きてない」


「ええっ!? 嘘ついたのクイーン様! ひどいよー」


「そうしないと起きないヤツがいたんだから仕方ないだろ。早く顔を洗え。髪もボサボサなのどうにかしろ」


「はーい」


 渋々そう答えて、ベッドから床に足をつける。窓から差し込んでくる光が眩しい。


 ふと、その眩しさを見て、さっきまで何か見ていたようだったのを思い出す。


 何を見てたんだっけ? ……分からない。


「どこに行くつもりだアルヴィア? まさか一緒に依頼に行くわけじゃないよな?」


「駄目なの?」


「駄目って前にも言ったろ! 安静にしておけ、リーダー命令だ!」


「わ、分かったわよ。そしたら図書館には行かせて。どうせ暇なんだし」


「ここにいてほしんだけどなぁ……。でも分かった。終わったらボクらもそっちに行くよ」


 ……やっぱり思い出せないや。でもいつか思い出せるかもだし、今は急がないと。




 ――依頼主:トートル村の農夫の主人。


 主人には一人の息子がおり、先日森で木材を取っていた際にハーピーに襲われた模様。魔物の階級は中級。数は一体。主人は腕をケガした息子を見て大変激怒した様子ですので、即刻討伐をお願いします。


「ハーピーが森の中に、ね……」


 クイーン様がそう呟く。テレレンたちはギルドの依頼を受けて王都を出て、依頼主がいた村を経由して森に入ってる。アルヴィア姉ちゃんは今回お休みで、テレレンは聞き慣れない言葉をクイーン様に訊いてみた。


「ハーピーってどんな魔物さん?」


「人と鳥が合体したような魔物だ。両腕に翼が生えてて空を飛び、足の鉤爪で獲物をしとめる」


「けどクイーン様」とドリン君。


「ハーピーってあのハーピーで間違いないダヨか? ハーピーは森じゃなくて山にいる魔物じゃないダヨか?」


「誰も登らないような高い山に巣を作るのがハーピーの習性。けど、こっちの国にいる魔物が普通でいることはほとんどあり得ない。ドリンだって、本来なら雪山にいる魔物のはずだろ?」


「あ、確かにそうダヨ。オデも普通じゃないダヨ」


「そのハーピーもどうしようもなくてこの森にいるんだろう。けど、ハーピーなら飛んでどこまでも行ける。話をしてここを離れてもらうよう説得しよう」


 一瞬、太陽が隠れてテレレンたちに影が映った。パッと顔を上げて空を見てみると、丁度斜め上を人の腕に翼を生やした魔物さんが飛んでた。


「あ! ハーピーさんだ!」


「逃がすか!」


 クイーン様が腕を伸ばして、ハーピーさんが飛んでいこうとするのを白い炎の壁を作って行く手を遮る。ハーピーさんは急停止して、何事だ!? って慌てるようにしてテレレンたちを見つけた。


「ピャーー! ピッ。ピッ!」


「――うわ!」


 いきなりクイーン様から鳥みたいな鳴き声が出てきてビックリした。そう言えばクイーン様、魔物の言葉が話せるんだった。何て言ったか分からないけど、頭上のハーピーさんは勢いよくこっちに飛んできた。それも、物凄く剣幕を顔に浮かべながら。


「全く。どうしてこうも聞く耳を持たないヤツが多いのか」


「まさか襲ってきちゃう!?」


「危ないダヨ!」


 テレレンの前にドリン君が立ってくれる。ドリン君はそのままハーピーさんの鉤爪を石の腕で防いでいて、すぐに逃げ帰ろうとするハーピーさんの前をまたしてもクイーン様がイルシーの壁で行く手を遮る。


「足を凍らせろ!」


「分かったダヨ!」


 クイーン様の命令にドリン君がバシッとハーピーさんの足を掴んだ。手に冷気が集まっていって、一瞬にしてハーピーさんの片足が氷に包まれていく。どれだけ嫌がってもドリン君の手からは逃げられなかったようで、充分に氷が足に張っていくと重さに耐えきれないように地面に落ちた。


「よくやったドリン。ってコイツ!」


 浮かべなくてもハーピーさんは腕で抵抗してきて、とても暴れん坊だった。それにクイーン様がまたさっきの魔物の言葉で話しかける。


 さっきは野鳥が喚いたかのような声だったのに対し、荒野を飛ぶ鷹のように鋭い一声が響いた。すると、ハーピーさんは委縮するように抵抗を辞めて、スンッと大人しくなった。それを見てクイーン様が凍った足に手を当てて熱で溶かしていく。


「一瞬で大人しくなっちゃった。――あ! このハーピーさん、目元をケガしてる。治してあげてもいい?」


 左目に斜め入った傷跡のことを言うと、クイーン様も気づいてくれた。


「本当だ。古傷……にしては血が固まり切ってない。治してあげよう。それで話も楽に進められそうだ」


 クイーン様から許可を貰って、テレレンは張り切ってハーピーさんの顔の傷を治そうと手をパッと開いた。

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