46 記憶探し
――なぜだ。
なぜだなぜだなぜだ!
なぜあいつらは俺の前から――!
「ックソ!」
木樽を蹴り飛ばし、倒れた拍子に中身の葉野菜がゴロゴロと転げ出る。裏に隠れていた野良猫が驚き、暗く狭い裏道を走って逃げていく。
「ソルディウス・エストは事実上の解散。折角ミスリル級まで上げたというのに、俺一人じゃ依頼なんて受けられない。どうしてくれるんだあいつらめ……」
「――これは。誰かと思えばリーデル家の」
ハッとして後ろに振り返る。久しぶりに聞こえたあの男の声。
「お前は! いや、あなたは」
「ひどく苛立っている様子だね。何か嫌なことがあったようだ」
「それは……」
足音が近づいてくる。男が俺の肩に手を置いてくる。
「それはきっと、七魔人の件じゃないのかい?」
「なぜそれを――!?」
「話してごらん」
彼は俺の言葉を遮る勢いでそう訊いてきた。片側だけの眼鏡の奥で、にっこりと優しい笑みが浮かんでいる。
「私に全部、話してごらん。あの日の夜、一体何があったのかを……」
***
あほらしく口を開きながら、店内に飾られた武器や鎧を眺めるテレレン。店裏から色黒い男性店主が鞘に収まった剣を持ってきてくれる。アルヴィアがそれを左手で取り、未だギプスが巻かれたままの手先で鞘を掴み、剣をちょっとだけ抜いて銀色の刃を見つめる。
「相変らずいい仕事をしますね」
「そりゃあんたのオーダーメイドを十何回も受けてるからね。腕のいい職人は一度打ったものを絶対に忘れたりしないさ」
「ありがとうございます。お代の600クラットです」
金貨六枚が店主の前に出される。店主はそれを受け取ると、一枚をアルヴィアに投げて返した。アルヴィアが慌ててそれを片手で受け取ろうとして、ふいに落ちてしまった剣をボクが咄嗟に受け止める。
「いつも贔屓してくれてる礼だ。死なれたらこっちも商売ができねえからな」
腕のケガを心配してのおまけだった。アルヴィアは「ありがとうございます」と笑いながら言って、ボクらは店を出ていく。
外に出て、じっと丸まるように座って待機しているフロストゴーレム、ドリンと合流。アルヴィアが腰裏のポーチに金貨を入れている間、ボクも新しい剣を装着させようとベルトを腰に巻いていってやる。
「前と全く同じ剣ダヨ」とドリン。
「いつもこの店を利用してるのよ。ここの店主が一番いい腕をしてるからね」
「人柄もよかったな。まさかお代を割引してくれるなんて」
話しながら剣の装着を終える。
「ありがと。長いこと利用してた甲斐があったってことね」
「お前に死んでほしくないんだろうな。イイヤツじゃないか。ところで傷はどうだ?」
「二日経っただけだから、まだまだよ。せいぜい指先が動かせるくらい」
「それなのに剣を作ってもらったのかよ」
「もしもの時があるかもしれないじゃない。それに、腰が軽いと逆に違和感あるのよね」
「ねーねー。あっちから美味しそうな匂いがするよ! 行ってみないクイーン様?」
テレレンが指差した方向から、肉汁に溢れたような香ばしい匂いを感じられる。
「う~ん、いい匂いだ。時間的にも悪くないかもな」
真上に太陽が昇っているのを見てそう決め、ボクらは歩き出す。歩く先で、貴族と思われる装いをした男が手書新聞をポイ捨てし、道端に落ちたそれを見ると、見出しに『モンスターテイマーギルドが七魔人撃退』と書かれていた。
七魔人ラケーレとの死闘から二日。ボクらクルドレファミリア一同は、今日もドリンに向けられた視線を気にせず歩いている。
『豚の丸焼き』というのは、ボクらに命のありがたみを教えてくれるいい料理だ。生きた様子のまま火あぶりにするという、野性味溢れる光景は生について考えさせてくれる。
それと同時に、いかにボクらのような生物が美味しいものを突き詰めてしまうのかが分かる。
パリッと割れる皮。香りが食欲をそそり、口に入れた瞬間にやってくる滑らかな肉。噛めば噛むほど味がにじみ出てきて、ゴクリと呑み込んだ後には舌が一色の味に染まっている。それがまた、たまりきっていない胃袋の催促もあって更なる肉を渇望する……。
「いやあ……いいものを食べた。至福のひとときだった」
歩きながら放ったボクの感想に、テレレンが何度も頷く。
「うんうん! やっぱりお肉って美味しいよね!」
ヒョコヒョコ揺れるハートマークのアホ毛。髪の毛までアホっぽい彼女が無垢な笑みを浮かべている中、一人だけ首を傾げる者がいた。
「……肉ってそんなに美味しいダヨか?」
「えええ!? ドリン君、お肉の美味しさが分からないの!?」
「オデは肉よりも鉱石のが好きダヨ」
「うっそー! 石の味なんてどうやって分かるの? そもそも固くて食べれないよー」
人間であるテレレンにとってはごもっとものことだが、ゴーレムとなれば話は違う。説明しようとボクは口を開く。
「魔物は種類によって主食にしているものが異なるんだ。ゴーレムの場合はそれが岩石や鉱石ってことで、日ごろからずっと食べてる」
「そーなんだー。他の魔物さんはどう違うの?」
興味を持ったように訊かれる。
「そうだな。前に見たグールは動物の肉だな。ゴブリンとかオークもそうだ」
「前に魔物でも家畜をしているって言ってたわよね」とアルヴィアの補足が入る。
「水の中に生きるセイレーンとかは魚だし、空を飛ぶハーピーは虫を食べたりするらしい。スライムは明確に分からないが、鉄を体内に取り込みやすいと言われてる」
「色んな魔物さんがいるんだね。なんだがフシギ」
「テレレンは肉が一番好きみたいだな」
「うん! お肉はやっぱり元気になれるからね! クイーン様も美味しそうに食べてたよね」
「そうだな。ボクも肉は好きだ」
「アルヴィア姉ちゃんは何が好きなの?」
「好きな食べ物……。私はどっちかと言うと、食べ物より飲み物の方がこだわりが多いかも。甘いミルクティーとか」
「甘いのが好きなんだ。テレレン、甘いのは苦手だなー」
「あら、意外ね。果物とか好きそうなのに」
「果物も無理かなー。食べるとオエッてなっちゃうの」
お腹を抑えながら細かなジェスチャーで伝えてくる。魔物にとって好物がそれぞれのように、人間にとっても感じる味覚はそれぞれのようだが、テレレンが甘いのを嫌うのはボク的にも意外だったかも。
「ところで、これからどうするダヨクイーン様」
「そうだなぁ」
アルヴィアのケガした腕をチラリと見る。剣を携えていても今まで通り動ける状態ではない。
「アルヴィアは安静にしてもらわないといけないし、別のことをするしかないか」
「私なら心配ないわよ。剣は使えないかもだけど、ルシードの魔法があるわ」
「いやいや。医者からも言われただろ、過度な運動はよしてくれって。乱暴な魔物と出会って、傷が悪化したりでもしたらどうするんだ?」
「だからって、私のせいでギルドやクイーンの活動が止められるわけにはいかないわ。折角ルシードの新しい使い方だって身に着けたのに、私だけ何もしないわけにはいかない」
不意にアルヴィアが先日言った言葉が思い浮かぶ。
――悪いけど、クイーンたちのところのが居心地がいいの。
自分にとって求めていた居場所を見つけられて、それでボクたちに迷惑をかけたくないって思っているのかもしれない。今までギルエールのところにいたけど、彼のランク至上主義のせいで、何もしないのが足を引っ張るっていう考え方になっているのかも。
「いいや。『安静にする』って大事な仕事をしているんだ。何もしてないわけじゃない」
少し焦っているような、先走った様子の彼女を諫める。リーダーとしての当然の行動だ。
「どうせボクの寿命は長い。ランクだってちゃんと行けるところまで上げるし、城にだってたどり着く。お前が無理したってそれは確定事項なんだから、空回りして自分を苦しめるなよな」
そこまで言って、やっとアルヴィアが頷いてくれる。
「分かった。そこまで言うんだったら、ちゃんと安静にしとく」
「そしたら、これからしばらく何するの?」
テレレンがそう訊いてきてボクは思考を巡らせる。口元を指先でトントン叩きながら、ダルバーダッド内でするべきことが何かないか。
「……そういや、テレレンの記憶について何も分からないままだったな」
「あ。そー言えばそーだった」
「本人が忘れててどうするんだよ……。けどまあ、これだけ広い街なんだから、手がかりの一つくらい見つけられそうなんだが、ちょっと色々探ってみるか」
とりあえずの方針をそう定める。一応テレレンも前に取り戻せるのなら取り戻したいと言っていたし、アルヴィアがいないんじゃギルドの仕事もまともに出来ないかもだから、時間の無駄にはならないだろう。
それに。テレレンだって大事な仲間だ。何か失ったものがあるのなら、リーダーであるボクがちゃんと一緒に探してあげるべきだろう。
「みんなで考えよう。この街で何かありそうな場所を」
そうして、街に一番詳しいアルヴィアを主体に、ボクらは記憶探しを始めていった。
「竜の首飾り……。間違いないあいつだ。それに隣には……。都合のいいヤツがいるじゃあないか……」
ふと後ろに振り返る。歩いてきた石床の通りに、すれ違った人間が各々歩いているだけの光景。
……気のせいだったか。
「クイーン? ちゃんと話聞いてる?」
「ああすまんすまん。んで、なんの話だ?」
「ったくもう。いい? この街で一番大きな役所は……」
明日は休む可能性大です_(._.)_




