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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 二章 ギルド本部・ダルバーダッド
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45 もう遅い

 ラケーレを運ぶ蛇を見送って、その姿が見えなくなる。


 ボクのするべきことは終わった。急いでアルヴィアの元に戻らないと。


 翼を動かし湖の上から地面に着地。その瞬間、どっと疲れが襲ってきた。一気に魔力が抜けていって体全体がだるくなり、今にも眠ってしまいそうなほど脱力感に襲われる。髪も老いぼれたかのように全部真っ白になっていた。


「魔力切れってことか……うっ……。ちょっと、立ってられないかも……」


 眩暈もし始める。せめてアルヴィアの無事を確かめないといけないのに――。


 フラッとして音がする。おまけに地面の臭いが強く感じられる。はっきりしない意識の中で、ボクは泥の上に倒れてしまっていることに気づく。


 いつの間に倒れたんだ、ボクは……。


 薄れゆく意識の中で、最後にテレレンの声が耳に入ってきた。




 ――七魔人が王都に現れた。本人によって広まったその噂は、『クルドレファミリア』と『ソルディウス・エスト』によって深手を負わせて撃退したとまとめられた。人狼の片腕によってその証拠付けも論理付けられた。


 空で起こった大爆発はこの街の住民全員が見えるくらい派手だったようで、人々はそれが七魔人の脅威だと思っているらしい。ボクの正体に勘付く人はさすがにいなかった。


 七魔人の人狼ラケーレ。彼女との戦闘で傷を負ったのはアルヴィアとギルエール。そしてボクも戦闘後に気絶し、ドリンやソルディウス・エストのメンバーのおかげでこの教会まで運ばれた。ひょんなことから覚醒したボクだったが、幸い体はちゃんと元通りになっていて異変もなかった。


 アルヴィアの傷はテレレンの応急処置もあって一命はとりとめた。しかし……。


「とっっっても痛そう……」


 病院が併設された教会を出て、アルヴィアのギプスで覆われた右腕にテレレンが憂いの目を向ける。


「本当に腕は動かせないのか?」


「動かそうものなら引きちぎれそうなほどの激痛が走るのよ。じっとしてても痛いんだから」


 ボクの訊いた通り、アルヴィアの腕の傷はすべて治せたわけではなかった。機能しないくらいに深い傷だったらしい。


「けどよかったよダヨ。あの時死んだんじゃないかってヒヤッとしたダヨから」


「腕をケガしただけで大げさよ」


 はにかんだ笑みと共にそう言われるが、ボクの心の不安は晴れない。


「そうは言っても、人間は魔物に比べて脆いから。それに一つ間違えてたら、きっと首を切られてたはずだ」


「それはそうだけど、でもまあ、今はこうして無事でいるんだし、腕のケガも時間をおけば元通りに回復する。もうそんなに心配しなくても大丈夫よ」


 自分を大事に出来ないヤツがよく言う。ボクのピンチに勝手に走り出して七魔人と戦い始めるなんて。力は人間のものでもその度胸はボク以上だよ、全く。


「――あ」


 アルヴィアが声を洩らし、ボクの後ろに立ち止まった人を見ていた。振り返ってみると、そこにはギルエールのギルドの回復役ヒーラー、アントラがいた。


「アルヴィア! ここで治療を受けてたのね」


「うん。あの時はありがとね、アントラ。あなたの魔法がなかったら危なかったから」


「ううん。あれくらいは当然よ。目の前で傷ついた人を癒すのが、私たち回復役ヒーラーの役目だもの」


 会話の流れからボクもそう言えばと思い、口を開く


「ボクからもお礼を言わせてくれ。大事な仲間を助けてもらった」


「クイーンちゃん、だったかしら? これくらいは大したことじゃないわ」


 ギルエールと違いアントラは謙遜をしてくれる。同じギルドの者とは思えない人柄だ。


「ところで一人なのか? ギルエールたちはどうした?」


 ボクの質問に真面目な顔つきに変わるアントラ。首に下げ、服の中に隠していたギルドのタグを手に取ると、それをボクに渡してきた。


「お願いしてもいいかしら? これ、あなたの魔法で燃やしてくれない?」


「え? これ、ギルドのタグだろ? いいのかそんなことして?」


「ええ。もう私は彼のギルドに戻らないことにしたの。冒険者はもう辞めるわ」


 突然そう告白し、アントラがボクらが出てきた教会へ進み手前まで行く。


「ついさっきの彼の言動を見て思ったの。人の痛みを知らない人を回復してあげても意味がないって。だからこれからは、ちゃんと助けを求めている人を助けてあげたいわ」


 それじゃあね、と横顔を見せて、アントラは教会の扉を開けて中へ消える。バタンと扉が閉まり、ボクはミスリルの欠片がついたタグを見つめる。


 タグの一番上。名前よりもやや小さめに書かれた『ソルディウス・エスト』という文字。


「ギルエールがまた何かしたみたいね」とアルヴィア。


「新たな決心。というよりかは、とうとう地の底まで失望したって感じか」


 パッとフレインで発火し、あっという間に燃え広がったタグをギュッと握る。燃えカスとなった灰の中から、ミスリルの欠片だけが綺麗に残る。


「そういやボクが気絶してる間、ギルエールが本部に報告したって言ってたか」


「クイーン様とアルヴィア姉ちゃんが大変だったから、そういうのは全部任せちゃった」


「どうするアルヴィア? ランクに固執した男の末路。ちゃんと確かめておこうか?」


 少し間を作ってから、アルヴィアはボクらに頷いた。




 騒ぎ声が聞こえたのは、ギルド本部が見えてきた頃だった。いがみ合うような言い合いは本部の前で行われているようで、そこにギルエールと残りのメンバー四人が対立していた。


「お前らもか! どうして今になってギルドを出ていく!」


「決まってるだろ! 俺たちはみんな、お前のやり方についていけないんだ!」


 ギルドの盾役。アルヴィアの代わりに入れられたというオースがメンバーを代表して声を荒げている。ボクらは通りの離れたところから様子を窺う。


「お前らはどれだけ馬鹿なんだ! 俺の家がこの街の南部を支配する貴族だと知っててそう言ってるんだろうな?」


「ああ当然だ。特に俺はお前の家よりも爵位が下の家だってことも重々理解している」


「ならなぜ今ここで俺をイラつかせる! お前たちの家がどうなってもいいってことか?」


「やるならやればいいさ。けど俺たちだって何も出来ないわけじゃないからな」


「なに?」


「『七魔人ラケーレを撃退したギルエール殿の功績』。それがただのでっち上げだって訴えられてもいいんだろうな?」


 堂々とした発言にギルエールが一瞬顔を青ざめた。辺りで聞いてる人が自分たちをチラチラ見てくるのを見て彼がもっと大きな声を出す。


「何をそんなデタラメを! 低俗なやり方で俺を貶められると思うなよ愚民め! どうせお前なんかにそれを可能にする力なんてないくせに!」


「そうだな。俺一人じゃ無理だ。だがお前と対等の貴族の者が訴えたらどうだ?」


「対等の者だと?」


「ラインベルフ家のご息女。彼女の家と俺の家が結託すれば、俺たちの言葉はより信憑性が高まる」


「んな!?」


 ギルエールが言葉を詰まらせ、うるさい言い争いに一時の静寂が訪れる。何も言い返せない様子にオースが続ける。


「今までお前の態度には目に余るものがあったが、今回の七魔人の件でさすがに限界が来た。首を絞められて気絶していただけのお前が、どうして命がけで戦った彼女たちの手柄を持っていくんだ!」


「アリもしないことをべちゃくちゃと! 大体なんの問題がある? 俺の手柄にすれば同じギルドのお前たちだって功績を上げたことになる。必然的にランクアップに近づいてるんだぞ?」


「そういう考え方が嫌いだって言ってるんだ! ランクのためなら何をしていいわけじゃないし、俺たちにも物みたいな扱い方をしていいわけないだろ!」


「チッ! 好き勝手いいやがって。オリハルコン級というのがどれほどの価値があるものか知らないのか? 国に認められ、誰からも認められる存在。どこで何をしようがすべてが正当化される、まるで神のような存在になれるんだぞ!」


「そんな神になるくらいなら、俺は生涯ブロンズ級のままでいいさ!」


「んな!?」


 またギルエールが唖然とし、会話が途切れる。オースは腕についたポケットからタグを取り出し、それを彼の目の前で破ってみせた。


「今日をもって俺たちはソルディウス・エストを脱退する。じゃあなリーダー。最悪な人間だったよ、あんたは」


 オースが背を向け、他の三人も一緒にギルエールから離れていく。騒々しい言い争いが終わって、辺りでそわそわと見ていた人々もその場を去っていく。


 一人残されたギルエールは、メンバーの背中を追いかけようとせず、イライラにあまり銀髪をくしゃくしゃにするように掻いていた。


「クソ! アントラと言いあいつらと言い、なんだってこんなタイミングで! ――ッハ!」


 彼の目がボクらを捕らえる。ギルエールの足が前に出てボクらに近づいてくると、アルヴィアが先に口を開いた。


「何か用?」


 苛立っていた顔を咳払いと共に戻すギルエール。彼は改まった様子で喋り出す。


「アルヴィア・ラインベルフ。お前が七魔人と渡り合ったという話、さっきオースたちから聞かせてもらった」


「そう。それで?」


「一度は追放してしまったが、あれから力をつけたようだな」


 口ぶりからしてまさかとボクは思った。そして、次に彼が言った言葉は本当に信じられないものだった。


「どうだ? 今なら俺のギルドに戻ってくるのを許そう」


 つい呆然としてしまう。よく面と向かってその願いを言えたものだと思ったけど、ギルエールは更にこう続ける。


「お前にとって願ってもない話だと思うぞ? ソルディウス・エストは今、世間では七魔人を撃退したギルドとして知られている。撃退だったせいでランクはミスリルのままだが、きっと近い将来オリハルコン級になれるギルドだ。そのリーダー直々の誘い。帰ってきてくれるよな、アルヴィア?」


「……呆れた」


 その一言で足蹴にするアルヴィア。ギルエールがたまらず歯ぎしりする。


「なぜだ! なぜこの話を受けない! そんなヤツらより、俺のギルドの方がいいに決まってるじゃないか! そんなことも分からないくらいに知能が落ちたか!」


「落ちる脳も無いあなたに言われたくないわよ」


「なん……だと……!?」


 率直な言われ方にギルエールもたじろぐ。


「悪いけど、クイーンたちのところのが居心地がいいの。あなたのギルドには戻らないわ」


「なぜだ……。なぜゴールドランクに落ちてまで、そっちを選ぶ……?」


「――もう遅いわよ。ギルエール・フォン・リーデル」


 それを捨て台詞に、アルヴィアがスッと彼に背中を向けて歩き出す。ボクらも彼女に続いて、ギルエールの元を離れていく。


 欲深き男の願いは三日天下に終わった。仲間の信頼が地についた彼は、こうして自分のギルドを失った。自分の権力をひけらかし傲慢に生きた者の末路として当然である。魔王の娘とて、一人で生きていくことは出来ないのだから。


「クイーン」


「ん? なんだアルヴィア?」


 スッと手が伸びてくる。


「改めて、これからよろしくね、未来の魔王さん」


「……ああ。こちらこそだ」


 ボクはその手を取る。ボクらはそこで、固い握手を交わした。

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