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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 二章 ギルド本部・ダルバーダッド
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44 ヨルムンガンド

 体中から飛び出そうなほど満ち足りてる魔力。髪の毛の先まで魔力が通っているようで、紺色だった髪の毛先が白くなっている。背中から生えたコウモリの翼は、なんだか最初から生えてたかのように体に馴染んでいるけれど、頭に生えた角は若干重い。


 手に握った血の鞭は『ブラッドウィップ』とでも名付けようか。武器として使えるそれは、ボクの意志が先端までちゃんと通るようで、鞭の固さや長さなんかが瞬時にかつ自由自在に変えられる。傷口からの出し入れも自由に出来そうだ。


「……なるほど。こいつぁ、魔王様そっくりの雰囲気だ」


 七魔人ラケーレにそう言われて、ボクもそうだと共感する。お父さんを前にする時、いつも感じていた威圧感。存在するだけで辺りの空気が一変するこの感覚は、まさにそれだ。


 そんな覚醒したボクの姿を見ても、目の前の七魔人は嬉しそうに笑みを浮かべる。恐れるどころか、願ってもなかったかのようにこの状況を楽しんでいる。


「いいねぇ、クイーン様の本気がビンビン伝わってくる。とんでもなく強えヤツってオーラに変わってる」


 ボク自身、自分にこんな能力が秘められていたことを知らなかった。アルヴィアの血でどうしてか増幅した魔力。とにかく今のボクの体の中は、怒濤なまでに魔力一色に染まっている。満ちた力で世界の地盤をひっくり返せてしまえそうなほどたぎってる。


「ラケーレ。まだボクの首飾りを狙うってんなら言っておく。――後悔するぞ?」


「へえ。後悔か。四百年生きててこのかた、一度も感じたことねえな」


「……忠告は、したからな?」


 最後のその言葉に屈託のない笑みを向けられ、彼女から返事が返ってくる。


 四つ足になるように姿勢を屈め、さっきのように突っ込んでこようとする行動。覚醒したボクに必殺技で挑んでこようとする。


死人の爪(ガラ・モルス)!!」


 風のように消えて見えた突撃。今のボクの目はハエの羽ばたきすら見えそうなほど敏感で、迫りくる瞬間がはっきり見えていた。


 すぐさまに両腕を伸ばし、あやとりをするかのように鞭をピンと張る。


「――んな!?」


 ボクの目の前でラケーレの顔が止まる。


 捕らえた。完璧に、ラケーレの首を鞭で捕まえた。ボクは一切の手加減をせず腕を引き続け、ギシギシと鞭を張って首を絞めつける。


「っうが……。ッヘ、ヘヘ……」


 まだラケーレは笑い続ける。むしろ内心、さっきよりもぞくぞくしているのがボクにも分かる。ボクとの戦いを強く欲していて、ボクの鞭を手で握ってきた。力で鞭を引きちぎろうと力が入っている。


 本当に、どうしようもない七魔人だ。


 ブチッと音を立てて鞭が切れる。ラケーレがすぐさま目の前のボクを引っ掻こうとするより先に、ボクは鞭を振ってヤツの体を強く吹き飛ばす。鞭で叩くというより、竜の尻尾で薙ぎ払ったかのようにラケーレの体が真っすぐ吹き飛んでいく。


 翼を広げ、吹っ飛ぶラケーレを低空飛行して自分から追いかけていく。宙で一回転し、ザザッーと手をついて勢いを殺すように着地したラケーレ。ボクはまた手元から鞭を作り直す。


「さっきボクに木を投げ飛ばしたの。しっかりお返ししないとな」


 鞭が触手のようにうねうねと勝手に動き出し、先端から枝分かれで新しい鞭が出来る。そこからまた新しいのが一本、そこからまた一本と。もちろん反対側の鞭からも枝分かれを繰り返す。


「桜のような血しぶきを……」


 遥か遠くの東方に咲く花の名。読み漁った書物からその記憶を思い出す。


 ボクは空中で腕を伸ばすだけで留まり、後は自立した鞭に任せる。魔力を流され、まるで意識を持ったような鞭が血肉を求めるようにラケーレを襲い出す。


血染ちぞめ紅桜べにざくら!!」


 街中で「くらえ! 千のざんげきぃ!」とごっこ遊びをする子どもがいたら、実際に今の光景を見せたらどんな感想を言うだろうか。ボクのことを凄いと賞賛するだろうか。それとも、自分の想像とのギャップに悲鳴を上げて逃げてしまうだろうか。


 ビチン、バチン、と絶え間なく音が鳴り響く。正確には、その音すら重なり過ぎて一音ずつしっかり聞き取れない。焚火でパチパチと火が空気を割ったような音を、ブラッドウィップは人狼の体から奏でている。


 目にも止まらぬ速さで何度も何度も。叩いて千切れてはまた新しく生え、まるで千の斬撃のように幾度となくヤツを叩きつけて、体の随所から黒い血が桜のように舞い散っている。


「ぐっ! ぬっ! ……んなあああぁ! こんなの!」


 逆上した叫びをあげ腕を振ったラケーレ。その一振りは一本の鞭を切り落としていて、すぐにもう片方の腕も動くと鮮血の鞭の攻撃を防いでいた。


「こんなスピード! 屁でもないねえ!」


 ラケーレは鞭の速さに対抗し始め、嵐の中をかき分けるようにその一歩を踏み出してきた。そしてほんの一瞬のタイミングでその場から飛び出し、ボクに矢のように向かってくる。


 急いで手を引っ込め、攻撃を避けようとする。爪が目の前を掠め、ラケーレがボクのことを通り過ぎていく。


「――逃がすか!」


 後ろにあった木を足場にし、再び迫って来る人狼砲台。ボクは翼を羽ばたかせて空高く飛び上がる。


 暗い空。星を隠す雲に向かって、雪山から滑り落ちるように風が吹き抜けていく。視界から木々が消え、充分な高度まで来たと思って下を見てみる。すると、血の気の多い人狼は高い身体能力で大地を蹴り、ボクを執念深く追い続けてきた。


「アタイから逃げられるつもりか!」


「しつこいヤツだ」


 両手を背中に上げていって、全身の力を手に集めていき、そしてラケーレに向かって突き出しフレインの炎を爆発的に解放する。


「そんな炎でアタイが! ――なに!?」


 相変わらず正面きって突っ切ろうとしたラケーレだったが、今度の威力には敵わなかったようだ。体を炎に包まれながら、溢れんばかりの魔力に耐えきれないように地面に押し返されていく。


 フレインの発動を止め、地面に落ちるラケーレを空から見守る。勢いよく落ちたのか、ドスンという音がここまで届いてくる。舞い上がる土煙。自然に晴れるよりも先にラケーレが自分で腕を振って晴らすと、ボクのことを見上げてきた。


「いいねえ。さっきよりも格段にパワーアップした魔法。アタイにも利いたよ」


 口でそう言っときながらも、体の方は全然ピンピンしている。血染紅桜の滅多打ちも本気で殴ってたし、フレインの炎だって火加減をしたつもりはないのに、この体力お化けは。


「けど駄目だ。アタイにはまだ足りねえ。この程度の傷じゃ、すぐに塞がっちまう。覚醒した力でも、アンタはアタイを倒せない」


「その言葉、ボクの本気を見ても言えるのか?」


「――本気?」


 脈打つ竜の心臓。吸血鬼の体は溶岩のようにたぎり、魔王の血がボクの生涯で初めて生き生きとしている。


 今なら出来そうだ。複数の魔法を同時発動で麻痺してしまう感覚。それを超えた超越の力。すべての力が解放出来そうだ。


なんじ、悠久なる炎獄。眷属は身を焦がし、泡沫うたかたの幻影は現世うつしよに現れん」


 目を瞑り、腕を広げ、ゆったりと魔力に念を送り込む。脚から腕、頭の先まで届いた魔力が影に干渉し、背中から黒き大蛇を生み出していく。ボクの体を優に越えた、ラケーレの十倍もある体が宙でとぐろを巻く。


「――ヨルムンガンド。大いなる世界蛇せかいじゃよ。今、我が名の元にその鎖を放そう!」


 ギラリと目を開いた瞬間、ボクから生まれたヨルムンガンドが全身に炎を纏った。暗い夜に朝日を運んだように、眩しいくらいに光を発してボクと同じ標的を睨む。


「さあ喰らえ! ヤツの魂まで!」


 ボクの指示にヨルムンガンドが、濁流のごときうねりで突進していく。空を泳ぐ流星は噴火で飛び出た溶岩のように地面に衝突し、ラケーレは咄嗟にそれをかわして森の中を駆け出した。


 ヨルムンガンドはその背中を追っていく。大地を削るほど大きな体に木々がすり抜けていくが、草木が燃えてしまうことはない。


「ッハ! こっちには来られねえだろ!」


 ラケーレが離れにあった湖まで行き、高い跳躍力で対岸まで飛んでいく。炭のように真っ黒で、どんな炎だろうと消してしまうだろう水の上だが、そこにヨルムンガンドはなんなく体を入れてラケーレを追いかけていく。一隻の船が荒波を突き抜ける勢い。体を水につけても、そいつの炎が消えることはない。


「チッ! しつこい野郎だ!」


 ラケーレが走り出し、再び追いかけっこが続けられる。


「ならこっちはどうだ!」


 そして今度はアルヴィアたちの前までラケーレが逃げた。明らかにそこで足を止めている。


「アンタの致命的な弱点は、後ろの女なんだろ?」


 巻き添えを狙ったのだろうが、ボクはヨルムンガンドに何も指示することなく、ヨルムンガンドも一切速度を落とさずあぎとを開く。


「なに――!?」


 大口の中にラケーレたちが吞み込まれる。アルヴィアやテレレンたちも巻き込まれたかのように見えたが、ヨルムンガンドは滝登りのように空中に飛び上がると、ラケーレだけを体内に閉じ込めていた。テレレンたちは慌ててはいるが、すぐに自分たちの状態に気づく。


「あれ? 全然熱くない。どこも痛くない」


「クソ! どういうことだ!」


 炎の体の中から声を荒げるラケーレ。水中に入れられてるような彼女の前まで、ボクは悠々と飛んでいく。


「ヨルムンガンドは、ボクの四つの魔法すべてを融合して生まれた大魔法。ゾレイアの眷属にフレインで炎を纏わせた眷属の大蛇は、レクトの効果を持つ鱗で水を寄せ付けないし、イルシーで瞬時にかつ部分的に炎を幻に変化出来る。こんな大きな体でも、仲間を傷つけることは一切ない」


「チッ! 辺りの木々が燃えなかったのもそのせいか」


「愚かな人狼よ。ヨルムンガンドの体内にいるお前は、ボクの魔法の中に閉じ込められている。それはボクの手の中にいるも同然だ。ボクがどれだけ魔力をかけるかによって、お前の生死は決まるんだ」


 腰から手をスッと伸ばす。ラケーレはそれを見て、初めて動揺する様子を見せた。


「アタイが負けるってのか? このアタイが、人生で……初めて?」


 真正の戦闘狂のラケーレでも、敗北を目の前にするとさすがに困惑を隠しきれないようだ。……と思ったけど、そう思わせたのはほんの一瞬で、彼女はまた、二ッと笑い出した。炎の中で狂気の笑みを浮かべ、体内から抜け出そうと内側から爪で破ろうとする。


「最強はアタイだ! 生物の頂点に相応しいのは、アタイしかあり得ねえ!」


 これ以上は放っておけない。また何をしでかすか分からない。


 伸ばしていた腕を頭上に上げ、遥か頭上までヨルムンガンドを動かし、竜巻を作るようにグルグルと回し始める。


「アルヴィアに与えた苦痛。その身をもって味わえ」


 パッと、手を閉じた。その途端、大量の熱気が髪の毛を揺らした。


 大空で起きた大爆発。鼓膜を揺らすほど壮大な音を立てて、太陽のように眩しい光が一瞬辺りを照らしていた。炎はすぐに煙になって消えていって、吹き飛んだ曇り空から半月が顔を見せる。


 ボクは腕を下ろし、空から一つ、黒い体が落ちていく。それが湖にザブンと落ちたのを見て、ボクは翼を羽ばたかせてそこにいく。水の中から浮き上がってきたのは、片腕を一本失った人狼だった。


「あの爆発を受けても腕一本で済むのか。とんでもない生き物だな、人狼というのは」


「……ハ、ハハ。今のは、結構利いたぜ……」


「まだ強がるか。その様子じゃ、さすがの自然治癒能力も間に合ってないようだが」


「ッケホッケホ。チクショー……意識が……」


 ハリのない声色は、気絶寸前になる合図だった。背中から、ラケーレを運べるほどの蛇を生み出して、水の中から彼女の体を持ち上げさせる。


「見逃してやる代わりに約束しろ。ボクがいる間、ダルバーダッドには近づくな。そして絶対に人間を襲うな。魔物に関しても、無益な殺傷は許さない」


 ボロボロになったラケーレは何も言わなかった。けど、微かに頷いたような気がして、ボクは蛇を森の中へ走らせようとした。


「……今宵が……満月だったら、な……」


 ラケーレと別れる瞬間、微かに彼女はそう呟いていた。

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