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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 二章 ギルド本部・ダルバーダッド
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43 覚醒

 雷が落ちたような、あるいは空から風の神様が雲の上からストンと落ちてきたかのような感じが耳から聴こえた。同時に肌に炎のような熱を感じ、思わず目元を覆ってしまいそうなほどの風圧も感じられる。


 ドゴッと、誰かが木にぶつかった。ボクは横に吹き飛んでいった何かを確かめる。背中から木にぶつかっていたのは、あのラケーレだった。血気盛んだったいつもの顔が、今では驚きすぎて顔面蒼白になっていて、そのまま地面へと落下し肘をつく。


「これが私の力。私だけが使えるルシードの力。クラッシュよ!」


 アルヴィアが腕にルシードを纏いながら、ラケーレに近づいていく。


「ッケホッケホ。……そうか。守るための魔法障壁を自らの手で破裂させ、敵を吹き飛ばす。面白えこと考えやがる」


「もう守るだけなんて言わせない。敵を倒せなくたって、はじくことくらい出来るんだから」


 会話が聞こえてきて、今までぼんやりとした意識の中にいたんだと思い知る。同時にラケーレと戦ってる途中だったんだとハッとして、すぐにボクは立ち上がろうとする。背中の木を支えに両足を地面に。そうしているとアルヴィアが気づいた。


「クイーン! 気がついたのね!」


「すまないアルヴィア。ちょっとだけぼうっとしてた」


 フラッとするのを耐えながら、ちゃんと真っすぐ歩いてアルヴィアの元まで行く。そうして二人並び、立ち上がろうとするラケーレに向き合う。


「さすがに、私の魔法じゃ倒せないわよね」


「でも起点になった。アルヴィアのおかげで、今はボクらがあいつを追い詰めてる」


「……追い詰めてる?」


 突然、低くおぞましいような声が彼女から聞こえた。立ち上がった人狼は、顔を上げないまま、独り言を喋るように呟く。


「アタイが、人間の女に追い詰められた? このアタイが、人間ごときに後れを取った?」


 ギュッと力強く拳が握られる。そのままの状態で、しばらくラケーレが動かなくなる。


 あれだけ動き回っていた彼女がじっとしているのは、一言で言えば不気味だった。石のように固まっていて、けれどいつかまた目にも止まらぬ速さで動きだしそうで、目を離した瞬間暴れ出しそうなほど危険な臭いが漂っている。


 顔が上がっていく。全面に映った表情で、七魔人である彼女がこれから全力を出そうとするかのような予兆を感じた。


 この状況に置かれて見せられた満面の笑み。今までよりも心の底から笑っているような顔に、ボクでも怯んでしまっていた。


「久々に全力を出したい気分だ! これで逝っても文句言うんじゃねえぞ!」


 本気で楽しんでるような面持ちで、ラケーレが地面に足をつけ四つ足状態になる。それはただの四つ足じゃない。姿勢を屈め、本物の狼が獲物を狙うかのような姿勢。今にも襲い掛かってくる姿勢だ。


「来るぞアルヴィア!」


「分かってる!」


 ルシードが彼女の全身に発動され、ボクもいつでも咄嗟に魔法を撃てるよう構えた。


 ――この時、ボクは何を思っていたのだろう。


 ラケーレの動きをアルヴィアが止めてくれて、動きを制しさえすればボクの魔法で一発だとでも思っていたんだろうか? あいつを倒せるほどの力が、今のボクにあると?


 人狼の自然治癒力は異常なまでに高い。だから、回復出来ないほどの致命傷を一撃で与えるのが最も効果的だ。その考え方に間違いはない。


 けれども、さすがに浮かれすぎだと思い知る。敵の必殺技を許すなんて悠長過ぎると、今すぐに。


 まもなくして、ヤツの後ろ足が蹴り出される。


死人の爪(ガラ・モルス)!!」


 ――ピチッと、ボクの頬に何かが飛び散った。妙に生温かい。


 反射的に瞬きをする。向こうにいたはずのラケーレの姿はない。最後にボクの目に映ったのは、ドリルのように回転しながら投げ槍のように飛んできた物体。あまりの速さに最後まで目で追えなかった。


「――っあああぁぁ!」


 耳を突き刺すような甲高い悲鳴。激痛から洩れ出たような、人とは思えなかったその声はすぐ隣から聞こえた。


「アルヴィア!?」


 血の気が引いた。彼女の体の半分が真っ赤だった。腕の関節から二の腕、肩、そして首に届いてそうなほど深い切り傷をつけられ、そこからドクドクと絶え間なく血が流れ出ている。足元に血だまりを作りながら、そこへうなだれるように倒れようとしている。


 ――死ぬ。死んでしまう! 一瞬でそう思った。


「おい! 意識はあるか! 死んでないよな!?」


 急いで体を抱き留めようとして、でもボクの力じゃ重さに耐えきれなくて、抱えたまま地面に膝をつく。彼女は右肩を過剰なくらい力強く抑えていて、目も開けられないほど痛がっていた。


 まだ息はある。急がないと!


「――テレレン!」


「う、うん!」


「それと、そっちでも回復の魔法が使えるヤツ!」


 ギルエールのギルドメンバーに声をかけ、杖を持っていた女性のお姉さんが駆け寄ってきてくれる。テレレンが手を首元に手をかざし、もう一人も杖を掲げて腕に魔法をかけていく。


 傷口はあまりに大きく、魔法をかけられるアルヴィアは喉の奥底から苦しいそうな嗚咽を洩らしていく。


「うっ! ううっ!」


「耐えろアルヴィア。こんなところで死ぬんじゃない」


「……ッハ。興ざめだったな」


 ピシャリとした一声が耳に入る。ボクは顔を上げて、自分の爪が真っ赤に染まっているのを眺めるヤツの背中を見つめる。


「ちょっと本気を出したらこれだ。だからアタイは人間を好きになれねえ」


 ボクの勘違いなんかじゃない。ラケーレはアルヴィアのルシードを破った。無敵の魔法に爪を貫通させた。


 これが、七魔人の力。


 これが、魔王であるお父さんに認められた、最強の魔物の力。


 彼女はボクよりも、高みにいる存在だ。今の一瞬でそうはっきり分かってしまった。


 ボクの目に攻撃した瞬間が映らなかった。ヤツの動きが全く見えなかった。瞬きする一瞬。その一瞬すら、ヤツは許してくれない。


 とても今のボクに、敵うような相手じゃなかった。


 唇から液体が流れてきて、口の中にそれが入ってくる。血の味だ。頬に飛んだアルヴィアの血が流れてきた。


 あの時、ボクは何を思っていたんだろう。


「クイーン様? なーにぼうっとしてんだ?」


 ラケーレの動きをアルヴィアが止めてくれて、動きを制しさえすればボクの魔法で一発だとでも思っていたんだろうか? あいつを倒せるほどの力が、今のボクにあると?


「早く立ちな。邪魔もんはいなくなった。アタイに歯向かう人間はもういない。これでやっと、決着がつけられるってもんだ」


 なんて馬鹿なんだボクは。なんて無力なんだボクは。


 七魔人は甘くない。ボクよりも長く、過酷な環境下で生き延びてきた彼らは、決して容赦なんてしないんだ。


「……まさか、今ので怖気づいたわけじゃないだろうな? 魔王の娘であるアンタがあの程度で」


 どうすればいい。ボクは、どうすれば……。


 いきなりボクの心臓がドクンと深く脈打った。


 それは突然の出来事だった。波風立たない水面に、一滴の雫がピチャンと落ちて、その瞬間に湖全体に電撃が走ったようにボクの全身が痺れている。


 ずっと痺れて体が火照ってきて、段々と息苦しさすら覚えてくる。呼吸を通す管が締め付けられ、心臓の脈打ちが痛いくらい早い。


 息苦しい。なんだか精神を何者かに支配されてしまいそうに頭痛もする。そんな時に、口からまた血の味を感じた。


 それを飲み込んだ時、ボクは突然の異変の正体に気づいた。


 アルヴィアの血。それを飲んだら、ボクの体は今みたいにぐちゃぐちゃになるんだ。


 どうしてかは分からない。けれど、具合が悪くなる以外にもう一つ、ボクの体に変化が起きていることがある。


「――イタッ! うう、テレレンが頭痛くなってる場合じゃないのに……。クイーン様?」


 アルヴィアの傷口に顔を近づける。鉄のような人間の血の臭いにそそられて、構わずボクは舌を伸ばす。


 アルヴィアの熱い肌を舐める。出血で内側から怒濤のように流れ出ているのを感じながら、関節から二の腕、肩を通って首元まで、一線の傷口をなぞるように血を舐めていく。


「うっ! ……クイーン? 何を?」


 アルヴィアがか細い声でそう訊いてきた気がしたけど、当のボクは口から入り込むアルヴィアの血で、全身が激痛に感じるほど痺れていてそれどころじゃなかった。


 次第に力が満ち溢れてくる。抱えていた彼女を下ろし、なんとかその場に立ちあがってみせる。


「……何だ? なんの雰囲気だ?」


 警戒するように呟くラケーレ。依然ボクの体には、彼女の血から得た痺れが全身に巡っている。脳に届き、頭蓋骨から二つの何か生えているような刺激を、ひたすらに耐える。


「うわ!? 角が生えちゃった!?」


 感じる。とてつもない力が全身を巡っているのが。ポンプの心臓から流れる血液。それがどれだけ迅速に走っているのか分かるくらい敏感になっている。


「背中からコウモリの翼ダヨ!?」


 やがて、痺れが快感に変わってくる。体がボクの新しい力に順応してくる。周りの空気が震えている。


 全身を巡った痺れの正体。それは、溢れんばかりの魔力だ。


「毛先も白くなってやがる……。一体何が?」


 伸びていた爪で自分の手の平を切り、血を撒き散らせる。もう片方も同じように切って血を溢れさせ、魔力がよく通ったそれら血液を凝結させてボクの手で掴む。


 鮮血で出来上がったのは、ワインのように赤黒い鞭だ。


「感じる……。ボクの、内なる力が解き放たれようとしている……」


「まさか――!?」


 パッと腕を振り、鞭を振るった。ボクの意志、つまり魔力で自由に操れる鞭はラケーレの両腕を掴むように形を変え、ボクは思い切り腕を天に振り上げる。


「――のあ!?」


 宙に浮かせた雌狼を、背中側に投げ捨てるように乱暴に腕を動かした。大きな狼の体を森の中で投げ飛ばすと、勢いのまま木を一本へし折って、泥が木々を飛び越えそうなほど地面に強く激突していた。


「ク、クイーン、様?」


 テレレンの声に、横顔を見せるように振り返る。一緒にアルヴィアの苦悶の表情も見えて、ボクの決心が一層強まる。


 前を向いて一歩踏み出し、フラフラと立ち上がろうとするラケーレの前で立ち止まる。


「ボクの大事な仲間を傷つけたんだ。その代償。七魔人だろうと受けてもらうぞ!」

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