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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 二章 ギルド本部・ダルバーダッド
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41 最強の人狼

「なぜだ!?」


 途端にそう叫んだのはギルエールだ。両目をパチパチさせながら彼はこう続ける。


「なぜ私の魔法がヤツに利かない!?」


「人狼の変身は魔法なんかじゃない」


 ボクがそう伝えるも彼からは「嘘だ!」と返される。


「人狼はとうの昔に絶滅したはず! 今ここにいるヤツが本物の人狼のはずない――!」


「うるっせーなー」


 そうラケーレの声が聞こえた瞬間だった。ボクの横をスッと風が通り抜ける感じがして、振り向くとさっきまでいたラケーレがそこにいなかった。


「――っが!?」


 今度はギルエールの途切れた悲鳴が耳に入る。ボクが気がついた時には、ラケーレが彼の前まで瞬間移動し、彼の首を頭上で握りしめていた。熊のような大きな手一本で、ギルエールの首がしぼられてる雑巾のようになってしまっている。


「そうか……お前が、ギルドでプラチナにいけた理由……」


 掠れた声にラケーレは喜々として答える。


「ああそうだな。アタイの正体は人狼。人狼はそこらの魔物を凌駕した存在」


 一直線に届いてくるような声が、獰猛な獣を口の中に宿したように低くなっていて、そう脅しながらギルエールが白目を剥き始めた。


「っか……ち、くしょ……」


「鬱陶しいヤツはアタイの一番大嫌いなタイプだ。アンタはここで眠ってな」


 とうとう口から泡まで出始めると、ラケーレはパッと手を離してギルエールの体が地面に崩れ落ちる。


「イヤアアァァ!!」「ギルエール!!」


 思わず悲鳴を上げる彼のメンバーたち。ボクもつい声が出る。


「お前! そんな容赦なく――」


「気絶だってクイーン様。こんなの殺す価値もない」


 振り返ってくるラケーレ。こがね色の瞳が、今度こそボクを狙おうとしている。


「アタイの本命はアンタだ。魔王様を受け継ぐその力――」


 腰を屈めていくのを見て、ボクも両手にフレインの火の玉を発火し、「下がってろ」と後ろのアルヴィアたちに命令する。


「最強と呼ばれるはどちらが相応しいか。せいぜい……死ぬんじゃねえぞ――!」


 ラケーレは飛び出してきた。人間砲台のように顔から向かってくるのがボクの目に一瞬映って、すぐに両手を伸ばして炎を発射した。


 竜が吐くのと同等の炎獄。前にオークたちをすぐに引かしたあの威力。空に何もないからこそ放てたのを、今のボクはラケーレに向かって放射した。


 一切火加減なんかしていない。人間なんかが手を近づけようものなら、ちょっと触れた瞬間に全身に燃え広がるほどのものだ。


 それなのに、ラケーレはその炎に怯むどころか突っ込み続けてきた。大きく開いた口でまるで炎を吸い込んでしまっているかのように、ボクの前まで詰め寄ってきた。


「――っく!」


 顔の左右から両手の爪が襲い掛かってきて、かろうじて身を引く。肌を石のように固いナイフが掠めたようで、なおもボクは距離を取ろうと後ろに飛び退き続ける。沼地の泥に足を取られそうになりながらもなんとか逃げようと、ヒョウから逃げるように全力で後ろに下がり続ける。


 それをラケーレは猪のように走り寄ってくる。完全にボクを逃がさないと言わんばかりに牙を剥きだしにして。


 ボクの炎で燃えたはずの毛が、もう既に生え変わっている。つけられた火傷も、きっと回復しきっているはずだ。そうでなければなおも殺意を剥きだしにするなど生物的に不可能だ。


「逃げんなよクイーン様! アタイはこの夜を楽しみにしてたんだぜぇ!」


「首飾りを奪われてたまるか!」


 度々フレインを発動し、矢を発射するかのように炎を飛ばし続ける。ここは森だから、後ろに木がないかどうか確かめながら、時に右に左に振り回すようにステップ先を変えて、ひたすらその攻撃を続けた。


 前から追い続ける狼は、まるで周りの状況を気にしなかった。炎が飛んできたら手でかき消し、木々に道を阻まれたとしても爪で一瞬にして切り落としてしまう。


 せわしなく泥が飛び上がる逃走劇。それも段々とボクらの距離が狭まってきてしまう。人狼の速さに、さすがにボクは敵いそうにない。このままじゃヤツの牙に捕まる。


「ゾレイア!」


 影から眷属たちをありったけ召喚する。何十もの黒猫たちがぞろぞろネズミのように走っていって、ラケーレに飛びかかっていく。


 一匹が噛みつき、すぐに別の一匹も噛みつく。更に一匹、もう一匹。そこからどんどん猫たちがラケーレの全身にへばりついていき、さすがのラケーレも足を止めた。


「チッ! 鬱陶しい毛虫どもがぁ!」


 叫ぶや否や、曇り空に向かって高く跳躍したラケーレ。それは森の木々すら飛び越え、本当に空まで飛んでいってしまいそうなほど高いジャンプで、最高到達点で彼女は全身をグルンッと一回転させた。すべての黒猫たちが勢いに振り払われ、呆気なく地面に落ちて靄に消えていく。


 ドスン! と着地音が響く。水気を含んだ土も舞い上がった中、ラケーレが近くに生えた木を一本爪で切り取り、片手で俵を担ぐようにそれを構えた。


「んなちっこいの飛ばすより、こんなデカいのがアタイは大歓迎なんだがなぁ!」


 ボクの五倍もありそうな木が投げられる。ボールを投げるように真っすぐに、一切のブレもなくボクに向かって。


「レクト!」


 両手で反射鏡をすぐに張った。張った瞬間にビギッと鉄板で殴られたような感触が手に伝わって、背筋からかかとの先まで痺れが走ってもなお丸太の威力を殺し切れない。


「くっ! コイツ、化け物か――んあ!?」


 レクトが砕けて、顔面に丸太がぶつかった。鼻が潰れて、額や頬にパシンと水に打たれた衝撃を受ける。足も地面から離れて、体が丸太に沿って吹き飛んでる感じがして、どうすることもできない浮遊感に襲われた。


 長くて、永遠にこのまま足がつかないんじゃないかっていうくらいの吹っ飛び。


 そうして背中からやっと地面に落ちた時、顔にぶつかっていた丸太が横に転がり、ボクの揺れた視界にアルヴィアの顔が映った。


「クイーン!? 大丈夫!? 意識はちゃんとある!?」


 物凄く心配されてる。ボクがこんなので死ぬわけないだろ。これでも魔王の娘なんだから。視界のブレがもう安定してきて、ちょっとだけ体を起こしてみる。


「イッテテ……」


「テレレン!」


「うん!」


 ふと風がボクの顔に吹いてきて、テレレンが魔法をかけてくれていた。顔面中にあった打撲の痛みが薄れていく。重たいものに押し潰されていたような感覚が、何事もなかったかのように癒されていく。体が回復していったボクは、すぐに自分の力で立ち上がった。


「もう大丈夫なの?」


「ああ。ボクを誰だと思っているんだ? 心配し過ぎだ」


「でも、今の光景を見たら誰だって心配するわよ」


「テレレン。何が起こってるのかさっぱり分かんない。分かんないけど、とにかくあの人怖いよ……」


 アルヴィアたちも気が気でない状態なのが顔の表情で分かる。首を動かし、木を投げ飛ばしたラケーレを見る。まだまだ戦い足りないようで、歯を見せるように笑いながら、のっそのっそと歩いてきて少しずつ距離を詰めている。


「あれが七魔人の実力ダヨか。おっかないダヨ……」


 思わず泣きそうな声を出しているドリン。ボクの心身にも全く余裕がない。


「さすが人狼。ずば抜けた身体能力だ。パワーも他の魔物とけた違いか」


 テレレンのように並みの人間では目で見ることすら敵わない素早い動き。鳥も驚いてしまうほどの跳躍力。素手一つで首を絞めつけ、木々を草のように刈ってしまうほどの力。


「なにより人体の自然治癒能力。あれが一番厄介か」


 それが、人狼の最も特徴的な能力だろう。剣で切ろうが炎で焼こうが、それこそトラバサミで傷を負わせようとしたって、少しの時間があればすぐに回復してしまう。ボクでも人狼を恐れる最大の理由がそれだ。


「やっぱり、一筋縄じゃいかないか」


「どうするダヨ! クイーン様でも倒せないんじゃオデたち全滅ダヨ!」


「うそー!? テレレンたち終わりなの!?」


「騒ぐなお前たち! まだボクが負けたわけじゃない!」


 騒ぎ出す二人をボクは諭そうとするけど、その間にもラケーレは近づいてくる。


「まあ落ち着けって、フロストゴーレムと嬢ちゃん。アタイは弱いヤツに興味はねえ」


 ピタリとラケーレの足が止まる。


「クイーン様。どうしてアタイがギルドに入ったか分かるか?」


 突然なんの質問だ? 少し様子を見て、ボクが答えるまで何もしないようで思いついたことを答える。


「……ボクを見つけるためか?」


「いいや違う。アタイが大好きなのは頂点。最強ってヤツさ。ギルドのランクでも、その頂点ってのがあった。だからアタイはギルドに入った。一番のランクを自分のものにしようと思ってな」


「んな! 本当にそれだけの理由なのか!?」


 馬鹿げてると思った。わざわざ魔物である自分が入るのだってリスクがあるのに、それをそんな一番になる、なんて理由一つで。


 しかし、そう語ったラケーレの顔は、一切の曇りがなかった。ボクが初めて彼女を見た印象の時のような、表裏のなさそうなあの笑みが浮かんでいる。


「アタイが首飾りを手に入れた時の願いは一つ。魔王と戦わせてほしい、だ」


「なに!?」


「そうすれば、アタイは魔王を倒して魔王国の頂点に立てて、こっちの国でも頂点に立てた存在になれる。二つの国で頂点に立てば、それはもうアタイが世界の頂点に立ったも同然! アタイこそが頂点、つまり、『最強』という存在になるんだ!」


 再びラケーレが飛び込んできて、ボクは慌ててそこから飛んで体当たりを避ける。しかし、避けた先でラケーレが身軽にターンし、横跳びしたボクに追いついてきた。


「――ぐあっ!」


「クイーン!」「「クイーン様!?」」


 首元を掴まれ、そのまま地面に倒される。ラケーレが馬乗りしてきた体勢になってしまい、体が起こせない。


「アタイが求めるは最強! そのためにも、アタイはアンタを倒す必要がある」


 掴んでいる手をどかそうにも、力の差がありすぎてビクともしない。その間にも、ラケーレはもう片方の手を上げて、鋭利な爪を振り下ろそうと準備する。


「これで、チェックメイトだ!」


 巨大な爪が迫りくる。体が動かせず、魔力も間に合わない。


 もう終わりだ。そう思ってギュッと目を瞑った、その時だった。


 ボクの肌に、ビッと突き刺すような気配を感じた。強い気配で引っ張られるような、見逃せない気持ちにさせる感じ。


 その感覚にボクは覚えがある。きっと誰よりも、ボクが一番知っている感覚。


 すぐ後に、剣がぶつかり合うような金属音が鳴り響く。


 目を開けると、腕を振り下ろす代わりに剣を背後の受け止めていたラケーレ。彼女の顔が、ゆっくり後ろに向けられる。


「……今の感覚。お前の仕業か、人間の女」


 ボクも同じ場所に目を運ぶ。そこにいたのは、ルシードを腕に宿し、ラケーレに切りかかろうとしていたアルヴィアだった。

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