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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 二章 ギルド本部・ダルバーダッド
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40 ラケーレ

 夜が近い夕刻。雲のかかった天気の下、ボクらクルドレファミリアはラケーレに連れられある場所を目指し森に入っている。後ろには、ギルエールの束ねるギルド、ソルディウス・エストも一緒についてきていて、ギルエール以外のメンバーは疲れた様子が隠しきれていない様子だった。


 ギルエールとアルヴィアは互いに目を合わせないように歩いていて、ピリピリした雰囲気にドリンはそわそわしている。テレレンだけは何も気にしてないようにのほほんとラケーレの後ろをついている。


 見覚えのある湖を通り過ぎる。森の中の湿っぽさは相変わらずで、足下も沼地のようにグチョッとしている。なんだか前よりも歩きづらい。


 もしかしたら、ウーブが誰も近寄らせないようにこうしたのかも? でも、怠惰なあいつがこんな手間なことやるだろうか? そもそも人に気づかれてる、なんて知らないだろうし……。


 そんなこんなで、ボクらはやはりあの崖の前までたどり着いた。突き出た岩の壁。崖の下で露出している岩肌から、ラケーレは適格にウーブが隠している布のようなものを鉤爪で切り裂く。


「ほう。偽装した壁か」


 ギルエールが真っ先に反応し、自分が先に入っていこうとする。慌ててボクは待てと声をかけ、ヤツの足を止める。


「なんだちっこいの」


「ちっこいのとはなんだ! 相手はあの七魔人。お前一人で敵う相手じゃない」


「なんだよ。俺は一人で上級魔物を倒したことがあるんだぞ。七魔人だって倒せるさ」


「上級魔物ならボクだって倒せるし、話したいのはそういうことじゃない」


「何だと!」


 ギルエールの横から強引に洞窟に入り込み、アルヴィアたちにも一緒に来るよう手で合図する。


 ウーブに何かあっては困るし、その逆でウーブに彼らを殺させるわけにもいかない。ここでボクがするべきことは一つで、彼らと無益な争いをしないことだ。


「まずはボクらが奥に入る。七魔人ともあれば知能があるから、話だって出来るはずだ」


「話? フン、愚かなヤツだ。七魔人であるからには残忍性だって高いだろうに」


「そんなの魔物の種類によって異なる。戦闘本能が高いヤツ、低いヤツはそれぞれだ。七魔人も例外じゃないから、それをボクが見極めてくるって言ってるんだ」


「あーあーそーですか」


 大振りな頷きと共に適当な返事。


「どうせ何か企みがあるんだろう? こいつとな」


 彼はまだラケーレを疑っているようで、ピシッと指を差しながらそう言った。迷惑そうに睨みつけるラケーレ。さっさと奥に進みたいのにそう出来ないでいると、アルヴィアが大きなため息を吐いた。


「分かったわよ。そしたらあなたは私たちと一緒に来なさい。ラケーレは他のメンバーと一緒にここで残っていればいい。それならいいんでしょ?」


「俺に命令するな落ちこぼれめ」


 チッと舌打ちする音がアルヴィアからする。ドリンの臆病センサーがそれに反応して小声が洩れるほど驚いていたが、アルヴィアは一人でさっさと中へ歩いていってしまった。「待ってー」とテレレンが後を追い、ボクとドリンも慌ててついていく。その後ろから、ギルエールもちゃんとついてきた。


 洞窟は前も見たように、突き当りの曲がり角から松明の明かりが見えるだけだった。そこに七魔人のウーブがいる。


 騒がしいのが苦手だと言っていた彼だから、どうせボクらと戦う気が起きたりはしないだろうけど、注意すべきはギルエールたちの方だ。彼らはきっと、ウーブが魔物であることを理由に攻撃をしかける。彼が好戦的ではない魔物であることを知ってもらう必要がある。


 どうやって話すべきか。いよいよウーブとの距離も近づいてきた。とりあえず慎重に行動しないと。


 そう身構えてボクは曲がり角までたどり着き、全員の目がそっちに動いた。


 そこに、ウーブはいなかった。


「あれ?」


 見間違いなんかじゃない。前までそこにいた青白い肌のロン毛のウーブ。彼の姿はそこに全くなかった。


「いないじゃないか。あいつ、ホラを吹きやがったか」


 悪態をつくギルエール。アルヴィアやドリン、テレレンも拍子抜けするような表情をしている。みんなにとって、予想外の出来事が起こっている。


「もしかしたら、今は外のお散歩中とか?」


 テレレンがそう言い、ギルエールが「んなわけねえだろ!」と荒々しく言い返す。アルヴィアがボクの隣に立って「どういうことかしら?」と訊いてくる。


「ボクにも分からない。ボクらの気配を感じて、本当にどこかに行ったのかもしれない」


 洞窟の道はボクらが通ってきたこの一本だけ。隠し通路とかがあるわけじゃないし、気配だってどこからも感じられない。


「ケッ。あの色黒女にはめられたか。なんて腹立たしいヤツだ」


 そう言ってギルエールが来た道を戻っていく。


「どうするダヨか、クイーン様?」


「……まあ、争いごとを避けるためにラケーレについて来たわけだし、何も起こらないんだったらそれに越したことはない。ボクらも戻ろう」


 みんなと一緒にボクも撤収しようとする。苛立ちを隠しきれないように歩くギルエールを追いながら、洞窟の出口を目指していく。


 ……。


 なぜだろう。なんだか嫌な予感がする。


 ラケーレにこの話を持ちかけられてから、心の奥底が落ち着かないような感じ。今にも何かが起こるぞと、直感がざわついてるような感じ。


 ウーブはいなかった。争いも起こらずに済んだ。無益な犠牲が生まれずに済んだ。それだけで七魔人発見の話は終わるはず。それなのに、なんで胸のざわめきが収まらないんだ?


 いよいよ出口にたどり着く。時刻は完全に夜になっていて、外からの光がない。


「あーあ、ったく――」


「リーダー気をつけて!」


 ギルエールのギルドメンバーの一人、索敵係と呼ばれていたウィルが彼の足を止めていた。ギルエールが足元に設置されていたものに気づく。


「なんだこのトラバサミは?」


「七魔人が出てきた時用に設置したんだ。逃げられる前に拘束できたらと思って」


 設置されてたのは狼や狐なんかを捕らえるためのトラバサミで、円形の形にサメのような鋭利な刃がついた罠が地面に置かれていた。ギルエールはそれを踏まないようにし、すぐにラケーレの前へ詰め寄った。


「おいお前。これは一体どういうことだ?」


「どうって何が? 中で会ったんじゃねえのか?」


 ボクらもトラバサミを避けて外へ出た時、ギルエールとラケーレがまたいがみ合う。


「いなかったんだよ。七魔人どころかネズミ一匹すらいなかった。俺を騙したんじゃないのか?」


「おっかしいなー。七魔人は確かにここにいたぜ?」


「それ以上デタラメを言ったら舌を切るぞ」


 とうとう腰の剣を抜いたギルエール。怒りで目が飛び出そうなほど剥きだしになっている。それでもラケーレは物怖じせず頭の後ろをポリポリと掻いている。


「デタラメじゃないって。確かに七魔人はいたんだ」


 ラケーレが洞窟まで歩いていく。トラバサミが設置された前まで平然と。


「お前……それほどまでして俺に切られたいか?」


 脅しの言葉なんて聞いていないかのように軽い足取り。トラバサミを見つめ、興味深そうにしゃがみ込む。


「これで七魔人を拘束、ねえ……」


 胸からぞっとした空気を感じた。この瞬間になって、やっとボクは気づいた。


 ラケーレが腕を伸ばす。パッと開いた手が、トラバサミに近づいていく。


「ラケーレなにを――!」


 アルヴィアが止めようとしたその瞬間、トラバサミからパキンと金属音が鳴った。


「……お前、とうとう血迷ったか?」


 さすがのギルエールも動揺を隠しきれていない。尖った刃は彼女の腕を深々と刺していて、赤い血だってダラダラ流れている。


 しかし、ラケーレの横顔はニヤリと笑っていた。


 不適に。不気味な裏の顔を露わにしたかのように。


「な、治さないと――!」


「待てテレレン!」


 肩を掴んで近づこうとするのを止める。ラケーレは刺された手を動かし、トラバサミごと腕を持ち上げた。ボクらに振り返ってきて、満面の笑みを見せつけてくる。


 腕に思い切り力を入れ始める。腕が倍に膨らんだかのように筋肉が働いたのに、ボクらは言葉を失う。血が滴る腕で驚異的な腕力。体重で作動するスイッチ部分にも、強烈な握力がかかっていく。


 そしてとうとう、トラバサミが内側から膨らむ負荷に耐えきれず、


 音を立てて粉々に割れた――。


「七魔人を甘く見たら困るぜ、人間ども」


「お、お前は、まさか!?」


 慌てるようにそう訊き剣を構えるギルエール。ラケーレの腕の血の流れがピタリと止まった。


「最強を名乗れる七体が魔物の一人。七魔人のラケーレ――」


 ラケーレが戦闘体勢に入る兆しを見せる。お腹を抑えるように体が丸まったかと思うと、全身の筋肉が異様に膨らみ始める。服がはち切れていき、同時に黒い毛が全身から伸び出てきて、まるで獣のように成り変わっていく。


 そして次の瞬間、完全に変身を済ましたラケーレは、空に向かって「アオーン」と、遠吠えを上げた。


人狼じんろう!? それがお前の正体か!」


 人のように立った狼。褐色の女だったそいつに、もう人間の面影は残っていなかった。


 黒い剛毛にドリンと変わらないほどの長身。月のように黄色い瞳は狩る獲物を見放さない獣の目であり、銀色の爪や牙は、トラバサミより小さくともそれ以上の恐怖心をボクらに煽ってくる。


 変わり果てた獣。選ばれし七魔人が内の一人。本性を剥きだしにした彼女の威圧感は、ボクですら鳥肌が立っていた。


「気づかなかったな~クイーン様。アタイがここまでアンタをおびき寄せたかったことに」


「七魔人のことはお父さんもあまり話してくれなかった。まさか人狼がその内の一人だったなんて」


 気づかなかった。全くもって。この瞬間が来るまで一ミリも疑わなかった。


「アンタの首飾り。それを頂戴したらなんでも願いを聞いてもらえる……」


 狙いはやはりそれか。ラケーレが腰を落としていく。ボクも顎を引き、魔力を手に集中させていく。


 今にも、戦いの火蓋が切って落とされようとしている。

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