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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 二章 ギルド本部・ダルバーダッド
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38 叱責

「それじゃあな、爺さん。そいつらのこと、よろしくな」


 元ビグルの爺さんが手を振り返し、ボクらは二体のグールを爺さんに置いて別れる。


 グールの討伐として受けた依頼は、ハチミツを軸にした解決にして終わった。もうあのグールが人間を襲うことはないから、依頼主のハニーハンターにとっても嬉しい報告になるだろう。後はこれをギルドに伝えて報酬を貰うだけ。


 ただ、そこまでの帰路の長さを思い出してしまうと、ボクの口から重苦しい息が出てきた。


「はあ……。これからまた長い道を帰るのか……」


 枝葉の隙間から空を眺めるアルヴィア。


「夕暮れ時が近づいてる。今日は野宿かしらね」


「転移だ転移。こういう時こそ転移しようアルヴィア」


「駄目よ。今日で全部使ったら三日間は使えないわ。魔力は考えて使わないと」


 駄々をこねるように頼んだが軽くあしらわれた。アーティファクト、なんて言われている癖に、なんでそんなに魔力ナシなのか。


 そう卑屈な思いを考えながらも、時間は勝手に過ぎ去って夜が来る。


 アルヴィアの言う通りボクらは場所を見つけて焚火を起こし、それを囲って食事を済ませようとする。


「熊の肉って固いんだねー。あとちょっと獣臭い」


「テレレンは臭いが駄目みたいね」


「オデは肉より鉱石が食べたいダヨ……」


「グチグチうるさいなーお前たち。ボクが倒してやったヤツを美味しく食べれないのか?」


「うう……リーダーから圧をかけられてるダヨ……」


「駄目だよクイーン様! クルドレファミリアは家族って意味なんだよ!」


「家族だぁ? ドリンはこれでも八十歳くらいのゴーレムで、ボクより年上だからな! こんな爺さんにボクだって文句言われたくないわ!」


「そんな大声で言わなくても――」


「え!? そうだったのドリン君!?」


「こっちも大きいし……」


「そ、そうダヨ。でも、ゴーレムの寿命は三百年って言われてるダヨから、精神年齢で言ったらクイーン様よりも子どもではあるダヨ」


「なんだよその理論は……」


 夕食が終わり次第に眠気に襲われる。


 横になって星空を眺め、いずれ訪れるだろうタイミングを待つ。あくびも出てきていよいよ意識が遠のく。そう思った時、ビッと痺れるような感覚を肌に感じて、ボクは顔を持ち上げてその原因を見た。


「アルヴィア?」


 彼女はまだ座ったままでいると、自分の手にルシードの魔法を発動してそれを眺めていた。


「どうしたの?」


「あ、いや、何でもない」


 なんだか変な気分だ。肌で感じたものは確かにあったけど、それは一体なんだったのか。眠いせいか頭も回らない。


「もしかして――」


 その一言が聞こえてきて、ボクの目がドリンに向く。テレレンは既にぐっすり寝ていて、短い足を伸ばし、大きな体を地面に置くように座っている状態のドリンは、ボクと目を合わせてこう言ってくる。


「クイーン様も感じたダヨか? 今の強い気配」


「ドリン、お前も?」


 コクコクと頷くドリン。アルヴィアは何も知らない様子でボクらを交互に見回す。


「何よ」


 ボクはルシードの赤い水面のような光を見つめる。


「前々から思ってたけどお前のその魔法。ボクたち魔物は強い気配を感じるんだ」


「気配?」


「そう。なんて言うか、ぐっと引き付けられる感じ。魔法を出した瞬間に溢れる魔力が変に尖ってるって言うか」


「オデも最初見た時はビックリしたダヨ。もしかしてオデを倒すつもりなんじゃって思ったダヨから」


「そう、だったの? 自分じゃ全然そんなつもりないんだけど……」


 無意識、というよりかはその魔法の性質の一部と言ったところか。魔法は自分の魔力を自然の力に変えるから、魔力の溢れる感じはどの魔物も人間からもする。けれどアルヴィアほど顕著に感じられるものをボクはこれまで見たことがない。


「変な特性があるもんだ。おかげで眠気がプッツリ覚めちゃったじゃないか」


「ごめん。ちょっと考え事をしてただけ」


「考え事?」


「ねえクイーン。クイーンはいつまでダルバーダッドにいるつもり?」


「んー、そうだな。ある程度ボクらの知名度が街中に知れ渡ったらだな。魔物全体への意識が変えられなくても、人間のために戦う魔物がいることは知っててもらいたい」


「結構かかりそうね」


「そうか? 意外と理解してくれる人間だっているし、そこまで時間をかけないつもりでいたんだが」


「ダルバーダッドは今まで通りいくとは思わないわ。王都と村の社会の在り方は違う。今までは閉鎖された世界だったから、一人が理解してくれてからの浸透が早かったけど、あの街はそれの千倍も大きいもの」


「だったら、千人に理解してもらうまでだな。そうすればみんな分かってくれる」


「単純すぎない、それ?」


「今の状態で深く考えたってしょうがないだろ? きっかけがあればなんとかなるはずだ。そして今は、そのきっかけを掴むためにギルドの活動を続ければいい」


 そう言うと、アルヴィアは「そっか」と一言だけ呟いた。ボクは背中から地面に寝転がり、再び夜空を見る。


 涼しい風と、星々の集いで青白い世界。ボクの手ほどある月に見守られながら、いつしか眠りの中に誘われていく。


「……あの街は、なんだか嫌な予感がする」


「ふわ……何か言ったダヨか?」


「いいえ。私ももう寝るわね」



 ***



 翌日、ドリンに対する冷たい視線を受けながらもギルドに到着。胸元にぶら下げたギルドのタグが意外にも周りからの敵意を削いでくれたのか、厄介噛みされることはなかった。


「まずはこっち」とアルヴィアに案内され、本部の隣に付属している建物の扉を開ける。途端に魔物特有の腐肉臭が漂ってきて、真っすぐ先にいた受付嬢の机に依頼書を置いた。


「グールの討伐依頼、終わらせてきたぞ」


「そったら証明できるものの提示をー」


 やけにめんどくさそうな言い方だなと思ったが、そいつは登録試験で審査官をやっていたあの眠そうな男だった。彼は普段はここで仕事をしているのか。


 片腕を伸ばしてゾレイアを発動する。影から一匹の黒猫が、重たそうにグールの頭を持ち上げようとしていて、それをアルヴィアが代わりに持ち上げてくれてそのまま机の上に置いた。


「これがその証明です」


 受付嬢が依頼書を手に取って、やや焦げついた生首を確かめる。


「依頼書には二体って書いてありますけど、もう一体の方は?」


「現場に向かった時には上級グールが一体のみでした。依頼主が数え間違えたか、もしくは私たちが向かっている途中で一体は何らかの理由で死んだものかと」


「上級グール……」


 受付嬢がなんの躊躇いもなく生首に顔を近づけ、注意深く観察を始めた。しばらくして何か分かったのか、顔を引いて依頼書にペンを走らせサインらしきものを書いていき、それをボクに返してくる。


「今回は大目に見ますっけど、次はちゃんと依頼通りのものを持ってきてくださいねー」


「これはどうするんだ?」


 グールの生首のことを示してそう訊く。


「こちらで処理する決まりっす。多分鍛冶屋とか錬金術師さんが買い取ってくれるはずっすね」


「行きましょう。依頼書を本部で提示すれば報酬が貰えるわ」


 アルヴィアにそう言われ、隣の扉へボクらを連れて行こうとする。


「お疲れっしたー」


 背中から気の抜ける声を受け、ボクらは魔物の死体処理施設を後にする。




「こちら、報酬金310クラットになります。依頼の完了、お疲れ様でした」


 袋入りの金貨を確かに受け取り、受付の前から離れながらアルヴィアが中身をちゃんと確認する。


「確かにあるわね。分配はどうする?」


「そうだな。一人五十にして、残りはボクのゾレイアで貯金しとくか」


「悪くないわね。自分の魔法で銀行が利用できるなんて、便利なものね」


 影から眷属が現れ、余りの金貨袋を咥えて中に持っていく。さすがは便利な荷物持ちだ。


「ねえねえ」とアルヴィアに口を開くテレレン。


「さっきの施設はなんだったのー? グールさんの頭を置いたところ」


「あれは回収所よ。基本的にどの街でもギルド本部の隣にあって、冒険者が依頼で倒した魔物を引き取ってくれるの。引き取ったものは受付の人が言った通り、武具を作る鍛冶屋や錬金術の素材として売られるの」


「へえ。そうなんだー」


「回収所があるから、依頼を終わったって口だけで言っても報酬が貰えないのよ。ちゃんと討伐した証拠を提示しないといけないから。さっきのも、実は結構大目に見てもらったのよ」


「そうなの? やっぱりちゃんと依頼のヤツ持ってこないといけないんだー」


「そう。もしも依頼通りのものを提出できないと、報酬が引かれたり、最悪は無効になったりもするから気をつけないと」


 なるほどな、と隣でボクも理解する。そして胸を張ってこう言う。


「その回収所はいずれなくなってしまうかもな。魔物との共存が出来た未来の世界。そんな世界にそんなものはいらないからな」


「そうなるといいわね。仕事してる人たちには悪いでしょうけど」


 アルヴィアが悪乗りしてきた瞬間だった。


 いきなりバタンッと扉が開いて、ギルド本部にシンとした空気が流れた。開いた扉はボクらがさっき来た回収所と連結した扉で、そこから不機嫌な顔して出てきたのはギルエールだった。


 またあいつか、とボクは嫌な気分になったが、今の彼はどこか疲れているような様子に感じられた。髪とかが乱れているからだろうか。後ろに仲間らしき五人を引き連れてギルエールは受付に向かい、バンと強く依頼書を叩きつける。受付嬢は突然の圧に怯えながらもそれを受け取り、「少々お待ちを」と裏に姿を消していく。


「なんだかご立腹のようね」


 そうアルヴィアが小さく呟く。ギルエールは報酬が届くのを待ってる間、後ろの仲間に振り返った。


「全く。お前らのせいで報酬が半分になったじゃないか」


「で、でも仕方ないだろギルエール。急な新手が出てきたんだから」


「うるさいテネロ!」


 青髪で槍を背負った男の言葉をギルエールは恫喝で遮る。


「お前がさっさと依頼の魔物に止めを刺していれば助太刀は間に合っていた。それなのに肝心なところで手こずりやがって。索敵係のウィルも報告が遅かったし、コロンも照準がズレていれば俺に矢があたるところだった」


「ごめんなさい……」


 一番年下っぽい女冒険者がか細く謝る。それを見て隣のアルヴィアと歳の変わらなさそうな女が強きに発言する。


「そんなに責めることないじゃない。誰だって失敗くらいするわ」


「口答えするなアントラ。忘れたのか? お前が一番の失敗をしたことを。お前の回復魔法の判断が遅かったせいで、この俺の手にやけど痕が残ったんだぞ」


 アントラと呼ばれた彼女がグッとこらえるように黙り込む。ギルエールの目が残りの一人。背中に大きな盾を背負った男に向けられる。


「何よりお前だオース。敵を引き付けるのは盾であるお前の唯一の役割だろ! それなのにお前は俺の後ろからノロノロノロノロと」


「すまない……前までいたギルドと、連携の仕方がだいぶ違うものだから」


「言い訳なんて聞きたくない。ここではあれが普通の速さだ。今のお前じゃ前にクビにした無敵女よりも役に立っていない。次も同じミスをしたら分かってるだろうな?」


「……ああ」


 俯いたまま頷くオース。そうして険悪なムードの中、やっと受付嬢が報酬金を持って戻ってきた。

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