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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 二章 ギルド本部・ダルバーダッド
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35 ハチミツと屍食鬼

 ――依頼内容は中級グールの討伐。グールとは人の姿に似た魔物で、体が朽ちていたり犬のように四足で歩いたりと厳密に人とは言い切れない。


 今回依頼を出した人はグールに腕を引っ掻かれたという被害を受けている。確認されてる限り数は二体。場所はダルバーダッドの西門から出た先、三十キロ離れたところにある森林地帯。早急な討伐を願う。


「……二体の中級グールの討伐って、ゴールドランクでこんな内容なのか」


 目的地の森にやっとたどり着いたボクは、三十キロの道のりを徒歩で来た苦労と依頼内容を秤にかけて、無性に湧き出た虚無感に襲われた。


「ギルドの仕事なんてそんなものよ」とアルヴィア。草木をかき分けながら、何かしら手がかりを見つけようと辺りをキョロキョロ見回している。


「実際に戦う時間より、目的地に向かう時間の方が何十倍も長い。お金があるギルドは馬車とかを利用したりするけど、私たちにはそれだけの財力もないし」


「もう歩きたくなーい。帰りは転移の指輪を使わないか?」


「昨日の今日であれだけ使ったから、残ってる魔力もそんなにないわよ」


「そんなー……」


「それに、私たちはいつどんな時に身の危険に晒されるか分からないわ。ギルドのメドリルみたいに、魔物を毛嫌いしている人はたくさんいる。その時のためにも残しておくべきだと思うわ」


「それはそうだが……」


 ボクは五十年の人生で初めて、歩くだけで生き物は疲れるという感覚を覚えるのだと知った気がする。後ろに振り返ってみると、ついてきているドリンとテレレンはアルヴィア同様まだ元気そうだ。


「お前たちは疲れないのか?」


「オデはひたすら人間から逃げてきたダヨから、足は遅くても体力はあるダヨ」


「テレレンは走るのが大好きで、一日中走ってられるよー!」


 こんなにヘロヘロになるのはボクだけってことか……。思えば城から外に出ることなんてほとんどなかったから、単にボクは運動不足なのかもしれない。


「それよりクイーン。ゾレイアで痕跡を見つけてほしんだけど」


「それならもうとっくに発動してる。今この森林地帯をくまなく走り回ってる最中だ」


 けど、そろそろ眷属たちから情報が得られてもいい頃だと思うんだが……。


 丁度そう思った時、一匹の眷属が草木から飛び出てきてボクの足下に寄ってきた。その場にしゃがみこんで「何か見つけたか?」と話しかけ、眷属は元来た道を引き返すようにボクらの誘導を始める。




 緑の森というのは、魔王国出身のボクからしたら珍しい景色だ。そんな中でもこの森はより濃い色合い、深緑という言葉が似合うほど鬱蒼としている。


 そんな中、黒猫に連れられてボクらは歩いていると、猫はある一本の木の前で座り込んだ。


「この木になにかあるんだな」


 アルヴィアがその木に手を置き、窺うように顔を近づける。そこには、何かが剥がれたように琥珀こはく色の液体がこびりついている。


「これ。……匂いからしてハチミツだわ」


 そのハチミツの垂れた液が、ある方向に途切れ途切れに地面に付着している。


「痕跡が残ってる。ゾレイアがここでグールを見つけたというのなら、この先にいるのは間違いないな」


 そう理論づけてボクは先に歩き出そうとした。けれど、眷属はボクとは逆の方向に歩き出していって、影の中に戻るのかとも思ったけどそのままテレレンたちを通り過ぎていって、そのまま草木の前まで行くといきなり警戒するように全身の影を逆立てた。


「猫ちゃん、急にどうしたの――?」


「危ない!」


 草木の揺れに反応し、アルヴィアが咄嗟にテレレンの前に飛び出す。同時に草木からもグールが飛び出して、尖った歯を剥きだしにしアルヴィアの腕に噛みついた。


 ガラス玉が落ちたようなパリンとした音が響く。アルヴィアの腕にはルシードの赤透明な鎧がグールの攻撃を防いでいて、グールはその腕を噛みちぎろうと歯を立て続けている。


「ドリン!」


 ボクの声にドリンがすぐに動き出す。かち合う二人に近づき、グールによく見えるように腕を持ち上げると、今にも振りかぶりそうな動きにグールはアルヴィアの腕から離れた。そのまま尻尾を巻いて逃げていこうとするのを、ボクのイルシーで白炎の壁で逃げ道を塞いでやると、グールはパッと四つん這いの動きを止めてボクらに警戒心を見せつけた。


『落ち着け、グールよ』


 ボクはアルヴィアたちの前にゆっくり、敵意を見せないように歩いていく。裏でテレレンが「クイーン様、なんて言ったの?」と言うのが聞こえ、アルヴィアが「魔物の言葉が喋れるの」と説明してくれる。


『ボクらに敵意はない。話がしたくて来ただけだ』


 グールは用心深く警戒しながら口を動かす。


『ナニモノだ、オマエ?』


『クイーン。お前と同じ魔物だ』


 イルシーで出した壁を消す。グールは恐る恐る後ろを振り向いて自分が逃げられる状態になったことを確認すると、それでボクのことを信頼したのか警戒心を解いて普通に話しかけてきた。


『オレたちになんのようだ?』


『依頼が出された。グールに襲われた人間がいたそうだ。心当たりはないか?』


 咄嗟に後ずさりしようと身を引いたグール。その反応から、気づかない方がおかしいくらいに察する。


『別にお前を責めるわけじゃない。事情があったはずだ』


『……ニンゲンに、ハチミツをうばわれた』


『ハチミツ?』


 さっきアルヴィアが眺めていた木に、微かに残っていた液を思い出す。ボクの眷属もそれに反応してたし、きっとその木のハチミツを人間に奪われたのだろう。


『お前はハチミツが好きなのか?』


 グールは頷く。事は単純なもののようだ。ボクはアルヴィアたちに振り返る。


「アルヴィアがさっき気づいたハチミツ。あれを人間に奪われたから襲ったらしい」


「魔物さんもハチミツ好きなの?」とテレレン。すぐにアルヴィアも一言付け加えてくる。


「グールって別名屍食鬼(ししょくき)よ。それなのにハチミツを?」


「ししょくきってなーに?」


「屍を食べる鬼。要するに死体を食べるの。人間の死体をね」


 その説明になぜかドリンがヒエッ! と悲鳴を上げたが、全くの誤解だ。


「グールは別に死体も食べれるってだけで、好んでいるわけじゃないぞ。むしろ嫌っていて、仕方なく食ってるヤツのが多いだろう。何年前だったか、人間同士が戦争してた時代に、魔王国から追い出されたグールがその戦場で死体を食ってたらしいが、人間の間では日常食として認識されてたんだな」


「食べれるだけ……。そうだったのね」


「ドリンがラピスラズリの鉱石を好んでいるけど、すべてのフロストゴーレムがそうとは限らない。グールもそれは同じことで、こいつにとっての好物はハチミツだったわけだ」


 要点をそうまとめると、アルヴィアがある情報を提供してきた。


「そのハチミツを奪ったのはきっと、ハニーハンターでしょうね」


「なんだそれは?」


「森とかにある蜂の巣を獲ってハチミツを売っている人のことよ。私たちの世界にハチミツぐらい甘いものってそうそうないでしょ? ハチミツは貴重な甘味料になってくれるから、高く売れるの」


「なるほど。ハチミツを売るっていう商売があるのか」


「蜂の巣は人間にとっては危険なものだから、ハニーハンターで間違いないと思う」


 依頼の全容が見えてきた。依頼主はそのハニーハンターで、この森までハチミツを探しに来た。そこでこのグールと出会ってしまい、グールはハニーハンターがハチミツを奪ったと思って攻撃。ハチミツが好きだということを知らないハニーハンターは、ハチミツをなんとか死守してそこを逃げ出し、腕をケガした苛立ちからギルドに依頼を出した。


「このグールに罪はない。ハチミツはヤツにとって大事な食料で、それを手にするために依頼主を攻撃をした。でもそれで傷つけただけで殺してはいないんだ。ボクらが倒す理由にはならないと思うが、みんなはどう思う?」


「テレレンもそう思う。好きなもの取られたらカッとなっちゃうよ」


「攻撃したのは事実だけど、どうせ私たちと魔物じゃ会話なんて成り立たないわけだしね。でもどうするの? 倒さないんじゃ依頼は達成できないし、報酬とかも貰えないわよ?」


 アルヴィアの指摘にボクも軽く唸る。この依頼、グールとのいざこざはどうすればまとめ切れるか。どうすればハニーハンターやギルド本部の人たちに納得してもらえるか。口元をトントンと指で叩きながら、物事の根幹を見定めようと悩み続ける。


「……ドリン。お前に訊いた方が早いかもな」


「なにダヨ、クイーン様?」


「人間の国にいるお前たち魔物は、どうすれば人間を襲わなくなると思う?」


 事の発端がケガをしたことなら、金輪際、魔物が人を襲わないようにすればいいと思った。ボクの質問にドリンもうーん、と深く唸って、顔の至るところをポリポリ書きながらやっと一つの答えを出す。


「ちゃんと食べれるものがあって、人間に見つからない場所があれば襲わないダヨ」


「食べ物と場所、か……」


 至極真っ当なことだがそれでいて最も難しい問題だ。その二つがあれば魔王国から魔物が追い出されることはない。人間たちもそれが原因で争ってきた歴史があったとも記述を見たし、生き物である以上避けられない問題なのだろう。


「大々的にそれを変えられるのは、ボクが城に戻ってからだろうな。それまではその願いを叶えることはできない」


「分かってるダヨ。簡単なことなら、きっと魔王様だってやってくれてるはずダヨ」


「そうだな。ましてや今のボクじゃ到底無理だ。でも、世界のちょっとしたところでなら、ボクにでも変えられる。一つの村の在り方を変えたようにな」


 ゾレイアを複数発動する。丁寧に扇状に並んだ眷属たちにボクはしゃがみこんで命令する。


「ハチミツを探せ。なければ野生動物が多くいるところを。それと、人目がつかなそうなところがあればすぐに教えてくれ」


 黒猫がそれを聞き届け、一斉に散らばるように走って草木の中に消えていく。何をしてるか分からず困惑するグール。


『お前の食べるものと、人間に見つからない場所を探しに行かせた。後者はあまり期待できないと思うが、ハチミツの一つや二つはきっと見つけてくれるはずだ』


 驚きを隠せないような、キョトンとした大型犬のような反応を返される。きっとボクがそこまでするとは思っていなかったのだろう。


『もしこれでボクのことを完璧に信頼してくれたなら、教えてくれないか? 二体目のグールが、ここら辺にいるはずだ』


 そう言って返ってきた言葉は、意外な一言だった。


『オマエに、タスケテもらいたい』

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