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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 二章 ギルド本部・ダルバーダッド
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32 癒しの風

 傷が癒えないままの土人形が、更に腹部を殴られる。脇腹辺りの土が削られ、テレレンもすぐに回復ヒールの魔法をそこに流すが、それもまた反応しない。


「おかしい」


 隣でアルヴィアがそう呟く。


「テレレンの魔法は確かに当たってる。それは間違いない。それなのに効果が発動されないなんて」


「土人形だから効果が出ないって線は?」


「人油の霊薬で、土人形は一時的に人間そっくりの存在に変わっているからそれはあり得ないわ。テレレンの魔法が回復じゃないのかしら?」


「いや、さっきドリンを回復させた時は確かに傷口が塞いだ。魔法の効果は確かなはずだ」


 俯き考え込むアルヴィア。その間にも味方の土人形が更に削られていくと、彼女はボソッとボクにこう訊く。


「……霊薬をかけた瞬間、クイーンは見た?」


「いや、ボクは見てない。てっきり見てない間にやってたんだと思ってたけど」


「怪しいわよね? 私もそんな素振り一切見てないもの」


 二人とも霊薬をかけた瞬間を見ていない。予めやってたのかとも思ってたけど、アルヴィアはずっとここに残っていた。見ていないのならその線も潰える。まさかボクらが戦う前から土にかけてた、なんてこともないだろうし。いや、霊薬の効果が出るまでに時間がかかるならそれもあり得るのか?


「ずっと引っかかってたの。この登録試験は魔物討伐が未経験の人が受けることが多い。それなのにクイーンたちが戦わされたのは上級ミノタウロス。私の場合は下級ゴブリンとの一騎打ちだったのに、あまりにも違いがありすぎると思わない?」


「そうだったのか? なんでボクらだけ上級の、それもミノタウロスなんだ」


「きっとあいつよ」


 豹のような鋭い視線を追うと、責任者のメドリルに向けられていた。


「私たちをギルドに登録させないつもりなんだわ」


「モンスターテイマーだからか?」


「魔物なんて信用できない。それが私たち人間の思う常識。けどこれはあからさま過ぎるわ。そこまで試験に落としたいだなんて卑怯過ぎる」


 互いに互いを恐れ、近寄ろうとしない魔物ボクらと人間。二つの種族はこれまでにすれ違い続け、未だにこじれた溝を広げ続けている。


 けど、メドリルは単にボクやドリンのことを恐れているだけなのだろうか? そうだとしたら、わざわざ人間のテレレンにまで何か仕掛けるほどなのだろうか?


「私、直接本人に話してくる」


 いきなり立ち上がったアルヴィアをボクは慌てて止める。


「待てアルヴィア。なんの根拠もないのに言ってもしょうがないだろ」


「でも、このままテレレンが理不尽な目に合っているのを見てろって言うの?」


「冷静になるんだ。ボクらが騒いだって味方になる者はこのギルドにはいない。何か証拠を掴まないと」


「それじゃ遅すぎる。のろのろ捜査してたらそれこそ言い逃れされるわ」


 ボクらが言い争いを始めた時だった。


「――イタッ!」


 テレレンの声が聞こえて、二人して試合場に顔が動いた。魔法を使った際に起こる彼女特有の頭痛。テレレンは苦悶の顔を浮かべながら頭を抑えていて、目の前に立っている味方の土人形はもう半分くらいボロボロになってしまっている。


「うう。もう、どうしてテレレンの魔法が利かないの?」


 戦っていたのか疑うほど全身が綺麗な敵の土人形が、ボロボロの土人形に歩を進めていく。


「魔法が利かない……頭も痛い……。もー、プンプン怒りたい気分だよ」


 このままでは止めを刺されて終わる。そう思った時、テレレンが両手で胸を抑えるように構え出した。ボクはそこから、今にも大量の魔力が溢れ出そうな気配を感じていた。


「いっそどうにでもなっちゃえーー!!」


 彼女が大声を上げて両手を開いた瞬間、ボクらは驚きの光景を目の当たりにした。


 全員の髪がブワッと一瞬撒き上がるほどの強風。一点に集中した魔法が解放され、解き放たれた螺旋の風が敵の土人形を容赦なく試合場の壁に叩きつけていた。


「な、なんだ!?」


 耳元で誰かが笑っているかのような風音が響く中、メドリルの驚嘆が聞こえる。テレレンとは横の角度に立っているにも関わらず引っ掻いてくるような感触。目の映っている威力は、ボクが知る限りの風魔法のどれよりも強かった。


 ただ、肝心の敵の土人形は風で形が崩れそうになっていても、同時に発射されてる癒しの効果がちゃんと働いているようで中々形が変わらなかった。やがて風が収まってきて、ふっと魔力が切れる気配が来る。


「――ふわっ。あー、世界がフラフラー……」


 目を回したテレレンがその場に倒れ込んだ。


「テレレン!」


 急いでボクは階段を駆け下りて試合場に入り込もうとした。


「待ってクイーン! 試験中に入ったら無効になる!」


 アルヴィアにそう言われて、ボクは塀に手をかけたままパッと魔法使いに振り返る。


「おい! 何ぼうっとしてるんだ! 相手の土人形がぐったりして動けないんだからいい加減殴れるだろ!」


「し、しかし!」


「何がしかしだ! お前たちは不正をするつもりか?」


「うぐっ! そ、それは……」


 魔法使いはボクの奥を見ているようで、後ろにはメドリルが眉間に皺を寄せていた。なんだか悔しそうに歯ぎしりしていたが、ボクは再び魔法使いに振り向いて早くやれと睨みつけてやると、やっと味方の土人形が動いてくれた。


 凄まじい風魔法によって、敵の土人形は削れてないにしても座り込んでいて、壁から全く動けない様子だった。敵方の魔法使いは異様に焦った表情をしていたが、いくら魔力をかけてもその土人形はわずかに揺れるだけで立ち上がれそうにない。そこに味方の土人形が立つと、そいつは腕を振り上げ、少し躊躇うように時間を使って、そうしてやっと拳が振り下ろされた。


 敵の頭が砕ける。まるで中身が空っぽの袋のように呆気なく。急ぎボクは審査官たちに振り向く。


「試験は終わりだな?」


「……あ、あいっす。終了っす」


 眠そうにしていた一人がそう言って、ボクは掴んでいた塀をすぐに飛び降りて倒れたままのテレレンを抱き上げた。


「おい大丈夫かテレレン? しっかりしろ」


 些細に体を揺らしてみる。しかしテレレンからの反応はなくて、すぐに上からアルヴィアが降ってきた。テレレンの胸元に耳を当てて生死を確かめる。


「……大丈夫、気絶してるだけみたい。どこかに運んであげないと」


「そうか。おい、誰か案内してくれ」


 ボクがそう呼びかけ、アルヴィアがテレレンの体を抱きかかえる。眠そうにしていた審査官が今はぱっちりと目を開けていると、そいつも試合場に降りてきて「こっちっす」と案内を始めてくれた。



 ***



「何!? 筆記試験が合格点を突破してるだと!?」


「は、はい。採点者と他二名による確認もしましたので間違いはないかと……」


「ぐぬぬ……なぜだ。一日しか猶予は与えなかったというのに……」


「あの、メドリル本部長?」


「なんだ!」


「ヒッ! い、いえその、なんだか、顔色が悪いように見えたので……」


 そりゃ悪くもなるだろうが。あいつらが登録してしまうのだぞ。魔物を仲間にしたギルドが、ここで登録された。そんなの、あの国王陛下に知られたら私は真っ先にクビだ間違いない。折角土人形にも霊薬を塗らなかったのにあのアホ毛女。強引に風魔法で叩き伏せやがった。あんなの回復関係ないじゃないか!


「……いや失礼。少し驚いてしまっただけだ」


 落ち着け私。まだ実技がある。実技の合否は三人の話し合いによる審議によって決まる。私が他二人を言いくるめればいいだけのことだ。


 ……いや、話し合う依然に、金を渡せばいいだけのことだ。そうすれば奴らだって黙って私に従う。金で動かない奴なんているわけ――


「うっす。メドリル本部長。今戻りましたー」


「来たかヒュール君。エン君はどこだ?」


「ここにいます」


「そうか。なら早速会議室に――」


「え? 会議すること、なんかあるっすか?」


 ――は?


「……何を言っているのだねヒュール君? 話すことと言ったら実技の内容についてに決まってるだろう?」


「実技? あんなの両方合格でいいじゃないっすか?」


「んな!? 何を言ってるんだね!?」


「え? 自分もそうだと思って、既に書類作っちゃいましたけど……」


「何ィ!? 何勝手なことをしているんだエン君!」


 エンめ。本当に勝手なことをやってくれやがった。なんとしてでもそれを阻止しなければ――


「まさかメドリル本部長、あの内容で不合格だって言いたいんっすか?」


 ヒュールも何を言っているんだ。合格にしていいはずないだろうが!


「ふ、普通に考えたら分かるだろう? 魔物が人間の仲間をすることなんてあり得ない」


「でも、あのドリンって魔物は違うって証明されたっすよ。あのクイーンって女の子も問題なさそうですし、回復の方も、まあ回復はしてなかったけどあんだけの威力の風魔法なら逸材ですよ」


「だ、だが。万が一があるだろう万が一が」


「上級を手懐けた人なら、万が一もなさそうっすけど。過去にいたモンスターテイマーの人も、調べてみたら特別問題を起こしてなかったみたいですし」


 そう言う話ではない! 過去がそうだとしても今は違う! お前たちだって私の立場になってみれば分かるはずだ!


 国王陛下に直接あの話をされれば。あんな目を、直に向けられてみれば――


「あのう……メドリル本部長はもしかして、彼らを意図的に落とさなければいけない理由でも?」


 ――ギクッ!?


「そ、そんなことは……」


 ――クソ! クソクソクソ! クソオォ!!

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